36.いただきますの先へ
神々の食卓。
視線が、集まる。
私は、最後の皿を置いた。
「デザートです」
白く、やわらかな甘味。
ほんのりと温かく、優しい香り。
「これは……」
神のひとりが呟く。
「私の世界で、大切な時に作るものです」
少しだけ、息を吸う。
「大切な人に、食べてほしいもの」
静寂。
そして。
神々が、口に運ぶ。
――次の瞬間。
空気が、満ちる。
優しさ。
温もり。
満たされる感覚。
「……これは……」
「心が……満ちる……」
誰かが、涙をこぼす。
神器の神が、静かに笑う。
「やはりな」
女神が、そっと目を閉じる。
「……この味」
「“想い”が、形になっている」
その瞬間。
どこか遠く。
“繋がる”。
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荒野。
ヴァルディスは、膝をついていた。
息が荒い。
長の力が、重くのしかかる。
「終わりだ」
黒き力が、振り下ろされる。
その時。
ふと。
香りがした。
ありえないはずの。
優しくて、温かい香り。
「……ミナ」
自然と、名前がこぼれる。
思い出す。
笑った顔。
料理をする手。
自分に向けられた、あの優しさ。
胸の奥が、熱くなる。
言葉になる。
「守りたい」
初めて。
はっきりと。
「失いたくない」
その瞬間。
何かが、弾けた。
力が、変わる。
溢れる。
圧が、質が、存在が。
すべてが、書き換わる。
「……そうか」
長が、静かに呟く。
「それが、お前の“核”か」
ヴァルディスが、立ち上がる。
傷はある。
だが。
もう、揺れていない。
その目は。
ただ一つを見ている。
「遅い」
長が、力を振るう。
だが。
届かない。
今度は、完全に。
「……なに?」
空間ごと、止められる。
ヴァルディスが、一歩踏み出す。
「終わりだ」
静かに。
手を、振る。
それだけで。
黒き力が、消える。
長の術式が、崩壊する。
「ばかな……!」
理解が追いつかない。
「ありえぬ……その領域は……!」
「――愛か」
長が、笑う。
「くだらぬ」
最後の力を、振り絞る。
だが。
ヴァルディスは、動かない。
ただ、見ている。
「違う」
初めて、否定する。
「これは」
一歩。
「生きる理由だ」
光が、走る。
静かに。
確実に。
長の存在が、崩れる。
声もなく。
消えていく。
静寂。
風だけが、残る。
ヴァルディスは、空を見る。
どこか遠く。
「……終わった」
小さく呟く。
そして。
「帰る」
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神々の食卓。
女神が、ふっと微笑む。
「終わったわね」
始祖――ラグナ・ゼルディオンが、静かに頷く。
「見事だ」
神器の神が、楽しそうに笑う。
「だから言ったろう?」
私は、まだよくわかっていない。
でも。
なぜか、安心していた。
胸の奥が、あたたかい。
「そろそろ、戻る時間だ」
神が言う。
「……はい」
少しだけ、名残惜しい。
でも。
帰る場所がある。
光に包まれる。
意識が、遠のく。
最後に。
女神の声が、聞こえた。
「幸せになりなさいね」
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魔王城。
「……ミナ!」
目を開ける。
見慣れた天井。
そして。
すぐそばに――
ヴァルディスが、いた。
目が合う。
一瞬の沈黙。
「……ただいま」
自然と、言葉が出る。
彼は、少しだけ目を細めて。
「ああ」
「おかえり」
と、答えた。




