16-3 笑えれば
何事もなく…次の日が来た。
…いやそんな事はなかった。
今現在教師が対応してくれてはいるものの、怒った舞のパピーが職員室で荒れ狂っている。
それもこれも…全部自分の恐怖心が悪い。
…あのカラオケの帰り…どうやら舞が誰かに連れ去られていたらしい。
クラスはバスジャックでも来たかのように静まり返っていて、自分の罪の重さを改めて思い知る。
息を出来てるのに息をしていないような…
今にも呼吸困難になりそうなほどこの場の空気圧に押しつぶされてしまいそうだ。
舞と二人っきりでカラオケに行った事を知る者はほとんどいない。舞が舞パピーに言っただけで…この事は風華にさえ言ってはいない。
…どんな顔をして風華に会えば良いんだろう。
こういう時に人は本当の自分を知れる。
勇はずっと自分の中に悪魔が潜んでいた事が分かる。良い奴を着込んでいるだけのただの悪魔なのだと…
「…勇?顔青いけど…体調でも悪いの?」
今の自分には勿体無いくらいの杏の優しい声。
丸みを帯びているはずなのに、深く心に突き刺さるようだ。
勇は精一杯の笑顔で綺麗な顔で覗き込む杏を迎える。
「ちょっと昨日食ったブロッコリーが当たったみたいで…腹が痛くって…」
「え?勇ブロッコリー嫌いじゃなかった?」
「あ…」
こんな時にポンコツを発動してしまう。
杏と勇の会話に気がついた風華は、暗い顔をしながらぴょこぴょことやってくる。
風華は舞が連れ去られたと聞いた時、文字通り灰になったようにして椅子に座っていた。
…勇は少し伏せ目がちにチラッと風華を見る。
「…お腹…お腹大丈夫…?」
「あ…うん」
「そっか…」
…やっぱり舞がいなくなったのはかなり大きいようだ。風華のまぶたはピクピクと動いている。感情には出ていないものの、かなり動揺しているようだ。
悪魔は笑いもせずにただ冷静に黙り混んでいる。下品に笑いもしない本物の悪魔はいつも潜んでいる。
「…」
「…気をつけてね」
「あの…!風華…!」
「…?」
「…ちょっと!話したいことがあるんだ!」
心の悪魔を無理やり押し殺す。
跡形もなく殺す事はできないから押し殺す。
勇は風華の小さな肩を力強く抑える。
思わず強くしてしまったと少し反省して、風華の肩を掴む手の力を緩める。
「ごめん…」
「大丈夫だけど…どうしたの?」
「…あ…あの…そのな…」
悪魔は押さえ込んだものの…
元々の自分の性格の悪さと臆病さが事実の邪魔をする。
言い淀んでいる間…
どたどたと廊下に轟音が響き渡る。
…正直に言って一番来てほしくない人がこの教室に向かってきているんだろう。
風華から視線を外して教室の後ろの扉を見る。
バンッ!
激しい音と共にその扉は蹴り飛ばされる。
幸いにもその先には誰もいなかったこともあって、扉は壁に突き刺さるだけだった。
勇はその先の展開を考えると冷や汗が流れる。
「おいテメェッ!」
扉を蹴り開いた男に片腕で胸ぐらを掴まれる。
…その男の赤髪が焦りからかいつもよりも光っている気がする。職員室にいたはずの舞パピーだ。
胸を掴まれているからか…呼吸がし辛い。
押し黙り俯く勇…そんな勇を見た風華は舞パピーの太い腕を掴む。
「舞さんのお父さん!」
「なんで勇に怒ってるんですかッ!」
「勇は何も悪いことをしてないじゃないですか!」
その言葉に反応するように舞パピーは、風華が掴む腕を振るって…風華は地面に尻餅をつく。
「…お前は何も知らないからそんなこと言えるんだ…」
「コイツはなぁ…コイツはなぁ…ッ!」
「俺の舞と二人でカラオケに行ったあと…」
「危険な夜の街に舞を一人で歩かせたんだよ…」
「全部コイツのせいで…俺の舞は…」
…今の風華の顔を見る事ができない。
蔑むような目をして…こちらを見ているに違いない。
…誰も責める事ができない。
なぜなら嘘をつこうとした自分しか悪くないのだから…
「そんな事俺も分かってます!」
「ほら…!」
風華はスマホを開いてLINUの画面を開く。
それは舞とのトーク画面で…そこには、
『今日は勇くんとカラオケに行きました!』
『今はわたち一人でお家に帰ってますっ!』
『私が帰ったら一緒に課題しませんかっ?』
…とメッセージが送られてきていた。
誤字っているところがあることから帰り道に打った事は確定だろう。
つまり風華は勇が舞と一緒にカラオケに行った事と、その後に舞が一人で歩いて帰っていた事を知っていたのだ。
この事を知っていて…責めるどころか、むしろ自分を庇ってくれている。人としての大きさの違いを感じさせられる。
「舞さんのお父さん…!」
「勇を…!勇を許してあげてください…!」
風華はその場で額を地面を擦り付ける。
両の手も両の膝も埃や紙屑…何が落ちているかもわからない場所で風華が土下座をしている。
その声は震えているように聞こえた。
「許せと言われても…ッ!」
「舞は帰ってこないかも知れないんだぞッ!」
