第4話「朝露に溶ける警戒」
灰色の雲が切れ、木々の隙間から差し込んだ朝の光が、ガラス窓に残る水滴を乱反射させてきらきらと輝いていた。
一晩中森を揺らし続けた暴風雨は嘘のように鳴りを潜め、今はただ、葉の表面から滑り落ちた雫が土を打つ微かな音だけが、静寂の中に響いている。
リオンは冷たい空気で目を覚まし、薄い毛布を胸元まで引き上げた。
呼吸をするたびに白い息がわずかに形を作り、空中に溶けて消えていく。
古い木製のベッドから身を起こし、床に足を下ろすと、板のひんやりとした感触が足の裏から全身へと伝わってきた。
リオンは音を立てないようにゆっくりと立ち上がり、寝室の扉をわずかに開けて食堂の様子をうかがう。
昨夜のままの長椅子で、三つの影が身を寄せ合うようにして眠っていた。
銀狼の獣人であるガレルは、長椅子に背中を預け、腕を組んだままの不自然な姿勢で目を閉じている。
その太い腕の中と足元には、赤い狐の耳を持つルカと、黒い熊の耳を持つミーナが、丸まって静かな寝息を立てていた。
ガレルの大きな体が、冷たい空気から小さな二人を守る防壁のようになっている。
リオンは足音を殺して厨房へと向かい、麻のエプロンを身につけた。
冷たい水で顔を洗い、指先が赤く染まるのを感じながら、今日のための火を起こし始める。
暖炉の灰をかき分け、残っていた種火に細く裂いた薪を乗せ、ふいごで空気を送り込む。
チリチリという小さな音とともに赤い火が燃え上がり、やがてパチパチと薪がはぜる心地よい音が厨房に響き始めた。
火の温もりが凍えていた指先をじんわりと解きほぐしていくのを感じながら、リオンは朝食の準備に取り掛かる。
昨晩のうちに仕込んでおいた小麦の生地を取り出し、打ち粉を振った木の台に乗せる。
手のひらの付け根を使って生地を押し延ばし、二つに折りたたんではまた押し延ばす。
この単純な作業を繰り返すうちに、空気をはらんだ生地は次第に滑らかさを増し、赤ん坊の肌のような柔らかい弾力を持つようになっていく。
かすかに酸味を帯びた酵母の匂いが、厨房の温かい空気と混ざり合ってふわりと鼻先をかすめた。
生地を小分けにして丸め、鉄の天板に並べてから、温度が上がり始めたオーブンの中へと滑り込ませる。
次に、厚手の鍋に少し多めの油を引き、細かく刻んだ玉ねぎと燻製肉を炒め始めた。
油がはねる小気味よい音とともに、燻された肉の香ばしい匂いと玉ねぎの甘い香りが一気に広がる。
そこに薄切りにした季節の野菜を加え、しんなりとするまで火を通してから、昨夜の残りのシチューに少し手を加えてスープに仕立てる。
とろみを抑え、朝の胃袋に負担をかけないように塩気を調整し、最後に刻んだ香草を散らして風味を整えた。
ふと、背後の気配に気づいてリオンが振り返ると、入り口の柱の陰から、琥珀色の瞳がこちらをじっと見つめていた。
ルカだった。
昨夜の警戒心をむき出しにした様子からは少し落ち着いているが、それでもまだ見知らぬ場所に対する戸惑いが小さな肩の線から読み取れる。
リオンは作業を止めず、鍋のスープをゆっくりとかき混ぜながら、できるだけ柔らかい声で語りかけた。
「おはよう。よく眠れた?」
ルカはびくっと肩を揺らし、柱の裏に顔の半分を隠してしまった。
しかし、オーブンから漂い始めたパンの焼ける甘い匂いと、鍋から立ち上るスープの香ばしい匂いが、ルカの鼻先をひくひくと動かしている。
「もうすぐご飯ができるから、顔を洗っておいで。外の井戸の水は冷たいから、このお湯を使ってね」
リオンは別の小さな鍋で沸かしておいたお湯を木桶に注ぎ、水で適度な温度に薄めてから床に置いた。
ルカは柱の陰からゆっくりと歩み出て、木桶のお湯にそっと指先を浸す。
温かい感触に安心したのか、両手でお湯をすくって顔にかけ始めた。
