台本通りの幕切れ
くっ、今回ちょっと短い..
でも早めに更新したから無罪です無罪。
でも次から水曜日更新になります。
ジルは少し戯けて言った。
「よろしく、アリス。」
その時、ノック音が四回。シュガーか。
「入って」
マホガニーの扉を開けて入ってきたシュガーは客人に恭しく一礼し僕を見た。
「お取り込み中のところ失礼致します。丁度、フィナンシェが焼き上がったので温かいうちにぜひお召し上がりください。」
その言葉に僕は苦笑する。ちなみにシュガーは割とがっしりとした大男であり、僕よりも余程「こちら側の人間」らしい。なんでも焼き菓子がマイブームと聞いたが。フィナンシェ、フィナンシェか...。
「ナッツ入れた?」
香ばしいバターの匂いが食欲を刺激する。ナッツの入ったフィナンシェは口の中を転がる硬い食感が楽しい。
「いえ、今回は蜂蜜を入れてみました。」
壁際のゼンマイ式時計は10時に差し掛かったあたりだ。
もうそんな時間か。まだ熱いフィナンシェは軽く歯を当てると甘い湯気を吐き出した。バターの心地よい塩気と上品な甘みが贅沢な余韻となる。
「もし時間が許すなら君の分の昼食も用意させるけど。一緒にランチはどうかな?」
ジルは少し考える素振りをして目線を下に落とした。
「それは嬉しいお誘いなんだが、残念なことに、腹を空かせた子猫に飯を食わせないといけなくてね。」
「そっか。じゃあまた明日も来てよ。今度はもっといい服でね。」
一瞬、ジルが僕を見た。僕はなるべくいつもの笑みを浮かべられるように努めた。
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それからしばらくして、僕は執務室の椅子に腰掛けていた。シュガーが紅茶を入れ直している。あの後、ジルととりとめのない話をした。話の内容はあまりよく覚えていない。ある人に相談された頭痛の話だとか、街の流行病の話だとか、そういうものばかりだった。
「どうぞ」
差し出されたカップを軽く揺らしてみる。琥珀色の液体は光に当たって刹那の宝石のようだ。陽は天頂を通過してジリジリと角度をつけている。
「彼の素性をもう一度洗っておいて。出てこないならそれでもいい。」
嘘つきは嫌いじゃない。上手な嘘つきなら尚更。
「富裕階層か...それともさらに上かな?」
「承知いたしました。ですがボス、何故そのようにご考えなさったのですか」
おや、シュガーは気づかなかったか。割と透けて見えたのにな。
「東の辺境ならともかく、東洋の顔立ちはこの辺じゃ見かけない。裏を返せば、見かけたら記憶に残りやすいってことだよ。」
靴磨きとなれば仕事上人と対面するのは避けられない。かといって話し方に訛りもなかったし靴底のすり減り方もごく普通のものだった。つまり、わざわざ遠くから来たわけではない。それに...
「最下層の靴磨きにしては外見が綺麗すぎるよね。彼は嘘を纏って来た訳だ。」
彼の手は白すぎた。あるはずの靴墨の汚れがない。爪と皮膚の間にも煤けた汚れはなかった。それは不自然なほどに。そして服には煙草の匂いがついているのに、ギルの吐息にはその独特のねっとりとした焦げ臭さがない。恐らく煙草を吸ったことは一度もないのだろう。まったく健全なことだ。
「もしかしたら試されているのかな?ふふっ面白いね。すごくいい。」
僕は勢いをつけて立ち上がる。それに合わせてなびく紅色のリボン。僕は大股でシュガーに歩み寄った。青緑の瞳が僕を見据える。どうしても背丈がちょっと足りなくて僕が見上げる構図になってしまうけど。
「それじゃあ、そろそろ行こうか。」
空はやや赤みを帯びて揺蕩う雲を抱えている。もうじき、僕たちの時間がやってくる。
「ネズミが罠にかかったって?」
「フィナンシェが焼けましたので」
「ナッツ入れた?」
「いえ、今回は蜂蜜を」




