35.神々の食卓(二)
包丁の音が、静かに響く。
神々の視線が集まる中。
私は、いつも通りに手を動かしていた。
不思議と、緊張はない。
(やることは、同じ)
目の前の人たちに、
美味しいものを食べてもらう。
それだけ。
鍋が、やわらかく湯気を立てる。
蒸し器から、静かな香りが広がる。
七つの道具が、まるで応えるように輝く。
「ほう……」
誰かが、感心したように呟く。
料理は、完成に近づく。
最後に、器に盛り付ける。
「……できました」
静寂。
神々が、一斉に料理を見る。
そして――
最初の一口。
空気が、変わる。
「……これは」
「なんと……」
驚きが、広がる。
「調和している」
「いや、それ以上だ」
「すべてが、あるべき場所にある……!」
言葉が、次々にこぼれる。
神器の神が、満足げに笑う。
「だろう?」
私は、少しだけほっとする。
その時。
あの女神が、静かにスプーンを置いた。
にこり、と微笑む。
「……素晴らしいわ」
その声は、優しい。
だが。
どこか、底知れない。
「こんな美味しい料理を作ってくれた子に」
一拍。
「攻撃するなんて」
笑顔のまま、言う。
「私が懲らしめようかしら」
――凍る。
場の空気が、一瞬で凍りつく。
神々が、視線を逸らす。
誰かが、小さく呟いた。
「……国が亡ぶ……」
私は、きょとんとする。
(え?)
女神は、変わらず微笑んでいる。
でも。
わかる。
この人、たぶんとんでもない。
「ふふ、冗談よ」
軽く言う。
でも。
誰も笑わない。
そのまま、こちらを見る。
「約束通り」
そっと、指先を向ける。
温かな光が、体を包む。
「解毒は済んでいるわ」
さらに、優しく。
「それと」
ほんの少しだけ、声を潜める。
「二度と毒も、病も、あなたには届かない」
――え?
驚く間もなく。
光は、消える。
「おまけよ」
いたずらっぽく笑う。
「……ありがとうございます」
自然と、頭を下げていた。
その時。
重く、しかし穏やかな声が響く。
「騒ぐでない」
場の空気が、整う。
振り向くと。
ひとりの神が座っていた。
圧倒的な存在感。
魔族の始祖。
「我が名は――ラグナ・ゼルディオン」
その名が告げられた瞬間。
空気が震える。
「ヴァルディスの覚醒を、見守ろうぞ」
静かに言う。
誰も逆らわない。
神々が、頷く。
「そうだな」
「確かに」
空気が、やわらぐ。
誰かが、笑う。
「ならば」
「二人の門出を祝おうではないか!」
どっと、場が明るくなる。
「いいな、それは!」
「めでたい!」
私は、思わず赤くなる。
(ちょっと待って……!)
女神も、くすりと笑う。
「それもそうね」
こちらを見る。
「でも」
少しだけ、真面目な目。
「次は、何かあったら私にも相談してね」
その言葉は。
優しくて。
でも、すごく頼もしかった。
「……はい」
しっかり頷く。
神々の食卓は、賑やかになる。
笑い声。
感想。
料理の話。
でも。
私は、ふと思う。
(これで、終わりじゃない)
あっちで。
ヴァルディスが、戦っている。
その姿が、浮かぶ。
だから。
私は、顔を上げる。
「皆さん」
神々の視線が、集まる。
少しだけ、胸を張る。
「私の自慢のデザートがあります」
一瞬の静寂。
そして――
神々の目が、輝いた。




