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精霊と歩む少女【旧バージョン】  作者: アインス
エピソード 0

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17/55

これからの道③

朝の陽光が障子を透かし、広間には柔らかな光が差し込んでいた。

長机を囲むように、前夜の面々が集まってくる。


入り口最奥に座るイツカは落ち着いた色合いの装いに身を包み、

その佇まいは王というより武人そのものだった。


ソファは寝起きの気配を残した部屋着のままで、袖口を整えながら小さく居住まいを正すが、その隣にノエルが軽快な装束で腰を下ろし、リラックスした表情で伸びをしている。


マウロもまた軽装で席に着いていたが、彼の表情は真剣な面持ちを崩さない。


ピエールは簡素な軍服に似た軽装を着こなし、きちんと背筋を伸ばしていた。


「おはよう。朝ごはん運んでもらうわね

 食べながら話しましょうか」


アリアは変わらぬ仕事着で現れ、既に一日の業務に備えているようだった。


広間に膳が運ばれ、香ばしく焼かれた干物が並ぶ。


横に添えられた白いものが何なのか気になるが

隣の椀から漂う香りと湯気が食欲をそそる。


「アリアの言う通りだ。

 まずは腹ごしらえからだな」

イツカの一声で食事が始まった。


まず椀物を口に含んだソファは柔らかな食感と優しい塩気に自然と笑みが浮かんだ。


「わぁ……美味しい……!」


ソファは思わず声を漏らし、干物の身をほぐして口に運ぶ。


香ばしさと塩気、添えられた白い何かの清涼感が絶妙に重なり、

黄金色に焼き上げられた卵焼きのほのかな甘みが全体の調和を整えていた。


「うまいな。……こういう朝飯はありがたい」

マウロが静かに呟き、真剣な瞳で箸を進める。


ノエルは卵焼きを頬張り、満足げに唇をゆるめた。

「甘いねぇ。アタシ、こういうの好き。元気出るわ~」


ピエールは黙々と食事を進め、軍人らしく整った動作で箸を動かす。


軍人としての習慣が抜けていないのか、膳の前でも姿が崩れない。


アリアは椀を静かに口に運びながら、すでに次の段取りを考えている様子だった。


そこへ、遅れて障子が開く。

ふらりと現れたのはセレナ。


寝間着姿のままで、薄布はゆるく腰に結ばれているだけで、

歩くたびに裾が揺れ、白い脚がちらりとのぞく。


肩口はずり落ち、鎖骨から胸元にかけて艶やかな肌が覗き、

眠たげに細められた瞳には妙な色気が漂っていた。


その艶やかな姿にソファは思わず吹き出しそうになり、慌ててマウロをキッと睨みつけるが――


マウロは一瞥すらせず、真剣な顔で箸を進めているのだった。


セレナは何事もなかったように席に加わり、欠伸を噛み殺しながら箸を取る。


「……ふぅ、落ち着くわね、こういう食事」


食事が一段落した頃マウロが深く息を吸い、皆の視線を集め、真剣な眼差しで口を開いた。


「……ソファ。昨日の戦いで思い知った。

 今の俺じゃ、デイルの言葉に応えられない。ソファを守れる力がない。

 デイルの最後の言葉を果たすには、強くならなきゃならないんだ」


その言葉に場の空気が一瞬張り詰めた。


ソファは思わず彼を見つめる。昨夜の涙の余韻がまだ残っている彼女にとって、その決断は痛みと共に響いた。


「マウロ……一緒に行けないの?」

ソファは驚きで声を詰まらせる。


彼は頷き、強く拳を握り締めた。

「俺は修行に行く。……イツカさんに鍛え方を教わったんだ」


イツカは腕を組み、ゆったりとした装いの袖を直す。

「……そういうことだ。

 この国にはな、山の内側に“道”がある。

 誰も地図に記さず、人と魔が交わる境に近いが

 ……同時に、己を鍛える場でもある」


ノエルが眉をひそめ、にやりと笑う。

「なるほどねぇ。あそこ行くんだ。

 ――生きて帰ってきなよ?」


ソファは胸の奥に重さを感じながら言葉を探した。


「……マウロ、……大丈夫なの?」


「大丈夫じゃなくても、行くしかないんだ。

 戻った時には、必ず――ソファ、お前を守れるようになってる」


その決意に、誰も口を挟むことはできなかった。


イツカは一同を見回し、低い声で続けた。


「嬢ちゃんにも提案なんだがな。こっちも“道”を使う。

 ……どうするかは、自分で決めろ」


ソファは思わず身を乗り出した。


「さっきからのその“道”って……

 一体、何なんですか? 危ない場所なんじゃ……?」


イツカは口元だけで笑みを浮かべ、答えを濁す。


「危なくなきゃ、鍛え場所にはならんさ」


その瞬間、ノエルが椅子を鳴らして立ち上がった。


「ちょっと待ってよイツカ!正気なの?

