14-6 POISON
「ん…」
あまりにも白い部屋で…颯は目を醒ます。
ずっと寝ていて…冬が到来したのかと思ったが…この臭いとも言えない様な香りで気づく。
ここは病院なんだと…
「…?」
「…」
「…」
こう言う時は彼女ってやつが、目が覚めるまで待っていてくれるはずなのだが…
「…!颯さん!」
ビジュだけはエリート彼女の風華がいた。
風華も今寝ていたのか…いつもよりふわふわな雰囲気がある。マジで本当に彼女か…!?と錯覚してしまいそうになるからやめてほしい。
…だが風華が嬉しそうで…こっちも嬉しくなるから自然と許してしまう。
だがニコニコな笑顔ちゃんだった風華は眉が下がっていき…口角も平行になっていく。
「ごめんね…颯さん…俺一人だけで…」
「舞さんとかも来たがってたけど…お医者さんに今はダメだって言われちゃって…」
「そっか…」
「舞は大丈夫だったのか…?」
「次の日…っていうか数秒のにはもうピンピンしてたよ」
「良かった…」
颯はいつもの綺麗な笑みを見せる。
…だが次第に風華と同じ様に顔がしょんぼりとしてきて…その顔を見た風華もまたしょんぼりする。
「俺…あの事件の記憶があんまりないんだよ」
「本当に…舞のお腹を殴って…そこから風華と舞がキスしたのを見てから…記憶があんまり無いんだよ」
「…!俺舞さんとキスしてないです!」
「…え?」
「も!もしかしてそこから記憶がゴチャゴチャに…!?」
「う…うんごめん完全に勘違いしてた…」
「…で…あの時俺は何をしてたんだ…?」
「…」
風華は近くに掛けられていた新聞を取る。
そして申し訳なさそうに…その新聞を、折り畳まれた状態で颯のベッドの上に置く。
その顔を見た颯は色々と察するところがあって…喉に突っかかっていた唾を飲みこむ。
「…これから言うことは…颯さんのせいだと思わないでほしい…」
「…うん」
風華は颯の目の前に置かれた新聞紙を開く。
颯は震える手で…その新聞紙をソッと開き…その中身をじっくりと見出す。
その間…風華は窓の淵に手を置いて外を見ていた。
その新聞の見出しには…
[穂部実庵町、高校生男子3人殺人]
と書かれていて…
その下の写真には集合写真の颯の写真があった。
「…これで俺も殺人犯か」
「ッ!そんな事には絶対にならないはずだよ!」
「舞さんのお父さんが…颯さんの無実を証明してくれるはず…」
「舞のお父さんは警察官だっけ…」
「く…詳しいんだね」
「そりゃあ…俺も今も舞のこと好きだから…」
二人の間に気まずい空気が流れ出す。
病室の冷房の音が余計に多く聞こえてくる…冷たい風と共に気まずい風が体に当たる。冷たい。
風華は窓の外を見ながら不機嫌そうな顔をしている。…その顔は夕焼けに照らされた窓に反射してよく見える。
「…俺も」
「いや…俺の方が舞さんのことを好きだ…もん」
口元に手を置いて頬杖の様にそこに顔を置いている風華。…これは夕焼けのせいなのか…
頬も耳も真っ赤になってしまっている。
それを見た颯は驚いた顔をするものの…
すぐに元のイケメンフェイスに戻って…そっからの!嫌〜でも無いような口角ぶち上げをしている。
「…今好きって言ったよな!?」
「ま…!前にも颯さんには言ったじゃん!」
「でも…その時はイヤイヤ言ってたけど…」
「今日は"俺の方がッ!"ってはっきり言ってたじゃん?」
「…でも俺…本当に好きだもん」
「ふ〜ん」
「俺よりも?」
「颯さんよりも舞さんが好き…!」
「じゃあ問題です!」
-デテンッ!-
なんか音が鳴った気がする。
「舞の誕生日はいつでしょう!」
「…た…誕生日…」
「わ…分かりましぇん…」
「はい正解は6月25日ね」
「沢田研二って人と誕生日一緒って舞喜んでた」
「ジュリーと一緒なんだ…」
風華は分かりやすくハンカチを噛んで悲しむ。
「キー!」とまでは言ってないものの「悔しい…」っと言ってそうな目をして颯を見つめている。
「じゃあ舞の好きなアーティストは誰でしょう」
「う〜ん…ユーミン!」
「はいぶっぶ〜ユーミン好きなのは玲那ね」
「正解はラルクでした〜」
「ぐぬぬ…!」
颯は意地悪そうに悔しそうな風華を見ている。
風華は本当に全てが顔に出てしまうから…こんくらいの意地悪は許して欲しい。
こんな何の訳もない意地悪で赤ちゃんみたいに可愛くなるんだから…プラスの方が大きいだろう。
「…改めて思ったけど」
「風華ってなんで舞のこと好きになったの?」
「もしかして顔とか…?」
「…もちろん舞さんの顔が可愛いから好きってのもあるけど…」
「いろんな事に一生懸命なところが…好き」
「失敗しても笑顔でいられるところが…好き」
「優しいのに…すごい正義感が強いのが好き」
