9-1 my life
なかなか寝付けないまま夜が明けた。
今日は昨日とは全く違って曇り空。午前10時だと言うのに鼠色の雲が太陽を隠している。今だったら太陽が裸になっていても気づかれないだろう。
朝ごはんの呼び出しが8時頃に来たか…腹痛を理由に断り、今現在勇はベッドの上でスマホをいじっている。某ひっぱりハンティングのログインボーナスを回収していた。
…それもこれも昨日の出来事があったから誰にも会いたくなかっただけで…腹痛なんて嘘でしかなかった。
勇は杏にフラれて…風華は舞のキスシーンを見てしまって…こんな事説明しても無関係のスタッフの混乱を招くだけだ。
男子高校生なりのそれなりの気遣いだ。
ぐぅぅ…
いびきの様なお腹の音が響き渡る。
もうこれで今日十二度目だ。
「お腹減ったね…」
「どうせ外に出る時に会うんだから朝食行っておくべきだったな…」
「あ!思い出した!」
グータラとベットの上でだらけていた風華は布団を跳ね除けてベットから飛び起きる。まるで平日の猫の様だったのが、雪の降った日の犬の様になっている。
ワンワンの様な四足歩行で勇と風華のベッドの真ん中にある収納棚を開く。あまりに勢いよく開くもんだからその棚の上の目覚まし時計や某スタジオの様なライトが揺れる。
そして風華はそこからある一枚の紙を取り出す。
「ホテルデリバリー!」
その紙には料理名と料理の写真、そしてその料理の値段が記されていた。
どうやら体調不良などで朝食バイキングに来られない人のためにこのサービスは作られている様だ。
つまり実質体調不良の二人にはもってこい!
少々値段は張るものの…高校生の食欲というのはカバとリスくらいの差があるもの…。二人はその紙には顔を近づける。
「ふむふむ…朝ごはんAセット850円…小松菜の味噌汁…天然鮭の塩焼き…冷奴…緑茶…」
「Bセット…1000円…もやしと豆腐の味噌汁…ウィンナー…オクラの鰹節和え…鳥の五目ご飯…オレンジジュース!」
「こっちはちょっと高いけど俺の好みかも!」
「誰も美味しそうだな…」
紹介するだけで1時間なんて簡単にすぎてしまいそうだ。風華は一旦口で語ることを辞めてメニュー集中する。その目はマグロの競りをする職人だった。
その間にも耳元で「美味しそう!」や「うわぁ!すごいよ!」などの幸せな言葉を言っている。
こんなセリフの連打を止めれるわけがない。
そして数分が経過して一通り見た二人は一斉に指を差す。
「あ!やっぱり?」
「お…風華もか」
二人が指差した物は偶然一緒だった。
「やっぱパンのBセットだよね〜!」
「流石にクロワッサンの魅力には勝てない…」
「和食とありだったけどね!」
「昨日の夜はゴリゴリの和食だったからなぁ…」
紹介していなかったが昨日の夜ご飯は驚くほど豪華な物が揃っていた。
マグロ、サーモン、タイの三食刺身…
主食はあの松茸をふんだんに使ったご飯。そして副菜には豆腐の大根の甘辛煮…。
なんといっても!この地域に来たら食べないで帰れないと言われている生姜のすき焼き!
生姜の香りが嫌いな人でも食べれるくらいの超絶品メニューだ。
「なんでも美味そうだったけどなんといっても…」
「杏仁豆腐!」
二人の声が重なり合う。
「あ!やっぱ勇まだ杏仁豆腐好きなんだ!」
「俺は一途なんだ」
こんな興奮しているのには理由がある。
それはあまり杏仁豆腐が人から好かれていないからだ。あんなに美味しい物を…。
ちなみに中3の卒業旅行は杏仁豆腐の聖地とも言われている杏永堂に二人だけで行った。ほかの人はネズミの国とかアメリカンな奴らの集いに行っているのに…。
実はこの地域は生姜入りすき焼き以外にも杏仁豆腐が有名な場所だった。
お土産にはここの杏仁豆腐!と言う人が後を経たない!
