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18-4 STORM

 「お兄さんはうるさいナっ!」


 パァンっ!


クシュが両腕を勢いよく合わせると、まるで破裂でもしたかの様な轟音が辺り一体に響く。

その音からは溢れんばかりの殺意が感じられた。遥真は耳を力強く抑えている。

勇は目を細めながらクシュの目をじっと見る。

 「鼓膜…破れちゃウヨ〜?」

 「…ッどうかな?」

 「…っ!」

耳が痛くて痛くて仕方がない。

今にも砂でも耳に詰めたいくらい耳が痛い…

しかしここで我慢しなければ男ではない!

…女でもいいかもしれない。

なんて考えていると…あと轟音は次第に去っていく…風にでも連れて行かれたのか…

勇は恐怖から出てきたブサイク面を引っ込めてしっかりとクシュの目を見つめる。

 「…ほらな」

 「…私がもし本気で鼓膜を破ろうとしてタラっ!お兄さんは今頃耳無し芳一さんなんダヨ〜っ!」

 「…本気で破ろうとしてたらだろ?」

 「…なんで本気じゃないって分かっタノ〜?」

 「ん〜分からん…」

 「キャハっ!意味不明っ!」

 「強いて言うならクシュだからかな…」

 「何ソレっ!」


 ビュンッ!


 「…やっぱり直接揺らさなきゃ面白くナイっ!」

クシュの綺麗な顔が勇の眼前に現れる。

普段ならその天使の様な顔に見惚れてしまうが、今このグラウンドは遊び場などではなくて戦場だ。

しかも現れたクシュは拳を振り上げている。


…勇は両腕をクロスさせその攻撃に備える。

 「私を舐めすぎだヨネっ!」


 バンッ!


クシュの比較的弱めの打撃が勇の腕を襲う。

こんなのヴォアやフロルと闘い歴戦の雄となった勇からしたら、階段から落ちたくらいの痛さでめちゃくちゃ痛い。

 「…ッ!?」

だがその痛みは不可解な痛みに変わっていく…

それは血流が乱されるような痛みで、打撃の痛みよりもその血流が乱された痺れの痛みが増していく。

 「ほ…本気で殴ったな…ッ!」

 「キャハっ…!」

 「グフッ!」

クシュのモデルの様に長く華奢な足が勇の鳩尾を捉える。クシュの今日の靴はヒールなどではなくてスポーツサンダルを履いている。

それなのに腹の中心部の内臓に直接触れられている様な痛み…いや内臓が動かされている様な痛みを感じさせられる。…はっきり言って死にそうだ。

勇はクシュがまだ目の前にいると言うのに、膝をついて口からは涎を流す。

 「キャハっ!」

 「私の本気はまだまだこんなのじゃないカラっ!」

 「…あの可愛いにゃんちゃんと同じように…脳みそクラクラにしちゃうカラっ!」

 「クシュ…俺の内臓まで揺らしやがったな…」

 「キャハっ!よく分析できタネ〜?」

 「でも…体を動かすことすら出来ないからバッドエンド〜」

クシュの傷一つない…綺麗な爪のついた手が、勇の取り柄のない頭へと近づいてくる。

風華は今でも頭を抑えながら悶え苦しんでいる。おそらく想像を絶する痛みが脳みそを駆け巡っているんだろう。

 「…お兄さん最期に言いたい事ハ〜?」

 「…特にはないんだけど…クシュに聞きたいことがある…」

 「え〜?何〜?キャハっ!」

 「…今まで何人くらいの人を…殺してきたんだ?」

 「ん〜?10人くらいカナ〜?」

 「…その時もそんな可愛い笑顔見せてたのか?」

 「キャハっ!私ってそんなに笑顔ナノ〜?」

 「あぁ…人間でもそんな綺麗な笑顔を魅せれる人なんて稀だぞ…」

 「キャハっ!なんか褒められちゃッタ〜」

 「ほら…そんな笑顔見せたら人を殺すよりもいい人生に出会えると思えるんだけどなぁ…」

 「クシュは…その…すげぇ可愛いんだし…」

 「…本当にお兄さんはお兄さんダネっ!」

 「もうその口が効けないようにしてやるカラっ!」

笑顔を見せているが…その笑顔からはなぜか激しい怒りが感じ取れた。人だったら褒めたら怒りが軽減されるというのに…

クシュはその手をゆっくりと…動かない勇を警戒しているのかゆっくりと近づけてくる。

 「…させねぇぞッ!」

 「オラァッ!」

…このイカついけどアホみたいな声は遥真だ。


 ブゥンッ!


