消えた商隊④ ~結成?~
館の扉を押し開けると、暖かな灯と静けさが迎えた。
「…久しぶりだな。ここは相変わらず落ち着く場所だ」
「はいはい、止まらない!こっちこっち!」
ノエルがオリバーを抱え離れの扉を押し開け、ノエルが先に入る。
その後ろから、どこか不満げな顔のオリバーが渋々と足を踏み入れた。
「「……」」
「なんでここ空気冷たいの?」
「帰っていいか?」
2人の目に入った光景――
本来は、中央には黒檀の大机。
その両脇に三人掛けの深紅の寝椅子が向かい合うように置かれ、机の奥――窓際には、二人掛けの淡い灰色の寝椅子が寄り添うように据えられていた。
重厚だが、どこか温もりのある空間だった。
戦場ではなく、策と休息とが交わる場所――
イツカの屋敷の“作戦室”とも、“憩いの間”とも呼ばれる部屋である。
今は窓際の寝椅子には、セレナがゆるやかに腰掛けている。
薄絹のような白い外衣――夜気を避けるための軽い羽織を身にまとい、足を組んだその姿は、まるで古の女神が月光を纏ったかのようだった。
肩先からこぼれる翠の髪が、灯の揺らぎを受けて淡く輝き、指先がカップの縁をなぞると、香草茶の湯気がわずかに立ちのぼり、部屋の空気に甘く冷たい香りを残――さなかった。
「セレナ!服を着ろ、服を!」
とオリバー。
「あっ。こっちが原因か…」
とノエル。
両脇の寝椅子の片方にいる2人はピエールとファニーだ。
ピエールは正面を向いたまま、ちら、と視線だけをそっと動かす。
寝椅子の背もたれ越しに覗いたその横顔に、わずかな焦りと後悔が同居していた。
「……あなた?」
静かな声が右隣から刺さる。
ファニーの声音は柔らかく、それでいて喉元に突き立てられた言葉の刃は一切の逃げ道を与えない。
「えっ? あ、いや、その……見てない」
「……何を?」
「いや、だから、その……あの、月を」
ファニーがゆっくりと片眉を上げた。
ピエールは咄嗟に背筋を伸ばすが、どこを見ればいいのか分からず、結果として視線が宙を彷徨う。
机の上のカップがカチリと鳴らし、セレナがこちらを一度だけ見やる。その表情は何も語らず――ただ、微笑んでいた。
その一瞬、部屋の空気がまた冷えたように感じた。
ピエールは小さく咳払いをし、まるで存在を消すように姿勢を正した。
「……ほんとうに、なにも、見ていない」
「ふぅん? 何度目かしらね」
ファニーの囁きが静かに響き、香草茶の湯気だけがその緊張を包み込むように揺れた。
「…状況把握」
「…帰っていいか?
…って、押すな!」
ノエルはまっすぐ逆側の寝椅子へ歩み、抵抗するオリバーの背を軽く押した。
「ほら、そこ。奥。座って」
「おい、押すな! まだ状況を――」
「大丈夫、大丈夫。オリバー君、セレナの近くに“座るだけ”だよ」
「お前の“だけ”ほど信用ならん言葉はない」
そう言いつつも、押される形で寝椅子の奥に腰を下ろす。
革張りの座面がわずかに軋む音。
すぐ隣にはセレナの瞳があり、まるで全てを見透かすように、静かに微笑んでいた。
「お帰りなさい、オリバー」
その声は、夜の風よりも静かで、それでいてどこか、体の奥に響く温度を帯びていた。
セレナは脚をゆるやかに組み替え、薄く開いた膝の間から滑るように裾が流れ落ちる。
その一瞬、光に透けた白い肌が覗き、オリバーの呼吸が止まった。
ノエルはその様子を見て、にやりと笑い、自分も隣に腰を下ろし声を掛けた。
「ただいま。ピエール、ファニーも。どう?ここの生活に少しは慣れた?」
「お帰り。正直この休暇はありがたかった」
「ノエルさん。お帰りなさい。この間は挨拶もできず、申し訳ありませんでした」
