救出作戦④ 新たな依頼(帰国への旅路)
漆黒の闇を背景に、湯面が青い燐光を放つ。
月明かりとは違う、不思議な力に照らされるように揺らめき、
青の輝きを含んで揺蕩う。
まるで異界への入り口のような幻想を描き出す。
◇
「ちょっと何これ!
朝とは全然違う!私夜の方が好きかも!」
何とか眠りにつき、目が覚めた時は月明りのみが辺りを照らす真夜中だった。
先に起きていたノエルに誘われ、もう一度湯殿を訪れたソファの第一声だ。
「ブッ飛ぶでしょ~?
ここ来るときの楽しみは夜なんだよねぇ」とノエル。
「あら?私はカボブも大好きよ?」とセレナ。
「あれも美味しかったなぁ。また食べたいなぁ」
「レイブが来ていいって言ってたんだからまた来ればいいのよ」
思い思いの会話を続けている3人だったが、
湯殿の手前の間に人の気配を感じ、少し警戒する。
「ここって、他に誰が来るの?」
「客間はアタシたちが使ってたからレイブかな?」
「今は仕事中でしょう?誰かしらね?」
湯煙の向こうから姿を現したのはピエールとファニーだった。
先客に気付くと布で前を隠し咄嗟に踵を返すピエール。
「あら?いいわよ?こっちへいらっしゃいな」とセレナ。
「出たら仕事の話になるんだし、こっちで話整理しとこうよ」とノエル。
「えっ?…2人がいいならいいけど…」とソファ。
布で前を隠し、目を潰れんばかりに瞑り、
ファニーに手を引かれてピエールは湯船につかった。
「えっと…昨夜?はお楽しみでしたね?」
沈黙を破ったソファの一言に、ある者は腹を抱え、
ある者は意味ありげな笑みを浮かべる。
またある者は湯船に入ったばかりで既に真っ赤になり、
ある者は勢いよく頭を湯に叩き込んだ。
真っ赤な顔の者が意を決して口を開く。
「ピエールの妻でファニーと言います。
主人からお話は伺いました。
本当にありがとうございます!」
その声を聞いて正気を取り戻したのか盛大な水飛沫を上げ、言葉を継ぐ者。
「本当に申し訳ない!
湯殿を出た後、部屋に案内されたのだが
まさか隣とは知らず…」
「あら?隣だと分かってて再会の喜びを教えてくれたんでしょう?」
と笑みを浮かべたままの者。
「アタシ数えてみたの!!
そしたら!アンタ行きにあんなけ謝ったのは先払いだったのね!」
と腹を抱えたままの者。
「それ数えてたんだ?言われてみれば同じだったかも…」と真顔の者。
「数える訳ないじゃん!ノリで言ってんの!」
「アハハハハッ…」と違う意味で赤くなり、笑い声を上げるファニー。
「…ごめんなさい。
あまりにも掛け合いが面白くて、つい…
でももう一度改めて、ほんとうにありがとうございました」
「いいって。気にしてないから。
でもピエール!アンタ帰ったらコードにお礼しなさいよ」
「もちろんそうするつもりだ。
3人にも帰ったら改めて礼をしたいんだが…」
「あら?亡命してきて一文無しじゃなかったかしら?
