消えた商隊③ ~帰還・勧誘~
ソファが退避させていたエルクを連れ帰ると、木立の奥から足音が近づいてきた。
「ソファご苦労さま。ちょうどよかったわね。向こうも戻ってきたわよ」
先ほどまでの姿など微塵も感じさせず、そこには普段のノエルが待っていた。
「みんな無事…みたいね」
見えた人影は5人。全員が自らの足でこちらへ向かってきている。そのうちの1人は商人だろうか、護衛の肩を借りながら一歩ずつ前へ進んでいる。
「とりあえずエルクに乗せちゃえばいいんだよね?」
問いかけに対しノエルが頷いたのを見て、商隊の元へ駆けるソファ。
商人の男はまだ顔色が悪かったが、影喰いの影響だろう。疲労の色が濃いが、外傷は見当たらなかった。
護衛の民兵たちは外傷も癒え、自らの足で歩き、ギルドのハンターたちも、すでに戦闘に戻れるほどの回復を見せていた。
ノエルの姿を確認すると、ソファに告げた。
「すまんがここは任せていいか?俺たちは荷を取りに戻る。すぐ後ろまでオリバーさんが来てるから」
ソファが頷いたのを確認してから来た方向へ駆けていく。
「皆さんはこちらへ。私たちのエルクに乗って少し休んでください。」
誘導に従い、商人と護衛たちが馬車に乗り込む。
「何その手慣れた感じ?アリアみたいでムカつくんだけど?」
いつの間にかソファの後ろに立ったノエルが声をかけた。
「っ!ビックリした…脅かさないでよ」
「後ろが隙だらけだよ。まだまだだね」
「いやいや、後ろにいたのノエルじゃん。警戒なんてしてないよ~。それより…大丈夫?」
「え?なんで?…あぁ商隊?よかったよね。本当に、誰も喰われてなくて」
「それもそうだけど、ノエルは?疲れてない?」
「アタシが?なんでよ?ぶっ倒れてたのはソファじゃん!それとも…見なかった事にしてほしい?」
「もう!疲れてないか聞いただけ!別に心配するくらいいいじゃない」
「心配してして~。動けない~。オリバーが戻ったら荷物の積み込みよろしく~」
「ハイハイ!分かりました~っと。あ!戻ってきたよ」
木立の奥から、重い足音が近づいてきた。
オリバーの逞しい体が先頭に見え、荷車を曳いて戻ってきた。
「えっ?あんなの自力で引っ張ってこれるものなの?」
「筋肉バカだからねぇ~。ピエールの仕事一つ取られちゃったね」
「…手伝った方がいいのかな?」
「いらないんじゃない?あのまま筋肉連中に任せとけば?」
「おう、戻ったぞ!全員生きてた!喰われかけた魂も戻ってる。もう大丈夫だ!」
戻ったオリバーが短く告げる。
その声には、緊張の糸がようやく解けた安堵が滲んでいた。
彼は一息つくと「あとは連れ帰るだけだ」と続けた。
ソファは荷車のそばに立ち、散乱した荷を確認し始めた。箱には薬草や鉱石が詰まっており、血も汚れも残っていない。
「嬢ちゃん、ありがとうな!助かったぜ」
「荷物の積み込みは任せな!もう動けるからよ」
「ソファ!後は任せてこっちで休んでていいぞ!」
護衛のハンターたちとオリバーが手際よく荷を移していく。
「うわっ!はやっ!」
まるで熟練のような動きの3人を目で追いながらソファは思わず叫んだ。
「こっち本業にした方が稼げるんじゃない?それか護衛兼運び屋?見てて気持ちよくなるね」
ノエルもソファに同意して作業を見届ける。
「終わりだ!全部乗ったぞ。ノエル、ソファ悪いんだが帰りは屋根でもいいか?」
そう言ってオリバーが馬車の屋根を指さす。
「え~?屋根で見張りしろっての~?」
「行きにアースワーム片づけてあるし、いらんだろ。見張りはこっちでやる。屋根で寝転んでろよ」
「りょ~かい。まだ暖かいし、ちょっと寝るかな。ソファも後は任せて、ゴロゴロしよっか」
ノエルに促されてソファも馬車の屋根に登る。
全員が乗り込んだのを確認すると、オリバーが手綱を握り短い号令とともに、エルクが嘶き、車輪が軋む音が静かな森に響いた。
ソファは最後にもう一度だけ振り返る。
薄暗い森の奥、崩れた封祠の跡には、淡い光が差し込んでいた。
ヤクモの声がそっと届く。
「だいじょうぶ。あの森、もうちゃんと息してる」
「うん。きっともう大丈夫だね」
森を抜けた瞬間、湿った空気が晴れ、柔らかな風が頬を撫でた。
それはまるで――
森が“ありがとう”と囁いたようだった。
◇
街の門を抜けた瞬間、夕暮れの光が差し込んだ。
石畳の上を進む車輪が軋み、街の喧騒が少しずつ近づいてくる。ソファはその音を聞きながら、深く息を吐いた。
あの森の重さが、ようやく遠ざかっていく。
「――帰ったな」
オリバーが小さく呟く。
