10-1 リゾ・ラバ
あの華香祭りのあった日の午後8時。
受付にはメガネの女性とセンター分けのイケメン颯。彼女はメガネで隠れているが、まつ毛も長く綺麗な二重…美女と言っても怒る人はいない。
この二人は決して名前のある関係ではない。
ただのフロントスタッフと宿泊者。…所詮一夜か二夜限りの短く薄い関係。ほぼ生春巻きだ。
しかし偶然目が会った時から…何が心が躍るような感覚に陥っていた。
誰もいない深夜のエントランス。
誰の声も聞こえない場所では…微かに流れるおしゃれな音楽が二人の心を奏でる。クラシックミュージックだ。
「ねぇねぇ…君名前なんて言うの?いくつ…?」
「し…仕事中ですので…っ!」
「ねぇ…?いいでしょ?名前くらいさ…」
吐息混じりの声に彼女は頬を染める。
「あうぅ…根津真希です…ぅ!」
「真希ちゃんか…何歳?」
「2…23しゃいですぅ…」
また一人颯の高校生とは思えない魅力に堕とされる。ほとんど堕天使な颯…。16歳に最近なった颯と23ちゃいの赤ちゃんの真希ちゃん。
年齢差があるもののそんなもの関係ない色気。
シトラスの良い匂いが真希の鼻に充満する。
汗臭いおじさんや少年の対応をしていた真希の鼻の調子を整えてくれる。
その笑顔や少しの表情のブレを捉える。未だフィルム上映の映画館のように一枚ずつフィルムに保存していく。
「真希ちゃん…可愛い名前だね…」
「ひゃっ!初めて言われましたぁ…!」
「ふふっ…可愛いね」
真希は相手が高校生だと理解している。
だが理性と反対に心臓の鼓動はDANDAN早くなっていっている。見つめる度に心臓が速くなる。
目を逸らそうとする真希…それとは反対に優しい妖艶な瞳で目を合わせてくる颯。
徐々に体が動かなくなっていき…ピッタリと目と目が合う。
これほどまでに完璧な顔をしている顔面は見たことがなかった。髪が伸びて仕舞えば女の子と間違えてしまいそうな瞳。黒子すらない顔。
真希は自然に口唇を前に出し顔を近づける。
「おいで…」
時が止まったような気がした。
徐々に近寄る顔から目が離せない。
ファーストキッスは初恋の人のために…!と母親に口っ酸っぱく教えられてきた。…本当にこれで…この人でいいのだろうか。
「ん…」
真希は目を瞑ってその時を待つ。
お母さんごめんなさい…私はこの人と一生を添い遂げます。例え裏切られても一生愛しています。
…反省文を唱えてみたが、母親もかなりの面食いだから多分こうする。
「んん…!」
エロムービーのような声が漏れ出る真希。
口唇と口唇が触れ合いそう…黄色に似た光なのに…ピンク色の雰囲気を感じる。
しかし心と心は…悲しいがそれすら事実としてキスで流し込んでほしい…。
「バッカ!何してるのっ!」
ガゴンッ!
