3-3 お値段以上
勇は正面口近くのベンチに座っていた。
隣には遥真もいて、俯きながら缶ジュースを飲んでいる。これは勇の奢りだ。
「まぁ風華も悪気ないんだし…」
「できるだけ怒らないであげてほしいんだ」
「あぁ…分かってる…分かってるけどさぁぁ」
また始まった。…と思うが顔には出さない。
顔は嘘みたいに心配な面をしている。多分、七福神の恵比寿様よりも穏やかな顔をしている。
今現在遥真は、自分のふとももを叩いている。
良く言えば血行促進。悪く言えば自虐行為。
勇は慌ててそれを止める。
「勇…止めないでくれ…」
「いやジュース溢れちゃう」
「…」
「一つや二つの失恋なんてお前にとっちゃ屁でもないだろ?」
「いや失恋しすぎてガス欠ギリギリか…?」
「なーんつって…」
「玲那が風華を選んだんだ」
「好きな人の好きな人なら認めてあげたいよ」
もうかれこれこの言葉を1時間近く繰り返している。多分この言葉に味を占めているのだろう。もう少し言葉のバリエーションを魅せてもらいたい。ぷんぷん!
それをWi-Fi不要のゲームをしながら、右から左に流すのを繰り返す。
次第に遥真の悲しみも鎮まったのか…SNSの可愛い女の子を見せてくるようになる。こいつ…傷の治りが早すぎる。何時間攻撃しても俺を倒せないよ…的なもんだ。
「何の音だ?」
突然の何か打ち付ける音。
夕立かとも思い窓を見るが、雨なんて降ってない。まして雲なんてものが一つもない。
それは雪崩かと思った。
自動ドアが開いたかと思うとドタドタと出口へと流れ出る。バーゲンセールが店外で行われてるかと思った。
みんな口ぶりを揃えて「蛇だ!」なんて馬鹿げた事を言っている。そんなにみんな蛇が怖いのだろうか。あんなにちっちゃいものがw。
「なんだ!?なんだ!?」
「…蛇?」
「一体何が起きてるんだ?」
「行ってみようぜ勇!」
あの失恋の痛みはどこへやら…。
もうすっかりテンションの戻った遥真は足を左右交互に上げて、店の奥を指を指す。下手くそなダンサーだ。
その時ちょうど見覚えのある顔が2人来ていた。
「ちょっと!勇たち!」
玲那と杏だ。大変焦ったような顔をしてる。
「風華ちゃんが!風華ちゃんが!まだ中にいるんだよ!」
「な…何があったんだよ」
無数の蛇がショッピングモールに出てきた事…それでみんなが揃って逃げてきた事…。
玲那はところどころ言葉が欠けていたが、自分で見たものを全て勇に言葉を投げつける。
「…なるほどね…少なくともここからはそんな量の蛇は入ってこなかったぞ」
「はぁ…仕方ない…2日連続出勤って事か」
「まかせろ俺もいくゾッ!」
「バーカ」
「お前には玲那と杏を任せた」
「ま…任せとけ!」
何かできる訳もないのに顔を赤める遥真。ずっと玲那のケツを追いかけてもらいたい。
フロルのことで自信がついた勇は、うっすらイキっている。一丁前に主人公を気取っている。
風華を見習ってもらいたい。プライドも何も無しに今も叫んでいるのに…。
「さて…行くか…」
「え?お前どこいくんだ?勇」
遥真が指を指していたのは店内。だが勇が向かおうとしているのは少し逸れた左側。
そこには喫煙所と自動販売機とトイレ…。トイレ?
