16-4 しるし
真っ暗な闇の中で目が覚める…
そう思っていた舞は目の前の状況に困惑する。
なぜなら…ここは蜘蛛の巣蔓延る倉庫なんかじゃ無く、誰でも住めそうな普通の民家だったのだから。
しかも良い匂いのするベッドで目を覚ました。
「にゅ…?」
「あら…もう起きちゃったの…?」
優しそうな女の人の声が聞こえる。
舞はその声の聞こえた方をゆっくりと向くと…その姿に目を丸くしてしまう。
「ちょっと大きいけど…可愛い赤ちゃん…」
「あ…あの大丈夫なんですか…?」
舞の心配した理由は、その女の人の姿だった。
…顔や体が包帯でぐるぐる巻き…かろうじて目だけは見えているが…それ以外は何も見えない。
そして車椅子に乗っている。手動車椅子だ。
「もうしゃべれるのね…」
「偉いわよ…」
車椅子に座った女は舞の頭を撫でる。
その手は本当に暖かくて…優しさを感じられた。
「私赤ちゃんじゃ無いんですけど…」
「こんなほっぺがぷりぷりで…こんな純粋な目をしているのだから…赤ちゃんだわよ」
「えぇ…」
困惑している舞に、優しく笑みを浮かべる車椅子の女。
ずっとなでなでされているが奇妙さは感じれない。
…それから数分が経った時、ここの部屋の入り口の扉が音を立てて開く。
「元子…やっぱりこの子は帰した方がいいんじゃないかな…」
元子…というのはこの車椅子の女だろう。
新たに入ってきたこの男は、俳優でもやっていそうなほど男性な顔立ちをしている。…だがどこか痩せ細っていて元気がなさそうだ。
「なんでですか…貴一さん…」
「この子はまさに私の理想の赤ちゃんなの」
「ふっくらとしてて可愛いの…」
元子は舞のおでこに自分のおでこを合わせる。
「ほわぁ…」
見た目は怖いと言われるような容姿をしているが…その奥深い優しさに舞はほわほわになる。
貴一と呼ばれていた男は、その二人の姿をみると難しそうな顔をしながら部屋から去る。
一方その頃街に繰り出した勇たちは…
「…な…なんか人少ない…?」
「まぁそれはゴリゴリの平日だからってので説明つくけど…」
「…めっちゃ嫌な目で見られてるよな」
「…まるでタニシを見てるみたいな」
「風華例えるの下手だな」
「え?そう?」
そこそこの都会だというのに、数分に一人くらいに会うくらいだ。しかもその人もスマホを見てもいないのに下を向いて歩いている。
見ちゃいけない物でも歩いているかのようだった。…まぁ多分それは自分達だが。
「最近スーパー行ってもみんな避けてきてる気がする…」
「臭くはないか…風華いい匂いするし」
風華は女の子みたいないい匂いがする。
だからたまに抱きつきたくもなる。
「まぁなんとなく理由は分かるけどね」
「そうだな」
「俺らが能力者だから…みんな怖がってるんだよね」
「あ…うんやっぱそうよな」
「…絶対分かってなかった!」
「まぁ最近能力者…っていうか天使共が暴れたりして能力者の俺ら以外にも被害に遭ってる人が多いからな」
「…警戒されるのは当然だ」
「むしろ警戒してくれていた方が…他に被害に遭う人が少なくなって…良いまである」
「…」
口では冷静なことを言っているが、勇の表情にはどこか悲しさを感じさせられる。
…勇は一匹狼を気取ったり、一人で生きれるみたいな雰囲気を漂わせているが…
本当は誰よりも人と遊んだり話すのが好きな人間だ。…長年の親友の風華にはそれが分かる。
「…俺は嬉しくないよ」
「俺に逆らうな」
「え…急に独裁的」
「俺だって正直嬉しくないもん」
「やっぱり…!」
「だって可愛い子にすら蔑んだ目で見られるんだもん…」
「杏がいなくて良かったね…」
「うん焦った」
こんなくだらない事を話していて、聞き込みなど全くしていない勇たち。…いや勇たちに関しては人に会えないから仕方がないか…
これからどーしよーかなーなんて考えてないが、考えているフリをしている二人のスマホが音を鳴らす。
やばい…!と二人は焦るが、ここは校外だと気づきドヤ顔でスマホを取り出す。
「あれ玲那さんからだ」
「う〜んと…?」
『「怪しい人見つけた!早く来なさい!」』
「…玲那ってお嬢様なのにわがままな所ない…!と思ってたけどLINUだと結構わがままだよな」
「普段は結構良い人なんだけどね〜」
「まぁとりあえず行かなきゃか…」
「玲那さんまで連れ去られたらたまったモンじゃないからね!」
「まぁ玲那なら大丈夫だろ」
「なんか安心感っていうか…玲那さんには近づき難い感じがあるよね」
二人はぐちぐちと話しながら走り出す。
やっぱり足が速いのは正義だ。小学生の頃にこの足の速さを手にしたかったが…こんなところで文句を行っても仕方ないか…
そうして目的地に辿り着く…
どこにいるか分からなかったから途中でコンビニに寄って聞いたのは内緒。
「あ!勇と風華!」
「ほらっ!私たちバチっと捕まえたよ!」
ドヤ顔で腕を腰に当てている玲那。きゃわい〜
男二人に腕を掴まれている男は、冴えない表情をしているがかなりの美形イケメンだ。
諦めたのか抵抗する様子もなく、ただ俯いて何かぶつぶつと呟いている。
「な…なんか強引すぎないか…?」
「こ〜ゆ〜冴えない系の男が犯人な訳ないんだよ」
「え?でも話しかけたら一気に顔が青ざめて」
「舞の容姿の説明をしたら足が震え出して」
