10-4 旅人
「黒縄ちゃん…もう解いていいぞ」
「この家から脱出する方法思いついたからな…」
…この空気感はマジな時の勇だ。
風華や遥真といる時の勇とは違う…!ヴォア戦の時と同じ雰囲気を感じる。
「やーい!お前ん家!おっ化け屋敷〜!」
普通なら罵倒。だが事実お化け屋敷。
あの怖い表情の武士ですらきょとんとしていて、案外可愛らしい雰囲気がある。
「草揺れる…」
「蛙の目覚め…」
「火真夏日…」
ドンドンドンッ!
ものすごい速さで勇の元へ走ってくる武士。
刀を片手で振り上げながら走ってきている…。海外のホラー映画の殺人ピエロを彷彿とさせる。
勇は多分未だにカッコいい表情をしている…。
期待の眼差しで勇の顔を上目遣い気味で見る黒縄。…だが期待の眼差しはすぐに消えて…呆れの眼差しになる。
「じょ!冗談ですやんッ!」
めちゃくちゃに走って逃げていっている。
その表情は運動会とかで全力で走る青年のようだ。普通ならカッコよく見えるが、なぜかカッコよくて見えない…。
「あーー!」
本当に何がしたいのだろう…叫んでいたら追いかけられると言うのに…。
「あっ!勇っ!」
「…って!なんで連れてきてるのっ!?」
玄関付近に着くと目の前には杏と颯。
そしてその隣には謎の白髪の美人さん。幽霊でも見えちゃってるのだろうか…。
「あっ!喋っちゃダメなんだった…!」
多分勇が大きな解説をしていたのは…離れた杏と颯に敵の情報を伝えるためなんだろう…。
もう黒縄の勇への尊敬度はジェットコースターだ。今は尊敬に偏っている。
「2人とも一瞬そこから離れてくれッ!」
杏と颯の2人は白髪のツインテール美人さんと一緒に、一直線に玄関に走ってくる勇の為に道を開ける。
白髪美人はどうやら幽霊では無いようだ。原住民なのだろうか?でも何かずっとニコニコしている。
「ハァハァ!火真夏日!」
流石に刀が重いのだろうか武士の息遣いも荒くなる。これでやっとピンチ脱却!
なんて思っていたのも束の間…勇は逃げ場のない玄関に迷い込んでいた。
しかも後ろには開かない木の扉…。ちなみに殴ったり蹴ったり黒縄で突いたりしても壊せなかった。防犯対策ばっちり!
…だが勇の余裕の表情だった。
「追いついたナリ…」
普通に喋れた武士。
「火真夏日ッ!」
火力の増した炎の刀が勇に襲いかかるッ!
その瞬間杏の体は自然に動く…だが不思議と体が動かない。肩を掴まれているようだ。
その手の正体を見てみると…なぜか隣にいた白髪美人がいた。
「離してっ!」
「近づかない方がいいカモヨ〜」
「あのお兄さん私たちを助けようとしてくれてるみたいダシ〜」
こういう美人な顔の人は少し声低めでお淑やかな喋り方なのが人間の鉄則…。でもこの美人はギャルのようにふにゃふにゃで甲高い…。
多分あの謎の声の主だと杏は察する。
「でもっ!」
「ほらほら!走っテっ!」
杏はその美人に背中を押される。
視界を外していたから分からなかったが…なぜか玄関から火が燃え広がっていた。
それはもうぼうぼうと…。
もうかなりの勢いで燃え広がっていて、玄関にはぽっかりと空洞が空いて外の世界が見えていた。
未だに燃え広がる炎…このままいれば巻き込まれる事は明白だった。
「走れッ!」
「うんっ!」
杏と颯は口元を押さえながら走り出す。
…ふと振り返るとあの白髪美人は火に包まれているというのに、笑顔で手を振っていた。
不気味…というのは少し違う…。
杏から見たら少し悲しげな顔をしていた。
「バカッ!暑いだろッ!」
そんな声が聞こえたと同時に…
玄関から外の世界へと脱出できた。
しばらく寝ていた様な気分で…目が覚めるとそこは何気ない草むらの広がる場所だった。
風華が連れていってくれたのであろう…一緒にここまで来ていた人たちはいない。
多分ここは…あの幽霊屋敷があった場所だ…。
パッと気づかなかったのは、綺麗さっぱり幽霊屋敷が無くなっていたから…。
「ん…いてて…」
杏の腕には少し火の粉が付いた跡がある。
夢ではない事は確かだった。
「あっ!颯…!」
隣には颯がいておそらく颯の優しさだろう。頭の下に手を置いてくれている。流石モテる男は違った。
まぁそれはいいとして…勇を探そうと辺りを見渡すと…なかなかにカオスな状況を発見する。
それは倒れる普通の人間の勇と…圧倒的に美人フェイスを持つ白髪美人、そしてデカすぎる幽霊の武士。
なんと言う事だろう…。
勇が白髪美人に抱きつかれている。
風華や遥真が見たら嫉妬する事間違いない。
「…だ…誰から起こすべきなんだろ…」
「…ま…まぁ深い理由はないけど…勇からでいっか…」
杏は少し痛む腕を動かさずに勇の元へ向かう。
すると音で目覚めたのか…白髪美人が動き出す。それはなんともいやらしく…杏よりも大きな胸が勇の大胸筋に触れている。
身長は大して変わらないのに…目の前に核の差を見せつけられた杏は表情が変わる。
それはあの武士なんかより怖い…まさに鬼だった。
バチンッ!バチンッ!バチンッ!
