14-4 ウスバカゲロウ
バリィィンッ!
紅恋の手によって簡単に体育館の屋根は崩れ去る。…そしてその真下にいる生徒や先生は呆気なくぶっ潰されてしまう…!
…事はなかった!
「…だいぶ派手にぶち壊したな」
「やっぱ念には念を…だな!」
「校長先生が遅刻してて助かったね!」
「ウチの校長お腹弱いからな…」
「校長って奴は体調不良にならないってネットで見たけど…」
「実は校長も人間らしいから体調不良になるらしいよッ!」
そこには生徒や先生…そのうちの誰もおらず!
風華、勇、霊愛しかいなかった。
校長は今日は下痢らしいから始業式は五限に回ったのだっ!なんという奇跡!
…さっきの校長の話は…体育館に染み付いた校長の亡霊が流していた声だったのか…?
…なんてことはなく去年のやつだ。
うちの校長は同じ話を使い回している。
紅恋はバカ3人を見下ろしている。
3人の目の前には崩れ落ちた体育館の屋根があるというのに…平然とまだ話している。
「霊愛…」
「お前はどれだけ私を呆れさせるのだ…?」
「…私も姉さんには失望したよ…」
「…は?」
「私の知ってる姉さんは…」
「めちゃくちゃに美人で…」
「めちゃくちゃに優しくて…」
「めちゃくちゃに強くて…」
「私にとって最高の姉さんなんだよ」
霊愛はいつの間にか"光蓮"を手に握っていた。
しかも今回はかなり気合が入っているようだ。
なぜなら有楽の時にとれた金箔が貼り直されているからだ。でも柄の部分にタグが付いているのがだいぶダサい。
霊愛は光蓮を紅恋に向ける。まるでホームラン宣言の様だ。
「私なりの…いや違うな」
「人なりのやり方で…姉さんを助け出す」
「助け出す…?」
「バカなことを言う様になったな…」
「…あぁ確かにバカかもな」
「だが私は今が一番楽しいぞ…姉さん…」
「…脳みそまで腐ってしまったようだなっ!」
「…霊愛っ!!」
紅恋は大きく空いた体育館の屋根から飛び降りる。その勢いはとても早く…新幹線の初速くらいには早かった。
光蓮を構えていた霊愛は慌ててその場から飛び逃げる。その表情はかなり慌てていて…正直言ってブサイクに変化しちっていた。
「勇ッ!」
「黒縄を全部発射しろ!」
「お!おいっすッ!」
「黒縄ッ…!発射しろッ!」
体育館全体が揺れた様な気がした。
紅恋の視界には頭を抱えながらしゃがんでいる男三人衆。あんなイキがっていた霊愛ですらも頭を抱えてプルプルと震えている。
ビュンッ!
体育館に反響する風音と共に…体育館の壁や床…天井からも黒い影が現れる。
それは徐々に紅恋の元へやってきている…。
「…っ!」
バンッッ!
黒い影が紅恋の体に触れると、紅恋はその影に連れ去られるように影に押されていく。
だが不思議と痛みは全く感じない。
ドンッ!
