13-4 スロースターター
「とは言っても…久しぶりに戦うコロから…」
「まずは準備体操だコロ…」
「…一発…その醜い顔に入れてやるコロ」
シュンッ!
目の前からフロルは消え…
紅恋の眼前にはフロルの触手が現れる。
風圧だけで鼻血が吹き出し…体を反らすことすら考えられないほどに早い。
バァッンッ!
「ガバァッ!」
紅恋の鼻は捻じ曲がり歯が数本砕け散る。
吹き飛ばされた紅恋は太い電柱にぶつかり…その電柱にはヒビが入る。
コンクリートの破片が地面に落ち…
紅恋は片目を閉じながらフロルを見るが、フロルは余裕そうに両手の触手をバウンドさせていた。
「流石…花憐士キラル・フロル」
「あの実力者揃いの宇宙の奴らの中でも…抜きん出ているな…」
「だが…あの人間に慣れたお前には…私は殺す事はできない…っ!」
紅恋は揺れ動く拳を力強く握りしめる。
すると…そのどろどろと動く拳は長い斧へと変化していく…!その刀も原型を止める訳ではなく、ドロドロと動いているが…キチンと切れ味はありそうだ。
「…な…なんかヤバそうだコロね…ッ!」
シュンッッ!
今度は紅恋が目の前から消え…
フロルの足元で体を低くする紅恋がいた。
その紅蓮の鋭い視線と…腕の鋭い斧が太陽に反射して光る。
フロルの額からは汗が流れ出る。
「ま…まずいコロ…ッ!」
焦るフロルに紅恋は冷酷に腕の斧を下から斜めに振り上げる。
…フロルは真ん中の大きな目を丸くする。
「死ねっ…」
ズバァァッン!
フロルは足で地面を蹴るが…
そんな抵抗は間に合わずに体は切り裂かれる。
フロルの緑色の鮮血が地面に飛び散り…体を裂かれたと同時に切られた左の触手が地面に落ちる。その触手は地面に打ち上げられた魚のようにのたうち回っていた。
「グゥッ…相変わらず斬られるのは痛いコロねぇ…!」
「…やっぱり人の情を知った奴は弱いな」
「人の情コロか…?」
「…お前は宇宙にいる頃はもっと冷酷だったはずだ…」
「だが今のお前はどうだ…?」
「こんな慌てふためく事しかできない人間を守るために戦っている…」
「…私も…人によって変わってしまった訳では無いコロよ…」
「私はバイト先のラーメンに変えられてしまったコロッ!」
「人間なんかに変えられる訳がないコロよ」
「ふっ…おかしなことを…っ!」
「…つまり!この店の前で暴れ回られるのは困るコロよ」
「…だから本気を…出してやるコロ…」
「…そんな腕でか?」
「ふっ…コロ」
フロルは斬られていない右の触手を地面に打ち付け…跳ね返ってはまた地面に打ち付ける。
その触手はものの数秒にして…音速を超える。
触手は地面に当たるたびに地面を凹ませ…アスファルトの破片が飛び散る。
「最近戦ってなかったコロが…」
「麺の湯切りで技を編み出したコロ…」
「そんな付け焼き刃な技…私に効くわけがない…」
「お前の為に一つ言っておくコロよ…」
「最高速度に達した今の攻撃は…」
「…山なんて簡単に砕け散るコロ」
「…ッ」
紅恋は恐怖からか…脳みその中で垂れた汁が額から冷や汗として流れ出す。
それほどまでにフロルの殺気は練り上がっていて…歴戦の猛者である紅蓮でさえも恐怖で顔を歪まずほどだ。
紅恋は充血させるほどに目を凝らす。
「湯切…ッ!」
紅恋の目には…一瞬浮き上がった触手が見えた。…それ以降の事は見える事が無かった。
そして腹に突き刺さるような痛み…ッ!
大黒柱の下敷きになったかのような痛みに紅恋は口から大量の血を吐き出す。
「ゴファっっ!」
白目を剥いた紅恋…
だがすぐに意識を取り戻しフロルを探す。
「なかなかに強靭な体だコロね…ッ!」
ビュンッッ!
…ゴキッ!と後頭骨にヒビが入る音が全身に伝わり…その痛みは脳みそにまで届く。
「ガァァッ…!」
「の…脳が…脳が震える…っ!」
視界の揺れた紅恋は思わず膝をつく。
脳みそが反復横跳びをしているようで…脳みそは止まることを知らない。その度に吐き気と頭痛がやってきて…頭を抑えることしかできない。
「…はぁはぁ」
「…これで逆転だコロね」
「ぜぇコロ…ぜぇコロ…」
「くぅ…こんなのプニちゃんでも…治せるか分からないコロ」
「あ…後で請求書送るからコロッ!」
「…はぁ…はぁ」
フロルも相当にきているようで…
切断された左の触手と斜めに斬られた体からは緑色の血が吹き出している。
辺りにはフロルの血と紅恋の血が入り混じっている。割合的にはフロルの血2割と紅恋の血割だ。野菜で表すとトマトのような割合だ。
「これで…人の情を知った奴は弱い事が証明されたな…っ」
「…ッ!?」
ズバァァッン!