それとも実は仕事見つかってるの?」
「いや…それはまだこれからで…」
「アリアからまだ紹介されてないんならウチの雑用係として面倒見るよ。
運転手兼、荷物持ち兼、素材剥ぎ取り係兼、見張りね」
「それって全部ノエルがやりなくないことなんじゃあ…」
「ソファ?悪い?それともアンタがやるの?」
「ピエールさん!素材は上手に剝ぎ取れば高く売れるそうです。
だから、高く売って、一杯稼ぎましょう!」
「アンタも嫌なんじゃん。すぐ裏切ってさぁ」
「ハイハイ。お話はそれくらいにしましょ。
とりあえず、目的の一つは無事達成したんだし、
次の仕事の話をしないとね?」
セレナが手を叩き場を鎮める。
「とりあえず、レイブの仕事の前に一つ決めるわね。
この一団のリーダーはノエル。指示に従う事。いい?」
皆問題ないと頷く。
「一応なんでそうなるのか、理由聞いておいていい?」とノエル。
「私とソファを誘ったのはノエル。
ピエールは依頼者兼、暫定雑用係。
ファニーはその奥さん。これでいいかしら?」
「はいは~い。じゃあこのままセレナが話進めて」
「了解。遅くても夜明けにはここを出て、国へ帰れるわ。
ここで問題が発生。追加で仕事の依頼が入ったわ」
一旦皆を見渡し、誰も異論はないので続きを促す。
「断る手ももちろんあるわ。
だけどそれだと帰るのにそれなりに時間がかかる。
徒歩だとすると、かなり大変な道のりね」
ここでソファが手を上げ質問する。
「一応教えてもらってていい?
徒歩だとすると、どれくらい危険なの?」
「いい質問ね。
来た時の時間から考えると4日ってところね。
別に徒歩で帰れないわけじゃないけど問題が一つ。
前半の道のりでは水と食料が手に入らない。
来る時見たでしょ?見渡す限り草原で何もないの」
「だとすると、仕事を受けて、条件に移動手段を入れるという事か?」
ピエールが情報を整理し確認する。
「それが一番妥当ね。あとはリーダーがどうするかだけど…」
「仕事についてはアタシが話すわ。
内容はこうよ。
『中身が不明な荷物を持って国へ持ち帰れ』
国境まではここの連中の警護付き。
移動手段も多分連中持ちか既に支払い済み。
イツカとここの連中との取り引きで、アタシたちはその運び屋。
詳しい話はこの後話があるけど、受けるしかなさそうな流れね」
お手上げだわの仕草を見せながら語るノエルに対し納得した表情の一同。
「決まり、ね。そろそろ出ましょうか」
セレナの一声で皆湯船から上がる…。
「あ、こらピエール」とファニー。
「あ~。やらしいんだ~」とノエル。
「あら嬉しい。見たいの我慢してたもんね?」とセレナ。
「あっち向いて最後に出てきて!」とソファ。
◇
支度を整えた一行はレイブの待つ一室へと案内された。
「ゆっくり休んだかよ?まあ座りな」
席に着いたのを確認してから目で発言を促す。
「アタシが聞くわ。続きを話して」
「朝話した通りだが、一つだけ訂正がある。
荷物はさっき届いた。
今からでも夜明けでも、こっちの準備は完了だ。出発はそっちに任せる」
「一つ聞いていい?」
どうぞ。と身振りで続きを促すレイブ。
「アタシたちが歩いて帰るって言ってたら
どうするつもりだったの?」
「当然の質問だな。いいぞ。
準備できたら外で説明してやるよ。見たほうが早い」
「こっちも準備完了よ。案内して」
レイブの案内に従い、城の外まで案内された一行はその異様な光景に驚いた。
漆喰と金縁で彩られた大きな車体。
窓ごとに厚布のカーテンが備わり、見るからに貴族の長旅仕様だ。
馬車を曳くのは、黄金の角を誇る大鹿――ゴルドホーンエルク。
鍛えられた四肢が大地を踏み締め、重厚な車体を曳いても揺れは最小限だろう。
貴族が遠征や政務の旅に用いるにふさわしい、実用と威容を兼ね備えた移動手段だ。
――それが2台。
「説明は?」とノエル。
「お前らが断ったら2台ともウチの儲けだ。
お前らの“ブツ”はあっちだけだよ」
「どっちでも一緒じゃないの?」
