14-5 ブラック・タンバリン
「あ…あれ?」
「どこ行っちゃった…?」
紅恋はそこからいなくなっていた。
その代わりに体育館の横には大きな穴が空いていて…おそらくそこからどこかへ行ったんだろう。
霊愛と風華は顔を合わせて汗を垂れ流す。
「…こ…これまずいんじゃない!?」
「…やべ」
体育館の外が騒がしくなっていく…
驚きの声や慌てながら走り出す音…色んな音が聞こえてくる。
どうやらそれは外だけではなく中も同じようで…体育館に繋がる廊下から大量の足音が聞こえてくる。
「風華くんっ!」
舞の声が体育館の響き渡る。
相当急いで来たようで…止まっているのに制服のスカートが揺れ動いている。
「舞さん…」
「あ…あれ…?颯くんは…?」
舞は辺りをキョロキョロとしている。
肩で息をしていて…髪の毛も乱れ切っている。
舞のこんな姿は初めて見た。
「風華くん…っ!」
「颯くんがどこに行ったか分かる…?」
「…分からないけど…霊愛さん…?」
霊愛はスマホを取り出して何回も頷く。
風華のズボンに入ったスマホも震えていたから…多分笑伝も入ってるグループラインの通知だ。
「た…多分分かる!」
「じゃあ…風華くんっ!」
舞は風華に向かって走り出してくる。
まるで跳び箱をする少女のようで…風華は思わず舞に背中を見せて膝を折る。
「ないすっ!風華くんっ!」
舞は風華の背中の直前に飛び上がる。
むにゅぅっ!
…なんて擬音は聞こえないが、聞こえそうなほどにむにゅぅっ!ってなってる。
風華の背中に舞の…その大きな大きな…たわわに育った餅がくっつく。
女子からも男子からも風華を羨む声が聞こえる。霊愛も恨めしそうにその風華と舞の体の境目を見ている。
「…風華くんっ?」
舞の顔がかなり近い…ッ!
もう既に信号は黄色で…かなり危険だ。ていうかもうアウトなのに舞はずっと進ませようとしてくる!しかもこんなキョトンとあざとい顔で…
風華は頬に空気を溜めて精一杯、眉頭を尖らせる…まぁ風華も可愛いが勝つ顔をしているが…。
「…!霊愛さん!行こう!」
風華は気を紛らわすように霊愛の手を握る。
舞のもちもちほっぺっぺが風華の首元に触れる。あったかくて可愛い。
風華たち一行は紅恋が開けた大きな穴から出ていく…!
「は…ッ!」
少し後に目の覚めた勇。
キョロキョロと辺りを見渡すと…
大きな穴が空いた壁と…蜘蛛の巣のように張り巡らされた黒縄。
…そして顔が真っ赤になっている校長。
今時の校長には珍しく…ここの校長はちゃんと怖い先生だ。流石昭和に先生をやってきた人だ…殴ったりはしないが、普通に目つきだけで人を黙らすタイプだ。
「…」
ちなみに勇はなんとか逃げ切れたらしい。
風華の個人ラインにブチギレ慌てラインが来たから…向かってきているんだと思う。
「…ていうか舞さんはなんで颯さんのところに行きたいって…?」
「…舞ね…颯くんに伝えたい事があるの」
「…なんだ?告白か?」
「違いますっ!金髪ハンサムさんっ!」
「霊愛だ」
「私はただ…颯くんに感謝を伝えたいんだよ」
「…そうなんだ」
風華は小さく縦に首を振る。
その目は少し複雑そうだ…
でもその感情はすぐに飲み込んだようで…風華は凛とした可愛い瞳で前の方を見ている。
でも霊愛はずっと風華の背中を見ている。
「風華…疲れてないか?」
「もしあれだったら…その巨乳娘じゃなくって…そのロリ顔娘を預かっても良いぞ?」
「…そ…そうですね…」
多分今風華の背中は舞の体重に耐え切れず…なかなかに疲弊している事だろう。
舞の体を支えている腕もプルプル震えている。
だが舞はそれは嫌なようで…
霊愛の言葉に反対するように風華の首を絞める。…手で首を絞めてる訳じゃなくって腕で無意識に首を絞めてる訳だから…舞ちゃんは一切悪くないはず…
「風華くんが良くても…」
「私は風華くんじゃないと嫌だもん…っ」
風華は慌てながら顔を背けている。
多分だけど…顔が真っ赤になっている事に違いない。隠し切れていない両耳が真っ赤になっているんだもん。
