15-7 水上バス
「ち…ちべてぇな…」
「…明後日学校か…」
「もうちょっと浸かったら風邪ひけるかも…」
「…は!いかんいかん…俺の目的はカップルを撲滅することだった…!」
パチン…
黒縄はちょっと威力弱めに勇の頬を叩く。
なぜかそれに母の優しさを感じた。母にも父にも叩かれなことはないけど。
「…まだ来ないのかなぁ」
「戦い終わったら慰謝料請求しなきゃ…」
それから20分が経った頃…
トコ…トコ…とゆっくりと足音が聞こえる。
もう普通に夏だけどこんなに足を濡らしていると…寒過ぎてちょっとお腹痛い。だからもうちょっと早足で来てほしい。体育の先生ならブチギレてる。
「お待たせしたこん」
「あ…これ美味いこん」
左手にわたあめ…右手にホットドッグ…
多分相当楽しんできたんだろう…
さっきよりもちょっと下腹部が膨れている。炎尾は…胃下垂ってやつなんだろう。…こんなに膨れてるとか…多分結構食べてきたんだろう。
「あそこのカメロンソーダ美味しかったこんよ」
「カチワレダイコンサラダは普通のダイコンだったこん」
ちゃんとコラボ商品まで食べている…
まぁそんなことどうでも良くってちゃんとカチワレダイコンサラダの味を評価してくれて良かった。やっぱりコラボ商品ってコラボあり気だ。
「さ!さぁ来い!」
「あちょっと待つこん」
「まだ食べているこんから」
「あ…そりゃそっか…」
勇は大人しく待っている。
5分ほどで、結構でかいわたあめとホットドッグを食べ終わった炎尾は紙ナプキンで口を拭く。
キツネって上品なイメージがあるから…炎尾もそーゆーところは守っているんだろう。
「ゲェェッ」
前言撤回。あまりにも汚いゲップ。
女の子の黒縄は勇の服の中に入って、炎尾をめちゃくちゃに睨みつける。…やっぱ黒縄は擬人化されたらかなりの美少女にされると思う。
「腹ごしらえもできたこんから…」
「そろそろ…お前らを消し炭にするこんか」
「…ッ!」
…炎尾の胸のクロス状の黒炎が動き出した。
しかもそれは一度や二度ではなく…かなりの回数動いていて…心臓の様にも思えた。
そして鼓動が止まった時…
あんなに出ていた下腹部が消え、黒炎の炎も少し弱まっている気がする。
まさか炎尾が弱まったのか…?
そんな勇の微かな希望はすぐに潰えることになる。
「空炎弾…」
炎尾が手のひらを天に翳すと…
まるでブラックホールの様に空気や…小さな虫…色んな物がそこに吸い込まれていく。
それだけならただのゴミでしかないが…何よりも不味そうなのが…太陽の熱さえもそこに吸い込まれている様だ…
その証拠に…炎尾の手のひらのその部分だけ空気が揺れている様に見える。
「な…なんかさっきより火力高そう…」
「さっきはお腹が減っていたから火力が出せなかっただけだこん」
「これが妾の全力の火力だこん」
…その空炎弾と呼ばれる玉はバレーボールほどのサイズで留まる。…もっと大玉くらいになるのかとも思った。
だがそれでも火力は十分そうだ。炎尾のドヤ顔を見てみれば分かる。
「一瞬で楽にしてやるこん」
「…」
真剣な顔をしている勇。
今すぐに逃げたがっている黒縄。…もう体が黒縄に引っ張られそうで腹痛い。
「黒縄ちゃん…」
「俺が死んだら黒縄ちゃんどうなるの?」
黒縄はブルブルと体を揺らして説明をしている様だ。まぁこの動作を翻訳すると…
「勇くんが死んだらアタシね!100年くらいずっと暗闇に閉じ込められちゃうの!」
「だから勇くんには生きてほしいの!一緒に逃げよ!」
…かなり黒縄の声は可愛いようだ。ちょっと舞みたいなロリ要素がある。まぁ完全な想像だが…