「あ…あァァ…コロ…」
フロルの眼前には緑色の血が染み付いた斧。
それはフロルの体を切り裂いた斧と同じ物…つまりは紅恋の腕についていた斧とおんなじ物だった。
「な…なぜだコロ…」
紅恋の斧のついた腕はフロルの腹を貫通していた。フロルは顔面についた大きな目から緑色の血が流れ出ていて…それが涙のように見える。
「殺さなければ…殺される…」
「それがこの世の鉄則だ…」
バタッ…!
「…あ…あぁ…コロ」
フロルはアスファルトの熱い地面に顔を横向きにつけ…その場に倒れ込む。
体は動かないようで…ピクピクと触手を小さく動かすだけだ。
「く…クレカの支払い…」
「…あの漫画の結末…」
「プニちゃんの食費…」
「…私を受け入れてくれた…店長と…バイト仲間への恩返し…」
「ま…だ…私には…知りたい事…やる事が…あるコロ…」
ポツリポツリと雨のように呟くフロル。
そんなフロルの背中を冷酷に踏みつける紅恋。血を吹き出しているフロルなんて知らないようにして踏んでいる。
「…私に本気を出させた褒美だ」
「最後の願いくらい聞いてやろう…」
「最後の願い…コロか?」
「あぁ…そうだ」
…フロルはしばらく黙る。
死んだのかとも思ったが…フロルは微かに呼吸をしていて…紅恋は嘲笑うように唾を吐きかける。
「私は誇り高き花憐士…」
「このような見窄らしい姿で死にたくはないコロ…」
「せめて血だけでも…水で洗い流してほしいコロ…」
「ふっ…」
「あまりにも悲しい最期だな…」
紅恋はバケツを持ち近くの公衆トイレから水を汲む。その間にフロルは逃げるか…?と考えるが、そのような力なんて残ってるはずがない。
バケツ一杯の水を持ってきた紅恋はフロルの顔面の隣にそのバケツを置く。
「お前の最期を看取るのは…」
「お前の家族でも無く…お前の大好きな人間どもではない…」
「…早く…その水を掛けてくれコロ…」
「あぁ…」
ジャパーン…
まるで郷ひろみのような音を立てながらバケツ一杯の水を体全体に掛ける。
その紅恋の余裕そうな表情がフロルの最期に見る光景になる。
…ことは無かった。
「…ッ!?」
バギィィンッ!
「グフゥッッ!?」
突然紅恋の腹部に襲いかかる衝撃。
紅恋は白目を剥きながら吹き飛ばされ、八百屋の看板にぶつかり…その看板とともに地面に落ちていく。
「…な…なんだ?」
「…私は…水を受けると…」
「速度が増し…射程距離は短くなるコロ…」
「速度が増すという事は…その分威力は増すんだコロ…」
「これが…私の最期の願いだったんだコロよ…」
フロルは静かに目を閉じる…。
その顔は満足がいっていなさそうで…
むしろ後悔が募っているような顔をしていた。
だが…どこか安らかに眠っているようにも見えた。
「はぁ…はぁ…」
「血を流しすぎたか…」
「…しばらく…休むとするか…」
地獄のような光景が商店街には広がっていた。
…おそらくもう事切れてしまっている夫婦。
怪我をして涙をながす兄妹の片割れ。
血を見て気絶したであろう老夫婦。
瓦礫に足を潰された高校生。
この世が地獄であることを証明したかのような光景…。救急車とパトカーでごった返す現場…その現場の近くに立ちすくむ霊愛たち。
「…酷すぎる」
「風華くん…」
舞は風華の背中を顔を埋める。
赤ちゃんをあやすようにして緩やかに風華は、舞の腰ら辺を優しく触れる。
「霊愛…まだここに紅恋は居そうか?」
「…紅恋が居るとしたらこの場は今も荒れているはずだ」
「どうやら逃げられたみたいだ…」
「そうか…」
「…ここは警察に任せて俺らは紅恋を探すぞ」
「こんな地獄を作り出した紅恋を…許すわけにはいかない…」
勇の握った拳が震えているのかわかった。
今まで見たことのない勇の表情に…霊愛はただ頷くことしかできない。
「な…!なんだこの人型の花!」
「なんか息してるぞッ!」
「とりあえずコイツも病院に連れてけ…!」
この人型の花というのはフロルの事だろう。
それ以外に人型の花があったら怖い。
「…あ…あれフロルだ」
「…霊愛…今はフロルの相棒のプニちゃんの場所を探すように笑伝に頼んでほしい」
「あ…あいつ一応…宇宙の奴らで…お前らの敵だろ?」
「…それでも同じ地球に住んでいる奴だ」
「見て見ぬふりじゃ目覚めが悪いでしょ?」