馬車では、商人が顔色を取り戻し、隣で護衛たちが小声で言葉を交わしていた。誰もが疲労の色を隠せないが、確かな安堵があった。
ギルドの前に着くと、商人家の者たちが慌ただしく駆け寄る。
「戻られたのですね!」
「ああ、全員無事だ!」
オリバーが短く答えると、周囲から安堵の声が広がった。
ノエルは馬車の屋根から降り、ソファの方を向く。
「お疲れ。よく頑張ったね」
いつもの軽い調子にソファは少し照れくさそうに頷いた。
ギルドの扉を開くとカウンターのアリアと目が合った。
彼女は手にした書類を一度閉じ、まっすぐに三人を見据える。
「お帰りさない。無事帰ってきてくれてありがとう」と変わらない飛び切りの笑顔を向けてくれる。
オリバーが一歩前に出て報告する。
「商隊五名、全員生還。護衛二名は軽傷、商人は衰弱。原因は影喰い――封祠が壊れていた。森全体が呪いに侵食されてすぐといったところだった」
アリアの目が鋭く細まる。
「……封祠が壊れていた、ですって?」
「ええ」ノエルが補足する。
「オリバーが封祠を核ごと叩き潰して、ようやく止まったわ」
アリアはしばらく沈黙した。
やがて、深く息を吐く。
「あの森の封祠は百年以上前の封印のはずよ。その呪いが偶然に蘇るなんて、ありえない」
彼女の指先が机の上で小さく鳴った。
「――この件、調査班の編成が必要ね。すぐに手配して」
隣で控えていた職員が頷き、足早に部屋を出ていく。
静寂が戻ると、アリアは3人の方を見た。
「ありがとう。本当に助かったわ。本来なら調査隊と討伐隊を組むべき案件よ」
ソファは少し照れ笑いを浮かべながら
「……ノエルとオリバーさんがいたからです。私だけなら森を焼いちゃうところでした」
「おい、アリア!すこし話があるんだが?」とオリバーが口を挟む。
「――ラグルの森には、古くから“供物の儀”があったはず。近くの村が毎年、封祠に供えを捧げていたはずなんだけど」
「儀式が止まって、それで封祠が……?」
とノエルが眉をひそめる。
「分からないわ。けれど――」
アリアは視線を窓の外へ向けた。
「“なぜ封祠が壊れたか”は問題。何か意図があるのか――」
「おい、アリア?」
沈黙。
「アリア?」オリバーが腕を組んだ。
「――じゃあ、ウチが行ってくるわ」ノエルが笑って言う。
「調べに行ってくれるの?」
「ウチじゃ不満?小規模で小回りが利いて、それに腕利きよ?」
ノエルが不敵な笑みを浮かべると、アリアの口元にも笑みが浮かぶ。
「おい!!」
「「なに?」」
「何って…言うことがあるだろ?」
「私?オリバーに?何かな?」
「あぁ、アタシたちにお礼でしょ?」
「ああ!お酒ね!上等なの、もちろん用意してあるわよ?」
そう言うとさっき出て行ったはずの職員が酒瓶を手に戻ってきた。
「ありがとう。これこれっと。はい、オリバー」
「ちょっと待て!なんだ?お前は調査隊の手配に行ったはずだよな?戻ってきたら酒?どう考えたっておかしいだろ!!」
「…?なんでよ?」
「別におかしくないわよね?」
「ソファ!ちょっと助けてくれ」
「なんですか?」とソファ。
「今の聞いてただろう?…一体どうしてこうなった…」
少し首を傾げたあと、ソファが手を打つ。
「えっと…、今から新生スプライトクインテットの結成祝いです!」
「違うだろ!」オリバーの絶叫に、してやったりの表情のノエルとアリア。
「うんうん。ソファ、いいよ。それで正解なんだよ」
「偉い偉い。本当に慣れてきたわね」
「オリバーさん…ごめんなさい…」
「…いつの間にそっち側に…」
「まあまあ、メンバー紹介するから。もう館で皆待ってるから。飲も!」
そう言ってノエルはオリバーの首根っこを掴みギルドを出て行った。
「うわぁ~。こんなパターンもあるんだね」
「ソファ。チャンスは一瞬。逃しちゃダメ。このままオリバーをパーティーに確保しなさい」
「え?オリバー嫌がってるんじゃ?」
「大丈夫。あと一押しよ。前衛が欲しいんでしょ?彼なら文句なしよ。それに荷運びなんかは喜んでするわよ?」
「頑張る!何すればいいの?」
「イツカの屋敷でセレナが仕掛ける…」
「え?」
「ソファに助けを求めるでしょうね」
「…?」
「“勧誘”の練習よ。後は自分で確かめて」
そう言ってアリアもギルドを後にする。
残されたソファは小さく息を吐き、
「なんかまた巻き込まれそう…」と呟いて歩き出した。
けれど、その顔はどこか楽しげで、足取りは軽やかだった。
イツカの屋敷で待つ“次の物語”を、彼女はまだ知らない。