…まぁ使用者の勇が死んだら黒縄もかなりの長期間活動できなくなっちゃうみたいだ。
「ふむふむ…つまりは黒縄は俺が死んじゃダメってことか」
「じゃあ協力してくれ!」
「…」
黒縄はブンブンと縄を振るっている。
もうこの様子から相当嫌な様で…無理やり黒縄を動かしても本領発揮することはできない…
本領発揮してもやることはただの小細工でしかないが…あんな熱そうなやつと無防備でやり合うよりマシだ。
「カメロンソーダ!」
あのカメロンソーダでも縄を振る黒縄。
当たり前だがその間にも炎尾は止まることはない。
炎尾はついには空炎弾が構えられた手のひらを前に出す。
「くだらない話をしている暇はあるこんか?」
「そんな黒縄一つ動かしても…この世の塵と化すだけだこん…」
「地球のこと…自分のことを考えるならまずは逃げるべきだこんよ?」
「わざわざ心配ありがたいけど…」
「俺は黒縄を信用しているんだよ!」
口ではこんなこと言っているが全くの嘘。
これも黒縄を動かすためだけの言葉。黒縄の事なんてただの可愛いペットとしか思っていない。犬とか猫みたいなもん。
だが黒縄はずっとプイプイとしている。やっぱ属性で言えば舞なんだと思う。
「まぁ仲良く地獄に行けばいいこん」
「多分黒縄は可愛いから来世はめちゃくちゃ可愛い人間になるぞ」
ぴょこっ!と跳ねていて可愛い黒縄。
これは普通に勇の本音だ。本当に可愛いもん!
だがそれだけでは黒縄は動いてくれない。
「じゃあさらばだこん」
ビュウゥッ!
幸い空炎弾の移動スピードは遅い様だ。
…まぁでも休んでいる暇なんてない!
勇はもうめちゃくちゃに焦りながら脳みそをフル回転させる。ちっちゃい脳みそだから余計にぐるぐると回る。
そして勇はある一つのことを思い出した。
「ほ…!ほろ酔い!」
…ビクッと縄を揺らしている黒縄。
なぜこんなに分かりやすく喜んでいるのかと言うと…それは3週間くらい前の19時2分のこと…
なんでこんな詳しい時間を覚えているかと言うと…それくらい大惨事が起きたからだ。
…ここで回想を挟んでもいいがあえて挟まない。
まぁ簡潔に説明すると…
冷蔵庫に父親が残していたほろ酔いの缶が冷蔵庫に入っていたのだ。普通の父親は大体もっとアルコール度数高いの飲むだろうが、うちの父親は大学生の頃からほろ酔い。
…まぁそれをレモンスカッシュだと思って勝手に体から出てきた黒縄が飲んだのだ。
でも黒縄って生物ではないから酔わないと思うじゃん?残念ながらそれが酔っちゃうんだよ。
…それからはかなりの大惨事だった。
普段はお淑やかで謙虚な黒縄…まぁそれは盛りすぎだけど、あんまり暴れたりしない子だ。
…だが酔ったあの時は冷蔵庫の中をバチクソに荒らしまくった。これは手始め程度だ。まぁ手始めなのに夜ご飯ぶちまけたり…麦茶ぶっ放したりしたのだが…
母親にバレない様にそこから逃げて自分の部屋に向かうと…そこでも大暴れ。
正直普段の黒縄よりも素早く動いていた。
部屋の中を縦横無尽に動き回り…フュギュア棚が倒れて…本棚も倒れて…幸い本もフュギュアも破れたり壊れたりすることはなかったが…とにかく暴れていた。
そして十分に暴れた後…黒縄は嘘の様に鎮まり帰った。…暴れるだけ暴れたから…多分寝たんだろう。
少し苛立ちを覚えたが…怒る気にもならない。
だってこれから自分があの母親にブチギレられるんだから…怒って気を紛らせることすら億劫だ。
話は戻って今現在…
やっとやる気を出した黒縄は自らブンブンと縄を振り回している。
…だが勇は突然黒縄を引っ込める。
