10-3 ダンシングオールナイト
「実は〜武士さんのその3人は〜」
「あなたの命を奪って〜そしてあなたの家族も連れ去っちゃったんダヨ〜?」
「まぁ大変っ!極悪人だネ〜キャハっ!」
全く事実無根の事で…全く信用に値しない事。
しかし目の前の武士の表情は徐々に暗くなっていく。
…この武士が現在にいたんだとしたら、SNSの偏った意見に騙される人なのかもしれない。
「…杏…颯怖いかもしれないけどこの部屋は危ないから…一旦出ていってくれ…」
「わ…分かった!」
颯は杏の腕を引っ張り部屋から出ていく。
目の前の武士はその二人に見向きもせずに、目の前で黒縄を出す勇を睨みつける。
「暗闇に…」
武士は片手で炎の刀を頭の上で振りかざす。
「川のせせらぎ…」
その言葉と共に天井にも届き得るほどの炎が刀から巻き上がる。あまりの熱風に離れていても頬が焦げてしまいそうだ。
「蝉時雨…」
ブゥゥンッ!
武士はその振り上げた刀を一気に振り下ろす。
炎の火力も相まって近づくだけで焼け切られそうなくらいだ。
「うへぇッ!」
素っ頓狂な声を出しながらも地面を蹴り一歩後ろへと飛び上がる。
スパァッン…
本当に間一髪避けれたものの服を薄く切られる。まぁもちろん切られたところから火が噴き上がって危なかった。
慌てながら服をパタパタして火を消す。
幸いにも目の前の武士は歩くのが遅いのか…待ってくれてたのか分からないがちゃんと火を消せた。
「黒縄ちゃん…炎怖い?」
袖の中で縮こまっている黒縄。だいぶ怖がっている。
まぁそれもそうだと思う。
だって近づいた瞬間に焼け切られちゃうんだもん。黒縄には弱点が多すぎる。
「まぁいっか…」
黒縄は首を振る様にブンブンブンブン縄を振る。だが勇はそんな姿見てもいない。
多分蜂でも飛んでると思ってる事だろう。
「ちょっと…手伝ってくれ黒縄…」
「確認したい事がある…」
珍しく真面目な勇。…それとは反対にめちゃくちゃ嫌がっている黒縄。普段とは真逆な構成だ。マンネリ化を防ごうと思っているんだろうがそこじゃない感がすごい。
「アレェ…!ちょっとお兄さん勘いいカモ〜」
「確かこの辺に…」
勇は目の前に武士がいるのにも関わらずにズボンのポケットを弄る。いつも適当そうなのに今回は真面目な目だ…。
武士は右手だけで炎の刀を持って佇んでいる。
両方とも戦う素振りを見せず…変な状況だ。
「…ッ!」
勇は何かを見つけたのか声を出さず驚く。
そしてソーッと音を出さずに、そのポケットの中から見つけ出したとある物を取り出す。
「…や…やった…」
できるだけ小声で喜んでいる勇。
そんなに嬉しいんだろうか…この紺色のボクサーパンツが…。
黒縄の視界には喜んでパンツを持つ勇と、その場から一歩も動かないかっこいい武士!
まさに地獄絵図でしかなかった。
「よ…よし…ッ!今なら杏がいないから着替えれるぞ…!」
「…勘違いして損しチャッタ〜」
「あとお兄さんこの声がみんなに聞こえてる事忘れてちゃっテル〜?」
勇は声を出さずに慌てている。
そしてソっとそのパンツを目の前の武士に投げつける。なんたる侮辱行為!でも武士は一切動く気配がない。
普通に勇の予備用のパンツが体に触れる…。
ブォウッ!