壁にぶつかると…殴られているような痛みがあるが、吐血や内臓が潰れることは全くない…。
…だが紅恋は目の前の景色に目を丸める。
なぜなら平凡な体育館が…スパイ映画に出てくる光電センサーのように黒い縄が体育館に張り巡らされていたからだ。
「…?何がしたいのだ?」
「姉さんの暴走を止めるための部屋…」
「つまり…」
「つまりなんだ…?」
「…行くぞ」
「思いつかなかったんだな…」
紅恋は無表情のまま腕を変形させ斧を作る。
その斧はやはりドロドロと形を留めずに動いていて…人の腕のサイズとは思えないほど大きくなっている。
こんな見た目でも生きているのが分かる。
…なぜなら腕の付け根の太い血管が波のように打っているのが分かる。…かなり気持ちが悪い。
「こんな縄…この斧で切り刻めるぞ…?」
「姉さんは戦闘能力なら最強だけど…」
「戦闘IQはこっちの方が上だぞ?」
「ほら…3人集まれば文珠の知恵って言うだろ?」
「…は?」
「姉さんが思うように…戦わせるわけがないだろ…ッ!」
「な…?風華?」
…その場に立ち止まり辺りを見渡す紅恋。
ギャラリーにはみかんの入っていたであろうダンボールが敷き詰められていて…唯一ダンボールがない場所には1人の女みたいな男が手を挙げていた。風華でしかない。
…多分手を挙げる意味なんて無いんだろう。天然だから仕方ない。
「はい!」
「やぁ!」
風華はダンボールを逆さにする。
…するとそのダンボールからは、人差し指の第一関節くらいのサイズのボールが出てくる。
その小さいボールは地面に落ちると1mくらい飛び上がって…徐々に地面へと落ちていく。
多分これはスーパーボールだ。
風華は一箱落とすとせっせとまた別のダンボールへ移り…また別のダンボールに移り…
あんなに広いと思っていた体育館の床が徐々にスーパーボールに侵食されていく…!
「ほ…本当に何をしてるんだ?」
最後のダンボールを入れ終わった風華は、腰に腕を当ててドヤ顔をしている。もうやり切った感が出ているが…まだ序盤も序盤だ。
「これで思うように動かない…だろ?」
「え?」
紅恋は困惑の表情と共に地面から足が離れる。
目の前の男3人は完全に忘れていた。
紅恋が天使だって言うことに…
霊愛はおバカだから自分の姉が天使だって事を忘れていそう。
霊愛ですら飛べるんだから霊愛の完全上位互換の紅恋は確実に飛べるだろう!
霊愛は慌てて風華を指差す。
「さ…作戦B!行くぞッ!」
「はい!」
風華はギャラリーから飛び立っていく。
どこにいくんだろう…と紅恋は空中に浮きながら風華の姿をじーっと眺めている。
多分言った本人の霊愛も何をするのか分かっていないのか…霊愛も同じように風華を見てる。やっぱり霊愛と紅恋は姉弟だと思い知らされる。
「SOZO…香水…っと」
風華の手には大量の香水が現れる。
ちなみにこれは商品ではなくって、全部風華プレゼンツのオリジナルの香水だ。
「…???」
もう天使の姉弟は何が何だかわかってないようで…目と目があって首を傾げる。
…だがそんな紅恋の顔はすぐに歪むことになる。
「…やぁ!」
また赤ん坊のような声を出して…
と霊愛は半笑いの状態で風華を見ると…
風華プレゼンツの香水を普通に紅恋にぶっかけていた。しかも10種類くらいの香水を全部かけている。
これは「マジなんでっかTV」で見た情報だが…香水は一本ぶっかけると逆に臭いし…体調も悪くなるらしい。池袋先生が言ってた。
「うぐ…っ!」
紅恋は目と鼻を同時に腕で抑える。
そして掻きむしるように腕で目を擦る。
風華のやりたい事がわからない。…風華もだいぶ慌てているみたいだし…。
「ウオェッ!」
「クッセェ…ッ!」
…10m以上離れている霊愛も、うずくまり嗚咽を繰り返す。膝もついて…ほっぺが膨らんでいるのが分かる。
鼻をつんざく10種類の香水の匂い…
髪の毛はベトベトで触れる気すら起きないほどのアルコールの刺激臭。
鼻から侵入してきた匂いが喉を突き刺す。
「ゴホっ!ゴホっ!」
「ウオェッ…」
あまりにもカオスな状況…
トコトコ…
突然どこかに隠れていた勇が現れる。
方向的にはトイレに隠れていたのだろう…お腹を抑えながらやってきているから…お花摘みだとも思う。
風華のぶっ飛んだ香水大作戦の対策も済んでいて、脱いだTシャツを口元に巻いている。まるでテロリストだ。ちなみに勇は授業中テロリストが来た妄想をするタイプ。
「俺がトイレに行ってる間に…」
「またカオスな状態になってるな…」
「だが俺が来たならもう大丈夫」
圧倒的にイキリオーラが漂っている。
ポケットに手を突っ込んで昔の刑事ドラマみたいに目を細めてい歩いている。
「あッ!そこ危ないよ!」
ズテッ!