「いいのいいの。全部セレナのせいにしちゃえばいいの」
その言葉に少し照れるピエールとファニー。
「とりあえず、自己紹介からね。2人とも。彼はオリバー。凄腕の前衛よ」
「オリバーだ。よろしく!」
「その声…もしや、砦で見事な口上を上げたのはあなたでは?」
「見事だったか。ありがとう!最初に突撃してきた一団の中にいたな?」
「あの時はすまなかった。今は夫婦ともどもここで世話になっている」
「大体は聞いている。謝る必要もないさ。そちらが噂の奥さんか?」
「ファニーと言います。主人とともに今はここで…」
「ギルドでコードから聞いていた。あいつと一緒だと、さぞ大変だったろう?」
「…ん?そうなのか?」
「大変の意味が…違うわよ。でもあの人も間違いなく恩人よ。それとオリバーさん。どうか主人をよろしくお願いします」
そう言って深々と頭を下げるファニーを見て人のいい笑顔で頷くオリバー。
「ああ。任せろ!…ん?」
「聞いた?」
「聞いたわよね?」
「「…??」」
何かに気付いたオリバー。
だが口を開くより早く、アリアとソファが部屋に入ってきた。
「お待たせ~。遅かったかしら?」
「ん~ん。ちょうどいい感じ?」
「そ?じゃあ、ソファここ座って」
そう言ってアリアは手前の椅子を指す。
「あれ?ここ座っちゃったらアリアはどこに座るの?」
「すぐ戻るわ。ヤクモちゃん出して待っててね」
ソファが言われるまま座り、フレイルからはヤクモが出てきた。
「ルベラだよ。まってていい?」
「…!あ~。いいよ。大人しくしててね」
「本当に…精霊なんですね…」
「何?ファニー。信じてなかったの?」
「いえ。主人からも聞きましたし、こちらへ来る時も姿は見ていました。ただ…喋ってるのは初めてで…」
「アタシのは五月蠅いぐらい喋るよ?1日ぐらい預かってみる?」
そう言うと髪留めからトラヴァスが姿を現した。
「ノエルと髪の色同じや!赤はえぇなぁ」
「わっ!今度は猫?折れ耳可愛いぃ」
飛びついてきたトラヴァスを膝に抱え耳をぴょこぴょこと弄るファニー。
「やはりオロディアでは精霊は珍しいのか?」
「珍しいというか、私は物語でしか知らない。向こうでも魔法使いはいたが、その力はこちらとは別次元だ」
「そうか。俺は詳しくはよく知らんが、オロディアは精霊に嫌われているそうだからな」
「そうなのか?なぜ?」
「何かにつけて戦ばっかり…昔は精霊狩りって迷惑な話もあったなぁ」
いつの間にか窓際に姿を現していたシェルティが呟く。
「精霊狩り?」
「精霊も…異人狩りゆうてエルフも…なぁ?」
「あったわね。そんな事も…」
「暗いのはナシ!オロディアは精霊に嫌われてるでおしまい!」
話に興味を持った一同を制すノエル。
「ほら!もう足音聞こえて来た。アレは少し放っておいていいから、オリバー。このお酒、開けていい?」
「構わんぞ。元々お前らへの礼じゃないか」
扉が勢いよく開いてアリアが現れる。
「グラス持ってきたわよ!はい、ソファ。皆に配って!…ヤクモちゃぁ~ん♡はい♡ルベラの実」
グラスの乗った盆をソファに渡すとすぐさまヤクモの前に膝をつき器いっぱいのルベラの実を差し出す。
赤い小さな実を喜んで食べるヤクモに幸せいっぱいの表情で構わず撫で回すアリア。――には目もくれず、行き渡ったグラスをそれぞれ手に取った一同。
「さっ。乾杯しましょ」
セレナがグラスを掲げると皆も同じようにグラスを掲げた。
「うわっ。これ美味しい」
「ほんと…」
「あっ、ファニーお酒大丈夫よね?」
「大丈夫です。凄く飲みやすいです」
「いい酒だ」「染みるな」
杯を合わせた瞬間、静かな笑いがこぼれ、口にした酒が舌の上でやわらかくほどけていく。