「…?」
「黒縄ちゃんおばか!」
「あんたそんなことしてたら燃えちゃうわよ!」
ついついお母ちゃんの口調になってしまう。
まぁ勇の母親はそんな優しい感じで怒ってこないのだが…
黒縄はちょこっと首元から現れて勇の顔を伺う。多分本気で怒っているのか心配だったんだろう。嘘だよって教えてあげたいが…怖がってるのが可愛いから絶対教えてあ〜げない。
「黒縄ちゃん…さっきの俺の髪の毛作った時のやつやってくれない?」
黒縄はフンス!と力を入れる…
するとかにかまみたいにスルスル〜とその首元から出てきていた黒縄は分裂する。およそ10本くらいになっている。
そして勇はその黒縄を右腕に移動させ…左手にもう一本おんなじくらいの量の黒縄を出す。
合計20本。多分それよりも多いと思うが…
迫り来る空炎弾…黒縄は慌てている。
一本のチビな黒縄…チビ縄は勇の腹の辺りをツンツンとする。
「まぁ落ち着け落ち着け」
落ち着けとか言っているが…勇の足は小刻みに揺れている。ちゃんとってかかなり怖がっている様だ。
だが目にはちゃんと炎尾と空炎弾を見据えている。
徐々に…徐々に…迫ってくる空炎弾。
それはもう10メートルくらいまで迫ってきていて…結構離れているはずなのに無限に汗が流れ出る。
だが…まだ勇は動くことすらしない。
そしてあと5メートルにまで空炎弾は迫る。
「わぁぁぁッ!」
勇のあまりにも情けない叫び声。
それと共についに黒縄は動き出す。
ブンブン…ッ!ブンブンブンブン…!
黒縄は噴水の水に少し浸かりながら回り出す。
ぴちゃぴちゃ水遊びをしている様だ。
「…やりたかったのがそれこんか?」
呆れた様な声を出しているのが丸わかりだ。
それだけで少し恥ずかしくなるが…黒縄を止めることはない。
「うぉぉぉッ!」
「無限螺旋回転水陣!」
その場で思いついた言葉をとにかく叫ぶ!
すると黒縄もやる気を出したのかさらに回転速度が速くなっていく!
噴水の水が黒縄…いやチビ縄たちに纏うようにしてついていく…!
そしてついにチビ縄'sと空炎弾は接触する!
「うぉぉぉッ!消火ぁぁぁッ!」
「ブンブンブンブンー!」
びちゃびちゃと空炎弾に水を吹きかける。
普通なら蒸発してしまうだろう…!
だがなぜか不思議な力で空炎弾の火力は弱まっていくのが目に見えてわかる。
一発のうるさい音より、複数回の雑音の方が鬱陶しいのと同じなんだろう。
「あー!ちょいそれ辞めるこん!」
「いやぁぁぁッ!」
手を合わせて願う炎尾と…必死に黒縄を振り回す勇。勇も頑張って回している様で…さらにスピードが上がっている。
それが数分間続いた…!
そしてこの勝者は…!
ジョバァァ…
この消火音から分かる通りに…!
勝者は勇は率いるチビ縄's!
多分炎尾はあれが最大火力だったんだろう…
もう膝に手をついている。
「ぜぇぜぇ…疲れたこん…」
「形勢逆転だなぁ…!」
圧倒的に調子に乗っている勇とチビ縄。
やっぱペットは飼い主に似る様だ。
ぐりゅゅゅうぅっ!
あまりにも鈍い音。
まだ炎尾腹減っているのか…?とチビ縄たちは疑っている様だが…
「うぉぉ…腹痛が…」
それはご主人様である勇のお腹の音だった。
腹が減っている訳ではなくって…冷たいところにいたことによっての腹痛の証だった。
「炎尾ぃ…!ちょっと待ってろぉ…!」
「あ…やばい…!」
腹を押さえながらちょびちょび歩きで噴水から出た勇は、近場のトイレへと駆け込んでいく!
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