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精霊と歩む少女【旧バージョン】  作者: アインス
エピソード 0

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14/55

それぞれの道②

夜の静寂に包まれた広場の隅にマウロは一人座り込んでいた。


初めて訪れるこの国の首都。


物語によく聞く大きな城は見当たらない。

簡素ながら美しい木造の館が佇んでいる。


見上げると星々の輝きはどこか儚く、彼の心の中に浮かぶ過去の影を照らしていた。


「……ここまで来たのか」


マウロは静かに息を吐き、これまでの道のりを振り返った。


冒険者となり初めての仕事。

右も左も分からず、力任せに突っ込んでいった自分を思い出す。


「ソファ……あいつ、強くなったよな」


同じ村で共に育った彼女が成長する姿を間近で見てきたことを思い返す。

初めての戦場で見せた治癒以外の魔法、その小さな手で必死に仲間を救おうとした姿。


そして、彼の胸に痛みをもたらすのは、やはりデイルの最後の姿だった。


「頼む……ソファを……」


かすれるような声で託された言葉が、彼の心に重くのしかかる。


「守れるわけないだろ……俺は…」


マウロは拳を握り締めた。自分の弱さ、無力さ。それが、彼の胸に突き刺さっていた。


オロディア軍との戦い。目の前で倒れていく仲間たち、串刺しにされた人々、

燃え盛る広場――それらが、今も彼の脳裏を離れない。


「強ければ、もっと……何かできたはずだ」


唇を噛み締め、拳を膝に叩きつけた。

だが、その痛みすらも自分の無力感を拭い去ることはできなかった。


「今のままじゃ、何も守れない」


彼は静かに立ち上がり、夜空を見上げた。


「だから……もっと強くなる」


マウロの目に決意の光が宿った。彼は館の方へと向き直り、静かに呟いた。


「待ってろよ……ソファ。俺は戻ってくる」


マウロが広場を後にし、館へと向かう背中には、どこか迷いが消えていた。


その歩みは、彼の中に芽生えた新たな決意を物語っていた。


「…強くなる。全てを、ソファを守る」


そのためにどうすればいいかは分からない。


ただ誰よりも強かった人物には心当たりがある。


館の中にいるアリアに行き先を尋ねる―――――――――




――館の一室。


男は薄暗いランプの灯りの下、黙々と剣を磨いていた。


その動作は無意識のようでありながら、剣先に映る自分の姿に目を留めるたび、

彼の顔には苦い表情が浮かんだ。


「…ムタレンの元に派遣された時、

 こんな未来が待っているとは思いもしなかった」


静寂に包まれた部屋で、ピエールはゆっくりと過去を振り返り始めた。


数か月前、直属の上官からその命令を受けた時、彼は心の中で大きな不安を覚えていた。


ムタレン将軍の悪名は広く知れ渡っていた。


無謀な作戦、部下への残虐行為、己の利益のためなら平気で他者を切り捨てる冷酷さ―


だが目の前の上官は妻ファニーとの仲を取り持ってくれた恩人でもあり

軍に入ってからは何かと目をかけてくれ、兄とも呼べる存在だ。


そうでなくても上官の命令である以上、拒否権などない。


むしろ彼からの命令であれば妻ファニーを故郷に残して前線へと向かうことに

ある種の安心感も感じていた。


「無事にすぐ戻るから」


出発前夜、ベッドでしがみつくファニーに強がって見せた自分が、今ではただ情けなかった。


ムタレン本陣に加わった初日、彼はその場の空気に圧倒された。


将軍の側近たちは誰もがムタレンに対し過剰な忠誠を誓い、彼の顔色を窺っていた。


「副官ねぇ…本国からの目付であろう?」


ムタレンは鋭い目つきで彼を値踏みするように見つめた。


出陣前よりピエールは何度も将軍に逆らおうとした。


「この作戦は無謀です。補給の確保なしに進軍を続ければ、兵士たちは餓死します」


しかし、彼の進言はことごとく無視された。


部下からの進言を将軍に報告するたびピエールの周囲には密偵の影が増え、

気付けば自分の行動が逐一報告されるようになっていたようだ。


目を閉じると、心の奥底に刻まれた記憶の扉が開く。



故郷の家で迎えてくれるファニーの笑顔。

夕暮れ時、二人で歩いた田園の道。

彼女は、静かで控えめながらも、芯の強さを持った女性だった。


「あなたの“おうち”はここよ。離れたら許さないんだから」

初めて結ばれた時から、ベッドで体を重ねるたびに甘くそう囁く彼女の言葉。


その言葉に隠された本当の意味を知ったのはいつ頃だったか…


おかげで彼女と歩くときは常に視線に気を付けて歩かねばならなかった。