昨日の夕食にも出てきたのだが…今日来たメンバーはあまり杏仁豆腐が好きではなく…「まぁ残すなら食べなきゃか…」ってな感じで食べてた。やっぱ愛情を見せなきゃ愛情が見えてこない物で…あまり美味しくいただけなかった。
「まじか!杏仁豆腐単品も行けるみたいだぞ!」
「20行っちゃおう!」
「行っちゃうか!」
電話をしてから20分ほどが経った。
リーンリーン
室内に綺麗な鈴の音が鳴り響く。
ウキウキ気分な風華は天国気分で扉を開く。
…だがそこは天国などでは無く…地獄の入り口だと気づいたのは、完全に扉を開ききってからだった…。
「え…えと…」
今現在目を大きくする風華の目の前にいるのは…不機嫌そうな顔を浮かべている杏と舞。
その手にはお盆があり…先ほど頼んだパンのBセットが乗っている。杏は両手で二人分を持っている。
そして頬に力を入れて空気が溜まってしまっている舞は…積み重なったビンの杏仁豆腐のお盆を持っている。流石力持ち!…と言いたいところだがぷるぷる震えている。可愛い。
もうそろそろキツイのか口を四角くして声にならない声を漏らしている。
「見てないでたしゅけて!」
「は!はい!」
あまりの見たことない舞の姿に見惚れていた。
だがその舞の赤ちゃんボイスに風華の体は自然に動いてしまう。
二人は女の子二人からお盆を取り上げて扉を閉めようとする。
…閉められない…杏と舞がおさえているわけでもない。…あまりのお盆の重さに力が入らないだけだったのだ…。こんな重いものを持っていたというおんにゃの子たちは恐ろしい…。
「ま…舞さん!入っちゃダメだよ!」
「…わかったぁ」
「あ…杏も…入っちゃダメだ…」
「うん!」
二人は笑顔で頷く。可愛い…と言ってみたいが重すぎてそれどころではない。
すぐにお盆を机の上に置くと一息吐く。
「はぁ…はぁ…こんなに頼んだっけ…」
「ビンだったし…よ…余計に…重かったな…」
ガチャ…
そんな何気ない音…だが男の子二人にとってはそれが大変怖い音だった。あの[〇〇も奇妙な物語]的な不快になるクセになる音。
勇と杏の全身には鳥肌が駆けていく。
「…風華一緒に振り向く?」
「…うん」
後ろからは靴下とカーペットが擦り合うモワモワとした音が聞こえる…。しかも女の子らしい可愛らしい鼻歌が聞こえてくる。
恐る恐る…ゆっくりと振り返る。
「あ!終わった?」
「え…!なんで入ってきてるの!?」
「私杏ちゃんに押されて入っちゃたんだよ!」
「入ってこないでって言ったじゃん!」
「…そんなに嫌なの?」
「ま…舞さんが嫌でしょ」
そっぽを向いて頬を膨らます風華。
その姿を見て舞は眉を顰めて風華を睨む。
あまりにも怖すぎる可愛い瞳に風華の足は震えている。もちろんその隣にいる勇もおんなじ様に震えている。
「…ねぇ勇」
別に風華が舞と喧嘩してもどうでもいい…。
…がこちらはこちらで怖い。杏が不思議な笑みでこちらを見ているのだもの…。
そして杏の腕は徐々に上がっていき…二人の間を指を差す。
何を言われるのか…怖くて予想できない…。
「…冷めちゃうよ?」
「あ…!」
心まで温まる様なほかほかの自家製トマトジュースを使ったスープ、均一に卵が分けられているスクランブルエッグ、有名メーカーのソーセージ。
どれも冷めては美味しさが半減してしまう物ばかりで…お腹が空いていた二人は女子などそっちのけでパンに食らいつく。
喉を詰まらせない様に最低限気をつけながらクロワッサンやらを食べる。
食べている間舞は怒っている顔をしていて…
杏はそんな舞を慰めている。
「心配して損した…」
「風華くんも変なこと言うし…」
「…!」
何か危険な匂いを感じ取った風華は音を立てて立ち上がる。この匂いはクロワッサンの匂いなんかじゃなかった。
そしてトコトコと舞の座る風華の使っていたベッドに近づく。
「ふぇ…!?ふ…!風華くんっ!?」
舞は怯えている様な…どこか恥ずかしがっているような表情を見せる。
可愛らしい洋服の上から胸を隠すようにしているが…めちゃくちゃににゃんにゃんしてる。
