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32.見えない手

昼下がり。


 厨房は、穏やかだった。


 鍋が静かに煮える音。


 子どもたちの小さな笑い声。


 

 いつも通り。


 ――のはずだった。


 

「……ん?」


 私は、ふと手を止める。


 味見したスープ。


 ほんのわずか。


 違和感。


 

「どうした」


 リーヴェが気づく。


「ちょっとだけ、変」


「腐敗か?」


「違う」


 

 私は、もう一口飲む。


 体が拒否するほどじゃない。


 でも。


 “整っていない”。


 

「……混ぜられてる」


 

 厨房の空気が、一瞬で変わる。


 

「誰が入った」


 リーヴェの声が低くなる。


 

「わからない」


 でも。


 確実に、何かが入っている。


 

 その時。


 壺が、かすかに鳴った。


 警告。


 

「全員、食べるな!」


 リーヴェが叫ぶ。


 

 子どもたちが止まる。


 ぎりぎりだった。


 

 私は、鍋を見つめる。


 これは――


 毒じゃない。


 

「……崩すためのものだ」


 

 整った味を、壊す。


 少しずつ。


 気づかれないように。


 

「性質が悪いな」


 背後から声。


 

 振り向くと。


 ヴァルディスが立っていた。

 

「いつからいたの?」


「今だ」


 短い。


 でも、なぜか安心する。


 彼は鍋を覗き込む。


「魔術的な干渉だ」


「やっぱり」


「痕跡は薄い」


 彼の目が細くなる。


「だが――」


 空気を、掴むように手を動かす。


 その瞬間。


 ぴし、と何かが弾けた。


  透明な糸のようなものが、浮かび上がる。


 「……いた」


 リーヴェが呟く。


 それは、厨房の隅。


 影の中に、溶けるように。


 ひとり、いた。


 「見えない侵入者か」


 黒衣ではない。


 だが、同じ匂い。


 「やれやれ」


 影の中の声。


「気づくのが早いな」


 次の瞬間。


 空気が凍る。


 ヴァルディスが、一歩前に出る。


「ミナから離れろ」

 

 声は静か。


 でも。


 絶対に逆らえない圧がある。


 影が、笑う。


「やはり“それ”が出てくるか」


 刹那。


 ぶつかる。


 音は、小さい。


 だが、衝撃は大きい。


 壁にひびが入る。


 私は、動く。


 鍋を抱える。


(壊させない)


 まな板を置く。


 鍋を乗せる。


 受け止める。


 衝撃も、歪みも。


 影の術が、揺らぐ。


「……神器か」


 ヴァルディスが、その隙を逃さない。


 一瞬。


 本当に一瞬で。


 影を床に叩きつける。


「……っ!」


 影が、崩れる。


 だが。


 完全には消えない。

 

「今日はここまでだ」


 霧のように、消える。


 静寂。


「逃げたか」


 リーヴェが舌打ちする。


 私は、ゆっくり息を吐く。


 鍋を見つめる。


「……助かった」


 ヴァルディスを見る。


 彼も、こちらを見ていた。


「お前もな」


「え?」


「鍋を守った」


 一瞬、意味がわからない。


「料理を守ることは、

 ここでは戦うことだ」


 その言葉に。


 胸が、少しだけ熱くなる。


「……ありがと」


 彼は、ほんの少しだけ頷く。


 壺が、静かに光る。


 まな板も、落ち着く。


 でも。

 もう、わかっている。


 敵は。


 すぐそこまで来ている。

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