もちろん彼女以外など考える事もないくらいピエールは満たされていた。


自宅へ帰れば暖かい笑顔で迎られ、寒い日には温かいスープが必ず用意されているのだ。


彼女の手触りを思い出しながら、ピエールは無意識に拳を握り締めていた。


「ファニー……」


ムタレンの謀略により前線指揮官となった夜、

自分が「裏切り者」として処分される運命にあることを悟った夜。


ピエールの天幕に一人の男が現れた。


その男――コードは、緩んだ革紐の鎧をまとい、片手にワインの瓶をぶら下げていた。


コードはあくまで軽い調子で、自分が敵国の王と繋がりがあるなどと言い

その胡散臭い笑顔に一瞬怒りを覚えたものの、次に発した一言に凍り付いた。


「あんたの嫁さん、俺が助けてやろうか?」


なぜそれを知っている?


一瞬迷ったが、すぐにその迷いは消えた。


既にできる事などなかったこの状況に選択肢が現れたのだ。


「ファニーを……守れるのか?」

「ああ、任せとけ。俺がキューピッドになってやる」


ピエールは剣を磨き終えると、それを腰に差し、立ち上がった。


館の廊下に響く足音を背に、彼の目には決意の光が宿っていた。


「俺は戻らなければならない。ファニーの元へ。そして――」


彼の中で新たな誓いが生まれた。


ムタレンの残虐なやり方を本国で白日の下に晒すという誓いが。


幸い彼には心当たりがあった。


“アリア”という、砦をすり抜けてからここに至るまで、

ピエールが率いてきた兵への対応を一身に引き受けるとんでもなく優秀な女性。


(そもそも前線部隊は犯罪奴隷がほとんどなのに。)


この時間でも館の中にいるアリアを見つけ自身の思いを打ち明ける―――




「――隣いい?」


星空を見上げながら思考の渦に嵌っていたソファは突然の声に驚きを隠せない。


「アハハ。外ならヤバイよ?隙だらけじゃん!」

「ノエルさん…」

「冷えて来たね。飲む?」


そう言って隣に腰掛けると、甘い匂いのするカップを差し出した。


「っつ…あ、でもおいしいよ?」

白い湯気がカップから立ち上り、寒い空気に消えていく。


手に伝わる陶器の熱さをじんわり感じながら、カップの縁に唇を近づけると、

湯気がふわりと上がり、甘い匂いが鼻をくすぐる。


ソファはゆっくりとカップを傾けた。


「熱い……けど、すごく甘い…いいですね」

「気に入った?

 この材料ね、高く売れるんだよ?」


「飲んだこと…ないです」

「だろうねぇ。この国の南の方にね――」

ノエルは差し出した飲み物について語りだした。


「蒸し暑い森にある木から採れるんだよ?

 湿った土の香りがする森で葉っぱの水滴が朝日を浴びてキラキラ輝いてんの。


 でね、その中の高~く伸びた木から採れるの。

 黄金色に近い色合いで、赤から紫へと変わる微妙なグラデーション。

 おんなじ実はなくて、それがまたいいんだよねぇ。


 その木はね、選ばれた者にしか実をくれないの。

 木が気に入らないと実は枯れて、触れた手は灼けるような痛みが走るんだって」


「そんなの…どうやって採るんですか?」

「気になる?知りたい?」

「…はい。気になります」


「どうしよっかなぁ?教えたらやってみる?」

「私にもできるならやってみたいです」


「おぉ?ハンターじゃん

 まだやる気あるんじゃん!」

「…」


「…アタシんとこね、解散するの」

「え?」


「リーダーのアタシ以外はカップルだからね。

『身を固める(キリッ)』とか言ってこの国に厄介になるのよ」

「え?…え?」


「こないだ洞窟で~って話したでしょ?

 あの時にね、久しぶりに“バカ”に会ったから飲んでる時に誘われてたんだって。

 1人2人ならまだしも、4人って無茶苦茶じゃない?」


「…突然すぎて全然わかんないですけど

 無茶苦茶なのは分かりました」


「アハハ。でね、皆でちゃんと話して、

 お世話になった所に挨拶して、この国に来てたの」


「それでギルドにいたんですね?」

「そうそう!

 館に行ったんだけど、あの“バカ”いなくて。

 じゃあギルドに顔出してるかなぁって時に巻き込まれたって感じかな」


「楽しんでたじゃないですか?」


「言うねぇ~。いいねぇ~。

 そうなんだ。最後って決まってたから、正直楽しんでた」


「凄かったです。

 皆さんの魔法もですけど、何ていうかノエルさんの発想っていうか…

 私が治癒以外の魔法使えたのもまだ信じられなくて」


「ソファちゃんはね、センスあるよ!」

「そうなんですか?」

「ある!間違いなくある!」

「言い切るんですね」


「魔法はね、ウソつかないの。

 出来ないモノはどうやったって出来ない。

 あの時アタシの無茶ぶりにちゃんと対応したでしょ?