「何言ってんだ?」
「ちょっとパンツ変えに行くだけだぜ…?」
「お…おうそっか…」
前言撤回だ。
こんなにダサい主人公見たことがない。
今ごろパンツはぐしょぐしょ…いやまだちょい漏れの段階だろうか…。まだ余裕がある。
早く対策できてて偉い。
そうしてトイレに行き…残っていた謎の水分も出し…完璧な状態になった。
一連の流れを経てトイレから戻ると人っ子1人居なかった。あの雪崩の様な人混みもおらず…杏も玲那も遥真も…居なくなっていた。
「…も…もうちょっと気を紛らわしてたかったなぁ…」
「ま…まぁでも行くか…」
誰もいない静まり返ったショッピングモール。
店員も客も清掃の人たちもいない。
盗もうと思えばなんでも盗めてしまう。あの大人気のゲーム機も…。
一瞬気が迷ってしまったが忘れよう。盗む時は人が居ないと燃えない。…盗む気も盗んだ事も無いが…。本当だ。
「こんな広かったんだなぁ…」
「そうだなぁ…なんつって…」
「風華〜!風華〜!」
「風華〜」
人が居ないので声が響く。
最近の壁はすごい。
変声機がついているのだろうか。
老婆の声が聞こえてくる。おんなじ様に「風華〜」と。
「さて行くかぁ…」
「お前の相手はここにおるが…どこに行くつもりじゃ?」
最近の壁は本当にすごい。
孤独の人様に返答機能付きとは…これはアパートとかにつけたらホームシックも無くなりそうだ。
いやはや本当にすごいものだ。
AIには出せないリアルな声だ。
「よし…行くか」
「待つのじゃ!」
目の前に縦に伸びる様な黒い影。
「お前が勝俣勇…」
「能力は黒縄…ゴミじゃな…」
「…こ!こいつ…黒縄を悪くいいやがって!」
「こいつは遠くの物取れるんだぞ!」
「そんなこと言うならほれ…」
袖口から一匹の蛇が出てくる。それは勢いも十分な物で…。
「あ!ちょ!」
手に持っていた缶コーヒー…もちろん糖分ドバドバの激甘なやつ。苦いのはは体に毒だ。
それを一瞬にしてその蛇に取られる。
「…これでもゴミでは無いと言えるのか?」
「バカだぜ…お前は…」
「なんじゃと…?」
「お前の蛇の方が伸びるし、素早いぞ?」
「よ…弱すぎるな」
まるで環境変化が下手くそなソシャゲの様だ。
フロルといい、この老婆といい…。
上位の能力を使う奴が多すぎる気がする。
しかも2話に続いての登場だ。
こういうのは普通黒縄の強さを見せてから上位の存在を見せつけるもの。それなのに初っ端から最高峰を見せつけられている。
「なぜバース様はあの男女ではなくお前を殺せと命令されたのだ…」
「…風華はどこにいるんだ?」
「あぁあいつは…今ごろ…」
「…ッ!?」
「泣いてるだろうな」
「…それなら良いか」
「そうじゃろう」
「そう…?蛇老?」
「よくワシの名前が…」
「ふっ…」
「フロルの仇…とらせて貰うぞ」
「蛇術 ・蜿蜿長蛇ッ!」
「ハァッ!」
空気が揺れ、一本の蛇が放たれる。先端恐怖症の人は泣いて逃げ出すだろう。
それは鳥肌が立たないほどに早かった。
---ッ!
「ほわぁっ!」
レイバック・イナバウアーを彷彿とさせる体の反り返し。約90度近くの深い反り返し。鮮やかだ。
これはプロが見ていたらスカウト確定だ。
勇の体の上を蛇は通り抜ける。
誰もが…ていうか勇はそう思っていた。
だが実際には…。
「シャー!」
勇の体の上で留まる蛇。
偶然にも目と目が合ってしまう。
見つめ合うと素直にお喋りが出来ないのかも知れない。…侘しい。
「あ…あれ行かないんですか…?」
「シャー」
「な…なるほど…」
器用に方向転換をしてこちらへ向かってくる蛇。
反り返した体、もう限界を迎えてピクピクする事しかできない。避ける事もできない。
ガブッ!
成す術も無く頸動脈に噛みつかれてGAME OVER…。
…かと思っていたが首元に当たったのは、ドーナツの様な柔らかい触感。
だがちゃんと首元には蛇が噛み付いている。
「な…なんなんだ…?」
「ふっ…ワシの蛇には殺傷能力が無いのじゃ」
「だからこうして…」
首に走る唐突な痛み。歯の痛みでは無い。
サイズの小さい首輪が首に巻き付かれた様な気分だ。犬の気持ちがよく分かる。
蛇に首を絞められている。
「アグアッ!」
「締め殺すんじゃよ…」
息がしづらい。
点滴の様に一定に息をする事しか出来ない。
視界も徐々にボヤけてくる。
蛇老のニヤけた面が最後に見るなんて嫌だ…。
「黒縄…ッ!」
「あいつの…側面を叩け…ッ!」
ビュンッ!
