17-5 それが大事
「ヴェール族って…」
「あ〜なんか昔に戦ったことあったよな」
「あの頃懐ぃ〜戻りてぇ〜!」
何も事情も知らずにいまだにイキッてる30代みたいなことを言っている霊愛。
…今ヴォアと戦っても負けるだけなのに…
そんな霊愛を横目に勇は子犬の様に震える杏の手を優しく包む。
「な…どうしたんだ?」
「悪い…霊愛…説明は後でもいいか…?」
「あ…あぁ別にいいけども…」
「とりあえずマッチはしとくからな」
「は?」
「…え?」
なんてこいつはアグレッシブに生き急いでいるんだろう。慌てて良いことなんて夢くらいしかないのに…
…スマホを覗くと[マッチ完了]と書かれていた。…どうやら本当にやってしまった様だ。
「…とりあえずカラオケから出るぞ」
杏は何も言うことはなく静かに頷いている。
そんな杏の姿を見た勇は自分が着ていた制服を頭から被せ、手を握りながらその部屋を後にする。
霊愛も、きょとんとしながらそれに続く。
…こいつ何を考えているのかが分からない。
カラオケから出て勝俣家に帰ってきた3人。
杏は家に帰ってくるやいなや…逃げる様に自室へと走っていった。…それを追いかける気もなぬ、勇と霊愛は勇の部屋で座る。
…気まずい空気がこの部屋に流れる。この部屋で流れるのは最近流行りのボカロだけだと思っていたのに…予想外だ。
「…まぁ何となくわかった」
「まだ何も話してないのだが…」
「いや絶対に私がやらかしてしまったことはわかった」
「…逆にそれだけしかまだ分かってない」
「詳しく教えてくれないか?」
…杏の部屋からは物音ひとつしない。
隣に大きな壁でもあるかの様だ。
一通り杏にあった過去のことを説明する。
抜けてるところもあるかもしれないが…覚えている限りは事細かく説明する。
「…なるほどな」
「ヴェール族のヴォアに両親を…」
「うむうむ」
「だが…ヴェール族は本来心優しい種族のはず…」
「地球人ともかなり近しいものを感じるのだがな…」
「優しいところも他人思いなところも…」
バンッ!
襖が勢いよく開き…急ブレーキが掛かった車のように襖が浮き上がる。
そこには腕を組んで猫の様な目で霊愛を睨みつける杏がいた。…普段の綺麗な顔が勿体無いほど涙に汚れている。
「…っ!あんな人を人とも思ってもない化け物が…!」
「優しい?他人思い…?」
「バカなんじゃないのっ!?」
「アイツは…人をゴミと思ってる…自分より弱い者をとことん握り潰す悪魔…」
「アイツが人と同じな訳がない…!」
「アイツ…いやそのヴェール族ってやつは…この世に存在しちゃいけない存在なんだよっ!」
ツバを飛ばし…啖呵を切る杏。
そのあまりの迫力に霊愛は完全に縮こまり、勇は思わず正座をしてしまっている。心なしか男二人の体はブルブルと震えている。
「…ウチ絶対にそいつらに会う気なんかないから…」
「でも…このアプリ嘘つくと罰金が…」
「…自分がやった事なんですから自分で責任取ってくださいよ」
「ウチ…今が幸せなんですから」
「巻き込まないでください…」
バンッ!
また勢いよく襖が閉められた。
二つの襖がぶつかった音に反応する様に霊愛の体はビク…ッ!と跳ねていたのを、勇は見逃すことがなかった。
「本当にヴェール族は優しい種族なんだが…」
「…でも杏が言ってることも最もじゃないか?」
「…実際に杏の両親はヴェール族のヴォアに好き放題されて…最終的には殺されてしまったんだし…」
「…確かにそれで疑うなって方が無理だろうな…」
「…だが亡くなった者は戻ってこない」
「今出来ることは前に進むことだ」
「…つまり?」
「…とりあえず今乗り越えるべきなのはヴェール族の夫婦とのマッチングだ」
「夫婦だったんだ…」
「あぁほらみてみろ」
霊愛はスマホの画面を勇の顔面に近づける。
そこには人間の老夫婦…いや、愛を誓い合った生物の理想と言えるほどの笑顔を見せている。
しかし肌は白、黒、黄色…そのどれでもなく緑色でカエルよりもドス黒い緑色だ。
「…吸い込まれそうになる」
「優しい目をしているな」
「しかも自分から近づいていってしまいそうなくらいに優しい目だ…」
確かにこの写真だけを見れば霊愛の言っていることは大抵合ってそうに思える。
だが人…いや大抵の物は表面だけでは測れない物。それくらいに生きている者は深いものだ。
「確かお前の友達に女みたいな奴がいただろ?」
「あ〜風華のことか?」
「そうそう!そいつ!」
「そいつ使ってなんとかならないか?」
「…いや…風華もダメだな」