あんなイキってたのに…風華が撒き散らしたスーパーボールを踏んで転んでしまう。
「…」
何も言わずに立ち上がった勇。
その顔は怒りに満ち溢れていて…スカーフみたいに巻いているTシャツに、赤いスーパーボールが入っていることには触れては行けない。
「なんだっけ…紅恋だったっけ…?」
「ゴホっ!ゴホっ!」
「…」
「お前はなんで無関係な人を自分と同じ目に合わせようとするんだ?」
「…?」
「…頼む風華紅恋と霊愛に水をぶっかけてくれ」
「うんごめんね…わかった」
本当に風華は戦いに役立つと思ったんだろう…
可哀想…だが流石に話が進まないので仕方ない。
風華は水をぶっかける。しかも何回も何回も…微妙にスーパーボール掬いに見える。
霊愛は上着を脱いで黒縄に上着をかける。
「し…死ぬかと思った…」
「…でなんでなんだ?」
「なんでなのか人間のお前らが一番分かっているだろう?」
勇は風華と目を合わせる。
風華もキョトン…と首を傾げて勇の方を見ていた。
「俺は能力者で色々押し付けられてるからさ」
「四界大戦の事とかちょっとは知ってるし…」
「紅恋と霊愛の過去とかも小指の爪くらいちょっとのことは知ってるんだよ」
「だけどさ…」
「普通の人間は四界大戦も知らないし…」
「天使も神もいることも知らないぞ?」
「…は?」
明らかにキレている表情をしだした紅恋。
だが勇の表情も怒りの表情を浮かべている。
「人間は本当に都合の良いことだけを残したがるんだな…っ!」
静かだが…確実に感情が揺れている。
…拳も震え出し…目つきも鋭く勇を睨む。
勇も震えているのが目に見えて分かる。…これが怒りなのか恐怖なのか分からない。
「あと一つ言っておくけど…」
「お前だけが被害者だと勘違いするなよ…?」
「…は?」
「俺は知らないが…」
「お前ら天使たちに親を殺された人間もいると思うぞ?」
「…」
「歴史は復讐のためあるんじゃないぞ」
「悪い歴史を消すために歴史を教えるんだよ」
「…っ!」
明らかに顔付きが変わっていく紅恋。
動揺しているのか…ドロドロの体がさらにドロドロに変わっていく。
腕の斧の形も原型を留めておらず…ただの長いだけの棒になってしまっている。
「…っ!」
「うるさい黙れ黙れ黙れっ!」
「お前ら人間が悪いんだっ!」
紅恋はまるで子供のように頭を掻きむしり…
頭を振り回しながら声を荒げる。
足もジタバタと動かすと…地面が揺れ出す。
「全員…っ!死んでしまえっ!!」
ビュンッ!!
紅恋の背中から棘のような突起物が生え散らかし…勇の黒縄を切り刻む。
「あぁぁぁっ!!!」
苦しむような声…悲鳴のようだった。
体育館の壁や床を破壊し…その突起物は霊愛に向かってくるッ!
霊愛はそれを目で追いかける事はできた。
…だが体は簡単に言うことを効かない。
霊愛は目を大きくし…口唇は恐怖によって震え出している。
「姉さん…止め…ッ!」
「霊愛さんッ!」
風華の体は前に出すが…それ以上は動かない。
手足が震えているのが分かる。
霊愛の体にその突起物が突き刺さる…。
グシャッ!
