17-8 声
…あれからヴェール族の話が出ないまま、金曜日になった。うちの学校は逆振替休日として土曜日が学校の代わりに金曜日が休みになっている。
今日の勇はいつにも増してウキウキ気分だ。
理由はただ単純だ!
「お待たせ〜!」
快晴の空に清楚系美少女が手を振っている。
今日は待ちに待った杏とのデートの日!…なんかではなく杏の荷物持ちをさせられる日だ。
なんだろう…女神ってのが実在してるんだって改めて思いました。
「お待たされ〜」
「え…キモ…」
「とりあえず早く行こっ!」
杏に手を握られてショッピングモールへ歩き出す。…なんだろう女子って何もせずに可愛いのによくメイク道具を買いに行っている気がする。その健気な姿が女性としての魅力を上げているのかも知れない。
「あ〜こっちもありかな…」
「いややっぱかな…」
「ねぇ勇!どっちがかな?」
「え?あ…うんどっちも!可愛いと思うけど…」
側から見たらデートなのにスマホぽちぽちを繰り出している勇。こういうスカしてる彼氏は電車とかでみるのキモすぎてたまらない。
「俺にとってはこれ普通ですから…」みたいな雰囲気をかっこいいと思ってるんだろうか!
…彼女なしのこっちからしたら羨ましいったらありゃしないのに…!
「…全然興味ないじゃん!」
「お…俺メイク道具とか何も分からないし」
「全部同じにしか見えないし…」
「もういいもん勇には聞かない!」
「べぇ〜」
「うわかわい…」
トコトコとまた違うメイク道具を見に行く杏。
「勇には聞かない!」って言っておきながら…その後ろ姿はどこか待っていそうで…ついて行きたくなる。
そうして昼食時期になると…
杏と一緒にフードコートに向かう。
このフードコートっていうのはラインナップが一切変わってないというのに…毎度ワクワクが止まることはない。何かの魔法にでもかかったような気分だ。
「うわ〜!おいしそう!」
杏の目の前にはペッパーライスがある。
米も肉も多くて…家でも頑張れば作れる物だが、こういうフードコートで食べる料理は異様に美味しそうに見える。
ちなみに勇はチェーン店のラーメンだ。やっぱしこれに限る。
「…ずるる…ずるる」
一口…二口とその細麺を吸い込んでいく。
弾力もない…素人目でみたらスーパーで売っている中華麺となんら変わらないが、この空気感がこれを極上の麺へと変化させる。…なんだか麺がモンブランに見える。
黄金色のスープを啜ると魚介系の出汁が飢えた喉に注ぎ込まれてくる。…この店は麺や具材よりスープに拘っているんだろう。ちなみにチャーシューは食べ手の技術が試される。
目の前には綺麗な顔でジャンキーなフードを食べ進めている杏。…そしてその後ろには家族連れが幸せを作っている。
独り身の人や…緑色の筋肉隆々の夫婦…
「ぬ…ッ!?」
思わず口から麺が器に戻っていってしまう。
これは一切逆再生なんかじゃない!
早くこの事を伝えたくて飲み込むよりもそのまんま戻した方が早いと思った!…噛みながら話せばいいって言う正論は行儀が悪いで打ち消す。
「ん!汚いんだけど!」
これは満場一致で汚い。
…ちゃんと後でスープまで全部食べたみたいです。
「あ…杏!後ろ後ろ!」
「へ?」
杏は髪の毛を靡かせながら後ろを振り向く。
杏の髪の毛がラーメンに入っていても、文句を言える自信がない。ラーメンの麺よりもツヤのあるこの髪の毛…髪の持ち主が杏だって知ったらなおさら言えないだろう。
「な…何あの幸せそうな緑色の二人…」
「多分あれ…杏とマッチングしたヴェール族の人たちだ…」
「…あれがヴェール族なの?」
杏が驚くのも最もだ。
だって視界の奥の方にいるヴェール族は、人間などどうでも良さそうに自分たちの空間を作っている。
しかも良くいる知らず知らず迷惑を掛けているタイプではなくって、お行儀よく幸せを築き上げている。
その近くを通ったら自分まで幸せに包まれてしそうなほどだ。
「…そうらしいけど」
「…ヴォアと全然違うじゃん」
「ね…本当な」
「…っ!」
杏は音を立てて椅子を引き立ち上がる。
お花摘みにでも行くのかとしばらく様子を伺っていると…杏は難しそうな顔をしながらどこかへと向かっていく。
急な腹痛はスイカを丸ごと飲み込んだ時と同じ痛みを感じだ。しかもタチが悪いことに不意打ちで来るから対策不可能。
あんなに綺麗な杏も人間なんだなぁってこう言う時に思わせられる。
男は女の子にダサい姿を見せないのとおんなじで…女の子は男に恥ずかしい姿を見せないのだ。