「それに…死んだ人は戻ってこないが…怪我人ならプニちゃんで治せるはずだ」
「…頼む…この通りだ」
勇は自然に霊愛へ頭を下げる。
その頭頂部が見える勇に霊愛は驚きの表情を浮かべる…。やっぱり勇には敵わないと思い知らされる。
「勇!フロルさん救急車乗っちゃうよ!」
「あぁ!まずいまずい!」
「フロルが輸血されたらどうなるか気になるけど…それはまずすぎる!」
舞を背負った風華と何も背負ってない勇は、救急車が溢れかえっている場所へと走り出す。
もちろん普通の人から見たらただの男子高校生の2人は警察官に止められる。
だが2人の勢いは止まることを知らない。
「その花!」
「俺のだから貸してくれ!」
「ていうか怪我人を俺たちに預けてくれ!」
警察官は不快な顔をしているが…無理な暴力などをせずにただ2人を体だけで押し止める。
…そこへ1人の赤髪の短髪の男が現れる。
「バカな事を言うなッ!」
勇はその男に胸ぐらを掴まれ浮き上がる。
その男は身長が190cm後半くらいあって…ガタイもめちゃくちゃにいい…体重なんて勇の2倍はありそうなほどで…筋肉隆々だ。
そして声も渋くって威圧感があって怖い…。
「人の命が掛かってるんだッ!」
「お前らバカな高校生の戯言なんて聞けるわけがないだろッ!」
見ただけで分かってしまう。
こういう人は能力など信じず…頭も硬い。
筋トレする度に脳みそも硬くなってしまっているタイプだろう。
「…!信じろ!」
足をジタバタと動かしている勇。
だが…そんな足があたっても微動だにしないその赤髪の男。
「風華…!助けてくれ!」
「でも…俺には舞さんがいるから…」
「あんまり派手には動かない…」
「…ま…舞!?」
「舞がいるのか!?ど…どこにだッ!?」
舞って言葉を聞いた途端にアワアワし出した赤髪の男。勇もこの気に乗じて暴れ出すが…まぁ勇の力が増す訳ではなく…ナチュラルに馬の耳に念仏。
「…風華くん…?もういいの?」
舞は風華の背中から顔を上げる。
赤髪の男と舞の目が合うと…
なぜだか時間が止まったような感覚を覚える。
…ていうか本当にこの2人だけ時間が止まったようみたいだ…舞は大きな口を開いて…赤髪の男は目をかっぱらいている。
「パ…パパだぁ!」
「ま…舞!」
…信じられないが赤髪の男が舞の父なのだろう。…あの怖い顔をしていた赤髪の男が舞の顔を見てふにゃふにゃになってしまっている。
…だが次第に赤髪の男こと…舞の父の顔は暗く染まっていき…怒りが露わになっていく。
「…舞…その男は誰だ?」
「…えと…えとこの人が風華くん…」
「コイツが風華か…」
舞の父は摘むようにして風華の背中にいた舞を、掴んで自分の背中に乗せる。
「お前に娘はやらんッ!」
「ちょ!ちょっとパパぁっ!?」
「絶対に…俺似のイケメンでいい男と舞を結婚させるッ!」
「嫌だよぉ…パパ…普通に優しい子と結婚するもん…」
「あ…あぁ…」
完全に空気を乗り込まれてしまった風華。
だが勇にはいい方法を思いついて…それを試したくって右手の疼きが止まらない。
「舞…ちょっと言って欲しいことがあって…」
「え?なになに?」
舞の耳元に口を近づけて伝える。
その間も舞の父は怒っている顔をしていた。
「パパ!パパ!」
「…?なんだ?」
「…怪我した人たちをぉ…」
「勇くんと風華くんに預けてほしいの!」
「今日だけでも2人を信じてほしいの!」
「舞…ッ!」
流石に無理か…と勇は肩を落とす。
だが舞は満面の笑みを見せつけたままだ。
「もちろんだぞ!」
「救急車で怪我人を運ばせようと思ってたんだ」
「この2人が運びたい場所にな!」
「パパ大好き!」
四歳児にしか見えない笑みをしている舞だが…
自分の父には見えない程度の場所でサムズアップをしている。
…流石お父さん…娘には甘く…こういう時の言い訳はどんどんと出てくる。
…でも風華は本当に舞の父が察しのいい人だと勘違いして尊敬してしまっている。
結局その後はプニちゃんが見つかった事によって、怪我人や…意識不明だった人…そして張本人のフロルは一命を取り留めた。
フロルも体に欠損なく復活する事となった。
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