「それ以外にもいっぱい好きなところがあるから!」
「…ふ〜ん」
「な…!何!?これでも不満なの!?」
「いや…俺なんで風華のこと最初嫌いだったのかわかった」
「え…」
「ていうかか俺のこと嫌いだったの!?」
「うん」
めちゃくちゃ平然と首を縦に振っている颯。
風華はその姿を見て悲しくなるものの…ここは男と男の対決なのだ…!と自分の心を叱咤する。…でもめちゃくちゃ涙ぐんでいるのは、風華が優しいからってことで気にしない事にしよう。
「風華って…いっつもいっつも遠慮しがちじゃん?」
「俺は…俺なんて…って感じでさ」
「そ…そこが嫌いだったの?」
「いやそこは仕方ないからね」
「たまに無意識に格好良いのが嫌いだったんだなぁって」
「例えば…?」
「今みたいに急にやる気になったりするとこ!」
「しかもそれが全部舞が好きだからって言うのがね〜」
「…も…もしかして今も俺のこと嫌いなの…?」
もう本当にこんな顔は1億年に1の美女だろう。瞳がうるうるしていて…口角もちょっと下がっている。
颯は出来るだけその瞳を見ない様と目を逸らす。理由はたった一つ…クソ可愛いから流されてしまいそうだからだ。
「…今も嫌いだったらこうやって二人で話す訳がないだろ?」
「えへへへへへへ」
オードリーみたいなことを言っている颯。
でも風華はそんなこと知らないのか、あのノリの二回目の春日みたいにめちゃくちゃ真顔だ。
急に笑い出した颯を普通に軽蔑した目で風華を見ている。
「…」
「今は風華と最初から仲良くなくって良かったって思ってる」
「え…」
「だって…こんないいやつなの知っちゃったしさ…」
「…う〜ん!颯さ〜ん!」
「ちゅきちゅき!イケメン!だいちゅき!」
ちょっとでも隙を見せたら風華はバブバフしてくる…!それを知らない颯が悪い。風華=法律だ。
風華はちょいちょいしながら、医者から颯に触れるなと言われてるのに抱きついている。
そんな風華の頭をなでなでしながら…颯は呟く。
「風華…」
「ん…?」
「今学校とか大変か?」
「なんかマスコミとかいっぱい来てて…授業にもならないよ…」
「でも校長先生とかうちの学校のみんなは颯さんの無罪を知ってるから…!」
「安心して!颯さんの居場所はあるから!」
「そうか…」
「これから言うことは…風華だけの秘密だぞ」
「え…?」
颯は風華の耳に顔を近づける。
風華はその言葉を聞いて目を丸め…口がぽかんと開いている。
「え…?」
颯のその話から幾つかの朝を迎えた。
そして颯が退院し穏やかな日常がまた始まる。
…訳でもなかった。
校長室で…校長先生と颯二人っきり…
颯は校長室の長机に一枚の紙を差し出す。
「行方くん…!」
「こ…この紙は…」
「…大変迷惑をかけたみたいで…すみません」
「だ…だが!行方くん!」
「自主退学なんて…!」
「この先の将来がかかっているんだぞ!?」
「君にはまだ未来がある…!」
「考え直してくれないか!」
「ごめんなさい…」
「もう決めた事ですので…」
颯はそれだけ言い残すと…
スタスタと校長室からただ静かに出ていく。
その後ろ姿に校長は手を伸ばす…その後ろ姿は寂しそうに…だが堂々とした背中だった。
退学…人生で二度は経験する事でないであろう人生においての転換点。それだと言うのに今日は生憎の大雨だ。しかも傘を持ってきていない。
こんな温い雨の降る夏の日…初めて舞と話したあの日を思い出してしまう。
多分これからもこれくらいの時期になると…いやと言うほど思い出してしまう。
あの温さに似合わない様な太陽の差すような笑顔…その日の帰り道はぬかるんだ道さえもスキップで渡れる様な気分だった。
もう終わる学校生活だと言うのに…
こんな時に色々な思い出が溢れ出してくる。
これが走馬灯…別に死んだ訳でもないのに…
体育祭の時…文化祭の時…授業中…何気ない昼休み中…そして舞との時間。
これがもう一年ちょっとの出来事だと言うのだから…高校生活というのは…本当に楽しかったと今になって思い示す。
「はぁ…」
「今日が雨で本当に良かった…」
顔を伝っている熱い水と…冷たい水…
傍から見れば一緒だが…一粒一粒が全然違うことが分かってしまう。誰にも共感できないような痛みの方が辛く思えてしまう…。
そしてもう校門を出てしまう…
ここを出て仕舞えばもうこの学校の生徒ではなくなってしまうのだと思うと…自然と足が止まってしまう。
「もうこれで終わりか…」
雨の音がさらに大きくなっていく…
多分もうここから出て行けと…神様かお天道様が言っているのだろう。
少し悲しくもあるが…足を一本踏み出す。
パチャパチャ…
少年たちでもはしゃいでいるのか…?