 この子もあそこに連れてくなんて……」


広間の空気が張り詰めかけるがアリアが静かに口を開いた。


「ノエル、落ち着いて。

 ソファを行かせるのはそっちじゃないわ。

 あなたもよく知ってる、別の方よ。

 あそこなら早めに行った方がいいのは分かるでしょ?」


ノエルは毒気を抜けれた顔をしてドカッと座り直し


「そっちかぁ。確かに可能性はありそうだよね」


アリアは微笑のみで答えソファに向き合って静かな声で説明を始めた。


「ごめんねソファ、置いてけぼりだよね。

 まず、マウロ君の件から説明するわね。

 マウロ君の行く“道”は危険だけれど…問題ないと思うわ。


 彼が向かうのは、いわばギルドの訓練所のようなものよ。

 彼にはちゃんと説明したし、表向きは一般に知られていないけれど、

 この国ではハンターや退役者たちが集まり鍛錬をしている場所なの。


 短期間で強くなりたいっていう彼の意思を聞いて

 ギルドとしても正式な訓練生として扱う事になったから

 危険はあるけれど、ここに残るよりも間違いなく力をつけられる」


「…大丈夫なんですか?」

「彼次第な部分はあるけれど

 命の心配をしてるなら、リスクは低い方よ」


マウロは強い目でソファを一瞥する。


「……ごめんソファ、一緒には行けない。俺はこの道を行く」


ソファは俯きながらも、その言葉を受け止めようとするように小さく頷いた。


イツカが腕を組み直し、口を開いた。

「で――嬢ちゃんの方は、違う“道”に行く。

 それが一番手っ取り早い」


ソファは思わず前のめりになる。


「……違う“道”?それも……危険な場所、なんですよね? どうして私が……?」


ノエルが苛立たしげにイツカに問う


「どっちにしてもあんた正気なの?

 この子まだ新人よ?可能性ありそうだけどまだ早すぎない?」


アリアはゆったりとした仕草でノエルの方を見た。


「落ち着きなさい。イツカの言葉は乱暴だけれど……正しい部分もあるわ」

「正しい? どこがよ!」


ノエルが詰め寄ると、アリアは視線をソファに向けて続けた。


「彼女には資質がある。私も昨日の戦いで、はっきり見た。

 それにあっちの“道”は戦場よりはずっと安全よ」

「安全……?」


ノエルが訝しげに眉を寄せる。


「だってノエル。一緒に行ってくれるんでしょ?」

「なっ!アリア!なんでそうなるのよ?」


イツカは鼻で笑った。


「これなら安全って言い切れるだろ?

 俺だってただ放り込むつもりってのはこれっぽっちもない。


 手は打った。見事に釣り餌に獲物は食いついた。

 俺はバラさねぇと思うがお前はどう思う?」


「きったなっ!アリアもグルなの?」

「ノエル、これは博打じゃないし釣りでもないわ。

 最短でソファちゃんを覚醒させられるか見極める方法。


 イツカもノエルを釣るより、ソファちゃんがどうしたいか。

 それを聞くのが先じゃない?」


広間の視線が一斉にソファへと向かう。


ソファは全員の視線を受け止め、強く唇を結んだ。


「……私、行きます。強くなりたい。守られたくなんかない。

 ……泣いてるだけは嫌なんです」


決意の言葉に、ノエルが机を叩いて立ち上がった。


「やっぱり言ったか!……ちくしょう、完全にイツカの思惑通りじゃない!」


イツカは素知らぬ顔で湯呑を傾け、アリアは涼しい笑みを浮かべる。


「ね?こうなるって薄々分かってたでしょ?」

「分かっててもムカつくのよ!アタシをうまく乗せたつもりでしょ?イツカもアンタも!」


ノエルはアリアを睨みつけるが、アリアは肩をすくめただけだった。


「……チッ、もういい!分かったわよ!アタシも行く!」


そう吐き捨てると、ノエルは勢いよく振り返り、とっさに隣のセレナの肩を叩いた。


「あんたも一緒に行くわよね~ぇ?」

「えっ、私?」セレナは目を瞬かせる。


「そうよ!どうせこいつらもそのつもりであんたも呼んだのよ!」


セレナは一瞬面食らったが、やがて含み笑いを浮かべた。


「……ふふ、まぁいいわ。ちょうど“あの子”にも会いたかったしね」


ノエルは頭を抱え、ため息をついた。


「……なんかもう全部イツカとアリアの掌の上な気がしてきたわ……!」


イツカは口の端を上げ、低く笑った。


「”いつか”はこうなる運命だったのさ。」


「あんたたち!これ”貸し”でいいわよね?」


二人は肩をすくめ無言で応じた。


「お茶!おかわり!

 ……んでソファ!アンタ私の目の届くとこにいるんだからね!」


広間にはわずかな笑いが生まれ、緊張が和らいでいった。


イツカは湯呑を置き、視線をピエールに向けた。


「……で、ピエール。お前も一緒に行け」


あまりに当然のように告げられ、ピエールが思わず目を瞬くが、

それも一瞬、すっと姿勢を正し「――承知しました」


そのあっけなさにノエルが唖然とする。


「ちょ、即答!? もうちょっと抵抗するとかないの?」


「必要ありません。妻が無事であることを確認するまでは、

 この国で仕事をする他にすることがありませんから」


ピエールは落ち着いた声で答えると、視線をイツカに向けて短く頷いた。


イツカも満足げに顎を引く。


「それでいい。護衛も荷運びも任せるぞ」


ノエルは大げさにため息をつき、ソファの肩を叩いた。


「はいはい、決まりね。“新人育成ツアー”はこれでフルメンバー。逃げ道はなくなったわよ?」


ソファは思わず苦笑した。


その横で、セレナは頬杖をつきながら口元に艶やかな笑みを浮かべていた。

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