勇は目線を落として細切れのちぢれ麺を食べ進める。
「…あの」
「はい?」
杏は目の前の二人のヴェール族に話しかける。
緑色の少し荒れた肌…それと口からはみ出す刃物のように鋭く尖っている牙。
…目のサイズや骨格…パーツの小さなところは違っているが…大まかなところは完全にヴォアと似通っている。
…恐怖から杏の長く細い指は震えている。
「…あ!もしかしてうるさかったですか!?」
「すみません!」
慌てながら頭を下げてくるヴェール族の二人。
…うるさいなんてことはない。
むしろ静かすぎるくらいだ。電車の高校生の方がよっぽどうるさい。
「い…いえ…そんなことじゃなくって…」
「って!杏ちゃん…!?」
「あわわ…写真より生の方がお綺麗な人だ…」
「って!それよりあなた!杏ちゃんは!」
「あ…!そうだった!」
「どうしましょう…!と!とりあえず!」
二人は大慌てで膝に抱えていたバックを被る。
アメリカのB級ホラー映画の強盗のような風貌…体を見たら一流プロレスラーなのだが…
杏は大慌てをする二人を見て思わず手で口を押さえる。
「…太陽でさえも跪かずような杏ちゃんの笑顔」
「永遠に輝く宝石のようね…」
「え…えぇ!?」
その綺麗すぎる褒め言葉に杏は照れ笑いをする。やっぱり自然な笑顔の方が綺麗だ。
「う…ウチ大丈夫ですよ?」
「で…でも僕たちの顔を見たらトラウマが…」
「…お二人はヴォアとは全然違いました」
「見た目は瓜二つですけど…その…なんというか…」
相当恥ずかしいんだろう。左右に独特なステップを踏みながら指をイジイジする。
トイレに行きたい子供みたいだ。
…ちなみに勇は吐き出したラーメンを食べるのに必死なようだ。
「…そのお二人は!すごい優しい目をしてて!」
「…そのっ!」
杏は机に手を置いて全体重を机に委ねる。
ヴェール族の夫婦はオロオロと机の上の料理を押さえる。
「ヒャッハー!やったんでー!」
杏が口を開く直前…突然バカな大学デビューっぽい男の声がフードコート内に響く。
…だが大学デビューならチェーン店の居酒屋で叫び散らかさなければならない。つまりはただのイかれてる奴。
杏はムッとした表情で声の方向を見る。
「え…?」
そこには緑色の男がいた。
しかしヴェール族のように巨体ではなくって、普通の人間のような細マッチョだ。しかもツノも牙も生えていない。生えているのはファサファサな金髪。よく見ると顔も整っている。
…でもマイナス評価としては片手にチェンソーを持ってかなりイキっている。
「キャー!」
今度は女の叫び声がフードコート中に響く。
耳鳴りのようにしばらくはこの声が耳から離れないことだろう。
そしてその声がスタートの合図かのように人々は逃げ惑う。能力者の勇もラーメンの器を持って走り回っている。
「あなた!杏ちゃんを連れて早くっ!」
「ヴォレン!君はどうするんだ!」
「なんとかして…あの怪物を食い止めます」
「その間に早く逃げてくださいっ!」
「こ…こういう時は男の人の方が助けるべきなんじゃ…」
「…私の方が実力的には上なんです」
「そうなんだ…」
「じゃあ逃げるよ杏ちゃん!」
「は!はいぃ!」
杏は赤子の犬のようにヴェール族の男の腕に抱き抱えられる。杏も女性の中なら身長は高い部類だがヴェール族が相手なら分が悪い。かなりちっちゃく見える。
「ま!待てッ!川本杏ッ!」
「私…じゃなかった俺がこのミキサーでハンバーグにしてやるんだぜぇ!」
「…いや鶏そぼろにしてやるんだぜぇ!」
「…ハンバーグも鶏そぼろもあなたは食べることはありません」
「ひゃは?」
「杏ちゃんをこれ以上傷つける奴は…」
「私が…いや私たち夫婦が許しません…っ!」
ビチビチ…!
ヴォレン…って名前のヴェール族の女が着ていた服がどんどん破けていく。
普通なら目を逸らしたりなんなりするが…ほぼ体格は男なのでそんなことはしない。
体は徐々に大きくなっていって…もうすでに3mは超えそうなほどの巨体となる。
男は目を点にしながらその巨体を見つめる。
「…杏ちゃんはとても…優しい子なの…」
「私が会った中で1番優しい子なの」
「だからこれ以上悲しませるのは許さないっ!」
ビュンッ!
ヴォレンは一瞬にして消えて…
ヴォレンがいた所には大きな足跡だけが残る。
男はどこにいったのかが分からずにキョロキョロと周りを見ているだけだ。いきなり記憶でも失ってしまったのかと思うほど挙動不審だ。
「ど…!どこ行ったんだろ…」
バギッ!