鉄塊で叩かれたようなえげつない音。
そして目の前には目を大きくして頭から噴水のように血を流している颯。
「ほらいくぞ!」
また別の声がして颯は引き摺られて連れて行かれる。…自分を口説いてきた男がこんなにダサい訳がない。認めたくない。
絶望に近い後悔を噛み締める真希に…ひょこっと視界の端から顔を出す髪が短めの美人。
「ほっ!ほんっとう!すみません!」
「うちの颯がバカな真似して…!」
この浜坂美波似の美人よりの可愛さ。
真希は自然に察する。この女は自分と颯の恋愛模様の邪魔をする間女なんだと…。
恋というものは盲目であり愚かである。
真希の考えを裏づけるように…引き摺られながら颯は手を振る。
「ま!真子ちゃんまた後で!」
その言葉に真希はその場に立ちすくむ。
だって名前すら間違えられているんだもん。一文字も合ってないしなんか長くなってるし。
この瞬間短い恋の時間は終わりを迎える。
本当に好きな人とのファーストキッスのためにとっておける…と思えば幸せだが、そんな事思える方がごく稀だ。大体の人は一度の快楽に見え任せてしまう。
「あの…よかったらこれ…」
身長の高いイケメン坊主が紙を渡してくる。
「こ…これは?」
「俺の連絡先です」
「え…いらな」
その紙を目の前でビリビリと破く真希。
理由は単純で下心がムンムンに見えていたから…颯は下心があってもなぜか隠れていた。
恋のカケラが地面に落ちていく。
あぁ無情。
…すっかり立って歩けるようになった颯は…当たり前だがこっぴどく怒られていた。
「体調悪いって言ってたから心配してたけど損したわ…」
「ナンパする元気があったら祭り来れたんじゃないの!?」
「そうだゾ」
男子からの猛攻が颯を襲う。
だが全くといっていいほど颯には喰らわない。
そう男子の顔には「嫉妬」の二文字が張り付いていたのだから。
それに対して効くのは女子の何気ない言葉。
「ほんっと…どうしようもない…」
「女の敵めー!」
だがただ一人…明らかな女神が目の前にいる。
「みんな!辞めようよ!」
告って玉砕した颯…やっぱり舞は優しいことを再認識する。しかも舞の邪魔をしてしまったのにも関わらず守ってくれる…。人間としての器の違いを痛感させられる。
「颯くんは女好きだけどっ!」
「良いところもあるはずなんだよっ!」
「例えば?」
「ほらっ!…あれとかっ!」
「あれって?」
「欲に従順とか!」
「ダメじゃん…」
颯は静かに肩を堕とす。
あれほどまでの栄華が…舞に振られてからというもの全部無くなったような気分だ。
「それよりさ!こらからどこ行くのか教えてっ?颯くんっ!」
話題の変え方が下手すぎる舞ちゃん。でも本人は満足いってそうで言えるわけがない。
だがだいぶ疑問に思っていたのか、その話題にみんな食いついてくる。魚やーん。
「夜のビーチにいるのは彼氏持ちの女か…相当イカれたおっさんしかいないゾ!」
「ウチら覗きには付き合わないよ?」
「俺をド変態だと思ってるでしょ!違うからさ!」
颯は慌てて小さなバッグの中を探る。
目当ての物が見つかり…思わずニコニコの笑顔になってしまう。某バーガーショップなら金取れるくらい。
「じゃっじゃじゃ〜ん!」
「ま!真夏の心霊民家案内所〜?」
教育番組のように颯以外の全員で声を揃える。
この瞬間だけみんなが保育園の服を着ているように見えた。
「颯くん…っ!なんでそんなゲテモノをっ!?」
「いやなんか日中部屋で寝てたらこの紙が扉の隙間に挟まっててさ」
「暇だったからこの紙の住所調べたんだけど…」
「突然焼け死んだ武士の幽霊が出るらしいよ?」
「ほら見てみな」
颯はスマホを取り出しその画像を見せる。
画像には塀に囲まれた古い民家が映し出されていた。…この民家が作られたのはおそらく200年くらい前の家だろう。
当たり前だが全く家として機能はしていない。