激しく風を切り裂く音が聞こえる。

勇は薄れゆく意識の中…その方向を見る。

 「え…ヤバ…」

その風を脅かす物の正体は、あの亡霊武者の炎の刀だった。しかも持ち主は今埋まってるし…あんなでかい刀を操れる人なんていない。

…つまりあの刀は独りでに動いている…

いやそんなことはなかった…そのもっと先の方には肩で息をしている遥真がいた。

多分その刀は遥真が投げた物だろう。

 「キャハっ!ハゲ爺化け物ジャンっ!」

 「は…ハゲ爺言うなッ!」

クシュは笑顔を見せながらその刀を避ける為に足で地面を蹴って一歩後ろへと下がる。

クシュの脅威が去った…!

だが一難去ってまた一難とはよく言った物で、今度は遥真が投げた炎の刀が襲いかかってきている。

勢いはそこまでだから…普通なら避けれる。

しかし今回は訳が違う。体が痛くて動けない。

 「…ど…どうしよ…」

 「あ…黒縄…有楽振りにあれやるぞ」

 「…」

黒縄からの応答はない。

おそらくあの炎にビビっているんだろう。何も情けない黒縄ちゃんなんだろうか…

そんなことを考えている間にも迫ってくる炎の刀。

 「大丈夫かな…」

実は今からやろうとしている事は生き物に使ったことはあっても、物とかには使った事はない。

 「い!いくぞッ!」

 「拘羅…ッ!」


足の先から勢いよく放たれた黒縄は、同じく勢いよくこちらへ向かってくる炎の刀の柄の部分に巻きついていく。

 「これで…」

 「うへぇッ!?」

素っ頓狂な声を出しながら空中へ浮かぶ勇。

遥真は天然だが決してバカではないから状況を察した。

炎の刀の推定の重さは100kgを超えている。勇の体重は60kg超えたくらいのヒョロだ。

そりゃ炎の刀を止めれずに連れて行かれるのも当たり前だ。

 「グゥゥッ!」

炎の刀が向かう先には複数の民家がある。

遥真はその様子を見るやいなや視線を逸らして、10分くらい遅れている時計を見ている。

 「あ…あいつ!何も考えてなかっただろ!」

 「て…てかやばいッ!」

 「…!頼むッ!なんとかなれー!」

 「疾怒の舞ッ!」

勇の伸ばした腕からはマッハのスピードで黒縄が出てくる。それは簡単に電柱や杉の木を貫通し、その先のグラウンドの地面の硬い部分へと突き刺さる。

 「うわぁぁぁ!」

 「う…腕が…取れちまう…!」

両腕を引っ張られてたら千切れてしまいそう!って子供の頃思っていたが、これはその数倍千切れてしまいそうだ。

炎の刀はそれ以上動くことはないが、地面に落ちることはない。

現状鯉のぼりの様な勇は、遥真の馬鹿力に怒りよりも恐ろしさを感じる。

そうして一見の民家に突き刺さる直前ッ!


 ゴォォンッ!


コンクリートと鉄が当たる音が民家の多い街中に響く。…ちょっと窓越しに見られているのが恥ずかしい。

しかもここは道路のど真ん中…車が通ってなかったからよかったが、ここに人が通ってたら…そんな事想像するだけでゾッとしてしまう。

 「キャハっ!無駄に生き残っちゃっタネ〜!」

女の子走りで向かってきているクシュ。

こう言うところはちゃんと女の子だ。

 「…いやこれで状況は逆転だぜ?」

 「…?何言ってるの?お兄さん?」

 「死んだ遥真の意思…俺はしっかりた伝わったぜ…」

 「お前なら黒縄で炎の刀を操れる…そういう事だろう?」

遠くの遥真は親指を立てている。

聞こえてないがきっと伝わってるはず!

 「…結局お兄さんは死ぬノニ…!」

 「残念だが俺が死ぬ時はクシュは近くにはいない」

 「…可愛いお嫁さんと娘と息子…そして孫…親友たちに囲まれながら老衰するんだ!」

 「…本当に…楽観的ダネっ!」

 「長くなり過ぎたが…最終ラウンドの始まりだ…」

黒縄で柄の部分を掴んで炎の刀を浮かせる。

普通に黒縄って結構重い物を持ち上げられるから運送業者の人がこの能力を持ってたら出世間違いないだろう。

 「…さぁ来い!」

 「…お兄さんから来なヨ〜」

 「いやいや…そっちが挑戦者(チャレンジャー)だから…先行お願いしますね」

 「…もしかしてなんだケド〜」

 「その黒い縄で掴んでる炎の刀のせいで足が動かせないトカ〜?」

 「キャハっ!そんな訳ないか〜あんなに凄〜いお兄さんだもンネ〜?」

…悲しいくらいの図星で涙も出ない。

こんなのタイヤ引きトレーニングのさらに強化版としか言えないのだ。しかも片っぽの足にその重さを任されるのだから…オリンピック選手もびっくりだろう。

 「クシュの言う通り…俺は今動くことができない…」

 「だからクシュからかかってこい」

 「…キャハっ!」

 「なら…お兄さん殺し放題ダネ〜っ!」


 ビュンッ!


