8-2 何も言えなくて…夏
辿り着いたホテルの名前は「HANIWA」
勇のBLUEな気持ちとは反対にその名前は光り輝いていて少し暗い空に放たれる。
多分数km先にいて迷子になってもこれを頼りに生きれる。
「はぁ…」
「ど…どしたの!?勇…」
「ははは…ちょっと色々…はは…」
渇いた笑みで乾いた笑い声。
どこか遠くの方を見ている。そこには何にもない。蚊がいるかもしれない。
「はは…ところで猫娘たちはもう帰ったのか?」
「うん!日帰りらしくてあの後すぐ帰っちゃったよ?」
「そうか…」
ホテルのチェックインを済ませると、勇と風華は304号室へと向かう。ちなみに305号室は遥真と颯。307号室の少し大きな部屋にはおんにゃの子たちだ。
残念ながら306号室には家族連れが泊まっている。ベランダからおんにゃの子の部屋に侵入すするのはできない。
女子の大きな荷物を運ぶために一度部屋に入れたくらいだった。
そして女子たちの荷物を運び終えた勇と風華は、自室で自分たちの荷物の整理を始める。
「こういうのって普通ホテルに荷物置いてから海に行くよね〜」
「あぁそうだな…」
「みんな楽しみすぎて完全に忘れてたね!」
「俺たちが海に行ってた時この荷物はどこにあっなんだろうね〜!」
「あぁ…」
「むぅ…!どうしたの?なんか変だよ?」
「い…いや…気にしないでくれ…」
今にも消えそうなくらいの声だ。もし仮に蚊がこの部屋に居たらそっちの方が気になってしまうくらいだ。
「俺はいっつも勇に助けられてるし…」
「今日が俺が助けたいんだ」
「ねぇ教えて?」
風華はバックから荷物を出したり戻したりしている。この一見意味のない行動…だが風華は少し恥ずかしがっているんだろう。荷物を見たり勇を見たりオドオドしている。
「あ…!」
風華とパッと目が合うとすぐに笑顔を作る。
相変わらずめちゃくちゃ可愛い顔してんなぁ…と簡単な感想が出てくる。
そしてそれと同時にその風華の優しそうな目に口の紐がほろほろと溶けていってしまう。
まるで専門店の角煮の様に口紐はほろほろだ。
「風華…絶対に笑うんじゃないぞ」
「笑わないよ!友達だもん!」
「…」
「杏に振られた」
「えッ!?また振られたのッ!?」
「まッ!またとは失礼だぞ!」
「た…タブーだったのか…!」
「タブーじゃないけどさ…」
「今回はちょっとってかだいぶ…テクニカルな振られ方しちゃったんだよ」
「えぇ!?普通にごめんなさいとかじゃなくて?」
思い出したくもないあの水辺でのシーン。思い出すだけでも悲しくなるが風華のために思い出す。あとで何か奢ってもらいたい。
ちょっと、自分の良いように少し脚色を加えながら思い出す。
自分がカッコつけてイキったセリフで告白しようと思っていたことを思い出して恥ずすぎて滅だ。
「なんか告白しようとしたら直前で止められて…」
「前俺が告白した時と同じ気持ちって言われた」
「つまり好きじゃないってことかぁ…」
「しかも杏って結構スパルタみたいでウチがフっても応えなよ?って言われたし…」
「なんか前振られた時より怖いのと言われてない!?」
「好きでもないやつに2回も告白されたら流石の優しい杏でも怒るだろ…」
「杏じゃなくっても怒るか…」
「まぁ告白されたことないけど…」
「俺も男の人にしか告白されたことない…」
二度目の失恋は…1度目には思いもしなかった嫌なところが嫌でも出てくるもの。
しかし杏には特筆するべき欠点なんてなかった。強いて言えばいびきが大きいことくらい。普通に部屋と部屋の間の壁を貫通して聞こえる。
それすら勇からしたら杏の魅力を際立たせるものでしかなかった。
真面目な杏も朝腹弱く髪の毛がピュンピュン飛び回っていたり…。
夜は普段はつけていないメガネで机に向かって勉強をして…たまにスマホを弄ることに集中してしまったり…。