「ヴォアに一回殺されて…そっから完全にヴォアがトラウマになってしまっててな…」
「…そうなのか?」
…逆に一度殺されてもトラウマにならない方が怖いだろうが、霊愛は人間の心を悟ることはできないのか不思議そうな顔で勇を見ている。
…勇は何も話せずにいると、霊愛はついに口を開く。
「いやだって…お前のその風華は」
「ヴォアの二度目の襲撃の時に…ヴォアのこと跡形もなく消し去って殺してたじゃん」
「…え?」
「だからいけるって思ったんだけど…」
「そ…それは霊愛の目で見た確かな情報なのか?」
「…見た気がするけど…幻みたいにも見えたな…」
「は?」
「いやだって…急にヴォアを連れて空中に現れて」
「一瞬にしてヴォアを消滅させたんだぞ…?」
「幻に見えちゃうのも仕方ないだろ!」
…不思議なんだが霊愛が嘘をついている様には見えない。
霊愛は嘘をつくと人を小馬鹿にする心が透けて見える。それくらいに邪悪さが見えてしまっている。
だが今は訴えかける様にして言葉を吐いている。
「…そっか」
「ショックなのか…?」
「…まぁそりゃ親友が殺したなんて言われたら…誰でもショック受けるだろ…」
「だがそれだけで風華を嫌いになるなよ」
「アイツがいなかったら…今のお前の幸せがないかもしれないんだ」
「大丈夫…そんくらい拙者にも分かっておる」
「とりあえず今は俺らでヴェール族との問題を解決するしかないみたいだな…」
「どうする…?とりあえず勇が女装する?」
「何で俺なんだ…」
「どう考えても霊愛の方が向いてるだろ」
「結構可愛い気のある顔してるじゃん」
「えぇ?そうか?」
…口ではそんなこと言いながらめちゃくちゃあざといポーズをして、キュルルンなお目目をしちゃっている霊愛。
別にまぁ可愛いとは思える顔なのだが、普段の行いと性格から風華みたいに可愛い!なんて純粋には言えないんだけど…
「ほれ金髪のカツラあるから」
「なんであるんだ…」
「教えない知りすぎてるから教えない」
「は?」
「教えない」
「…まぁ色々あるんだろうな」
「そうだ」
事実は簡単なところで…
風華に憧れて女装しようと思っていただけだ。
でも結局無理すぎた。顔が…
「出来るだけお淑やかにな」
「あと誰にでも優しく…そして俺には特に優しく」
「あと服装は…露出が多い方がいいよな」
「え…?でも川本杏は結構性格サバって感じじゃないか?」
「…しまった」
「これは俺の理想としてる杏だった」
「…え?お前隣の部屋が川本杏の部屋だって忘れてるのか?」
「…お…怒られてしまう」
そんなくだらない会話をしていても杏は出てくる様子はない。そんな杏に内心安心してさらに作戦会議を進める。
そうしていつの間にか空はオレンジになっていた。こういう日は柑橘系の果物を食べたくなる。…あの酸っぱさが少し恋しくなる様な季節だ。
「よし…じゃあ…頑張れよ」
「お!おい!勇は来ないのかよ!」
「その日普通に学校だし…自分がやったことなんだからさ」
「ど!どうすんだよ!」
「もし川本杏が言う通り…本当に暴力的な奴だったら…」
「私…死んでしまうかもしれないんだぞ!」
「…ありがとう…いい奴ではなかったよ」
「せめて最後はいい奴で死なせてくれよ!」
「無理だろ…!」
「そんなガチの表情で言ってこないでよ…」
「じゃあ頑張れよ」
「何かあったら俺も行くし」
「まぁ腹痛くなったら行けないけど」
「…前日にアイス食べまくっとこ」
「お!おいッ!」
「…んじゃあはよ帰れ」
「…ぜ!絶対に来いよ!」
「んはーい!」
霊愛を窓へと追いやって追い出す。
霊愛のビジュアルファンは酷い…!と言うんだろうが、こうでもしないと帰れって言ってから数日はここに泊まってしまう。
霊愛がやっと消えてくれて静かな時が進む。
…と思っていたら勇の隣の襖が開く。今度はゆっくりと開いたからビビることもない。
「…本当にヴェール族の奴らに会いに行くの…?」
「俺は行かない予定だけど…」
「霊愛さん…大丈夫なのかな…?」
「…俺は大丈夫だと思ってるけどな」
「…人は人という種類じゃ数えられないのとおんなじで…」
「生きているものの全ては大まかな見た目だけでは区別できるけど…それで中身では判断できない」
「それにあの笑顔…元子さんと貴一さんに通ずるものを感じたんだよな…」
「ウチは絶対に信じない…」
「俺は別にそれでいいと思うぞ」
「…間違えが間違えじゃないかなんて…その時にならないと分からないもんな」
「うん…」
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