「…」
「俺の舞が…帰ってこないかも知れないんだぞ…!」
舞パピーの口調は強いが…その目には涙が溜められていて、その巨体は弱々しいと思えるほどに震えていた。
…強く見せても悲しいのは誰でも同じなのだ。
「俺は舞さんが無事だと信じています…」
「…口先だけ信じているだけじゃッ!」
「…舞さんのお父さんを安心させれるように…」
「勇と一緒に舞さんを見つけ出して来ます」
「なんでも口で言うのは簡単だ…」
「…情報も何もないのにどうやって舞を見つけ出すと言うのだ…」
「…そんなのわかりません」
「でも…命に変えても舞さんを見つけ出します…」
風華は顔だけをあげて舞パピーの目を見る。
見た目は土下座をしているが、その表情は凛としていて誰もが一歩引いてしまうほどのオーラを放っていた。
二人の目が合うと時間が止まったように…静かな時間がただ流れていく。
周りのクラスメートたちも空気を読んでいるのか、何も話さずに二人の姿を見ている。
そして数分の時が流れて…ついに舞パピーの口が開く。
「…舞が通ったと思われる場所の防犯カメラには怪しい人物は映っていなかった」
…舞パピーは風華の腕を掴み風華を立たせる。
勇の胸ぐらからも手を離して…数分ぶりの地面を堪能する勇。
「…お前ら二人は周辺に聞き込みに行ってくれ」
「怪しい人物がいたら俺に連絡をしろ」
「これが俺のLINUだ」
舞パピーはスマホを見せLINUのQRを見せる。
勇と風華はコクコクと頷きながらそのQRを読み取る。…舞パピーのアイコンは家族の写真だ。
「…何がなんでも舞を探し出せ」
「はい…!」
舞パピーは勢いよく扉から出ていく。
その表情はどこか嬉しそうに見えて、こっちまで何か嬉しくなれる。
「じゃあ勇!一緒に行こッ!」
「あ…あぁ」
風華とまだまともに目を合わせる事ができない。今風華の目を見たら…風華の優しさに包まれてしまって涙が溢れてきそうだからだ。
少し下を見ながら風華の手を見る。
…顔と性格は可愛い系だがやっぱり男なんだなぁって…この手を見るたびに思う。
今は大人しく風華に連れて行ってもらおうと…一歩踏み出してみると、風華に掴まれている手の反対側の腕が柔らかい手に触れられる。
思わず顔をぱっとあげてその人物を見てしまう。…
「…あ…玲那」
玲那に会うのは随分久しぶりな気がする。
…夏休みが終わってからは毎日会ってるというのに…不思議な気持ちだ。
「な〜んか二人だけ主人公っ!みたいな感じで困っちゃうな〜」
「私らも舞の友達だから協力したいのに〜」
クラスメートはコクコクと頷いている。
もちろん杏も自分の席で頷いている。
「で…でも危ないよ…?」
「大丈夫!聞き込みくらいなら私たちにできるし!」
「しかも私たちのクラスは美男美女揃いなんだから!こーゆうのは得意なのよっ!」
「じゃ…じゃあお願いしていい?」
「え…イケメンなのに可愛い…」
玲那は風華の頭をわしゃわしゃとする。
…風華は子猫のように目を瞑っているから…なおさら可愛く見えてしまうんだろう。
「…危なくなったら…俺に電話して!」
「あ〜顔はカッコいいのに〜可愛い〜」
せっかく今日の風華はカッコよかったのに…玲那にヨシヨシされている事で可愛く見えてしまう。多分玲那に弟がいたらめっちゃ可愛がるタイプだ。
みんなは我先にと学校から出て行った。
少し遅れて学校から出た勇と風華。
今現在ちょびちょびと風華の隣を歩いている。
普段は話題なんて無くても話せるのに…大事な話題がある時にはなぜか話せない…
「ま…舞さんのお父さん怖かった…」
「…そう…だな」
「むぅ〜!勇!ちょっとこっち向いて!」
風華は勇の肩を掴んで…勇の顔を上げさせる。
風華はイケメンフェイスなのに、頬をぷくっとさせていてかなりあざとい。
「勇にはそんな悲しい顔は似合わないよッ!」
「勇は良い人なのに悪い人ぶったり…」
「変なやつなのに常識人ぶったり…」
「おちゃらけてるのにクールぶったり…」
「そんなあやふやな部分が最高なんだから!」
「褒められてる気がしない…」
「うん!褒めてないモン!」
「え」
悪魔だのなんだの言っていたが、本当の自分が何かなんて…自分ですら分かっていないみたいだ。やっぱり風華は凄いやつだなぁって…したくもないけど尊敬してしまいそうになる。
…このまま隣にいたら風華に染まってしまいそうだから、ちょっとだけ早めに歩こう。
スタスタと前の方を歩いていく勇。
…なんかYシャツの背中がすごく濡れている。
相当怖かったんだろうなぁ…ってすぐわかる。
「な〜んで勇の背中はこんなに頼りない背中なんだろ…」
「まぁ…それが勇だから良いのか!」
「な…!なんか言ったか!?」
…まだ舞パピーの幻影に怯えているようで体からピクッと上がっていた。なんか面白い。
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