33.神々の食卓
その瞬間は、あまりにも静かだった。
◆
厨房。
後片付けの途中。
「……あれ?」
視界が、揺れる。
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手から、器が滑り落ちる。
音が遠い。
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「ミナ!」
リーヴェの声。
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体が、言うことを聞かない。
力が抜ける。
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(……眠い)
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倒れる。
その直前。
誰かの腕に支えられた。
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「――ミナ!」
低い声。
焦りを隠せていない。
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ヴァルディス。
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その名を思った瞬間。
意識が、途切れた。
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目を開ける。
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そこは、知らない場所だった。
いや。
“知らないはずなのに、懐かしい”。
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長い卓。
並ぶ料理。
温かな光。
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そして。
そこに座る者たち。
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(……え?)
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気配が、違う。
魔王とも、ヴァルディスとも違う。
もっと――
根源的なもの。
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「来たか、ミナ」
声がする。
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振り向くと。
あの神。
七つの神器をくれた存在。
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「……ここは?」
「神々の食卓だ」
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軽い調子で言う。
でも。
周囲の視線が、それを裏切る。
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複数の神々が、こちらを見ている。
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「今回はな」
神器の神が笑う。
「ミナの料理を、皆と食べたくて召喚した」
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「お願いできるかな?」
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一瞬、言葉を失う。
でも。
すぐに思い出す。
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「……私、倒れたところまでしか覚えてなくて」
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胸がざわつく。
「今、敵の襲撃があって」
「皆が、心配です」
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神は、穏やかに手を振る。
「それなら心配はいらぬ」
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「敵も、まもなく滅びる」
「ミナの毒も、治癒できるからな」
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「毒……」
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やっぱり、そうだった。
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「でも……」
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言いかけた時。
別の神が、口を開く。
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年老いた姿。
だが、その瞳は鋭い。
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「ヴァルディスを知っておるか?」
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「……はい」
少しだけ、頬が熱くなる。
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「あやつはな」
神が、にやりと笑う。
「儂の権能を使える“先祖返り”じゃ」
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「ただし」
指を立てる。
「きっかけが必要」
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「きっかけ?」
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神は、あっさり言った。
「愛の力じゃよ」
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「お主への想いが、
秘められた力を解放させる」
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「さすれば、どんな相手でも負けぬ」
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少しだけ、遠くを見るようにして。
「儂が、そうじゃったからな」
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――顔が、熱い。
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(なにそれ……!)
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思わず、視線を逸らす。
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別の声。
やわらかく、優しい。
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「大丈夫よ」
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振り向くと。
女神。
どこか医者のような雰囲気。
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「あなたの毒は、幼稚な作り」
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さらっと言う。
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「私が解毒してあげるから、心配しないで」
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その言葉に。
胸の奥の不安が、すっと消える。
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「……ありがとうございます」
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呼吸が、落ち着く。
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神器の神が、にこりと笑う。
「さあ」
「条件は整った」
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「料理を、頼めるかな?」
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私は、深く息を吸う。
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(大丈夫)
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皆は守られる。
私は、戻れる。
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なら。
やることは一つ。
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「……分かりました」
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顔を上げる。
「精一杯、作らせていただきます」
神々が、静かに頷く。
その瞬間。
目の前に、七つの道具が現れる。
包丁。
鍋。
お玉。
まな板。
すり鉢。
蒸し器。
小さな壺。
すべてが、柔らかく光っている。
(……みんな、いる)
手を伸ばす。
料理が、始まる。
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一方、その頃。
現実。
魔王城。
「ミナが、目を覚まさない」
リーヴェの声が、低く震える。
魔王が、静かに立つ。
「毒だ」
「解けるか」
「……時間がいる」
その時。
「なら、待つ必要はない」
ヴァルディスが、立ち上がる。
空気が変わる。
「どこへ行く」
魔王が問う。
「元を断つ」
短い。
だが。
それだけで、十分だった。
魔王が、ゆっくりと頷く。
「……任せる」
その目に。
確かな信頼。
ヴァルディスは、振り返らない。
ただ一度だけ。
ミナを見る。
「……待っていろ」
小さく呟く。
次の瞬間。
姿が消える。
転移。
そして。
荒野の奥。
黒衣の者たちの拠点。
空間が裂ける。
そこに、現れる。
ひとりで。
ヴァルディスが、立っていた。




