道の行方
――マウロの出発は静かなものだった。
マウロは荷を背負い、短く言葉を交わすと、アリアに付き添われて門を出ていった。
ソファは最後まで声をかけられず、ただ背中を目で追い続けるしかなかった。
――振り返りもしない。
それだけ、彼の決意は固いのだと分かった。
「……マウロ、大丈夫かな」
歩き出した道すがら、ソファはぽつりと呟いた。
すぐ横でノエルが腕を組み、肩をすくめる。
「心配いらないって。
あそこは自分で望んだ奴しか入れない“道”だから。
命知らずのバカか腕試ししたいバカか一攫千金狙いのバカか
どっちにしろバカの集まりの巣よ」
ソファが目を丸くする。
「実力に応じていくらでも難度の違う“道”がある。
新人用、腕試し、命知らず、求道者って具合にね。
望んだ分だけ先へ進めばいいし、
その分だけ確実に強くなる場所なの」
ソファは今度はごくりと喉を鳴らす。
マウロの真剣な顔が脳裏によぎる。
「でも……1人で大丈夫なの?」
その問いに、今度はピエールが口を挟んだ。
彼は眉をひそめ、興味深げにノエルへ視線を向ける。
「私も気になります。鍛錬場といえど、
命を落とす可能性があるのでは? まるで軍の実地訓練のようだ」
ノエルは鼻で笑った。
「だからお守りがつくのよ、新人には必ずね。
殺したって生きてるようなバカが見張って、
命のやり取りになる前に止めてくれる。
…もっとも、お守りに回される理由は大概“賭けに負けた”とか
“寝坊した”とか“仲間内のペナルティ”だけどね」
「なっ……?」ピエールが思わず声を漏らす。
ソファも驚いて立ち止まりそうになった。
「そんな理由で……?」
「でも腕は本物。普段は“古い道”を守ってる連中だからね。
バツで回されてるからって気を抜くわけじゃないし、
むしろ見張り役の失敗は名誉に関わるからみんな必死。
だから命の心配はまずない。そういう仕組みなのよ」
ノエルの説明に、ピエールはしばし黙り込んだ。
やがて小さく息を吐き、感心したように呟く。
「……他国では聞いたことのない制度ですね。
危険を管理しつつ実力を伸ばす……理にかなっている」
ソファは胸を押さえ、ほんの少しだけ安堵の表情を見せた。
「……そっか。じゃあ……マウロは必ず、帰ってこれるんですね」
ノエルは横目で彼女を見て、口元を緩める。
「アンタの心配は分かるけどさ。あの真面目坊や、必ず強くなって帰ってくるよ。
むしろバカがうつって帰って来る事の方がよっぽど心配だよ?」
その言葉にソファは歩を止めた。
――命の心配はいらないっていうのはそういう意味?
また違う心配の種が芽生えたソファにノエルは振り返り声を荒げる。
「そこ私の目の届くところじゃないんですけど?
いちいち止まらない!さっさと歩く!」
小走りに後を追いかけ、――やがて話題は、自然と彼女自身の“道”へと移っていく。
山道を抜ける一行は、まだ朝の澄んだ空気をまといながら足を進めていた。
石畳のように整えられた道は次第に荒れ、やがて土がむき出しの獣道のような様相へと変わっていく。
ソファは足元に注意しながらも、ずっと気になっていたことを口にした。
「ねぇ……魔法って、どうして人によって使えるものと使えないものがあるの?」
隣を歩くノエルが肩をすくめる。
「属性の違い。アンタも聞いたことくらいあるでしょ?」
「名前だけなら……火とか、水とか……」
ソファが小さく答えると、セレナが微笑みながら
「人の魔法はね、神々が残した力の残滓を借りているだけ。
その人の体質や魂の傾きで“属性”が決まるの。
火は燃やす、風は運ぶ、水は潤す……。
属性ごとに出来ることが全然違うから、
得意不得意ははっきり分かれるわ」
「つまり、才能で決まるってことでいいのか?」
ピエールが口を挟む。
「我が国では、魔法は持って生まれた資質か、
努力の積み重ねで身につけるものと教わってきたが…
…こちらの国では違うのか?」
ノエルがにやりと笑い、手をひらひらさせた。
「努力が無駄とは言わないけどね。
属性の外には出られない。
水の奴がどんだけ頑張っても火は使えないし、
風の奴がどれだけ練習しても土を生み出すことはない。
それが当たり前の大前提」
セレナがうなずき、続ける。
「ただし“どう使うか”は自分次第。
火でも焼くだけじゃなく、暖めることもできる。
水もただ濡らすだけじゃなく、凍らせたり癒やしたり……。
属性の枠の中で、どれだけ応用できるかが一人前かどうかを分けるのよ」
ソファは目を丸くして頷いた。
「……じゃあ、私も何かの属性を持ってるの?」
「そういうこと」
ノエルは軽い口調のまま頷く。
そのやり取りにピエールが口を挟んだ。
「なるほど……だが、属性というのは生まれが全てなのか?
