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追放されたオメガの食堂~嵐の夜に保護した銀狼の獣人王と幼いもふもふ孤児たちに手料理を振る舞ったら、溺愛されました~  作者: 水凪しおん


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第2話「湯気と分け合う温もり」

 暖炉の火の粉が小さく舞い上がり、オレンジ色の光が濡れた獣人たちの横顔を照らし出していた。

 男は長椅子に腰を下ろすと、腕の中に抱えていた子供たちを慎重に自分の膝の上へと降ろした。

 赤い狐の耳を持った男の子と、黒い熊の耳を持った女の子は、互いの体を寄せ合うようにして丸くなり、まだ小刻みに震えている。

 リオンは抱えてきた乾いた布の束から一枚を引き抜き、まずは一番小さく丸まっている熊の女の子の方へとそっと差し出した。

 女の子はびくっと肩を跳ねさせ、男の厚い胸板にさらに深く顔を埋めてしまう。

 無理に触れることはせず、リオンは布を男の大きな手のひらの上に置いた。


「これで、子供たちの体を拭いてあげてください。そのままでは風邪をひいてしまいます」


 リオンが静かに告げると、男は渡された布の感触を確かめるように一度強く握りしめ、それから不器用な手つきで女の子の頭に布を被せた。

 大きな手が、濡れてぺったりと張り付いた髪と熊の耳を、壊れ物を扱うかのように恐る恐る撫でていく。

 その間に、リオンは別の布を手に取り、今度は狐の男の子の方へとゆっくり近づいた。

 琥珀色の瞳がリオンの動きを一つ残らず追いかけ、喉の奥から威嚇するような低い唸り声が漏れ聞こえる。

 リオンは立ち止まり、男の子の目線に合わせてゆっくりと膝をついた。

 敵意がないことを示すように両手を広げ、柔らかい布だけを見せる。


「怖くないよ。ただ、冷たい雨を拭き取るだけだから」


 リオンの言葉に、男の子は疑わしげな視線を向けたまま、わずかに唸り声を小さくした。

 その隙を突くように、リオンは布を持った手を伸ばし、男の子の頭にふわりと被せる。

 布越しに伝わってくる小さな頭蓋の感触は、驚くほど細く、頼りなかった。

 リオンは指先に力を入れず、ただ表面の水分を吸い取るように優しく、何度も何度も布を滑らせる。

 冷たかった男の子の体温が、布越しに少しずつ温かみを取り戻していくのがわかった。

 最初は体を硬くして抵抗していた男の子も、リオンの手から伝わる穏やかな熱にほだされたのか、次第に肩の力を抜き、目を細めて布の感触に身を委ね始める。

 その様子を横目で見ていた男が、深く満ち足りた息を吐き出した。

 リオンは男の子の髪を大方拭き終えると、新しく綺麗な布を男に向けて差し出した。


「あなたも、ひどく濡れています」


 男はリオンの顔と差し出された布を交互に見つめ、無言のままそれを受け取った。

 男が自身の銀色の髪を乱暴に拭き始めると、濡れた獣の匂いに混じって、冷たい森の土の香りが周囲に漂う。

 リオンはその匂いを嗅ぎながら、静かに立ち上がって厨房の方へと振り返った。


「すぐにお出しできるものがあります。温かいものを食べて、体の中から温めてください」


 厨房に戻ったリオンは、先ほど火から下ろしたばかりの鉄鍋を再びコンロの上に戻し、弱火にかけた。

 鍋の底からコトコトと静かな音が鳴り始め、一時的に薄れていたシチューの匂いが再び濃密になって辺りに立ち込める。

 リオンは棚から木製の深皿を三つ取り出し、丁寧に布で拭き上げてから並べた。

 鉄の玉じゃくしで鍋の底から大きくすくい上げると、とろみに包まれた肉と大きく切られた野菜がごろごろと姿を現す。

 湯気とともに立ち上る香ばしい匂いが、静かな食堂の空気を優しく満たしていった。

 器の縁を汚さないように慎重にシチューを注ぎ分け、その横には朝に焼き上げたばかりの黒パンを厚く切って添える。

 木のお盆に三人分の食事を乗せ、リオンは静かな足取りで暖炉のそばへと戻った。

 テーブルの上に器が置かれた瞬間、狐の男の子と熊の女の子のお腹が、申し合わせたように高く鳴った。

 二人は恥ずかしそうに自分の腹を押さえ、それでも器から立ち上る湯気と匂いから目を離すことができない。

 男もまた、出された食事を静かに見つめていたが、やがて太い指で木のスプーンを掴んだ。


「……いただこう」


 男のその言葉を合図にしたように、子供たちも慌ててスプーンを握りしめ、器の中へと勢いよく突っ込んだ。

 狐の男の子は熱さも気にせず大きな肉の塊を口に運び、目を丸くして何度も噛み締めている。

 熊の女の子は黒パンの端をちぎり、シチューにたっぷりと浸してから口に入れ、幸せそうに頬を緩ませた。

 男の食べる作法は野性味がありながらもどこか品があり、一口食べるごとに強張っていた肩の線が少しずつ下がっていくのがわかる。

 リオンは少し離れた場所から、三人が食事を進める様子を静かに見守っていた。

 空っぽだった食堂に、食器が触れ合うかすかな音と、美味しそうに咀嚼する音だけが満ちている。

 ふと、男の手が止まり、その鋭い金色の瞳がリオンの方を真っ直ぐに向いた。

 アルファ特有の威圧感はすでに消え失せていたが、その眼光の強さにリオンは思わず身を硬くする。

 男の鼻先がわずかに動き、空中の匂いを確かめるような仕草を見せた。


『オメガの匂いを、嗅ぎ取られたのだろうか』


 リオンの背筋に冷たい汗が伝う。

 しかし、男の表情に嫌悪や欲情の色はなかった。

 ただ、何かを探るような、あるいは懐かしいものを思い出すような、静かで穏やかな光が瞳の奥に宿っている。

 リオンから漂う匂いは、他のオメガが持つような甘く扇情的なものではない。

 陽だまりの中で干したばかりの麻布や、焼き上がったばかりの小麦の香りに似た、ただひたすらに穏やかで安心感を与える匂いだった。

 男はその匂いと、目の前にある温かいシチューの味を頭の中で結びつけるように、ゆっくりと一度だけ頷く。

 そして再びスプーンを手に取り、残りのシチューを無言で平らげていった。

 嵐の夜の冷たさは、器から立ち上る湯気と、互いの間に生じたほんのわずかな温もりによって、確実に部屋の外へと追いやられつつあった。

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