5-3 innocent
彼女がほしい
霊愛は風華の体の前にそっと手を出す。
視線はヴォアを捉えている…。
口を小さく動かし、風華にしか聞こえない声で呟く。
「…勇を連れて逃げろ」
「でもアイツは…」
「そんな状態じゃ足を引っ張るだけだ…」
「勇はまだ息がある…」
「どこかで治してもらってこい」
「びょ…病院とかでですか…?」
「そんな時間はない…」
「お前らの知っている人物が外にいるはずだ…急げ!」
「はいッ!」
顔に似合わない大声で風華の背中を押す。
その声に震えが止まった風華は走り出そうとする。…だがすぐにまた霊愛に腕が掴まれる。
「なんですか!?」
「…天界に自分の刀忘れてきちゃったから」
「お前の手に持っている刀貸して欲しいなって…」
「…いいですけど」
「霊愛さん…かっこよくなぁい!」
霊愛に刀を渡すと、風華は勇を背負って走り出す。勇は重い様で風華は年老いた女性の様に背中が曲がり、ほとんど前が見えていない状態だった。
「あ…あいつ本当に可愛いな…」
「ふッ…あん時何もできなかった神の金魚のフンのお前ェが…俺に勝てるとでも思ッてんのかァ?」
「勇と約束したんだ…」
「次会う時は少し強くなってるってな…」
「お前とも良い勝負出来ると思うぞ…?」
「何もできず神頼みだったお前ェがかァ?」
「私への恐怖で…上書きしてやるよ!」
実は霊愛は夜な夜な、なろう系を読んでいた。
笑伝はそれをみていたという…。なかなかに気持ち悪いニヤけヅラだったそうだ。
「フレア…!」
チャッカマンの様に指の先端から火が起こる。
それは握り拳より大きく、フラダンスの様に左右に揺れている。
「避けなきゃ死ぬぞッ!」
「ハァッ!」
「フレア光線!」
安直な技名とともに指先の火は放たれる。
ホースの水の様に一直線に放たれ、ヴォアは体ごと頭を下げる。
ビュンッ!
「やばい!」
「間抜けめッ!」
屈んだ姿勢のまま霊愛の元へ走るヴォア。
どうやら霊愛は"フレア光線"の止め方を分からない様で慌てている。おそらくその技は上下左右できないのだろう。
まさに鬼の形相で走ってくるヴォア。
勇に貫かれた太ももからは走るたびに血が溢れてきている。
「フレアストップ!」
"レッドキック"や"レッドフォール"の様になんでも技名をつけているのだろう。
"フレア光線"は先端から指先に掛けて止まる。
だがもう眼前にはヴォアが迫っていた…!
「死にやがれェッ!」
ヴォアは霊愛の顔面に向かって先の尖った骨を振り上げる。霊愛流の名前をつけるのなら「ボーンパンチ」だろう。
風を切り、竜巻が巻き起こりそうな予感がした。…だが霊愛の表情は若干ニヤけていた。
「エクレーア…!」
霊愛の手からはピリピリと静電気を発する。
ヴォアの表情は一瞬にして歪む。
ピキンッ!
ヴォアの骨と霊愛の体がぶつかる。
すると霊愛の体には一点の血が流れるだけで、ヴォアは筋肉が痙攣したのかと思うほど震える。寒いのかとも思った。
「…ガァァッ!」
ヴォアの体が光り輝く。それは幸運な事が起こったわけではなく、むしろ不幸な事が起こっていた。
「痺れるだろ?スパーキングエクレーアは…」
霊愛の発した電撃により、ヴォアが痺れていたのだ。それもかなりのボルトの様でヴォアは叫び声を上げる事しかできていない。
「もう一本の腕も貰うぞッ!」
もう一方の腕で刀を振るう霊愛。
その直前に霊愛は気づいたのだ。
昔、理科の授業で勉強をしていた時のこと。
苦手だった理科の授業、その中でも特別苦手だった電流・電圧の授業。
霊愛はそのことを思い出して汗を流す。これは走馬灯なのだろうか。
バチィッ!
「アバババッ!」
剣先とヴォアの体がぶつかると、霊愛は暴れる様に痺れる。剣を通して感電したのだ。
「ズ…!ズトッブエクレーアァァ…」
ヴォア、霊愛、両方体から電気が消え去る。
ボロボロの霊愛と、少し体の焦げたヴォア。
「何がしてェんだァ?」
「…ただの様子見だ」
「はぁ…はぁ…」
「もう降参してもいいんだぜェ?」
「それとも土下座でもして命乞いするかァ?」
「バカ言うな」
「勇が命を懸けて戦ったんだ…」
「俺がそんなマネするわけないだろ?」
「ほォッ…?」
「フレアソード!」
霊愛は手に持っている刀に火をつける。
それはたくましく燃えていて近くにいる霊愛からは少し汗が流れていた。
その炎で一度焼き殺されたヴォアは顔が曇る。
「もう一度…お前を殺す」
「…当たらなければどうッて事ねェんだよォッ!」
ドォッンッ!