壁には赤いシミが雲のような模様がついていて…扉はもう銃弾で撃たれたように穴だらけになっていた。
「こんな所危ないよっ!」
「誰から渡されたのかも分からないしっ!」
「みんなで帰ってカードゲームの続きしよ?」
「もう舞バブ〜ビビりでちゅね〜」
「こういうのは大体ホテルのイベントなんでちゅよ〜?」
震える舞に煽り詰め寄る玲那。舞は普通に抱っこされて…体の震えが止まっていない。
やっぱり高校生の好奇心というのはすごい…そして恐ろしいとも言える。
幽霊を見たい!と思う方が多数派で…舞率いる帰りたい派は少数派だった。
「舞ちゃむ!夏の締めくくりは花火か心霊か!って決まってるんだよ!」
「そ…そ…そうだぞ!舞…!夏は心霊だぞ…」
「行きましょ行きましょ!」
舞も多数派の意見はひっくり返せない。このまま自分一人だけ帰っても迷子になって…幽霊に取り憑かれて…気づけば水死体…。なんて考えると怖くて怖くて仕方ない。
舞はただ玲那に抱っこされながら目的地へと連れて行かれる。
…ただ舞の唯一の救いは風華だった。
風華は何も言えずに足が震えていて…明らかに表情が暗かった。分かりやすすぎる。
そして勇も多数派を気取って舞を説得する側にまわっていたが…常にピクピク周りを気にしていてキョロ充のようだ。しかも一番安全な真ん中を維持している。
地球外生命体と戦っている人たちが、こんなに情けないと知ると逆に勇気をもらえる。
そうして一行は紙に示された場所に到着する、
ホテルからそう遠くはないはずだが、予想以上に時間が掛かり…恐怖よりも先に疲れがやってくる。
「はぁ…はぁ…」
「ぜぇ…ぜぇ…」
皆息が整わずまたに肩で呼吸をする。
そんな中で唯一息を切らしていない遥真が目の前を指差す。
その指に釣られるように皆その指の先を見る。
そこには画像よりも血管が目立つ民家があった。ツタが塀を覆っていた…だが不自然に門だけがツタに覆われておらず、自分たちを迎え入れようとしている気がした。
「はぁはぁ…」
息が整わない訳じゃない。
…呼吸をするたびにまた体が酸素を欲してしまう。
上手く例えれないが…穴の空いたバケツで水を汲もうとしているような…ずっと無駄なことをさせられているようで気持ちが悪い…
「うぅ…!」
玲那の後ろを歩いていたら杏は突然うずくまり呻き声を上げる。
視線は一気に民家から杏へ向き、玲那と舞は杏に近づき背中を撫でる。
「大丈夫!?」
「しっかりしてっ!」
「…大丈夫…体は辛くないけど…なんか体が変なの…っ」
「…どうなってるんだ…?」
思い返せばここに到着するまでにも違和感が多すぎた。
ここに向かっている最中…誰も口を開くことはなくただ歩き続けていた。…ナビすら開いていないのにこの場所に辿り着けたのもおかしいのだ。
誰か糸で引っ張られているように…何にも興味を持たずに歩いていたのだ。確か道中で蛇が出てきたが…誰も驚かずに蛇すら引いていた。
無理をしたスピードで歩いてきたせいで、こんなに息が上がっているんだろう。
そして一番おかしいのはこの違和感に誰も気づかなかった事だ。
「ま…マジで出るんかいな…」
辺りを見渡すと風華と颯以外の人は皆蹲って…頭やお腹を抑えて悶えていた。
颯は遥真や玲那に付きっきりで…頼れるのは怖がりの風華しかいなかった。
「風華!」
「…何々!」
「みんなをホテルに連れて帰ってほしい」
「この山道を走るより空を飛んだ方が早い」
「分かった!」
風華は隣にいた舞を背中に乗せて空を駆けて行く。あまりの速さにカブトムシかと思った。
「勇ッ!杏の様子が変だぞ!」
颯の叫び声に…勇の体は自然に動く。
杏は木に背中を授ける形でぐったりとしていて…呼吸も薄くなっていた。
耳元に当たる息が生ぬるく…。
明らかに異常だと一目でわかる。