訓練や努力で変えられないものなのか?」
「半分正解、半分不正解ってとこ。
才能は出発点。けど、そこで止まるか進むかは結局“覚悟”と“場数”。
この世界じゃ、死ぬ気で挑んだ奴ほど化けるのよ」
ピエールの真剣な面持ちにノエルは鼻を鳴らした。
「じゃ、ひとつ謎かけしようか。
――“雷か木の属性で、雨を降らせられると思う?」
ソファは目を瞬かせ、首を振る。
「えっ……水じゃないと無理なんじゃ……?」
ピエールも同意するように言った。
「自然の理からすれば、到底ありえない」
ノエルは意地悪く笑う。
「答えは“できる”。やって見せよっか?
しかも私とセレナ、やり方はまったく別で、ね?
セレナ聞いてたぁ?」
セレナは指先に淡い緑光を宿し、近くの草木へと触れる。
「木は命の力。……だから、“奪って返す”こともできるの」
草木から微かに白い霧が立ち上がり、やがて周囲の空気を湿らせる。
さらに霧はまとまりを持ち、薄い雲のような塊を作った。
「生き物から少しずつ水分を借りて、大気に還す。
――そうすれば、雨雲は生まれるのよ。」
小粒の雨がぱらぱらと降り、ソファの髪を濡らした。
続いてノエルが空に掌を突き上げ、稲光を走らせる。
「雷は“刺激”。雲に火をつけりゃ、溜まった湿気は一気に降り出す」
ゴロッと低い音が鳴り、先ほどの小雨が一気に強まり、土の匂いを含んだ本降りの雨へと変わった。
ノエルは肩を竦め、にやりと笑う。
「ほらね?同じ“雨”でも、“道”は違う。これが応用力ってやつよ」
ソファは目を輝かせ、ぽつりと呟く。
「……同じ答えなのに、方法が全然違う……!」
ピエールは腕を組み、真剣な顔で頷いた。
「なるほど。“化ける”とはこういうことか。理を越えてでも結果を掴む……」
セレナは雨粒を浴びながら微笑む。
「そういうこと。だから属性は縛りじゃないの。
――扉よ、どれだけ工夫して開けられるかが大事」
雨が止み、雲が散り、再び薄日が差し込む。
ソファは濡れた袖を絞りながら笑顔を浮かべたが、ピエールは顎に手を添えたまま考え込んでいた。
「……興味深い。魔法もだが、この国はどうにも理解できんことがある」
ノエルが面倒くさそうに振り向く。
「な・に・が・だよぉ?」
「そもそも、どうしてこの国だけが“道”を持ち、
そこで人を鍛える仕組みを築けている?
