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37.隣に立つ理由

朝。

 魔王城の厨房。

 

 いつもと同じはずなのに。

 少しだけ、違う。

 

(……なんか、落ち着かない)

 

 理由は、わかっている。

 

 昨日のこと。

 

 目を覚ましたとき。

 すぐそこにいた人。

 

 ヴァルディス。

 

「手、止まってるぞ」

 リーヴェの声。

 

「止まってないよ」

「止まっている」

 

 図星だった。

 

 その時。

 

 気配。

 

 振り向かなくても、わかる。

 

「……来た」

 

 入口に、ヴァルディスが立っていた。

 

 視線が合う。

 

 一瞬だけ、沈黙。

 

「体調は」

 

 先に口を開いたのは、彼だった。

 

「もう大丈夫」

 

 実際、驚くほど軽い。

 女神の言葉は、本当だった。

 

「そうか」

 

 それだけ言って。

 少し、迷うように立っている。

 

「……どうしたの?」

 

 聞くと。

 

「話がある」

 

 短く。

 でも、はっきりと。

 

 リーヴェが、無言で外に出る。

(気を遣ったな……)

 

 二人きり。

 

 少しだけ、空気が重い。

 

 ヴァルディスは、ゆっくりと言う。

「昨日」

 

「……俺は、負けかけた」

 

「え?」

 

 あの強さで?

 

「力が足りなかった」

 

 淡々とした口調。

 でも。

 その奥に、悔しさがある。

 

「でも」

 

 言葉を探すように、少し間を置く。

 

「お前を思い出した」

 

 心臓が、跳ねる。

 

「料理をしている姿」

「笑っている顔」

 

 一つ一つ、確かめるように。

 

「……守りたいと、思った」

 

 まっすぐに、見られる。

 

 逃げられない。

 

「それで、力が出た」

 

 静かに言う。

 

「だから」

 

 少しだけ、声が低くなる。

 

「お前は、俺にとって必要だ」

 

 

 一瞬、何も言えなくなる。

 

 でも。

 

 その言葉に、違和感があった。

 

「……それだけ?」

 

「何がだ」

 

「守るために必要、って」

 

 少しだけ、眉をひそめる。

 

「それってさ」

 

 息を吸う。

 

「私、“守られるだけ”みたいじゃない?」

 

 

 沈黙。

 

 ヴァルディスの目が、わずかに揺れる。

 

「違う」

 

 すぐに、否定する。

 

「お前は、戦っている」

 

「え?」

 

「料理で」

 

 

 言葉が、続く。

 

「城を守り」

「人を繋ぎ」

「命を救っている」

 

 一歩、近づく。

 

「俺にはできないやり方で」

 

 

 胸が、熱くなる。

 

「だから」

 

 少しだけ、言葉を選ぶようにして。

 

「……隣にいてほしい」

 

 

 息が止まる。

 

 今度は、はっきりとわかる。

 

 これは。

 

 告白だ。

 

「……それって」

 

 声が、少し震える。

 

「どういう意味?」

 

 

 ヴァルディスは、少しだけ目を閉じる。

 

 そして。

 

 覚悟を決めたように、言う。

 

「お前が好きだ」

 

 

 静寂。

 

 厨房の音が、遠くなる。

 

 心臓だけが、うるさい。

 

 

 こんなに真っ直ぐに言われたこと、ない。

 

 逃げ場も、ない。

 

 でも。

 

 嫌じゃない。

 

 むしろ。

 

 ずっと、どこかで思っていた。

 

 

「……私も」

 

 顔が、熱い。

 

「好きだよ」

 

 

 言ってしまった。

 

 

 一瞬。

 

 ヴァルディスの表情が、固まる。

 

 そして。

 

 ほんの少しだけ、笑った。

 

 初めて見る、柔らかい顔。

 

 

「……そうか」

 

 それだけなのに。

 

 なぜか、すごく嬉しそうで。

 

 

 少しだけ、距離が縮まる。

 

 触れそうで、触れない。

 

 

「ミナ」

 

「うん」

 

「これからも、隣にいろ」

 

 少しだけ、強引な言い方。

 

 でも。

 

「うん」

 

 自然と、頷いていた。

  

 その日。

 

 魔王城の厨房には。

 

 少しだけ、甘い空気が流れていた。

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