風華は押し倒していない。…だが舞は自然とベッドに寝転がる。
「ふ!風華くん…!ダメだよぉ!私たちまだ子供なんだよ…!」
「え…えっちなんだよぉ!」
風華は舞の脇腹を静かに掴む。
「うにゃ?」
別に何をするでも無く部屋の外へ舞を運んでいく…いや物のようにもっているから持っていくっての方が合ってるかもしれない。
杏仁豆腐男こと風華は舞を部屋の外に運ぶと扉の外に置いて鍵を閉める。
もちろんその間に舞はジタバタしていた。まるで反抗期の子猫のような目をしていたが…風華はボコボコになりながらも普通に運んで行った。
「ちょっと!風華くん!」
部屋の扉を叩く音が聞こえる…。
扉が壊れてしまうかもしれない…。
「風華っ!?ダメだよ!そんな事しちゃ!舞ちゃむが可哀想でしょ!」
「ね!ねぇそうだよね!勇!」
杏は助けを求めるように勇がいた壁を見る…。だがそこには勇はおらず白い壁がある…。
振り返れば奴がいた…。無表情の勇が…。
「ゆ…!勇怖い顔はやめてよ!」
…勇は風華と同じように杏を持ち上げる。
同じ様に外へと放り出してまた鍵を閉める。
あまりの速さと完璧な技術に元々外にいた舞も、持って運ばれていた杏も対応できなかった。
「うーんコーヒーおいしいね!」
「紅茶も美味しいぞ」
そしてまた優雅な朝食を過ごす。ヨーロッパの大富豪のようなオーラを醸し出している。
…扉がドンドンと音がなっている。不思議だ。あとそれと「風華くんのバカ!」とは「勇の嘘つき!」って声が聞こえる。
自認"清塚武"の勇と、自認"甘海マム"の風華は誰のことを言っているのか不思議な顔をしている。
「もういいっ!風華くんなんて嫌いっ!」
「ねっ!勇なんてもう知らないから!」
杏の声が廊下に響くと二人の世界は広がる。
自認も勇と風華に戻る。
隣室迷惑にならないか…?と疑問になるほどの声量をしていた。
「な…!なんなんだあの子達!」
「はぁ…はぁ…こっちは諦めようとしてるのに…!なんでわざわざ来るの…!」
「ま…まさか俺らの事揶揄いにきたのか…?」
「分からないけど!」
「とりあえず杏仁豆腐食べよ!」
「た…確かに!食わなきゃな」
ものの数分で20個近くあった杏仁豆腐を平らげると、二人は背もたれに背中を預けて椅子に座る。
机の上には空のビンが綺麗な円を描がくように置かれている。
勇は一息吐こうとスマホを見ると電話が掛かってくる。画面の少し上には[遥真]と書かれている。
「もしもし〜?」
遥真は外にいるのか風の音が聞こえる。
何か警戒しているのか声も小さい。
「どうしたの?」
「お!お前は早く来いよ!」
「え…?颯居ないの?」
「颯体調不良らしくて部屋で休んでるんだよ」
「つまり女子3人+男の俺1人!」
「ハーレムかと思いきや…なんか杏と舞は鬼みたいな顔してるし…」
「は…はは…なんでだろう怖いなぁ」
「…早く来ないと俺が殺される」
「…い…いいかなぁ…」
「早く来いッ!」
機嫌が悪い女子二人の顔が想像できてしまう…そしてボコボコにされる遥真も想像できる。
流石に負い目を感じてしまう…。
昨日遥真に優しくされた遥真はそれ以上だろう。
「早く来いよ!」
「わ…分かりました…」
ピッ…
誰かきたのかすぐに電話は切られた。
聞き耳を立てていた風華はモコモコのパジャマを脱ぎ出す。ちなみにこのパジャマは普段使いしてるらしい。赤ちゃんなのだろうか?
「…行くのか?」
「…行かなきゃ遥真が死んじゃう」
「で…でも俺杏が怖い…」
「俺も舞さんが怖いよ!」
「舞さん…あんな顔して力強いし…怒ったらめちゃくちゃ怖いし…」
「杏だって!案外力凄いし…静かに怒る方の怖さだし…!」
行っても行かなくても怒られる事が確定している…。普段は温厚と言われている女子二人と相対するのは次元の違う怖さがある。
二人はない知恵を振り絞る…。
「は!いい事思いついたよ!」
「!流石天才風華ちゃん!」
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