「…ッ!風華下を見てみろ…ッ!」
「へ…?」
「ひゃっ!舞高い所怖いっ!」
「うごひよぉッ!?」
舞は怖がりなようで…怖さで風華の首を絞めちゃっている。これも舞ちゃんは悪くない。高くを飛んでいる風華が悪い。
しばらくして…落ち着いた風華は下を見る。
そこには立ちすくみ…ただ何もするでもなく前を見つめている紅恋がいた。
その先にはあの事件のあった商店街があった。
風華たちはそんな紅恋の後ろに着地する。
「颯くん…」
舞の声に紅恋の体がぴくりと跳ね上がる。
そして紅恋はゆっくりと舞たちの方向に振り返る。
「え…?」
その紅恋の顔を見た3人は思わず声を漏らす。
なぜなら…紅恋は涙を流していたからだ…
それも目にゴミが入った時みたいな少量の涙ではなく…大粒の涙が地面に落ちていた…
「…姉さん…どうしたんだ?」
「…」
紅恋の口は動いているが…一切声は出ていない。まるで魚のようにパクパクと動かすだけだ。
「ま…舞さん歩ける?」
「うん…」
「じゃあ舞さん頑張って…」
舞は小さく頷くと…風華の背中から飛び降りる。揺れる胸だと気にならないほど…この場には緊張感があった。
舞は拳を丸めてトコトコと小さく歩く。
風華は紅恋をジッ…と見つめて…霊愛は光蓮をちゃんと構えている。
紅恋は何をするでもなく、ずーっと同じように涙を流しているだけだ。
「ねぇ颯くん…」
「私の顔と…私の声…聞こえてるよね?」
紅恋はしっかりと目を開き舞を見つめる。
その目は…人を襲ってきた時のような残虐な目をしていなく…とても優しい子を見つめる様な目をしていた。
そんな目を見た舞は話を続ける。
「私…多分颯くんが居なかったら…」
「ここまで高校生活が楽しくなかったと思う…」
「私はね…っ!人見知りだから…最初高校に入った時全然楽しくなかったの…っ!」
「でも…颯くんが話しかけてくれてから毎日が楽しくなったの…っ!」
「クラスのみんなと仲良くなれたんだよっ!」
「…だからっ!もう普通の颯くんに戻ってよ!」
「颯くんが誰かを傷つけるのなんて誰も見たくないよっ!」
「私が憧れてる颯くんは…」
「優しくって…カッコいいんだもん…」
舞の背中しか見えていない…
だが舞が泣いていることは一目瞭然だ。
紅恋…そして颯は何もすることは無く…ただその舞の姿を見つめている。
そんな舞に霊愛はゆっくりと歩み寄っていく。
「ねぇ…紅恋姉さん」
普段のお調子乗りな霊愛とは全く違う。
ちゃんと優しい弟みたいな声を出している。
その表情はクールな表情なんかではなくって…無邪気な笑みを見せていた。
「もう紅恋姉さんが…傷つく必要ないんじゃないかな…」
「…っ!?」
「姉さん…私は…人間世界にいて一つ気付いた事があるんだよ」
「人って…案外優しいんだよ」
「くだらない事で笑いあったり…」
「たまにカッコつけすぎて…ダサい事があったり…」
「バカみたいに純粋な恋愛したり…」
「人間って生きる上で要らないことをさ…」
「純粋に楽しめるんだよ…?」
「れいあい…霊愛…霊愛っ!」
久しぶりに喋ったと思ったら…紅恋は頭を掻きむしりながら叫び散らかしている。
その紅恋の目はさっきの優しい目ではなく…
獣のような目で霊愛を睨みつける。
「私はっ!お前のために…っ!」
「今までお前のために生きてたのに…っ!」
「お前まで…っ!お前までっ!」
「私を否定するのかぁぁっ!」
血が吹き出そうなほど荒い声。
商店街全体がその声によって動いてしまう…
しかし…霊愛の瞳は揺れることは無く…優しい目で荒れ狂う紅恋を見つめている。
「…ううん」
霊愛は落ち着いた呼吸で目を閉じる。
だが…紅恋はそれをチャンスと捉えたのか…体を低くしてオオカミの様に、その目を瞑る霊愛を眼に捉える。
風華は慌てながら一歩足を踏み出し…
舞は霊愛の手を掴むが…舞のあのキャワ力でも霊愛の体はぴくりともしない。
そして紅恋の体は…霊愛の懐まで迫る。
その時…ッ!