首元を触ってみると火傷してしまいそうなほど熱い…。沸騰したやかんを触っているみたいだ。
「…マズイな」
「はぁ…はぁ…勇…怖いよ…体が痛くないのに…震えてきたよ…」
あまりの弱々しい声に杏の手を握ってしまう。
助けたい…だが医療の知識なんて何もない。
唯一知っているの冷えたタオルで…なんて考えるが、タオルなんて無いしまず濡らす場所がない。
完全に行き詰まった…。
なんて考えているとピクピクと袖が動く。
「ん…?」
シュルシュル…と黒縄が袖から現れる。
「どうしたんだ?」
黒縄は勇の言葉に返事する事なく…木に倒れ込む杏の元へと一目散に向かう。
そして杏の表情を見てから優しく首に巻きつく…。今日の黒縄は多分冷たいだろう。冷房がついた部屋の布団の表面のような感じで…今日は比較的冷えているから、濡れたタオルの代用とは行かないものの…一時的な凌ぎには最適だ。
「あともうちょっとで風華が来るから…それまで耐えててほしい…」
何もしてあげられない自分に嫌気が差す…。
…杏に告白して振られて…杏を怒らせることばかりをしていて…挙げ句の果てには杏の辛い思いをしているのをただ見ることしかできない。
自分の心を自分で殺してしまいそうだ。
そんな時ピクッと一瞬だけ杏の指が動く。
「あ…あり…がとう…」
声が震えている。
笑顔の多い杏とは全く違う。
少し不安が混じっている顔で…こんな表情は久しぶりに見た。
「俺が能力を…もう少し使えたら…」
心の隙間から思ってもないことが漏れ出る。
目の前には持てる力を持って杏を助けようとしている黒縄がいるのに…。
ただ何もせずに突っ立っているだけの自分への泣き言を並べたかっただけなのだ。
「悪い…」
黒縄はは怒ったような素振りを見せ、プイッとそっぽを向いてしまう。完全に怒らせたようだ。
黒縄を怒らせると面倒臭い…だが今回ばかりは自分の言動が原因があって…星屑がバカにするようにこちらを見ている。
星の数だけ自分愚かさが映し出されているような気がする。
「アハァッ!」
聞いたことのない女の甲高い笑い声。
この声は絶対に玲那のものでも…ましてや杏のものでもなかった。
辺りを見渡してもそこには該当しそうな人は誰もいない。颯も聞こえたようで辺りを見渡している。
「そこにいるお兄さんたちつまんなソ〜」
お兄さんたち…おそらく勇と颯の事を言っているんだろう。…どこかに監視カメラが付いているのか…視線を感じる。
「誰なんだ…?」
「あっ!ごっめ〜ん!お兄さんに見える訳ないジャ〜ン!」
「実力に差がありスギ〜!自分の実力高く見積もりスギ〜」
「アハハァッ!」
勇の不安を知らないその女はずっと甲高い笑い声をあげながら話している。そして心に来る一言を添えてくる。怖いよりも苛立ちを先に覚える。
「ん〜そ〜だな〜」
「お兄さんを楽しませるために…」
「その寝てる女の子を連れて行っちゃお!」
寝てる女の子…苦しんでいる杏ならいるが、寝ている人などいない。だが当てはまりそうなのはただ一人杏だけだ。
黒縄は庵野の首から離れて何かくる事柄に備える。
「ぶっぶ〜!そんなんじゃ〜誰も守れないよ〜ん?」
体が浮き上がる強風が吹き荒れる。
それは横から当たる風ではなくて地面から湧き上がる強風で、杏と勇、颯の体は浮き上がる。
「なんだ…!?」
「颯ッ!頭をしっかりと守っていろ!」
「う…うぅ…」
「杏は俺が守ってやる…」
「ひゅ〜お兄さん格好いい〜!」
風が吹いていて周りの音は何も聞こえないのに、その甲高い女の声だけはずっと聞こえる。耳元で話されているようで、耳がずっとゾワゾワしている。
「クッ…!」
風が徐々に強くなっていく。
体も抵抗する力を失う。
意識が遠くなっていく…
だが杏の二の腕を確実に握っていた…。
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