欲望の進撃、守護の砦 ➆帰還
夜の闇は深く、月明かりすら隠れる曇天の下、
本陣と思われる場所にたどり着いたハンターたちは異様な光景に立ち尽くしていた。
広場の一画――そこだけは意図的に火が放たれず、
見せしめのように槍で串刺しにされた人質やハンターたちの無残な姿があった。
広場に立つ槍は森のように無数に並び、その一本一本が赤黒い滴をまとっていた。
その下には血だまりが広がり、足を踏み入れるたび、ぬめる音が足元を支配する。
串刺しにされた者の中には、女性をかばうように背中から貫かれた者もいた。
倒れ伏した者の中にはかすかな息をしている者もいるが、
その体は痛々しいほどに傷つき血に染まり、命の灯火は消えかかっている。
「あっち!まだ息があるよ!」
「生きている子がいる!みんな、手を貸して!」
真っ先に惨状を目にしたノエルたちスプライトクインテットの面々が
まだかろうじて息のある者の元へ慌ただしく動き始めた。
「こっちは胸の傷が深い!急げ!」
「この子はまだ大丈夫。セレナ、こっちの手伝いを!」
マウロの治療から追いついたセレナに気付いたノエルが声を上げる。
セレナは地面に膝をつき傷口に手をかざすと、柔らかな光が指先から溢れ出た。
「大丈夫、大丈夫よ。もう苦しまないからね…」
セレナから流れ出す淡い光が、血の海と化した地面を照らしながら、傷口を静かに癒していく。
光に触れた皮膚がゆっくりと再生し、血の流れが止まるたび、
絶望の中に微かな希望が生まれるのが分かる。
「ノエル、こっちもひどぇ!何とかならねぇか?」
別の女性の腕に触れたイツカが声を上げる。
女性の体には無数の裂傷が走り、動かすたびに鮮血が流れ落ちる。
ノエルは震える手で魔力を込めると、彼女の傷口にそっと触れた。
「セレナほどじゃないからアタシには止血ぐらいしか……
怖くないから。ゆっくり、少しずつ……」
声に反応するように、女性の荒い息遣いが次第に落ち着き、血の流れも止まっていく。
「数が多すぎるわ……間に合うの!?」
ノエルが焦る声を上げたが、セレナは表情を変えず、次の女性に向き直る。
「間に合わせるのよ。やれることをやるだけ」
周囲では他のハンターたちも協力しながら、負傷者を次々と保護していった。
「わざととどめを刺してねぇな…」
イツカから漏れた呟きにノエルが反応する。
「わざと!?何いってんの!」
「この状況だぞ?
まだ助けられるかもしれねぇヤツがいる!
…こいつら見捨てて、追撃できんのかよ?」
周りのハンターたちも負傷者の救護に手を止めないまま会話に加わる。
「人命優先…当たり前じゃない。ノエル次そっちお願い」
「分かってる!セレナ、こっちは任せて」
「無理だな…そもそも俺たちは追撃できる数じゃねえ」
「そりゃそうだ。
ただ、ヒーラーもセレナ、ノエル入れて数人じゃキツイぜ
あ…、水!水作っててくれ!湯も頼む!」
「任せろ!あの新人の嬢ちゃんはヒーラーじゃなかったか?」
「あの子は今は無理だ!
というより、これを見せるんじゃない!」
「無理無理うるさいわね!