「じゃあ、飲みながらね。仕事の話よ。セレナとピエールはいなかったから、そこからね」
そう言ってノエルが切り出すと、ピエールは少し前のめりに、ファニーは姿勢を正した。
「今日“ラグルの森”へ商隊失踪の調査に行ってたの。封祠が壊れてて、森ごと呪いが広がってた。ここの3人で問題は解決したわ。商隊も全員無事。ここまではいいわね?」
「ちょっ…短すぎない?」
「ソファ、これがノエルだ」
「だいたい想像できるから大丈夫よ。ノエル続けて」
「…問題は“なぜ封祠が壊れたか”よ。封印維持の儀式があったらしいけど、何故か途絶えてるっぽい。多分何か起きてる」
「より詳細な再調査…という事か?」
「そんなところね。ギルドからの正式依頼。どうする?ピエール。受ける?」
「ああ。しっかり休ませてもらった。役に立つかはともかく、体は問題ない」
「どうか主人をよろしくお願いします」
「…だってさ?オリバー」
「俺?なぜそこで俺なんだ?」
「さっき言ってたじゃん」
「聞いたわね」
「…」「……」「………」
沈黙に耐えられずソファが声を上げた。
「あの!壊れた封祠の確認をしないと、壊した…オリバーさんが…無責任…かと」
言いながら自信を無くし小声になるソファ。
「あ、オリバーが返事しないからソファが泣いた」
「あら?こんな幼気な少女を泣かして、夫の無事を祈る新妻の期待にも応えられないなんて…」
「どう見ても泣いてないだろ!分かった!行くから!俺なんで責められてんだ?」
「よし!」
「ありがとうございます!」
「パーティー登録完了っと」
「前衛が揃ったわね」
「待て!今なんて言った?」
「私かしら?前衛が揃って助かるわ」
「違う!その前だ!」
「私ね。パーティー登録完了したわよ」
振り返るオリバーがアリアの持つ書類に愕然とする。
「アリア…今お前はヤクモと…」
「失礼ね。依頼受注の相談なのよ?しっかりと記録しました。業務完了っと」
そう告げるとすぐにヤクモと戯れるアリア。
「良かったぁ。これでカンペキ!運転手兼、荷物持ち兼、素材剥ぎ取り係兼、見張り兼、ソファの戦闘教育係ね。」
「…戦闘教育いるか?お前の仕事だろ」
「…仕事が同じだ。同志だな」
「ねえねえ、この場合どっちが先輩になるの?」
「ややこしいわね。ノエルがリーダー。次に私が誘われて、ソファ、ピエール、オリバーの順かしら」
「ハンターとしては?」
「私、オリバー、ノエル、ソファ、ピエールね」
「年齢順だと?」
「あら?それを聞いてどうするの?」
「あっ!そうだ!ファニーも一緒に来ない?」
「えっ?いいんですか?」
「アリアの代理?で報告書作成の実地訓練ってことで。いいわよね?アリア」
「構わないわよ。元々そのつもりだったから」
「だってさ。ピエール、安心していいよ。トラヴァスがファニーの護衛」
「トラヴァスが?頼めるのか?」
ファニーの膝ですっかり寛いでいるトラヴァスが尻尾で答える。
「ちょっと待て!奥さんが来るなら…クイン…」
「往生際わるっ」
「あら?続きが気になるわね」
「…奥さんが来るなら…前衛は俺が請け負おう…」
「男らしくてステキね」
「バカだけどね」
血の涙を流さんばかりの表情でオリバーが白旗を上げた。
「うわぁ~。こんなパターンもあるんだね」
「ソファ。言ったでしょ?チャンスは一瞬。私たち3人相手で逃げられる訳ないじゃない」とアリア。
「決まり~!じゃあ新生スプライトクインテット。結成パーティー始めま~す!」
「――明日から、皆で旅できるね」
ソファの呟きに、皆が微笑んだ。
その笑顔を映す灯が揺れ、夜の館は静かに新しい風を孕んでいた。