たった2ヶ月ちょっとくらいで…今まで知らなかった誰とも共有できない杏の良いところをたくさん見てきた。
だがそんなものは突然終わる…
そう思うと涙も自然に落ちてきてしまう。
何度拭いても…その分を取り返すようにもっと溢れてきている。口唇も自然と震え出してしまう。
「自分が思うほど…杏と仲良くなかったんだな…」
「ううん…傍から見ても勇と杏は良かったと思う…」
「こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど…付き合ってるのかとも思ってたよ」
「でも悲しいけど女の子は花みたいなものなのに…」
「いくら毎日水をやり続けてもその人の気分次第ですぐに枯れてしまうんだよね…」
「別に勇が悪いわけじゃないからあんまり気を落としちゃダメだよ?」
「…ありがとうな」
風華の優しい言葉と温かい体に包まれる。
不思議と我慢しようとしていた涙は溢れ出してしまい…風華の胸の中で声をあげず静かに泣く。
決してこの気持ちが洗い流されるわけではない。むしろ泣くことによってまた好意が増えていく…。だが目が痒いと自然と掻いてしまうのとおんなじで…この一瞬の心の安らぎのために静かに涙が流れてしまう。
そしてしばらくすると風華から離れる。涙がもう疲れて出てこなくなってしまったのだ。
「風華は頑張れよ…」
「え!?」
「舞が冷たかったんだろ?」
「その後に一回普通に話してくれるようになったけど…すぐに怒られちゃった」
悲しそうな顔をしちゃってる風華。
そんな表情に思わず笑顔が溢れる。
「良い事教えようか?」
「え?」
「えッ!?もしかして舞さんの好きな人とか…!?いやーッ!聞きたくないよッ!」
「安心しろ」
「そんな事俺も知らない」
「じゃあなに?」
「舞はお前が他の女の子と話したり…仲良さそうにしてるの機嫌悪くなるんだよ」
「え!?」
「どゆこと!?」
「あのおっとりした赤ちゃんみたいな雰囲気で…案外独占欲が強いのかもな」
「それはつまり…あのその…!」
「す…す…!」
風華は真っ赤に耳を染める。
だがそれと同時にとある事件を思い出す。
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あれは高校一年の入学当初の移動教室の時。
2限と3限の間に漏れそうになっていた風華は授業終わりすぐにトイレに向かう。
…がその用を足してる最中次の時間が生物だと気づく。この入学初期の授業は外での生物の観察か、教室で座学をするかバラバラだった。
しかもどっちか間違えれば大人数の前で怒鳴られてしまう。
流石に入学してまだ間もないのに怒鳴られたらクラスでの地位にも関わる…しかしクラスに友達があまりいなかった風華は勇しか聞く相手がいなかった。
「勇!次の生物どこなの!?」
「ん?グラウンドの近場の林で昆虫捕まえるらしい」
「えぇ!楽しそ〜!」
そして用を足した風華はグラウンドに向かう。
グラウンドにはまだ誰1人もおらず…風華は一番乗りだ!と思って、まだ寒い春真っ盛りのグラウンドの砂に座る。
その頃勇たちは教室で授業をしていた。
でもまだ風華はグラウンドに座っていた。一番乗りだ!って勘違いしてる笑顔。しかもどこからか虫取り網を持ち麦わら帽子をかぶっている。
その後の光景は酷かった。
普通に授業をエスケープしたと捉えられた風華は担任にも生物教師にもこっぴどく怒鳴られたら。
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いくつかの思い出の中…
だが風華は気づいてしまったのだ勇はよく適当な「嘘」をついてしまうことを…。
自分が落ちるところまで落ちたから…道連れにしようという魂胆なのだおそらく。
大きな目を細くして勇を睨みつける。
「なんだ?嬉しくないのか?」