綺麗な音が夜の山に響く…。
それと同時にここにいる杏の他四名は目を覚ます。武士は大きく背中を伸ばしながら…颯はイケメンフェイスのまま…白髪美人はまだ胸をこすりながら…
そして勇は真っ赤に腫れた両頬を押さえながら…。ちなみにさっきの音は杏の平手打ち。
一発目は右頬…二発目は左頬…そして最後は張り手だ。
手首を握れば一周できそうなほどの細い腕を持つ杏…どこにこんな力が隠れているんだろうか…勇の顔面には杏の手形がついている。
余談だがこうやって勇のブサイクフェイスを見れているのは武士の炎の刀のおかげだ。
武士からしたら侮辱でしか無いが、炎の刀が木に吊るされていてライト変わりになっている。
「アハハァッ!」
「お兄さんホント変ナノ〜!」
「この武士さんはまず幽霊ダシ〜」
「私に関しては別の脱出口あっタシ〜」
「わざわざ腕に火傷負ってまで助けるコトナノ〜!」
勇の腕を軽く叩きながら爆笑する白髪美人。
認めたくは無いが多分こいつがクシュだろう。…もっとメスガキっぽい見た目を想像していただけにちょっと残念だ…がクラスの可愛いギャルっぽくて中々に有り…。
こんなふざけた事を考えている勇だが、腕には火傷の跡があり…それは勲章とも言えた。
「し…仕方ないでしょうが…」
「誰でも目の前にいる人が死んだら嫌だろ…」
こんな短いセリフでも勇のコミュ症っぷりが見える…クシュと目が合う事もないし、体は徐々にクシュから離れていっている。流石だ。
「アハハァッ!やっぱお兄さん面白〜」
「私〜お兄さん殺しに来たんダヨ〜?」
「この屋敷にお兄さんたちの仲間を誘ったノモ〜」
「みんなの体調を悪くしたのも私ナノ〜」
「は…?」
困惑する勇に、クシュは表情を崩さない。
心の底から楽しんでいる様に見えた。
「ネタバレしちゃウト〜」
「全部私の能力の"振動"でやってた訳〜」
「ほらほら!音って振動でしょ?それで遠くでも声が聞こえてタシ〜」
「超音波を流して人を操っちゃっタシ〜」
「それなのにお兄さん私を助けちゃうんだモンネ〜」
「やっぱお兄さんは優しすぎて損シソ〜!」
腹を抱えて笑い転げているクシュ。可愛らしい白のワンピース…そして白のパンツが見える。
ワンピースが台無しになる程服には草や土がついている…。自分が美人の女の子だって自覚がないのだろうか!そして男の劣情を舐めすぎだ!