そんな馬鹿げたことを思いながら…その音の方向のする後ろを振り返る。
「…!」
颯は目を大きくして「え…」と声を漏らす。
颯が驚いたのには理由があった。
「颯さん!」
「颯ッ!」
…沢山の自分の名前を呼ぶ声が、雨の音を突き破って耳元に襲いかかってくる。
それも10人や100人などではなく…500人以上…全校生徒…そして全先生が雨だと言うのに外に出てきていた。傘も刺さずに…雨に打たれながら…
「颯さん…!」
「風華…」
風華は犬のように顔を振って水滴を振り払う。
…だが振っても振っても…雨が降る空の下では濡れる一方だ。
颯はそんな姿をした風華を見て微笑む。
「…おばか」
「…せ!せっかく颯さんを止めに来たのに…!」
「俺は大事にしたくなかったんだよ…」
「だから風華だけに言ったっていうのに…」
「…とにかく…!だめだよ!自主退学なんて…!」
風華は満面の笑みで颯の方を見てみるが…颯は優しい笑みのまま風華の頭を撫で下ろす。
「…みんなで止めに来てくれたのは嬉しいけど…」
「ごめん…もう無理なんだ」
「世間的に厳しい目を向けられてる俺を…受け入れてくれた工場があって…」
「来月からそこで働くことになってるんだ」
「隣の県なんだけどさ…」
「え…じゃあもう学校には…」
「今は通信制の高校とか…!定時制の高校とかいっぱいあるんだよ!!」
「…まだ戻れる所があるんだよ!!」
「…ごめん」
颯は一歩足を出して…校門から出る。
…だがそれ以上前に進むことはできなかった…
なぜなら颯の手を風華が掴んで離さなかったから…
「なら…!なら!」
「俺は颯さんに感謝したい事がいっぱいあるんだよ!」
「だからその全部を受け取って欲しい!」
「…それくらいなら…」
「俺もッ!颯に伝えたい事があるぜ!」
「え」
風華に続いてモブAと顔に描かれた男が一本足を踏み出し…モブBと顔に描かれた女も前に足を出す。
それは連鎖的に続いていき…この学校の全員が颯に一歩近づいた。
そして…もう何時間が経ったのであろうか…
辺り一帯は真っ暗になっているが…
今日の雨は止まる事はなかった。
まるでアイドルの握手会のように…一人ずつ颯への感謝を告げる。
どれもこれも優しさの事や…颯の人間性に感謝するもの…内容にしてみれば薄いかも知れないが…颯の人柄を表すにはそれ以上のない言葉だ。
そして最後の一人…高橋…あの熱血教師の高橋だ。多分2話ぶりの登場。
「この颯がいた…1年と少し…」
「社会全体で見れば無駄だと言われる様な時間だったかも知れないが…」
「この通り…そんな短い間で颯はこんなに感謝されたんだ」
「それは間違いなく…颯の人間性…」
「自信を持って良いんだぞ」
「…はい」
颯は下を向きながら拳に力を入れる。
その優しい高橋の手には力が籠っていた。
「これ…俺の連絡先だから…」
「金に困ったり…逃げたくなったらいつでも頼るんだぞ」
「颯の味方は…ここの全員…いや颯と関わった全ての人間がお前の味方だからな」
流石…高橋は20代〜くらいだった気がするが、言葉に説得力がある。多分GTO見てる。
風華と…颯感謝祭中盤で颯と話した勇は心の中で感動するが…一つ気づいたことがあった。
勇と風華は顔を合わせて少し離れた所に行く。
「…高橋先生は流石だけどさ…」
「あーいう良いセリフは普通主人公格の俺らが言うべきだよね!?」
「…俺もそう思ってた…」
「俺なんて体育の時助けてくれてありがとう!」
「…って言っただけだぞ?そこらのモブの方がセリフ数多かったぞ!?」
「…それは勇が悪いでしょ」
「風華はここ最近セリフの数が多いもんな…」
「あ…それよりなんか終わったみたいだよ」
「あ本当だ」
視線を颯の方に移してみると…
みんなが手を振って颯はもう後ろ姿しか見えない状態だった。
だがその足は少しぎこちなくって…何かを待っているようにも見えた。
「…多分風華…また出番だぞ」
「あ…うん」
風華は慌てながら颯の元へと走り出す。
ピチャピチャと走る度に勇の制服に水がかかって…少し怒っちゃうぞ。
次の投稿は金曜日です