「ガワは同じだ。だが、中身が違う。
中身も一部は同じだが、まあそりゃあいい。
あっちを指定したのはイツカだ」
「中身を見ちゃだめなら、どうやって運ぶのよ?」
「そりゃあ簡単だ。ゴルドホーンエルクは頭がいい。
お前らのケツを追わせるなり、並んで歩くなり、言われた通りにするさ」
「つまり、御者席にも乗るなって事ね?」
「そういうこった。国境出たら好きにしな。
お前らのトカゲと、移動手段も用意した。
安心しろ。これも支払い済みだ」
「全部あの“バカ親父”の条件?」
「今回はいい取り引きだったぜ。
お前らが断ればもっと儲かったんだがな」
「…もう行くわ。あの“バカ”ぶっ飛ばしてやる」
「成功したら教えてくれやぁ。
貸し切りで1週間ぶっ通しで宴会開いてやるよ」
共に苦笑を浮かべ肩を小突くと
「また来いよ!ソファちゃんつれてなぁ!」
手で返事をし仲間の元へ戻るノエル。
◇
「ホンっと頭くるわぁ」
「さっきからずっと機嫌悪いね?」
「気が利いてるじゃない。
補給なしでも帰れるわよ」
不満ばかりのノエルに対し、気にしていない様子の2人。
レイブが移動手段で差し出したのは同じくカーゴリザード。
但し少し大型で、食料も十分積み込まれていた。
馬車の向こう側ではピエールとファニーが行きのカーゴリザードに乗り3台並んで移動中だ。
「こっちもそうだけど、あっちの荷物も中々よ?
なのにレイブは嬉しそうだったし」
カボブを頬張り続きを促すセレナ。
「あっちの中身も問題だけど、こっちの荷物も問題よ!」
「どうして?」とソファ。
「どうして食料がアタシたちの好みばっかりなの?」
「気を利かしてくれたんじゃ…」
「利きすぎてるのが問題なの!
これ、レイブの仕業じゃないわ」
「それもそうね。イツカの指示でしょうね」
カボブを飲み込みセレナも同意する。
「酒まであんのよ?
しかもアタシが一番好きなやつ」
「これ美味しいよねぇ
私もノエルの好み分かってきたよ」
「じゃなくて!
気が利くんじゃなくて、気を遣ってんのが丸わかりなの!
しかもそれを隠そうともしてない…」
「前から言おうと思ってたけど、
ノエルのそういう勘って良く当たるよね」
「…中身見ちゃおっか?」
「またそれぇ?さっき意地でも見ないって言ってたのに」
「私もそれだけは気になるわ」
「え?セレナも気になるの?」
「中身はどうでもいいわ」
「「どういうこと?」」
「今までの話を整理すると、
さっき国境を越えたから、もう中身は自由に見ていいわ。
普通は気になるから見てみるか、
関わりたくないから見ないか、の2択ね」
頷いて続きを促す2人。
「だとすると、イツカが考えたのも2つよ。
同じく見るか、見ないか。
この待遇をみる限り、こうやって悩んでるのを想像して
帰った時の私たちの反応を楽しみに待ってるか…」
「「待ってるか?」」
「絶対に見てほしくない。
もしくは見たとしても絶対に持ち帰ってほしいか」
「楽しんでるとこ想像すると腹立つよねぇ」
「でも道中は安心できて、私たちは楽しんでるわよ?」
「…問題はセレナの言う通りだった場合よね」
「そう。だとしたら、私たちを向かわせた理由もわかる」
「「どういうこと?」」
「コードが言ってたじゃない。
来るのはオリバーだと思ってたって」
「あの声の大きい人ですよね?」
「そう。コードの予想は正しいわ。
オリバーは重装甲で機転も利くから適任なの」
「思い出した!
砦に迷路作った時もめちゃくちゃ目立ってた」
「間違いなく腕利きよ。
アタシもアイツなら余裕でできる仕事だと思うわ」
「でもイツカは形はどうあれ私たちを向かわせた…どうしてだと思う?」
「「どうして?」」
「これは私の想像だけど、
仮に来たのが、オリバーや他のギルドの連中だったとして
中身を見た場合、持ち帰られない可能性や
それ以外のトラブルを予想したか」
「「どういうこと?」」
「私たちなら、万一中身を見たとしても
“荷物を持ち帰る可能性が一番高い”と判断した可能性があるわ」