「誘拐されたって言ったら逃げ出したんだよ」
「よし警察に連れて行こう」
「や…!やめてくれ!警察は!」
「あしゃべった」
男は体を振るって掴まれていた腕を振り解く。
何かしてくるのか…!?と警戒をするが、男は一直線に勇の足元まで走ってくる。
そうして勇の足元に辿り着くと…膝をつき涙を流す。
「許してくれ…!」
「俺が誘拐したのは認める…!」
「じゃあそりゃ許せる訳ないでしょ」
「逮捕だ逮捕だ!御用だ御用だ!」
「…俺は別に捕まえてもらっても構わない」
「でも…あの少女を返すわけには行かないんだ!」
「…なんで?」
「それは…」
「あいつからもう幸せを奪ってほしくないんだ…!」
…普段ならわがままな願いだと切り捨てるもの。だがその男の表情はぐちゃぐちゃになりながらも、動かせないような芯がある気がして…なぜか「ダメだ!」と切り捨てられなくなってしまう。
「…どんな事情があっても舞は返してもらう」
「でも…理由だけは聞かせてくれないか?」
「様子を見るに…あんたはやりたくてやってるようには思えないんだよ」
「…君らみたいな高校生に話しても…」
「誰かに寄り添うのに年齢なんて関係ないだろ」
「…それもそうか」
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赤熊元子と赤熊貴一は誰もが羨むような夫婦だった。容姿端麗で仲睦まじく…人に幸せを振り撒くような夫婦だ。
二人とも付き合うのも初めてで…お互いに分からないところがありながらも愛を深めていた。
そして結婚してから3年後についに念願の子供が産まれた。女の子だ。
名前は「紫苑」
秋に生まれて…二人とも花好きという事でかの名前にした。綺麗な名前で…紫苑もそれに応えるようにスクスクと大きくなっていった。
そうして紫苑が産まれてから一年。
紫苑は一歳の誕生日になった。
貴一は仕事の帰りにケーキを買い…元子は紫苑と料理を作るために買い物に出掛けていた。
最近の貴一は仕事も順風満帆…そして綺麗なお嫁さんと、可愛い娘に囲まれながら毎日を過ごす。幸せな気持ちのまま今日も仕事から帰れる。
…だが幸せというものは土台が脆いものだ。
スキップ混じりの帰り道、一本の電話が鳴る。
身に覚えもない電話番号。
普段ならこんな電話は無視するに限るが…なぜかこの時は電話をとってしまった。これが虫のしらせ…というやつなのだろうか。
「もしもし…」
警戒しながらも声を出す。
その相手は相当焦っている様子で、声も出していないのに震えているのがすぐに分かった。
「赤熊元子さんの…旦那さんの赤熊貴一さんの電話で間違えないですか…?」
「え…はい」
「実は…」
それからの言葉はあまり耳に入ってこなかった。…いや認めなく無かった。
…紫苑と元子が酒に酔った車に轢かれた事。
ベビーカーに乗っていた紫苑は即死。
元子は一命を取り留めたものの…もう二度と動けるような体ではない。
認めたくないが認めざる負えない悲しい出来事が自分の見ていないところで起こった。
貴一の足は自然に止まってしまう。
それからだった元子がおかしくなってしまったのは…
あの絶世の美貌が失われたことや、活発に動いていた姿が見れない。そんなことどうでも良かった。
話すこともしない枕を撫でながら眠ったり、その枕にご飯を食べさせようとしていたり…
言葉を選ばずに言えば明らかに狂ってしまっていた。
「なぁ…元子…?」
「なに…?」
「いや…なんでもないよ…」
元子は紫苑がいたあの頃のように幸せな笑みを浮かべている。
それだけで…少し心が安らいだような気がした。
紫苑が死んでから約一年。
家の寂れたインターホンが久しぶりに音を鳴らす。
久しぶりの来客に喜ぶことはできずに、少し心が曇りながらその扉を開ける。
「…赤熊元子さんのお宅で間違えないですな」
しゃがれた老人の声。
その老人はズケズケと家の中に入ってくる。
元から裸足だったようで、そのまま元子のいる部屋へと歩いて行く。
その老人はフードをかぶっていてよく見えなかったが、顔が伸ばされたように横長で深くシワが入っているように見えた。
「何しているんですか!」
貴一が部屋に入った時には、もう老人のしたいことは終わっているようで…ゆっくりと部屋から去っていっていた。
「赤熊元子さんに…幸せの力を授けたのですよ…」
それからだった。
元子が『大人を赤子にまで戻す能力』を使えるようになったのは…
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「どうだ…?これで元子を許してくれる気になってくれたかい…?」
「…悪いな」
「俺は漫画の感動シーンでも泣かないタイプだ」
「敵にも悲しい過去が…っていうのはただの自分の弱さを提示しているようにしか思えないタイプ」
「だからアンタの嫁さんにどんな悲しい過去があったとしても…舞は絶対に返してもらう」
「…俺たちをそこに案内してくれ」
「…その少女を返すだけで…いいのかい?」
「うむ…」
「その言葉信じるよ…」
案外すんなりと通ってしまった。
だが無駄なやり取りが省けて最高だ。
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