背中から黒縄が勢いよく飛び出す。
それは勇の指示通りに動き、一直線に伸びて張っている蛇の側面を叩く…ッ!
「シャー!」
「あ…」
解けた糸の様に瞬く間に棒線の様な蛇が崩れる。
そして息がしやすくなった勇は荒く呼吸をする。
「ぜぇばぁん…ぜぇばぁん…」
リアルな波の音みたいな息遣い。
「ふっ…」
「やっぱりな…」
「無数の蛇がくっついてるんだな」
その蛇は昔見た「ムカデ人間」の様に尻尾を頬張って連なっていた。通りで無限に伸びる訳だ。
だがそれ故に一匹の強度は脆い。
強度で言ったら黒縄の方が1.5倍くらいは固い。しかも結構痛いし、不意に頭をぶつける時くらいには当たると痛い。
「…うぅ」
「どうしたんじゃ?」
「いや…やっと黒縄の良いところが見つかって…嬉しくて嬉しくて」
まるでお母さんの様に優しい声色。
さっき出てきた黒縄も褒められた事で頬?を染めている。暴力的だが案外可愛いかも知れない。
「ふっ老婆よ…完全に詰みだぜ?」
「なぜそう言える?」
「え…えだって首しても黒縄を当てて解除できるじゃん?」
「しかも痛くないし…」
「なら…これはどうじゃ?」
突然蛇老は着ていた服を脱ぐ。
…おばあちゃんの死にかけの乳なんて見たくない!そんな思いから自然に目を瞑る。しかも結構強めにギュッと。真冬に彼女の手を握る彼氏くらいギュッと。…悲しい。
「見よっこれが…!」
「嫌だ…!殺してくれ…!」
「…そこまで言われるとワシも傷つくぞ?」
「ご…ごめん…」
勇が繰り出す顔に似合わないハムボ。
「早く見るんじゃ!」
恐る恐る目を開く。
目の前には山羊の様な乳がある…。
そんな悲しい現実が…来やしなかった。
目の前にはタコの様な足を生やした蛇老がいた。
いやこれは足ではない蛇の連なりだ。
蛇が蛇老の手首や足首、それに乳首やふんどしに巻き付いたり噛み付いたりしていた。
…そう乳首やふんどしに…乳首やふんどし!?
「目!目潰しなんて汚ねぇぞ!?」
「汚いとはどっちの意味じゃ!?」
「そりゃ…乳首が汚いじゃなくてやる事が汚い!」
「お前と話していると心が疲れるわい…」
「大丈夫か?」
珍しい勇のイケボ。
「大丈夫な訳ないじゃろうが!」
「WAO!自己紹介がまだか…」
ふざけた言動をしている勇。
だが目の前はそれとは対照に大変な事になっていた。
2本の手首についた蛇のタコ足でベッドを持ち上げていた。お値段以上で有名なあの会社のベッドだ。ふかふかそうだ。
蛇老が急に寝出すのかも知れない…淡い期待が脳を掠めるが…。
そんな事あるはずがなく蛇老はベッドを投げつけてきていたッ!
確か!あのベッドは8万くらいするやつ!
あんなのを投げるなんて…!
「ふっどうする?」
「そんなの黒縄にだって出来るぜ!」
2本の黒縄が背中から出てくる。
そしてその黒縄はショッピングモールの中にあるスーパーへと真っ先に向かう。この間なんと一秒も経ってない!瞬きより早い!
そうして黒縄が持ってきた物は…。
パイナップルや白菜…などの野菜や果物。
この中で一番強そうなのはやはり大根だろう。
大根は根菜界最強の武闘家だ!
その食材たちを黒縄が投げた!黒縄が投げたのだ。投げたのは黒縄だ。
8万円のベッドversus合計3000円も行かない食材たち。
大きさや質量では負けるかも知れない。
だが将来性ではこちらの方が上だ…。大根なんて何にでも化れる…。味噌汁も煮物も…。
まぁ将来性なんてこの場には必要がない物で…
結局津波の様に襲いかかるベッドに食材たちは潰されてしまう。
「黒縄ッ!もっと重い物持ってこい!」
ベッドを避けようと、地面を蹴って後ろに下がりながら黒縄に命令を出す。
だが黒縄は首を振る様にフルフルと縄を横に振る。
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能力説明サイト [黒縄の注意点]
その2,黒縄は重い物は持ち上げられないぞ!大体10kgの物なら持ち上げられる!でもどれだけ重いものでも引っ張れるのは良いところだ!