その水音で目を覚ましたのか、長椅子の方から低い唸り声のようなものが聞こえ、続いてガレルがゆっくりと身を起こした。
銀色の髪が寝癖で無造作に跳ねており、その隙間から覗く金色の瞳はまだ少しぼんやりとしている。
足元で丸まっていたミーナも、両手で目をこすりながらよろよろと起き上がってきた。
「……朝か」
ガレルが喉の奥を鳴らすようにしてつぶやくと、リオンは手早く三つの深皿にスープを注ぎ分けた。
「おはようございます。昨夜の雨で、森の道はぬかるんでいるはずです。温かいものを食べて、少し休んでから出発してください」
焼き上がったばかりの丸いパンを籠に山盛りにし、スープと一緒にテーブルへと運ぶ。
表面がパリッと弾け、中から熱い湯気とともに小麦の甘い香りが立ち上るパンを見た瞬間、ルカとミーナの目から微かな眠気は完全に吹き飛んだようだった。
ガレルもまた、テーブルの上の食事を見つめ、一度深く息を吸い込んでから椅子に腰を下ろした。
昨夜と同じように、三人は言葉少なに、しかし驚くほどの勢いで食事を進めていく。
ルカは熱々のパンを両手で引きちぎり、火傷しそうになりながらも口いっぱいに頬張っている。
ミーナはスープの中にパンを浸し、柔らかくなったところをスプーンですくって幸せそうに食べている。
ガレルはパンを片手で握りつぶすようにちぎると、そのままスープと一緒に喉の奥へと流し込んでいた。
彼の食べる動作は力強く、それでいて決して食べ物を粗末にしないという静かな敬意のようなものが感じられる。
リオンは厨房の隅からその様子を見つめながら、自分の作った料理が誰かの腹を満たし、冷えた体を温めているという事実に、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。
王都の館にいた頃、リオンの料理は「オメガの卑しい趣味」として嘲笑の的でしかなかった。
誰かに喜んでもらうために作った料理が、そのまま床に落とされ、踏みにじられたことさえある。
しかし、目の前にいるこの三人は、リオンが何者であるかなど気にする素振りも見せず、ただ純粋に料理の味を楽しんでくれている。
「……ごちそうさまでした」
最後にスープの最後の一滴まで飲み干したガレルが、木のスプーンを置いて静かに手を合わせた。
ルカとミーナもそれに倣って、小さな手を合わせる。
食事を終えた三人の顔には、昨夜の嵐の中で見せた疲労と怯えの表情はもうなかった。
外の光が差し込む食堂の中で、彼らの存在が風景の一部として自然に溶け込んでいるようにリオンには見えた。
ガレルはゆっくりと立ち上がり、乱れた衣服の襟元を正す。
「一晩、世話になった。この礼は必ずする」
「気にしないでください。森の中で困った時は、お互い様ですから」
リオンが微笑みながら首を横に振ると、ガレルは少しだけ眉を寄せ、何かを言い淀むような表情を見せた。
しかし、結局何も言わずに背を向け、子供たちの手を引いて入り口の扉へと向かう。
扉が開くと、雨上がりの森の冷たく澄んだ空気がどっと流れ込んできた。
土と落ち葉が濡れた匂い、木々の枝から水滴が落ちる音。
ガレルは振り返ることなく、森の奥へと続くぬかるんだ道を進んでいく。
ルカは歩きながら一度だけ振り返り、リオンの方を見て小さな耳をピクリと動かした。
それは何かを伝えようとする無言の仕草のようにも見えたが、すぐにガレルに手を引かれて前を向いてしまう。
三人の後ろ姿が木立の向こうに消えるまで、リオンは扉の前に立ち尽くし、森の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
彼らが去った後の食堂は、再び元の静寂を取り戻したはずだった。
しかし、暖炉の火の温もりと、空になった三つの器が残された空間には、以前の孤独で冷たい静けさとは違う、かすかな生活の余韻が漂っていた。