勇の紺色のパンツが真っ黒に!
wow!ハンドパワ〜…完全になる証拠隠滅だ。
「やっぱ前言撤回〜!」
「なんかお兄さん厄介カモ〜」
「フザけてるのに…ちゃんと相手の確認してルシ〜」
「アハハァッ!ダッル〜」
「ふッ…」
黒縄は察してしまった。
ご主人様は偶々褒められるが多いことから…今回も偶々相手の都合の良いように阿呆な行動が取られて褒められたんだろう。
でもこの勇の顔は嫌いではない。高校生らしいイキリクールの表情もいいが、こういう風に素の姿を見せている方がよっぽど高校生らしい。
でもお漏らしをするのは赤ちゃん過ぎる。
「ふむふむ…この甲高いボイスの女…」
「略して"神田川"…の言葉から察するに…」
「この行動には意味があったということ…」
「ハッ!まかさッ!」
「…じゃなくてまさかッ!」
くだらない独り言を言っている間…
視界の端には何故かあたふたしている黒縄が映る。
嫌な予感がして…ゆっくりと顔を上げる。
…そこには悍ましい顔をしてこちらを睨んでいる武士がいた。いやこれは武士なのかただの亡霊なのだろうか…。
軽〜く会釈をしてみても武士は何も言わない。
何も言わないどころか、殺気はどんどん増していっている…気がする。
「…会釈をしたら絶対にコントが始まるはず!」
「つまりコイツは…目が見れないんじゃないか!」
「はッ!もしかして…音が頼りなんじゃないかッ!?」
「えっと…つまり…!」
勇はバカだ。
目の前で刀を振り上げている武士がいるというのに、みんなが分かっている事を名探偵ばりに解説している。なんか小学校の頃こういう恥ずいことがあった事を思い出す…。
黒縄は心底後悔しているだろう。
「梅雨明けに 夢幻の…付け焼き刃」
武士は燃え盛る刀を真縦に振り下ろす。
あまりの速さに炎の残像が見えた…。
そんな状態でまだ声を大にして話している勇…このままじゃ当たることは明白…。
黒縄はやれやれ系の彼氏のように静かに動き出す。
ドンッ!
部屋中に響くそんな轟音…そしてブサイクに頬が揺れる勇。勇がブサイクではない。誰でも顔を殴られたらブサイクになる。颯でも…舞でも…いや舞のそんな顔想像したくない!
顔面が先行して勇の体が横に吹っ飛ばされている。
そして勇のいた場所は後ろにあった古棚ごと切られてその棚は瞬く間に燃え上がる。冬場なら最高だが今は真夏…暑い。
やっと解説を辞めた勇は燃え上がる棚を見てみて…めちゃくちゃに驚いている。
「助かったぞぉ…!黒縄…!」
今更気づいたのか小声だ。
「で…でも…音出さなければ勝てるんだよな…!」
「そ〜んなのお兄さん楽しくないでしょ〜」
「ていうか〜そんな簡単な戦い見たくないってハナシ〜!」
「てことで武士さ〜ん!」
「左手の方に刀振ってみて〜!」
武士から見て左の方向…それは勇がいるところで…
ボケで教えるフリをしていたと思っていた勇は焦る。
ちなみに遥真は良くこういう事をやる。一緒にゲームをして敵側に行ったら…普通に通話で場所を聞いて殺しにくる。我ながら良く一緒にいられてるなぁ…と思ってしまう。
ブゥゥンッ!
寸前のところでしゃがんだものの…頭頂部が暑かった。しかし髪の毛はちゃんとついている…一安心。
「…!良いこと思いついた!」
ついつい大きな声が出てしまう勇。
誘導されずとも位置が分かった武士は、刀を一直線へ振り下ろそうと刀を振り上げる。
その真下には勇がいる。おわ…おわおわり…。
だが勇の表情は一切動くことはなかった…。
信用していなかった黒縄の勇への評価ぐぐーんと上がる。
「疾怒の舞…ッ!」
ビュンッ!
今まで出ていなかった方の腕から黒縄は放たれる。ナイスコンビネーション。
そして黒縄は武士の方へ…!向かう事は無く…訳の分からない方へ飛ばされる。
主人公のくせに久しぶりの戦いで鈍ったのか…?