その3,黒縄は一度に2本しか出せないぞ!3本目を出そうとすると1本目は引っ込んじゃうぞ!
ここだけの豆知識として…壁や床に黒縄を仕込む事で何本でも使える様になるぞ!うまく活用しよう!
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ちなみに"その1"には雨では黒縄は使い物にならない事が書いてあった。もっと前に見たかった。
背後ではベッドが寝そべっている。
「お前…やっぱり弱いんだなぁ…」
パシンッ!
左頬が痛い。喧嘩した彼女に殴られた時の様だったと思ったが彼女ができなかった事を思い出した。(早口)
「ふぉ…ふぉれよりうぃー事考えたんだ黒縄」
「避ふぇてる間にあのスーパーひぇ大根取ってこい」
黒縄は驚いた様な表情?を浮かべた。多分「こんな私を認めてくれるの?」(萌え声)的な事を言っている事だろう。大体想像がつくぜ。
勇の声を聞いた黒縄はすぐに動いた。
そしてそれと同時に蛇老も動いた。
今度は新生活のために売られていた冷蔵庫…の売れ残り税込1万9800円。
それを蛇老は軽々と持ち上げる。推定30kg。しかもふんどしから出てきた蛇のタコ足だ。
すぐに蛇老のふんどしはずり落ちそう…。
「今度はこれじゃぞ?」
「こっちは今度もこれだぜ?」
2本の黒縄が巻き付いていたのは大根。何も変哲もなく大きさも至って普通だ。
「学習しない奴じゃなっ!」
ブォッ!と音を立てて冷蔵庫が投げられるッ!
重いこともあって先ほどよりも全然早い。
これが当たったら首なんて簡単にバギッとボギッと…想像するだけでゾッとしてしまう。
「角度高めッ!黒縄投げろ!」
黒縄は大根を投げた。…何故か斜めに…。
そこには天井しかない。蛇老はその真下にいる。
「ふっ…恐れをなしたか?」
「そうかもな…」
…学習しないのは蛇老も一緒だ。
冷蔵庫もベッドも種類が違うだけで…投げているという行為についてはおんなじだ。
だがあんなドヤ顔されるもんだからそんな事も忘れてしまう。
バドッ…!
冷蔵庫が風を切って勇の方へ向かってくる。
蛇老の余裕の表情。勇は額に汗を浮かべながら…どこかうっすらと笑みを浮かべている。
「終わりじゃっ!」
「こんなの余裕で避けれるんだよ!」
サッと地面を蹴って後ろに下がる。
「…おばあちゃむ」
「…?」
「避けろッ!」
勇は大根を投げた天井を指を指す。
--歪む蛇老の顔--
--反響する足音--
バリィンッッ!
ガラスの割れる音が周囲にこだまする。
天井にくっついていたシャンデリアが、大根が当たって落ちたのだ。
「はぁ…はぁ…痛いじゃねぇか…」
「ん…ん…なんじゃ?」
勇の背中には無数のガラス片が刺さっていた。
着ていた服は簡単に真っ赤に染まる。
腕の中にいる蛇老は驚きの表情を浮かべる。
「バカ…ちゃんと避けなきゃ死んじまうだろ!」
「何を言っておるのじゃ…」
「ワシらがやっておるのは命の奪い合いじゃ!」
腹部に走る軽い痛み。
蛇老は腹に向かって拳を放っていた。
猫に小突かれたくらいの痛みだ。
「勝手に能力授けられて…」
「勝手に戦わされて…」
「その上殺さなきゃいけないのか?」
その問いに蛇老は怒りの表情を浮かべる。
「フロルを殺した口でよく言うわい…」
「な…何言ってんだ?」
「つくづくワシを怒らせる…」
「お前もあの男女も…!」
「蛇術…」
「蛇大変華ッ!」
そう発した瞬間、蛇浪の体が光った。
体のラインが光ったわけではなく、心臓部位から体全体に広がる様に…。
そして徐々に紫の煙が蛇浪の体を包む…。
それはどんどん大きくなっていく…。
次の投稿は5月25日です。




