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精霊と歩む少女【旧バージョン】  作者: アインス
エピソード 0

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欲望の進撃、守護の砦 ⑥敵軍の撤退

月が雲に隠れた闇の中、ハンターたちは息を潜めてオロディア軍の本陣周辺に忍び込む。


遠くには、敗北を悟った兵士たちが夜陰に紛れ逃げ出している姿がちらほら見えた。


「やっぱり、戦う気なんてもうないのさ。

 ほら、あっちの連中も逃げ出してる」

ハンターの一人が小声で仲間に指摘する。


彼らは、オロディア軍の兵が次々と陣地を捨てて逃げ出している様子を冷静に観察していた。


「静かに、まだ気を抜くなよ。そろそろ奴らの本陣だ…」


別のハンターが手を上げ、周囲に警戒を促す。


本陣に近づくと、異様な光景が目に飛び込んできた。


敗残兵たちが天幕の影で、捕らえられた奴隷たちを蹂躙している。


歓声や笑い声が夜の闇に溶け込み、悲鳴とともに響く。


「くそっ、あいつら何てことを…!」

マウロが歯を食いしばり、拳を握る。


「待て、そいつを押さえてろ。

 将軍を討つために来たんだ。

 こっちの人数じゃ下手に動けば全滅だぞ!」


周りのハンターが静止するが、マウロは震える声で呟く。


「そんな…行かせてください」


数人の兵に凌辱されている少女と目が合った瞬間、

彼女の絶望に満ちた瞳がマウロの心を貫いた。


涙で濡れたその瞳は、まるで沈みゆく船から最後の救いを求めるようだった。


「くそっ…!」


マウロは制止を振り切り、影のように飛び出した。


「馬鹿!戻れ!」


デイルが追いかけようとするが、他のハンターたちに押さえられる。


「あいつはほっとけ!大将やってすぐ戻ればいい!」


そう言い聞かせるハンターの言葉に、

デイルも歯ぎしりしながら頷くしかなかった。


「ふん、馬鹿どもがここまで来たようだな。

 …だが、私には関係ない。」


将軍は冷笑を浮かべ、天幕の外を見やる。


その瞬間、ハンターたちが天幕に突入した。


先頭のハンターが無言で剣を構え、突き刺そうとするが


「まあ待て」


ムタレン将軍は、隣にいた若い女を抱き寄せ、自らの盾とした。


「来る道中の村で見つけた娘でな

 可愛がっておったところよ…この娘ごと切るかね?」


「切らないで…お願い…たすけて…」

裸の少女は涙に濡れた目をこちらに向け懇願する。


「さっきもそうだが…実に良い声で鳴くよのう…手出しができまい?

 だが致し方ないのう…引き上げるとするかね。」


少女を盾にし、ハンター達に囲まれたまま

ムタレン将軍は悠然と天幕の外へ出ていく。


釣られて天幕の外に出たハンター達はさらに驚愕の光景を目にした。


捕らえた奴隷を盾のように立たせ、兵士たちが下卑た笑いを浮かべながら

こちらを取り囲んでいた。


「何だと…!こんなに…お前ら正気か!」


ハンターたちは叫ぶが、武器を構えたまま動けなくなっている。


「どうだ?絶景であろう?