眼前に迫るクシュの皮の薄い手が勇の顔に迫る。ナイフよりも…鉄砲の球よりもそれが恐ろしく見える。

 「お兄さんのかっこいい顔…」

 「私の手でぐちゃぐちゃにしちゃうカラっ!」

 「…褒めくれたのは嬉しいけど」

 「俺の顔には触らせないぞ…!」


 ビュンッ!


クシュの目の前から勇は忽然と姿を消す。

能力が突然変化でもしたのか…!?とクシュはその場に立ち止まり辺りを見渡す。

…勇も消えたし…その後ろにあった炎の刀も綺麗に無くなっていることにクシュは気づく。

 「…キャハっ…!あの縄なかなか強そうダネ〜」

 「あんなに重たいのも持てちゃうノネ…!」

 「…あの縄ちゃんが刀を動かして…お兄さんを連れていったんだろうケド…」

 「…ぁぁッ!」

情けない声が遠くの方から聞こえてくる。

本当に男とは思えないほど弱々しい声だ。

 「ぐわぁぁッ!避けろぉぉッ!クシュぅぅッ!」

刀が先頭してこっちに向かってきているが、その後ろにはフラフラと揺れる勇がいる。

クシュはそんな勇をみると…表情を少し曇らせる。その状況でも笑顔なのが余計に怖い…。

 「お兄さんは…私に殺しちゃダメって言うクセニ…」

 「お兄さんは私のこと…殺そうとするノネ…」

 「キャハっ…!私バカみたいだっタネ…っ!」

 「こんな変になる前に…お兄さん殺しておけばよかったノニ…っ!」

 「クシュぅぅッ!避けてくれぇぇッ!」

 「…また口先だけでそんな事言っテサ…」

 「私怒っちゃウネ…?」

クシュはこちらへ向かってくる炎の刀の方に手を伸ばす。その時でもクシュは笑顔だったが…少し俯いていて体が震えていた。

 「壊れチャエ…」

 

 バキ…バキ…!


炎の刀から鉄屑が炎を纏いながら出てくる。

次第にそれにはヒビが入ってくる。

誰にも触れられてもいない…それなのに徐々に炎の刀は震え出し…パキパキと音を立てている。

 「お兄さん…殺しちゃウネ…」


 パリィンッ…!


炎に包まれていた刀はガラスを落とした様に簡単に爆発四散し、その鉄屑の多くは勇の体を襲う。深い傷などは無いが勇の全身は浅い切り傷に覆われている。

黒縄はあまりの驚きの出来事に空中に漂うだけ…

 「おいで…縄ちゃん…」

 「ちょッ!黒縄!あいつは危ないぞッ!」

勇の制止も聞かずに黒縄はクシュの元へと全速力で向かっていく。そして黒縄の持ち主である勇も黒縄に引っ張られてクシュの元へと向かわされる。

 「キャハっ…!」

 「…お…俺の黒縄ちゃんを操りやがって…!」

 「私〜お兄さんの言う通りにお兄さんは殺したくなかっタノ〜」

 「なんでだ…?」

 「ん〜?」

クシュは人差し指に手を置いて目を閉じる。

おそらく何かを考えているんだろう…今なら何かできるかもしれないが、この状態でも黒縄はクシュに操られてしまっている。

もう一本出せる黒縄でクシュを攻撃してみるか…?とも考えるが、あの戦闘技術抜群のクシュのことだからもう一本も操られてしまうだけだろう。

勇はクシュが目を開くまでジッとクシュを見つめることしかできない。

 「…分からないケド〜!」

 「まぁいいや!」

 「もうお兄さんなんて嫌いになっちゃったカラ〜」

 「お兄さんには凄惨な死を訪れさせちゃいマ〜ス!」

 「凄惨な死…?」

 「そうデ〜ス!内臓と脳みそ…血管筋肉!全部の位置をぐちゃぐちゃにして殺しちゃいマ〜ス!」

 「…」

想像するだけでも吐きそうだ。

クシュのことだから、綺麗に盛り付けられたカレーライスをぐちゃぐちゃにする子供の様に無邪気に殺してくるのだろう。

 「キャハっ!」

 「…んッ!?」

クシュは笑顔を見せながら勇に抱きつく。

胸が勇の鳩尾あたりに当たって…可愛らしい笑顔のクシュの彼氏にでもなった気分になれる。

しかしクシュはそんな笑顔を見せながらも体は心配なほどに震えている。

 「…だ…抱きつく必要はないだろッ!」

 「キャハっ!」

 「確かにそうだケド〜」

 「なんか抱きついて殺したくなっちゃったんだヨネ〜」

 「…な!なんだよ!ていうか離してくれッ!」

 「…ううん…もう絶対に離さなイヨ〜」

 「死ぬまで…ネっ…?」

次の投稿は金曜日です

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