そんな黒縄の疑いはすぐに勇への尊敬の念へと変わる。
ドドドドドォッ…
勇は決してレンガのように硬い男ではない。…すなわちこの音は勇が切られた音ではない。
黒縄が当たったのはあの二階への階段だった。
古びた木材の階段は、鉄さえ貫くほどの疾怒の舞には耐える事はできない。
崩れた階段の板が真下の武士を襲う。
「グオォォッ…」
あまりにも渋い声で唸り出して吹き出しそうだが、ちゃんと威力があるようで痛そうだ。
刀を持つ右手の急所に当たったのか、武士は刀を簡単に手放す…。
刀を手放すとは武士の恥だ!…と言いたいところだが、ふざけられないほど勇にとってまずい事になっていた。
階段の真下には武士がいて…そしてそのその下には勇がいる。武士に当たらなかった板材が勇を襲ってきている。
それが腹や足の皿に当たって痛い。
だがそれより怖いものが目の前からやってくる…いや鳥のフンのように一点に降ってきていた。
それは…冬場のキャンプファイヤーのように燃え盛る刀だった…。
そのうち勇は 考えるのをやめた。
…訳では無くて必死に考えても何も出てこない。黒縄であの刀を止める…なんて事はできるわけがない。黒縄は切れ味があるものと火と水が弱点だ。
「あ見えた隙の糸」
ビュンッ!
勇は床に手を置いて上へと黒縄を放つッ。
そして放たれた黒縄は天井に張り付くと…
ビュンッ!
黒縄はその天井から放たれるッ!
その黒縄は勇に迫り来る炎の刀へ向かうッ。
ビグルグルニッ!
黒縄はなかなかに器用なようで…
刀が勇の鼻先に当たる直前。もうほんと直前。
黒縄が炎の刀の柄の部分に固く巻きつき…なんとかグロ映像にならないで済んだ。
勇は心の中で黒縄に感謝する。…多分寝てる時1週間はあのイケメン黒縄が出てくるだろう。
「ありゃ〜惜っシ〜!」
「あとお兄さん頭いいのかおバカなのか分からなスギ〜」
どこかで見ているのか爆笑している神田川。
こちとら命懸けなんじゃ!…と言いたいが鼻先の刀が怖くて声が出せない。黒縄が千切れてしまったら…と考えたくない事の方が考えてしまう。
「し…失礼します…」
ソーっと…ソーっと…音を立てないように頭を横にずらして刀から離れる。
その間にも刀の脂だろうか…洗っても残りそうな液体が顔に落ちる。
「よ…よし…」
なんとか窮地から脱して立ち上がると…
安堵から小さな声が漏れてしまう。
目の前には吊り下げられた炎の刀と、後頭部に板材が当たって痛いのか…頭を抱えている武士。
「よく考えればこの武士を倒した所で脱出できないかも知れないしな…」
「…神田川!」
「…」
「神田川ッ!」
「え?私のこと呼んでるノ〜?」
「…それ以外ないだろ!」
「私にはクシュって名前がアンノ〜!」
「かぐや姫じゃないンダシ〜!」
「じゃあ名前なんて言うんだ?」
「クシュ」
「…な…なんか良い名前もらってんな…」
名は体を表すとよく言うが…こんなよく笑ってるし明るいんだから、クシュって名前はなかなかに良い。案外可愛らしい名前。
「お前どこで俺らを見てるんだ!?」
「さぁ〜この家のどこかってのは教えてアゲル〜!」
「ふむふむ…じゃあ玄関集合な」
「はぁ〜?お兄さん何言ってンノ〜?」
画面の向こう側で爆笑しているクシュ。
多分手足を使って笑っているんだろう…少しドンドン聞こえる。おそらく2階にいるんじゃないかなぁ…と思う。
「ほれほれ…早くしないと危ないぞ」
「ほ…ホントお兄さん何言ってるの?」
ガチ戸惑いの声。声も少し低くなっている。
「とにかく!この武士を利用してこの家から脱出しようと思ってるんだからッ!」
「早く降りて来い!」
「お兄さん…やっぱ他の人とはなんか違ウネ〜」
「なんて言うか変って言うか…変態って言うか〜」
「な〜んか優しすぎて損シテソ〜」
「ふッ!お前は人生経験が浅すぎるぜ!」
「俺より優しい奴なんて五万といるからな」
「アハハァッ!分かった分かった〜」
「とりあえず降りルネ〜」
ドタドタと二階から足音が聞こえる。
多分降りてきているんだろう。顔を見なくても分かる。無邪気な子供なんだろう。
多分顔は小学三年生くらいで…。
なんて考えていると階段攻撃が終わった埃まみれの武士が、凛とした表情で吊り下がる炎の刀を握っていた。
その姿を見て勇は大御所みたいな雰囲気を出す。
「さぁて…俺の必殺技使ってやるかぁ…」