「ゆ…勇っ!やっぱりこの人悪い人だったんだよ…!」
「…!勇ッ!戦わないと死ぬぞッ!」
杏と颯の心配な声が後ろから聞こえる…だが勇の表情は変わる事はなく、2人の心配を消し去るくらいの自信に溢れる顔をしていた。
「クシュ…だったよな?」
「うんそうダケド〜?」
「こ…このポツンって立ってる武士は本物の幽霊で間違いないのか?」
勇はクシュの隣の武士を指差す。
会話の最中武士はずっと立っていた。攻撃する素振りも戦う気も感じ取れない。もうエキストラくらいには成り下がっている。
武士もキョトンとしてしまっている。
「うん本物ダヨ〜?」
「クシュが振動で操っていた訳じゃなくってか…?」
「違う違う〜私生きてる奴しか操れないし〜」
「…」
「あっ!お兄さんお化け怖いんだっタネ〜!」
「ちょ!言うなッ!」
勇はクシュの口を抑えようと覆い被さる。
本人たちは真面目なんだろう…。
だが杏から見たらイチャついている様にしか見えない。両思い期間1年、付き合って2ヶ月くらいのカップルにしか見えない。
杏の隣にいた颯はまた少し股間が温まった。茹でたてのゆで卵くらい…。
だって杏の顔が怖すぎるんだもの…。
「アハハァッ!お兄さん私が怖くナイノ〜?」
「一応私お兄さん殺しに来たノニ〜!」
「俺なんて殺しても第二、第三の俺が出てくるだけだ!」
「でもそれだけは禁句なんだッ!」
「ねぇねぇ!お兄さんっ!」
勇はクシュに顔を掴まれる。両手で頬を掴まれる感じで掴まれている。
勇はタコの様に口が前に出る。
そしてクシュの顔が楽しそうに近づいてくる。
青い瞳の鏡にはブサイクになった勇が反射している。
黒子すらないクシュの色白な肌…そして艶やかなピンクっぽい赤い口唇。そこにしか目がいかないのは男の性だろう。てか鼻ちっちゃ!
チュッ…
優しい音が星が流れる空に響く。
その少し後…雷でも降った様な轟音が響く。
「あちょ…!キスした!勇がキスした!」
男子高校生らしくキスではしゃぐ颯。
「わ!ワオ!恋模様…!まつ毛長くし…!触れ合う日!」
季語なんてなくてただの恋の俳句?を呟いている武士。見えもしないのに雰囲気で察しているんだろう、キャラ崩壊して頬を染めている。
そのキ…キス…いやチュウの最中にもクシュと目が合う…。長く口づけを交わしていて…もっと苦しいものかとも思ったが、案外そんな事はない。それもこれも優しい口づけだからだろう。少し息が入ってくる。
ていうかクシュの顔が小さすぎて逆に怖い。
自然と頭を撫でてしまいそうだ。
「はいっ!終わりっ!」
凄まじいパワーでその幸せ…ではなく半ば強引なキスシーンは終わりを告げる事になる。
クシュは笑顔で耐えていたが、勇なんて10mくらい離れている木にぶつかっている。
「い…痛ぇよぉ…」
頭にタンコブが乗っているが…口はまだキスをしたい様でちょっと前に出ている。
ファーストキッスは甘く…後味はカブトムシになったのかと思うほど土の味がしました。
「アハハァッ!お兄さん可哀想〜!」
「ちょっと!あ…あなたどういうつもりなの!」
爆笑するクシュの胸ぐらを掴む杏。
あまりの迫力に颯はクシュの腹ちらにすら気づかない。…だがクシュは笑顔のままだ。
「私がお兄さんを気に入っちゃったダケ〜」
「特に深い意味なんてないケド〜?」
「あ…!あなたはふざけてしたキスかも知れないけど!」
「勇が本気になったらどうすんのっ!」
「アハハァッ!」
「…っ!」
その笑い声に耐えきれなくなった杏は、ポイ捨てをする様にしてクシュの胸ぐらを投げ放つ。
クシュはパンツで尻餅を着くが笑っていた。
その顔が余計に杏の逆撫でる。
「ま…まぁ落ち着けよ!杏ッ!」
パシンッ!
ついでとばかりに顔面を叩かれる颯。
舞に振られたり…杏に顔面叩かれたり…一番可哀想な人間は颯なのかも知れない。
まぁイケメンだから同情はしない。
「…アンタもあーなりたい?」
この言葉はクシュに向かっているものではなくて、ただアワアワとしている武士に言っている。なんだか本当にマスコットみたいで可愛い気がしてくる。メタボ男可愛い理論的な…。
「イ…イヤデス…」
この武士に普通に話させたのは快挙。
杏は少し残念そうに山を下っていく…。
普通なら女の子1人夜の山は危ない…!と言いたいが今の杏に遭遇するイノシシやクマが可哀想だと思う。
一つの生物の種くらいオーラだけで簡単に従えそうな気がする…。
気まずい雰囲気の中…クシュがまた勇に近づく。…またキスでもするつもりなのだろうか…。
「く…くるなッ!」
杏はいないと分かっている…。
でも怖い。これが死後強まる念って奴なんだろうか!