鈍い音と共に男は吹き飛ばされる。
平均男性くらいの体重はあるだろうに…今では簡単にラーメン屋の看板に頭から突き刺さっている。痛そう。
「痛い…」
「…もう杏ちゃんを狙わないって約束してくれる?」
「私も傷つけるのが怖いの…」
「い…いやちょっと待って…!」
スポッと看板から頭を抜くと綺麗な金髪が乱れたイケメン緑男が現れる。
…どうなら肌の緑色はメイクだったようで、今では薄いベージュの肌がところどころ見えてしまっている。
「お…俺じゃなくって私は…川本杏を狙うもの」
「絶対に誰にも邪魔させない…!」
ビュンッ!
ヴォレンの目の前にあった椅子が消え…チェンソー男の右隣にその椅子が現れる。
砂埃が舞うと共に男からは汗が流れ出す。
「…お願い杏ちゃんに手を出さないで」
「で…でもですね…」
ヴォレンは何も言わずに足を振り上げる。
サッカーでもするかのようなポーズだが…男からしたら銃口を突きつけられているのとなんら大差がないだろう。
「あ…あの…」
「次は当てますよ…?」
「ストップ…ッ!」
ビュンッ!
ヴォレンが足を振り下ろそうとしたその時…!
ヴォレンの足に不思議な黒い縄が巻かれる。
それは何重にも巻かれる…だがヴォレンの足は地道に進んでいく。それだけでそのパワーが思い知らされる。
「ほら!どーせお前霊愛だろ!」
「そ!そーです!」
霊愛は慌てながらメイク落としを顔にぶっかける。なんて無駄遣いをしているんだろう。
「ほら!私のことが見たことがあるだろう?」
「で…でもそのチェンソー…」
「これはおもちゃだ!」
…確かによく見るとそのチェンソーはおもちゃだ。しかも回転すらしない音がなるだけのおもちゃ。なんでこれを選んだんだろう。
「で…でもなんで…」
「いや…川本杏に…人はヴェール族全体が悪い奴じゃないと伝えたくって…」
「言葉で伝えればいいんじゃないんですか?」
「言葉で伝えられたら戦争なんて起きやしない」
「そ…それも確かにそうね」
ヴォレンの体は徐々に小さくなっていく。
多分臨戦体制を完全に解いた証なんだろう。…体が戻っていくと表情も落ち着いていく。
「とりあえずヴァロさんに連絡します」
「は…はい…」
数分後…荒れ果てたフードコートにヴァロと杏が現れる。すっかり親子のようになって手を繋いで来ている。
「…君!」
「…ッとその前にまずはフードコートを直さなきゃね…」
「あ…はい」
看板は元には戻らなかったものの…机や椅子を元の位置へとせっせこと戻していく。
杏もヴェール族の二人も率先して元の位置へと戻そうと動くが…霊愛は多分ちびってるんだろう。全く動くそぶりがない。
「…とりあえず君の目的は達成されたみたいだね」
「…あ…そうですね」
「でももうこんなことしちゃダメだよ?」
「は…了解です!」
「あなた…」
「あぁそっか…」
「じゃあ僕たちはそろそろ星に帰らないと…」
「…ちょ待てよ」
キムタク風な発音をしている霊愛。
ちなみに霊愛はキムタクを知らないからこれを素でやっている。根っからのキムタク気質なんだろう。
「お前らの目的が達成されてないだろ?」
「目的…?」
「ほら川本杏を養子に迎え入れるって話だ」
「…それなんだけど」
「流石に早すぎるかなって考えたんだ」
「杏ちゃんも良い子だし…とても大人っぽい子だから僕たちは必要がない」
「それにとっても仲のいい人がいるみたいだし…」
「…ど…どうなん?杏」
「ウチも流石に早すぎるって思った」
「けど…ウチも誰かに甘えたい…!でも養子として行くには流石に早すぎる!」
「…だから!だからね!」
こんな杏は初めて見たが可愛い。「ねっ!」っていうのがかなり可愛い。
「とりあえず明日の授業参観に来てもらいたいの!」
「…で!でも僕たちが行ったら…騒ぎになるんじゃ」
「…お願い!」
杏はうるうるなお目目でヴェール族の二人を見る。…こんな瞳で見られたかった!
でもこの横顔を真横で観れる自分は特等席に座れているんだと実感する。
「…し…仕方ないね」
「ちょっとだけ星に帰る時間を遅らせましょうか…」
流石にこんな顔で頼まれたら断れる人はいない。女ですらこの顔を見れた喜びで数週間は生きる自信が湧く。
「それにしても腹減ったな…」
「…いっぱいつまめるぞ」
「人が食べてたやつだぞ…!?」
「…まぁいいか」
そして次の日…
授業参観は序盤騒ぎにはなったが、普通にヴァロとヴォレンは馴染んで行った。
しかも他の親御さんとも仲良くなれたようで、連絡先を交換していた。
「もうちょっと地球にいようかな…」
「ねぇねぇヴァロさん!ヴォレンさん!一緒にご飯食べ行こ!」
「杏ちゃん…」
「そんな顔されたら行くに決まってる…!」
杏は新たに[あまえる]を覚えた!
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