踏み込みの音と共に、破れた床から木片が飛び散る。
「ぶッ殺してやらァッ!」
空中から繰り出されたボーンパンチ。
霊愛は体を仰け反らせながらそれを受ける。
キィンッ!
刀と骨のぶつかり合う音が響く。
骨は簡単に切れる事はむしろ刀が鉄崩れを起こしている。
「グゥッ!」
霊愛の顔と火のついた刀が近づく。
ゴールデンに輝いた髪の毛に火がつく。
「ふぅふぅ!」
下唇を前に出して息を吹きその火を消すと、ゴールデンはチリチリの黒色に豹変する。真正面にいるヴォアが笑わないのが不思議なくらいの変な顔だ。
力が一瞬緩んだ隙をつきヴォアはさらに力を入れる。その度に太ももから血が吹き出している。
「ぐぬッッ!」
「お前ェも可哀想な奴だぜェ…!」
「わざわざこのゴミみてぇな世界に来てよォッ!」
「それで俺に殺されるんだからなァッ!」
「人間なんてクソみたいな種族に会わなければ!お前ェもまだ長生きできただろうによォッ!」
眼前にまで迫った骨に霊愛は汗を流す。
昔のアニメで見た100トンハンマーに、殴られている主人公はこんな気分だったのだろうか。
そんな事は分からない…ただ一つ引っかかる点があった。
「確かに…人間界は…ゴミみたいな所だ!」
「人が人を殺し…争いも絶えない…」
「産まれるのが早かっただけで序列が決まり…」
「人は人を表面上だけをみて決める…!」
「大卒だの高卒だの…根本から間違っている社会だ…!」
「だけどな…!」
霊愛の力が少し増した様な気がした。
炎の刀がヴォアに少し近づくとヴォアは眉を顰める。
「人は誰かに従っているだけなんだよ…!」
「人は弱いから…誰かを見下して誰かに逃げる」
「人は弱いから…誰かを愛して誰かを守る」
「私やお前にも分からないほど…人間っていうのは単純で奥が深いんだ!」
「ゴミだなんて簡単な言葉を吐き捨てるなッ!」
霊愛の力が最大限まで増した!
ズバァッンッ!
波の様な音と共にヴォアの右腕が弾け飛ぶ。
空中で何回も回転すると地面に右腕が力無く落ち、切れ目からはジュゥ…と音が鳴る。
「ガァァッ!」
普通に切った訳ではなく…焼き切った。その痛みは普通の擦り傷や転んだだけで驚いてしまう人間には想像ができない。
だが霊愛は嬉しそうな顔はせず、悔しそうな顔をしている。
「お前ェも…知ってんだなァ…」
「ヴェール族の能力をよォッ!」
ベキッ…!
ヴォアの背中から血が吹き出す。
ヴォアは妊婦の様に踏ん張り、その度に太ももから血が吹き出し背中からも血が吹き出す。
「はぁ…はぁ…」
「…確かヴェール族は…腕と足が無限に再生するんだったよな…?」
「ふッ…わざわざ説明ご苦労…」
ブシュッ!
「はぁ…ッ!はぁ…ッ」
右腕が完全に切れたヴォアの右腕にはまた別の腕がくっついていて、感触を確かめる様にグーとパーを繰り返す。
そして左腕は背中から生えていた。
どうやらあの背中の骨は元々腕の骨の様だ。
それにしても太すぎるが…。
「振り出しに戻ったなァ?」
「確かにお前の腕は戻った…」
「だがその足…もう動く事もままならないんじゃないか…?」
「ふッ…」
ヴォアの太ももは既に赤紫に変わっていた。
太ももの太さも相まって、高知県の茄子にも見えた。汗ばんでいたのも尚更、茄子の水水しさを感じさせた。
「俺もお前ェの事を知ッてるぜェ?」
「天界の名族"霊"一族の宗家の息子…」
霊愛は少し俯き、顔の上半分には影が出来る。
「そん中でも落ち溢れだったよなァ?霊愛さんよ」
「…ッ!」
「確か太古の四界大戦で宗家の奴らはほとんど人間に殺されたんだッけかなァ?」
「今じゃ仇の人間を守る為に戦ッてんのかァ?おォいッ!」
「息子がそんなんじャァ…」
「親も無駄死にだなァ?霊愛さんよォッ!」
「息子がクズじャァ…親もクズかァ?」
「それ以上…!」
「私の親をバカにするなァッ!」
霊愛は大きく一歩を踏み込みヴォアに迫る。
ドォッンッ!