私の国にもギルドはあるが……そんな制度は聞いたこともない」
ソファも思わず耳を傾けた。
「そうですよね。私も知りたい…」
ノエルは肩をすくめ、大げさに息を吐いた。
「……まぁいいわ、教えてあげる」
彼女は片手を頭の後ろに回し、歩を緩める。
「ここは“国”っていうより、“ただのでっかいギルド”なの。
色々あって一応国として認知されてるし、王様も一応いるけど、根っこはギルド。
“道”ももとはハンターが勝手に見つけて、勝手に好きなように使い始めたのよ」
ピエールは眉を上げる。
「勝手に……? それで国家として成り立つのか?」
セレナが横から言葉を挟んだ。
「“勝手”じゃなくて“必然”ね。
元々ここは人にとって危険で、手に余る場所だった。
でもこの国の人たちは、それを“活かす”道を選んだの。
素材の供給や訓練制度も、全部そこから派生したものよ」
ノエルは頷き、指をピエールに突きつける。
「だから、例えばこの国じゃ税なんか取らない。
国民は有事のときは“戦う”かハンターの指示に従うのだけが義務。
普段は自由に狩りして、自分で食って暮らす。
……他とは根本から違うのよ」
「なるほど……確かに私の国とは違う」
ノエルはニッと笑った。
「そう。ホント好き勝手やって自由気まま。
だけど、その分“強さ”が必要。
弱けりゃ、ただの餌になるだけ。
…喉乾いたし…ちょっと休憩にしようか」
ノエルが立ち止まり、近くの倒木に腰を下ろす。
セレナも緩やかに裾を払って隣に座り、ピエールは背負っていた荷を地面に下ろした。
ソファも真似して腰を下ろしたが、落ち着かない面持ちで口を開いた。
「えっと……私のことなんだけど。
昨日から色々あって……私って、結局どんな属性を持ってるの?
治癒の魔法を使えてた気がするんだけど…
…それってどういう仕組みなの?」
ノエルは顎を掻きながら半眼でソファを見る。
「お、やっと聞いたわね。いい質問だわ。
――セレナ、アンタ説明してやって」
セレナは頷き、少し考え込むようにしてから静かに言葉を選ぶ。
「そもそも魔法についてだけど、本質を理解している人は少ないわ」
―神々が残した力の残滓―
「そう。火、水、風、土、木、雷……大きく分ければその辺り。
それに派生する形で治癒や補助が生まれるの」
ピエールが腕を組み、首を傾げる。
「ふむ……我が国では、属性魔法は“技術”としてしか教えられていなかったな。
残滓だの、神の欠片だのという話は初耳だ」
セレナは小さく笑みを浮かべる。
「それは普通のことよ。大半の人は“結果”だけを使うし
技術を磨けばある程度は強くなるのも間違いではないから。
でも――本当に魔法を極めたいなら、源を辿らなきゃならない。
残滓の正体を辿ると、ある存在に行き着く。
その源にいるのが、“精霊”と呼ばれる存在なの。聞いた事ない?」
ソファの瞳が大きく揺れた。
「精霊……?」
ノエルが指を鳴らし、にやりと笑った。
「今向かっている場所は……その“精霊”に会える数少ない場所のひとつ」
ソファは小さく息を呑み、両の手を胸元で握りしめた。
「……私も、会えるの?」
ノエルはニッと笑ってソファの頭を軽く叩いた。
「行ってみなきゃ分からない。
でも――きっと会えるよ。
どんなのが出るかはわからないけどね。
出てきたもので属性がはっきり分かるよ」
ソファは目を輝かせ、胸の奥に熱いものが込み上げてくるのを感じた。
未知の力と、自分の答えに出会えるかもしれない――そう思うだけで胸が高鳴った。
やがて一行は腰を上げ、再び歩を進める。
森を抜ける風が頬を撫で、木々の間から徐々に光が強まっていく。
ほどなくして視界が開け、淡い靄に包まれた窪地が現れた。
中央には静かな水面が広がり、鏡のように陽光を反射している。
周囲には緑の影が揺らめき、どこか神聖な気配が漂っていた。
「……見えてきたわね」
セレナが静かに呟く。
ソファは思わず息を呑み、その光景を食い入るように見つめた。
彼女の“道”が、いよいよ始まろうとしていた。