霊愛の目は落ち着いたままパッと開く…。
その吸い込まれる様な…優しい瞳に紅恋は一瞬…時間にしたら0.01秒ほど攻撃を躊躇う。
「もう帰ろうよ」
「紅恋姉ちゃん…」
…目の前が真っ白になったのが分かった。
別に霊愛に何か攻撃をされた訳じゃない…霊愛は特に何もしていない。
今日されたと言ったら…女みたいな男に香水をぶっかけられただけだ…。
匂いはもう少ししか残っていないものの…
霊愛含めたあの男3人衆の会話も脳みそに染み付いている。
憎い人間たちが…人生を賭けて守ろうとした霊愛と話していたのだ。
それだけで心が簡単にへし折られた…
それなのに霊愛はあの頃のような無邪気な笑みを見せてきて…心が溶かされるような気分だった…
敗北してしまったんだと知らされる。
人間の手によって…碌な戦闘もせずにただ行動だけで…敗北してしまった。
「おーい!」
こんな大事なシーンで感動なシーンだというのに…こんなバカみたいな素っ頓狂な声を出しているのは誰だろう。
紅恋は薄々正体に気付きながら目を開く…
「あ紅恋姉ちゃんが起きたぞ…」
そこには弟…つまりは霊愛がいた。
しかも普通な顔をしていた。あんなに感動なシーンがあったっていうのに…平気な顔だ。
「…霊愛」
今現在紅恋は地面に横たわっている。
しかも颯とはもう分離しているようだ。
…紅恋の容姿ははっきり言って…
めちゃくちゃにド綺麗だ!
流石霊愛のお姉ちゃんって感じの顔をしている。
髪は赤黒い感じで…目も二重で切れ長…はっきり言って人間にいても女優とかになれそうなレベルだ。
しかも…!紅恋は身長が高い!多分170cmくらいって…服がチャイナ服の柄が無いバージョン!…はっきり言って男子高校生には刺激が強すぎるッ!
まだ寝ている颯の隣にいる風華は頑張って目を逸らしている。
ていうか舞に顔を押されて見えないようになっている。
「霊愛…あの短髪の男はいないか?」
「短髪…あぁ勇の事か…」
「ほれあそこにいるけど…?」
普通にモブに紛れて立っている勇。
心からモブに徹しているようで…自分のこと言われてることにすら気付いていていない。
「おい!勇ッ!なんか姉ちゃんが呼んでるぞ」
「あ!俺か…!」
勇は霊愛たちの元に駆け寄ってくる。
その姿を見ると…紅恋は上半身だけを起き上がらせる。
「…」
「え…?な…なに?」
「これからも霊愛を頼むぞ…人間」
「嫌だよ…こんなワガママなのに…」
「え」
「まぁでも良い姉さんを持ったな霊愛」
「やった事は確かに悪い事だけど…そんな弟のことを考えてくれる人は…人間にも少ないぞ」
「…!そんじゃあとは姉弟の2人の時間ってことで…」
勇はそそくさとその場から去っていく。
紅恋も言いたい事があったんだろう…手を伸ばすが、その楽しそうな後ろ姿に声をかける事は叶わない。
だが紅恋もなんだか満足そうな顔をしている。
「…霊愛…良い友達を持ったな…」
「…うん」
霊愛は落ち着いた表情で勇を見ている。
そしてこの事件から数日が経った。
紅恋は霊愛によって天界に連れて行かれて…
この事件も平和に終わる。
だが事件の後遺症はそう簡単には治る事はない。
…現在颯は病院のベッドの上に横たわっていた。
外傷などは特になかった…
だがその目の前で人を傷つけた事…
鼻に染みついたあの血の匂い…
そして…舞に暴力を振るってしまった事…
その記憶は脳みその中心に染み付いていた。
次の投稿は水曜日です