 美しい娘でなければ我が兵どもは満足せんからのう」


ムタレンは嘲笑を浮かべ、周囲の兵士たちに命じる。


「下がれ!退却だ!…この者どもを始末せい」


取り囲んだハンター達に向け兵士たちが人質を突き飛ばす。


慌ててそれを受け止めるハンターたち。


人質だった女性の肩越しに見たものは、背を向け撤退するオロディア軍の姿…ではなかった。


取り囲んだ兵からこちらへ向け振り落とされる槍衾…


容赦なく人質ごと槍で貫かれ、それを見届けた将軍は高笑いと共に戦場を去った。



――――――――――――――――――――――――――



歓声と笑い声の絶えない砦に、見張りのハンターが駆けてきた。


「大変だ!見張りのヤツらが…!」


「なんだよ?見張りに飽きて大将首でも狙いに行ったってのか?」

「引き上げてくれりゃあ勝ちなのに良くやるねぇ」

「そのうち『獲ったど~』とか言いながら戻ってくるだろ」


話を聞いたハンターたちは笑いながら口々に言い合う。


「その通りで、俺たちも煽ってたんだが…

 向こうの本陣に火が出たまんま誰も戻って来ないんだ…」

「なんですって!?」


それまで笑って話を聞いていたアリアが叫び声をあげる


「しょうがねぇなぁ、酔っ払い以外で何人か動けるヤツいねぇか?」

話を聞いていたハンターたちも真面目な顔で動き出す。


「あたし、行ってもいいですか?」

ソファが手を上げ志願する。


「嬢ちゃんか…丁度いいかもな…

 連れの2人もあっちに行ってんだ」


「そんな…行かせてください!」


「ソファちゃん行くならアタシたちも付いてくよ~」


ノエルの一言に話を聞いていたスプライトクインテットの面々も立ち上がる。


「お仕置きしないとねぇ。

 その前に怪我してるコもいそうだし、付いてくわぁ」

「前衛がいねぇな…俺と…残りの見張り付いてきな」


セレナとイツカが立ち上がり、報告に来ていたハンターに声を掛ける。


「分かった。すぐ戻って表で待ってるよ」

「連れて帰ってきたらギルドの掃除はあいつらだな」

「この砦の片付けもだろ」

「気ぃつけてなー」


慌てて引き返す見張りに居残りのハンターたちと用意を始めるソファたち。


「さっさと行って、あいつらネタに飲みなおしだな」


ハンターたちを見回しイツカはそう告げると、オロディア軍の本陣へ向け駆けだした。



―――――――――――――――――――――――――――



「どうしてこんな事になってるんですか!?それにこの臭い…」

思わず目を背けながらソファが叫ぶ。


駆け付けたオロディア軍の本陣では天幕や物資など至る所から炎が上がっている。


「後ろからの追撃を警戒してんだろ

 …にしても燃やしすぎだろ…」


「どうするの?火ならアタシたちで消すけど?」


「とりあえず怪我人探す?生き残りがいるかもだし…」


炎の前で話すソファたちに向けてイツカが声をかける。


「こりゃあマズいな…

 嬢ちゃん。悪いんだけどよ…ここで待っててくれねえか?」

「どうしてですか?炎なら私でも何とか消せると思います…」


振り返るとイツカを含めたベテランハンター達の険しい表情に言葉を失う。


「嬢ちゃん。これはな、人が燃える臭いだ」

「…っ」


「アタシたちなら大丈夫。ソファちゃんは見ない方がいい」

「ちゃんと探してくるから…ひょっとしたら火が出て諦めてるかも知れないし…」


イツカの言葉にノエルとセレナが優しい言葉をかける。


「…大丈夫です…私も連れて行ってください…」

涙声になりながらも何とか声を絞り出すソファ。


「…そう…か。行くぞ。

 ノエル。悪いが確認できたところから消火頼めるか?