耳を塞ぎたくなるような不快な音と共に…
生ぬるい真っ赤な液体が体を伝う。
霊愛の口からも血が溢れる…事は無かった。
「ブフッ!」
「…!?勇ッ!」
「勇ッ!」
霊愛と風華の叫び声が体育館に響く。
…勇の体には紅恋の突起物…いや触手と言うべきだろうか…それが突き刺さっている。
口からは血が溢れていて…腹からは滝のように血が流れ出ている。おそらく内臓にまで達しているんだろう。
「…っ!?」
あまりの衝撃に紅恋さえも冷静さを取り戻し目を丸める。
風華は怒りの表情を露わにし…
霊愛は勇の血液の足りない背中を撫でる。
「な…なんで俺を…」
「ブフッ…!」
「別に…霊愛だけの為じゃないぞ…」
「え…?」
「霊愛の姉ちゃんも霊愛を殺したくないだろ…?」
紅恋の息が荒くなっているのが分かる。
今にも嘔吐しそうなほど荒い呼吸で…リズムも一定ではなく…不定期的だ。
「霊愛の姉ちゃんが…人間を殺そうとしてるのは…」
「天界のためでも…自分のためでもなく…」
「霊愛のためなんだろ?」
「…っ!」
紅恋は狂ったように頭を横に振り回す。
「人間は愚かだ…!」
「全部都合の良い方に解釈してしまう…っ!」
震えの混じった怒りの声…
霊愛はそんな姉を初めて見たのか…口を小さく開いている。
「…そっちの方が…楽しいじゃん…?」
「全部悪い方に流れちゃったら…」
「悲しいじゃん…?」
勇は口から血を流しながら小さく微笑む。
…紅恋からしたらその微笑みが何よりも怖かった。全てを見透かすような…その微笑みに吸い込まれてしまいそうなほど…
そして何より…自分が嫌って殺そうとまでしている人間が…天使である霊愛を守っている事が怖かった。自分の懸けてきた人生が嘘になってしまいそうなことが…一番怖かった。
「止めてくれ…っ!」
「止めて…っ!止めてっ!」
…吐瀉物のようにグロさがある見た目に反して少女のような声を出す紅恋。
頭を抱えながらその場にのたうち回っている。
勇を突き刺していた触手など綺麗さっぱり消えている…。
「ウグッ…!」
勇は頬を青くしながら床に膝をつく。
もうやり切ったような顔をしていて…その顔は安らかだった。
「…ッ!ダメッ!」
風華は勇の元へ走り出す。
その目には涙が浮かんでいて口角が下がっている。
「勇…ッ!絶対に死んじゃダメだよッ!」
「な…なんで…俺みたいな出来損ないのために…」
「そ…そんな自分を卑下するなよ…」
「れ…霊愛の姉ちゃんが守ろうとした命だぞ…」
「ねぇ…勇…?」
「ん…ん?何?」
風華は勇と親友だから気づいてしまった。
今現在の勇は嘘をついている事に…
しかも今回は"本を盗んだ〜"とかの単純な嘘じゃ無くって…結構難解な嘘をついている。
「…なんか平気になってない?」
「…うん」
「なんか…なんかさ…」
「傷が縫われていってるんだよね…」
風華は勇の腹部を見てみると…真っ黒な何かが体を動き回っているのが分かる。
それには霊愛も気づいたようで…首を傾げる。
「多分それ黒縄だぞ…?」
「黒縄…?」
「お前!バカだなぁッ!黒縄が傷を縫合する事なんてできるわけないじゃん!」
「コイツは普通に引っ張ることしかできないの!」
「…そんなこと言ってたら」
「ブフゥゥッ!」
勇の口からは血が吹き出す。
「あ…今傷ついた内臓が締め付けられてるな…」
「ご…ごべんなざい…」
「…てことは黒縄さん最強じゃん!」
「体も治せて…戦闘にも使えるし…!」
「…こう言うのに代償がつきものだぞ?」
「…例えば?」
「…能力の使いすぎで眠くなったり」
「…」
「勇今どんな感じ?」
風華は首を傾げながら問いかけるが…
「…」
勇は死んだように目を瞑っているが…別に死んでいる訳ではなくって、普通に爆音のイビキをかいている。
「ビンゴでしたね…」
「…!ていうか!姉さんを…!」
あんなカッコつけて死んだと思ったら、普通に眠ってしまっている勇は今度から無視しよう。
風華と霊愛は同じタイミングで紅恋を見る。