「これは嘘をついている匂いがします…!」
どこからか探偵服を持ってきて、いつの間にか着替えていた風華。虫眼鏡で勇を覗く。
「別にお前が嘘って思ってもいいけど…」
「舞の気持ちは本当だと思うぞ?」
名探偵風華は顔がとろけて笑う。
疑うことを知らない純粋な名探偵。
「し!信じるよ!?いいんだね!?」
「いいぞ?」
自分の好きな人が自分のことを好き。
根拠のないその情報でも天使のように舞い上がってしまうのは人間の常だ。
呑気に顔が緩み…これからの事を想像しているのか今にも涎が垂れそうな表情を見せる。
その姿を見て勇はある不安が過ぎる。
「まさかとは思うんだけど…」
「お前舞に告白するつもりか?」
「え?だって好き好き同士なんだったら告白しなきゃダメなんじゃないの?」
全くこの子は恋愛については何もわかってない。小学生くらいの恋愛を続けている。
そんな馬鹿げた恋愛なのに風華は自信満々に目をキラキラと輝かせている。
そして告白のセリフをノートにつらつらと書き出している。
チラッと覗くともう3ページ目に突入している。文字は乱雑だ。
「俺が言うのもなんだが…」
「告白っていうのはデートとかしてからするもんなんだよ」
「え!?じゃあ勇はデートしたの?」
「してないから掘り返すな…」
「女子側がこの人かっこいいかも!?って思ったとするだろ?」
「でも学校外でのその人を見て嫌なところが見つかるかもしれないだろ?」
「店員さんにタメ口とか!?」
「うんそういうのな」
「それを確認するためなのがデートってもんなんだよ」
「なるほどぉ…ただ楽しむためにあるわけじゃないのかぁ…」
「そう!だから告白はまだ先にしておけ」
「はい!勇先生!」
「よしよしいい返事だね」
先生たちが風華を可愛がる理由がわかる。
こんな無邪気な笑顔で質問されたら嫌でも優遇してしまう。ただ先生は風華を撫でてはいけない。
だからこうして風華を撫でる事ができるのは勇の特権なのだ。
風華は嫌がる顔さえ見せず猫のように糸目になりながら喜びの表情を浮かべる。
「あ…」
「風華は可愛さよりかっこよさを全面に出せ!」
「お…!俺カッコよくないの!?」
「うんだから頑張れ」
「分かった!」
フンスッ!と鼻息を立て腰に手を当てる風華。
本人はカッコつけているつもりだろうが…身長も相まって子供がカッコつけているように見える。普段より可愛さが増している。
だがそれに気づかずに得意気な顔をして見つめてくるもんだから…何も言えなくて…。
懐かしい風華の幼少期を思い出した。
幼稚園…小学校…中学校…その頃から風華にべったりくっつかれていた…。自分を表すのは下手なクセに負けず嫌いなのは今と全く変わらない。
そしてその他に同じ点があることに気付く。
「風華ってずっと髪の毛長いよな」
「確かに…昔ママがあなたの髪綺麗って言ってくれて…いっつもママが整えてくれたからね」
「ママが死んじゃってからも…それが記憶に残ってるから今もクセになってるのかな?」
「わ…悪い事を聞いた…」
「ううん…家族が死んだとき俺赤ちゃんだったしあんまり覚えてないしいいよ」
「…お兄さんとは連絡取ってないのか?」
「うんお兄ちゃんの顔も覚えてないし…ずっと別々に育ったからね…」
「多分お兄ちゃんも俺とすれ違っても気づかないと思うよ」
あんなに無邪気な笑顔は消えて…風華は少し寂しそうな顔を見せる。その顔は子供のようではなく…少し大人びていた。
「そっか…」
「いいから大浴場行こうよ!」
「わ…分かった」
すぐに風華は可愛らしい笑顔に戻り、勇をぴょこぴょこと催促する。
その何気ない姿が心の届かない痒みを撫でるようにして、その痒みは一瞬和らいだような気がした…。
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