こっちは何とかなりそう! … 次は?」
「こっち頼む……いや…逝っちまった…」
「いいから!次!誰かいないの?」
「ノエル落ち着いて…
冷静に。できる事にだけ集中よ」
「分かってる!…分かってるけど…」
そんな必死の救出劇の中、イツカが背後の音に気付き振り返ると、
マウロとソファ、そして助け出された女性たちが近づいてきた。
広場の様子を見て察したソファが駆け出そうとするのを、イツカが力強く止めた。
「ダメだ!見なくていい!」
「デイルが…デイルがこっちにいるはずなの!」
ソファが悲痛な叫び声を上げるが、イツカの表情は険しい。
「嬢ちゃん!」
殺気を放つような彼の声は鋭く、止めようとする意思が込められていた。
「でも……!」
ソファが涙ぐんだ目でイツカを見上げるが、彼の表情は変わらない。
「大事な…仲間なんです。通してもらえませんか?」
女性に支えられ、まだおぼつかない足取りながらも
マウロはイツカを見据え意思を示すような表情でそう告げると
「俺が連れてってやる。
あんたたちはそこで待ってな。
安心していい。後の事は任せろ」
そう言ってソファにも付いてくるよう促した。
ソファが目にした広場の惨状は、地獄そのものだった。
槍に貫かれた裸の女性たちが無残に串刺しにされており、
その多くはハンターに守られながらも命を落としていた。
女性たちの無表情の顔が夜の闇に浮かび上がり、
まるで生者の世界から抜け落ちたかのように見えた。
しかし、奇跡的に生き残った数名の女性たちが、震える体を寄せ合っていた。
「……かばってくれたんです……最後まで……」
彼女たちは涙を流しながら、倒れたハンターたちの遺体にしがみついていた。
広場に横たわる一人の男。セレナが懸命に治癒魔法を施している見慣れた姿。
…デイルだった。
「間に合って……お願い、間に合って!」
「……デイル……?」
低い声で呼びかけたのは、マウロだった。
それがデイルだと気付いたマウロは思わずその場に膝をついた。
マウロは何も言わず、デイルの冷たくなりつつある手をぎゅっと握り締めた。
その手は力を失いかけているものの、かすかに力が返ってきた。
デイルの体は背中から槍で貫かれ、衣服は血で染まりきっていた。
だが、かすかに動く彼の唇が、まだ命の残り火を灯していることを示していた。
マウロの声に反応し、ソファがすぐに駆け寄る。
「デイル!デイル、聞こえる?私よ、ソファよ!」
彼女の声に応えるように、デイルの瞼がわずかに動いた。
「無理しないで……すぐに楽になるから」
ソファの手がデイルの胸元に触れると、光が彼の体を包み始めた。
…だが彼の傷は深すぎた。
「……遅い……か……」
かすれた声が漏れる。
「遅くなんかない!諦めないで!」
震える声でソファは叫ぶように祈り続けたが、
その声はデイルに届いているのかどうかさえ分からない。
彼の苦痛をどうすることもできない自分に胸を締め付けられ、滲む涙を必死に拭おうとする。
だが、こぼれ落ちる涙は次々と頬を伝い、止めることができなかった。
デイルの視線が揺らぎながらも二人を捉え、その唇が動き、か細い声が絞り出される。
「………生きろ……ソファを……頼む……」
それが、デイルの最後の言葉だった。
その言葉を聞いた瞬間、ソファの涙は堰を切ったように溢れ出し、嗚咽を堪えきれなかった。
「デイル……お願い、行かないで……!」
声を震わせ、涙で顔を濡らしながら、彼女はデイルの体を揺さぶる。
だが、彼の手からは徐々に温もりが失われていく。
マウロは何も言わず、デイルの冷たくなった手を握りしめた。
一部始終を見守ったセレナは広場の中心に視線を向けた。
串刺しにされた無数の命の灯火が消えた中でも、救えた者たちが僅かに生き残っていた。
「まだ終わってない。救えた命をしっかり連れて帰るのよ」
セレナの言葉に、ノエルも力強く頷いた。
「そうね。ここで立ち止まってる場合じゃないわ」
彼女たちは生き残った女性たちを助け起こし、帰還の準備を進めた。
一行が砦へ戻る道中、誰もが疲弊しきった様子だった。
ソファはマウロを支えながらも、一度も涙を拭うことなく、ただ目の前の道を見つめていた。
背後からは、救われた女性たちのすすり泣きだけが、静かな夜に響いていた。
だが、そこに戻ることさえ、今の彼らにとっては遠い道のりのように感じられた。
遠くに見える砦の明かりが、暗闇の中で一筋の光のように見えた。
砦に戻った一行は、見てきた惨状を報告した。
その場にいたハンターたちが一斉に立ち上がり、怒りの声を上げる。
「ムタレンを今すぐ追わなきゃダメだ!
今からなら間に合うだろ!」
「許せねぇよ!行くんだろ?」
周囲が怒号に包まれ場が混乱する中、アリアが一歩前に出た。
「皆、落ち着いて!」
その声に場が静まり返ると、アリアはイツカを振り返った。
「…ここからどうするのか、イツカ、あなたの意見を聞きたいわ」
怒りを露わにするハンターたちを前に、イツカが告げる。
「状況は把握したな?
ここでの戦は終わりだ。ここからは国と国の戦いになる。
…ここから先は俺の仕事だ。このままでは終わらせない」
そう言い切るイツカに、ハンターたちは静まり返った。
「今夜はもう休め。これ以上血を流す必要はない」
イツカの声に、ハンターたちの胸には深い喪失感と、決して揺るがない怒りが刻み込まれ誰もがこの戦争の終わりに向けて、次の一手を考えていた――。




