34.届かぬ頂
荒野の奥。
風が、低く唸る。
黒衣の拠点。
結界が幾重にも重なり、外界と隔絶されている。
その中心に――
空間が裂けた。
静かに。
ひとりの男が現れる。
ヴァルディス。
「来たか」
黒衣の長が言う。
周囲には、十を超える術者。
だが。
誰一人、動かない。
動けない。
それほどの圧が、そこにあった。
「単身とは」
長が、薄く笑う。
「愚かか、それとも――」
ヴァルディスは、答えない。
一歩、踏み出す。
その瞬間。
結界が、砕けた。
音もなく。
ただ、消える。
「なっ……!」
術者たちが、ざわめく。
「力の質が違うか」
長は、興味深そうに目を細める。
「だが」
手を上げる。
黒い紋様が、地面に広がる。
「我らは、解析した」
「神器の調律も、対抗術式も」
空間が歪む。
“奪う力”が、展開される。
ヴァルディスは、止まらない。
そのまま、歩く。
黒い力が、触れる。
――消える。
「……効かぬ?」
「違う」
ヴァルディスが、初めて口を開く。
「届いていない」
その言葉と同時に。
黒衣の術式が、崩壊する。
「ばかな……!」
次の瞬間。
ヴァルディスが消える。
――速い。
いや。
速さではない。
“そこにいた”。
一人。
また一人。
術者が、倒れる。
音は、小さい。
だが、確実に。
圧倒。
数の意味が、消えていく。
「くっ……!」
残った者たちが、同時に術式を展開する。
空間を歪め、力を奪う。
だが。
ヴァルディスの前で、それは意味をなさない。
すべてが、届かない。
やがて。
立っているのは、二人だけになる。
ヴァルディス。
そして、長。
「……見事だ」
長が、静かに言う。
「だが、お前は未完成だ」
その言葉に。
ヴァルディスの動きが、わずかに止まる。
「何を――」
「足りぬのだ」
長の目が、鋭く光る。
「お前は強い」
「だが、“理由”が弱い」
空気が変わる。
これまでとは違う。
濃密な力。
「始祖の力を継ぐ者が、
その程度ではな」
長の背後に、巨大な影が立ち上がる。
それは。
どこか神に似ていた。
ヴァルディスが、構える。
衝突。
今度は――
拮抗。
大地が裂ける。
空気が震える。
初めて。
ヴァルディスの足が、わずかに止まる。
「ほう」
長が笑う。
「やはり、そこか」
力はある。
圧倒的に。
だが。
“核”が、足りない。
「何のために戦う?」
問い。
ヴァルディスは、答えない。
答えられない。
ただ。
ひとつの顔が、浮かぶ。
――ミナ。
だが。
まだ、それは“言葉”にならない。
「迷いがある」
長の一撃が、重くなる。
ヴァルディスが、押される。
ほんのわずか。
だが、確実に。
「惜しいな」
「あと一歩で、届くものを」
衝撃。
ヴァルディスが、地面を滑る。
土が抉れる。
だが。
倒れない。
立つ。
静かに。
「……未完成、か」
小さく呟く。
再び、構える。
その目は。
まだ、揺れている。
だが。
折れてはいない。
遠く。
空の向こう。
見えないはずの場所で。
ミナが、料理をしている。
その気配が。
ほんのわずかに、届く。
「……待っていろ」
今度は、はっきりと。
力が、わずかに増す。
だが。
まだ足りない。
頂には、届かない。
それでも。
ヴァルディスは、前に出る。