「アハハァッ!お兄さんに嫌われチャッタ〜」
「まぁ〜悲しいけどしょうがないヨネ〜」
悲しい…というが全然笑顔だ。
「じゃあまた殺しに来るネ〜」
「できれば予告しておいて…」
「アハハァッ!無理ぃ〜」
「ほら!武士さんっ!こんなところにいると捕まっちゃうヨ〜」
「一緒に行こうよ〜!」
クシュは武士の背中に飛び乗る。
クシュのやつ…武士は目が見えていないということを忘れているんじゃないか?
武士は歩いていくがそっちは木しかない山の奥へと進む道。アイデンティティの炎の刀さえ忘れていっている。
多分武士を思い出す事になっても、戦っている最中ではなく今この瞬間を思い出すだろう。
勇と颯はボコボコになった顔面の治療のためにも急いで山を下っていく。
怖いのもあったし…颯に関してはもうパンツがグショグショだから尚更早く帰りたいんだろう。
「私もファーストキッスだったんダケド〜」
「なんか変な感じしチャ〜ウ!」
ホテルに着いた2人はエントランスで深刻そうな顔をしている人達を見つける。
それは間違いなく玲那や風華〜舞〜とかの一緒にあの屋敷に来ていたメンツだ。杏もいる。
男の全速力で追いつけないとは…
「も…もうみんな体調良くなったんですか…?」
…自然に敬語が出てきてしまう。
本当従順ね頭ん中。
「うんっ!」
この舞の全力笑顔…
多分本当に良くなったんだなぁ…って分かる。
あと何があったのかは分からないがちょっと舞と風華の距離が離れている。
…またか…と呆れてしまうが、今度は自分も杏を怒らせてしまった。しかも理由は定かではない。思い当たる節と言えば…後ろから抱きついてしまったことしかない。
「それよりねっ!聞いてよ勇くんっ!」
「な…なんですか!風華とのことですか?」
「ち!違うっ!風華くんがえっちなのが悪い…!玲那ちゃんに胸当てられて喜んじゃって…!」
あーもう癒しでしかない。全部説明してくれる。そして子犬の様になっている風華が首を振っている。まぁ大半は舞の勘違いと風華の女経験の無さが引き起こすことだ。
「あっ!違う違うっ!」
「遥真くんがお化けの屋敷に来てないって言うんだよ?」
「…は…遥真もう少し面白かったのに…」
「違うッ!本当に行ってないんだゾ!」
「あの真希ちゃんに聞いてきてもいいゾ!」
「俺連絡先破られて気絶してて…真希ちゃんが起きるまで見ててくれてたんだゾ!」
夜だと言うのに声が大きすぎる遥真。
だがだいぶ奥の方にいる真希…ってエントランススタッフの女の人は頷いている。
盛大なドッキリとは到底思えない。あまりにも真希…って人が協力する理由がない。
「…ね…ねぇ…勇くん?」
「も…もしかして…」
「言うな…言っちゃダメだ…」
張り詰めた空気感…。
「それ俺じゃなくって幽霊だったんだろ」
空気を読めない遥真の一声。たった一声。
「玲那ちゃん!杏ちゃん!おトイレ一緒に行こっ!」
「舞を赤ちゃんいじりできないくらい怖いぃっ!」
「…っ!」
舞はお股を押さえて玲那はムンクみたいに頬を押さえて…杏だけは忍者くらい素早く。
だが遥真以外の男性陣は動く事ができなかった。
「…二度漬け禁止だったっけ…?」
「安心しなよ勇…俺は四度目だ」
不思議とお漏らしをした後だと焦る気持ちはない。ただ濡れたソファを眺めるだけ。
そして風華を見てみると女の子みたいに恥ずかしがってソファに座っている。
「…風華は…今日初めてかい?」
颯の優しい問いかけに…風華は正直になる。
「二度目です…」
「…なんか慣れるよね」
「ちょっとクセになりそうだよね」
「もうだいぶクセェゾ」
お漏らし三人衆は遥真を睨みつける。
どんだけの大男相手でも漢の本気の睨みつけの効果は見込めるもの…。遥真は一瞬にして縮こまる。
「風華パンツ出してくれ」
「うんいいよ」
「あ…俺はシャツもお願いして良い?」
多分颯は結構勢いよく出てしまったんだ。
これもしょうがない。責める奴の方がおかしい。
こうして…高校生どもによるラブロマンス[海水浴編]はお漏らしによって閉じる事になった。
…ホテル沿いを歩く謎の男がいた。
「ハァハァ…ちょっとリアリティだしたいから潜入したらこんな事になるなんて…」
顔の中央部分だけが日焼けしていない。
「…そういえばあの声…」
「死神族のクシュの声…」
「つまり!地獄の勢力も動いているって事か…」
「父様に報告だッ!」
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