踏み込んだ地点に風が巻き起こり、その霊愛の表情は鬼と化していた。
…だがヴォアの顔面には笑みが張り付いていた。瞳の奥に入り込もうとしても、すぐに壁がありそうなほどうっすっぺらな笑みだ。
「かかッたなァッ!バカ息子がよォッ!」
「…ッ!」
「オラァッ!」
低く踏み込んだ霊愛。
その真上からヴォアは右腕を振り下ろす。
ズバァンッ!
両者の刃が体をノの字に切り裂く。
霊愛は背骨に沿って大きく切られ血が吹き出す。魚の三枚おろしの様に切られていた。
ヴォアは下から上に体を焼き切られる。
吹き出した血液が黒く焦げて床に飛び散る。
「グフゥッ!」
「ガハッ!」
両者口から血を吹き出す。
その後、しばらくの静寂が二人を包む。
血生臭く雨の日の翌日の様に、所々に溜まっている血溜まり。切り捨てられていたヴォアの右腕がこの場面だとよく馴染む。
静寂はやけに時間が長く感じた。
ドタッ…
その静寂は物を落とした音で終わる。
「フグッ…」
刀の炎が消えて地面に落ちる。
甲高い音が響くと…ニチャッと不快な粘着音が続いて響く。
「ハァ…ハァ…」
「痛ェじャァねェかァ…」
倒れた霊愛の体を踏みつけて教室から出ていくヴォア。霊愛は唸る事なくただ静かにそこに眠る。
風華は勇を背負ってグラウンドへ出た。
そこには霊愛に釣られた女子生徒と、風華に釣られた男子生徒が溢れかえっていた。
それは何か祭りでもあるかの様に一部に固まっていて、教室の惨状とは違い和気藹々としていた。
「な…なんだ?」
すると前から見覚えのある人物が、看板を持ちながらこちらへ向かってくる。
「いらっしゃいコロ〜!」
「蛇使いの大道芸やってるコロよ〜!」
「お!そこの可愛いお姉ちゃんもどうだコ…」
「ロォォッ!?」
この調子こいた声とこのふざけた語尾。
こんな人物…ではなくて花物はフロルしかいなかった。
フロルは風華を見ると驚いた顔をして踵を返す。
「待ってよ!フロルさん!」
「私はフロルじゃないコロ…」
「フロルさんだよ!」
アロハシャツのフロル。アローラの姿。
前とは違ってちゃんと服を着ている。えらい。
「プニちゃんは…!」
「私のプニちゃんはあげないコロよ!」
「お願いします…!勇が勇が死んじゃうんです…!」
逃げようとするフロルに思わず手を握る。
振り向いたフロルは心なしか顔を赤らめていた。
「ふッ…いい気味だコロ」
「フロルさん!こっち向いて!」
フロルはその言葉に釣られて勢いよく振り向く。欲に負けてしまっている。
後ろの風華は頬を赤らめてセーラー服のスカートをたくし上げる。
「勇を助けてくれたら…お…おパンツ見せてあげるよ…?」
「お主…!それでプニちゃんを堕としたコロか?」
「まぁそんなのどうでもいいコロ!」
「行くコロよ」
「どこに行くの?」
「プニちゃんの所だコロ」
「…変態」
「そういうもんだコロ」
「ゴォォッ…」
グラウンドからは少し離れた所にプニちゃんは寝ていた。頭の部分には小鳥やセミが仲良くくっついていて、学習発表会を感じさせる。
「じゃあフロルさん勇の事任せたよ」
「お!おい待つコロ!」
「グラコロ?」
「パ…パンツは見せてくれないコロか!?」
「俺男なのッ!」
「じゃあどこに行くコロか?」
「ま…舞さんが無事かどうかを…」
「舞ってあのロリの事コロ?」
「そうだころよ〜?」
「あのロリなら浜坂美波似の女と学校に入っていったコロよ?」
その言葉に風華は言葉を失う。
浜坂美波似というのは杏の事だろう。
ヴォアへの恐怖心など忘れ、自然と体は学校へと向かっていた。
「舞さん…!杏…ッ!」