 センスなきゃ出来るわけないんだよ」


「無茶とは思ってたんですね?」


「当たり前じゃん!でも出来るとも思ってたよ?

 アタシはね、奪われたメンバーをこの国で奪い返すつもりで来てたの。

 出来る子、欲しい子、ノリいい子ってね…で、見つけた!」


「それって…」

「今度はソファちゃんがアタシにこれご馳走してよ」


「私、ハンターになったばかりですよ?戦力にはならないですよ」


「アタシはね、楽しく冒険したいの。

 気の合うメンバーで、バカやって笑って、魔獣に追い掛けられて、やっつけて。

 食べて、飲んで、色んな景色見て。

 ソファちゃんはどうしてハンターになったの?」


「一緒です!そんな物語を聞いて、憧れてハンターになりました」


「一緒に行こうよ。これ“貸し”だよ?

 とりあえずアタシにこれご馳走するまででもいいから」


彼女は本気で自分を誘ってくれているのだと理解はできた。


ソファはカップにふうっと息を吹きかけ、少しだけ冷めた液体を試すように一口すすった。


舌に触れる微かなぬくもりと、豊かな香りが体の芯まで染み渡るようだった。


「さっきね、決めたんです。

 …強くなろうって。

 …覚悟はしてたんです」


ノエルは何も言わずにただカップから立ち上る湯気を見つめる。


「……止められなかった。

 …出て行ってたことにすら気付かなかった。

 マウロが大怪我して…治癒すら出来なくて…

 デイルはもっと…また何も出来なくて…

 ただ泣いてただけだったんです」


「前半はしょうがない。後半はダメだね」

「だから!決めたんです!強くなろうって!」


「どうやって?」

「連れて行ってください!私を!強く…」


途切れ途切れの声が喉の奥から絞り出され、やがて感情の限界に達した彼女は大声で泣き始めた。

声を押し殺すことも忘れ、嗚咽とともに堰を切ったように涙を流し続ける。


ノエルはカップを床に置き、そっとソファの肩を抱き寄せた。

細い肩は震えていて、彼女の心の叫びがそのまま体に伝わってくる。


「大声で、思いっきり泣きなさい。

 アンタが泣かないと。

 …あの子はもう、泣けないんだから」


ソファはノエルの顔を睨みつけると、さらに大きな声を上げた。

涙は止まらず、悲しみと後悔が溢れ出し、声は嗚咽に変わりながらも止めることができない。


ノエルは少しだけ抱きしめる力を強くして、彼女の言葉を受け止める。


「誰だって、全部守れるわけじゃない。そんなの無理よ。

 でも……今日のことを忘れないなら、あの子の命は無駄じゃない。

 だから泣きなさい、ソファ。心の底から全部、出し切りなさい」


―ノエルの腕の中で、ソファは小さな子どものように泣きじゃくり続けていたが、

やがて嗚咽も細くなり、とうとう涙の流れる音さえ聞こえなくなった。


どれ程そうしていたのだろう。


涙の嵐が過ぎ去る頃には、その湯気も薄れ、やがて完全に消えていった。


冷えたカップをじっと見つめるノエルは、目の端でソファの息遣いが落ち着いていくのを感じ取る。


「泣き疲れた?」


ノエルがそっと囁くと、ソファは顔を少し上げた。


涙で濡れた頬が月明かりに照らされ、光を反射して微かに輝いていた。


彼女は涙の跡を拭うでもなく、疲れ切った目で頷いた。



「……ごめんなさい、取り乱して……」


「ほら、これ。冷めちゃったけど、ちょうど飲みやすくなったかもね」


ノエルが軽く笑いながら言うと、ソファは弱々しいながらも微かに微笑み返し

湯気が完全に消えた冷たいカップを受け取ると、両手で包むように持った。


「やっぱり冷えすぎたかな。温めようか?」


唇を近づけ、ゆっくりと一口飲み込みノエルが尋ねる。


「大丈夫、まだ温かいです」


新しい火が灯り始めていた。



静かで、決して派手ではないけれど、確かに燃え続ける強い意志の炎だった。


ソファがもつカップからは湯気がふわりと上がり、甘い香りがノエルの鼻をくすぐった。


――間違いない。この子は強くなる。


「行こっか。マウロ君だっけ?

 さっき館に入ってくの見たから。

 話、しなきゃね」


ソファは静かに頷くとノエルに促されるまま館へと足を向ける――

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