 人が燃えてる所は…そのままにしてくれ」

「…了解よ。」


――焼け焦げる臭いが立ち上る中、火に呑まれたソレは、絶望的なまでに人の形を留めていた。


「どうして…こんな…」

ソファは、その光景に足を止めた。


目の前で燃え上がる人影――かつて人だったものの姿は、

炎の揺らめきに紛れ立ち上る黒煙が夜空を汚し、焦げた肉と油の生臭い臭気が鼻をつく。


思わず手で顔を覆ったが、臭いは容赦なく肺まで染み込む。


「…兵士もいるが…燃やされてるのはほとんど女だな…」

「そんな…なんで……こんなことをするの……?」


問いかける声は誰に向けたものかも分からない。怒りとも恐怖ともつかない、

込み上げる感情が胸を支配する。


「……こんなの、人がすることじゃない……」


目を逸らそうとするが、焼け落ちていく残骸の光景が脳裏に刻み込まれるようだった。


後ろから誰かが肩に手を置く。

振り返った瞬間、その手の温かさに現実へ引き戻されるようだった。


「……救えるものは、まだあるはずだよね」

セレナはソファに言い聞かせるように呟き、歩みを進めた。


「…けて。誰か…」

一瞬聞き逃しそうになるほど弱々しい声が聞こえた。


耳を澄ませば、燃え盛る火の音に混じって切羽詰まった叫びが確かに届いてくる。


「お願い……誰か……っ!」

短い間隔で漏れるその言葉は、絶望の中でもわずかな希望を掴もうとする魂の叫びそのものだった。


「人の声……!まだ……生きてる……!」


燃え盛る炎を掻き分けるように、ソファが声のする方向へ駆けつけると、

目の前に広がった光景は息を呑むものだった。


火に囲まれた数人の女性が、怯えた目で炎の外を見つめ、震える体を寄せ合っていた。


その中心には…血まみれで倒れ込んでいるマウロの姿があった。


「マウロ!」


倒れた彼の周囲には数人のオロディア軍兵士の遺体が転がっていた。


彼らの体には深い傷が刻まれ、マウロが全力で戦った証を物語っている。


「こ、この方が……私たちを……助けてくれました……兵士たちが、私たちを……!」

一番近くにいた女性が震えながら助けを求め叫んできた。


薄汚れた布で身を隠すその目には恐怖と感謝が入り混じった感情が浮かんでいる。


周囲の火の勢いはさらに増し、女性たちの避難も急がねばならない。


ソファが周囲を見渡しながら指示を出そうとしたその時、背後から柔らかな声が聞こえた。


「よく頑張ったわね……もう大丈夫だから」


振り返ると、セレナが静かに近づき囲まれた火の中に事も無げに入って行った。


「…痛むでしょう?でも、もう何も心配しなくていいわ」


いつもの軽い口調ではなく、優しい響きを含んだ真剣な声だった。


セレナは膝をつき、マウロの傷にそっと手をかざすと

彼女の指先から淡い光が溢れ出し、マウロの傷口を静かに包み込む。


「こんな無茶して。でも、無駄にはならなかったわよ」


治癒魔法が進むにつれて、マウロの体から流れていた血が止まり、

ひどい損傷を負った肌が徐々に修復されていく。


セレナの声は落ち着いており、そこにいる全員を包み込むような温かさがあった。


彼女の光がマウロを完全に包み込み、最後にセレナが額にそっと口づけた。


「次は…、あなたたちね」


セレナは救われた女性たちを見つめ、微笑みながら立ち上がる。


「みんな、このコが助けてくれたことを忘れないでね」


その言葉に、女性たちは涙を流しながら何度も頷き、

マウロを取り囲むように手を合わせて感謝の意を示した。


「ソファちゃん、あの子達に着せてあげて」


振り返ると、いつの間にか周囲の炎は消え去り、

どこから取り出したのか衣類を持ったノエルが声を掛けてきた。


「…っは、はい」


差し出された服を女性たちに配り、感謝の言葉を受けながらも

彼女たちの受けた仕打ちを思うと涙が自然と零れる。


「…ソファ?

 ……助けに来てくれたのか……?」

ようやく意識を取り戻したマウロは、かすれた声でそう言うと、苦笑を浮かべた。


「悪いな、俺、少し無茶をしすぎたかもな……」


ソファは言葉も出せず、ただ震える手でマウロの肩に触れた。


彼がまだ生きている、目の前で息をしているという安堵感が、涙とともに溢れ出る。


「このバカ!本当にバカなんだから……!」


泣き笑いのような声を上げた次の瞬間、

ソファはマウロの肩を掴むと、力強く抱きしめた。


「心配したんだから!勝手に出てったって聞いて、

 無茶して……本当に死んだかと思ったのよ!」


彼女の腕の中で、マウロは一瞬驚いたように体をこわばらせたが、

すぐにその温もりに身を任せた。


「……悪かった。もう無茶はしないよ」

彼の声はかすかだが、どこか照れ臭そうでもあった。


彼の背に回されたソファの腕の力強さから、彼女の本心が伝わる。


「約束よ!絶対に!」


ソファの言葉に、マウロは弱々しく笑いながら頷いた。


抱きしめたまま、ソファの胸に顔をうずめるようにして彼は一言、ぽつりと言った。


「ありがとな、助けに来てくれて……」

その言葉に、ソファはただ彼をさらに強く抱きしめることで応えた。


まだ残る炎の影が周囲で揺れる中、彼らの再会は静かにその場に温かな余韻を残していた。


「セレナ…こっちに来てくれねえか?」

「…すぐ行くわ。

 ソファちゃんたちはここで待っててね」


更に奥から戻ってきたイツカたちと、呼ばれたセレナたちが離れる。


「まだ奥にデイルたちがいるんだ…俺も連れてってくれ」

「…っ。まだ立ち上がるには早いって」

「頼む。手を貸してくれ」


その瞬間、助け出されたばかりの女性が一歩前に進み出た。


彼女は怯えた表情が残っているが、それでも自分の両手を差し出して言った。


「手を貸させてください……助けてくれた恩人なんですもの」


マウロは一瞬、驚いたように女性を見上げたが、すぐにソファと彼女に小さく頷いた。


「じゃあ……頼む」

ソファがマウロの右手を取り、女性が左手を取ると、二人は同時に力を込めた。


「せーの!」

掛け声とともに、マウロは痛む足を引きずりながら、ゆっくりと体を起こした。


「ふたりとも……悪いな。本当に」

申し訳なさそうに言うマウロに、ソファは怒ったような声で応えた。


「こんな状況で謝るなんておかしいでしょ!無事でよかったのよ。それで十分!」

隣で頷く女性も小さく笑みを浮かべながら言った。


「そうです。助けていただいたのは私たちですから…

 …今度は私たちが支える番です」


マウロは二人に支えられながら、歩き出す。


足取りはまだ不安定だが、燃え盛る炎の奥へ、ゆっくりとイツカたちの後を追った。


その先がどうなっているかも知らないまま――

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