2,闇の中に救いを見る、あるいは光の中に嘘を見よ。
お待たせしました(たぶん誰も待ってない)
できれば週一で更新したい..!
やってきた男はいかにも下級労働者といった様相だった。襤褸に染み付いた安酒と煙草の臭いが鼻をつく。
職業柄よく嗅ぐ臭いであり、そう嫌悪感はないが好き好んで嗅ごうとは思わない。
「やぁ、わざわざ悪いね。」
僕は指先でペーパーナイフを弄びながらチラリと視線を寄越した。
癖のある黒い短髪と、細められた青い瞳が友好的な雰囲気を醸し出している。付着した黒煤のせいで良く見えないが、恐らく東方世界の顔立ちであろうか。
悠然とした微笑を滲ませてその男は言った。
「親友の大事となれば駆けつけるのは当然だろう?」
僕は確かに、燃え盛る期待が踏みつけられたようにくすぶる音を聞いた。
ああ、こいつもか。
また、同じだ。
記憶を失った僕の前に現れる「親友」を自称する者ども。彼らは誰もが、過去を適当にでっち上げ、僕の財産や権力、あるいは命を奪おうとする。
僕はため息を噛み殺しながらそれでも笑顔を作った。
「ごめん、中々記憶が戻らなくてさ。君は普段何をしてるの?」
碧色の瞳が心配そうに、あるいは蛇のように僕を見た。
「普段はしがない靴磨きさ。それでも君は俺を気にかけてくれたけど。」
「ふぅん、そうだったんだ。」
粗い麻の袖口から飛び出た手の甲は、骨ばって静脈が青い透かし模様を刻んでいる。
僕はそれを見やって僅かに目を細めた。
「それで」
僕は十分に沈黙を含ませて尋ねた。
「初めまして偽物さん?まずは名を聞こうか。」
遅れてペーパーナイフが床を跳ねる音。僕は非情にもその黒髪に銃口を突きつけていた。
僕がナイフを放り投げて引き金に手をかけるまで一秒もかかっていない。そして、彼の行動がもう一コンマでも遅ければ僕は迷いなく引き金を引いただろう。
僕は、目の前の男が何をやったのか理解できなかった。
彼は、僕を見て確かに笑った。
「ああ、記憶はなくても人殺しの腕は落ちてないみたいな。昔と変わらない。」
男は舞台の上の役者の如く笑う。それは挑発ではなく、時間稼ぎでもなく、ただ純粋な喜びから発せられた。僕は久々の感情に震えた。やっているのは僕なのに、自分の頭に銃口を突きつけられているような緊張感。
その元凶は沈黙を答として肩をすくめて見せる。
「...嘘だよ。君の友達は俺じゃない。」
依然として微笑を湛えたまま。冷めた思考回路が叩き出す回答はいたってシンプルである。
「遺言はそれでいい?」
僕は銃のグリップを握る手のひらに力を込めた。
今まさに生死の命運を握られんとしているのに、彼は親しげに微笑む。
「遺言にしては随分と安上がりだとは思わないのかい?俺はそこらの屑みたいに殺されに来た訳じゃない。我儘なお客様にもっと上質の嘘を売りに来たんだ。」
「へぇ?君はどんな話をしてくれるの?」
この奇妙な均衡が会話を成立させているその応接間。何もかもが僕たちに気を使うように無音で寄り添いあっていた。
「俺は君の親友から伝言を預かってる。...今教えてもいいけれどそれじゃあ、君はすぐに俺を撃ってしまうだろう?」
男はそこまで言って、僕を挑発するように首を傾げる。僕は一呼吸おいてジロリと男を見た。
「何がお望み?」
「俺を君の側に置きなよ。君の退屈を俺が塗り替えて見せる。」
その時、僕は心を浸す感情に初めて気付いた。僕は今、この狂気的な提案にわくわくしている。
「……いいよ。気に入った」
僕はゆっくりと引き金から指を離し、ふわりと男の隣に座り込んだ。
「君、名前は?」
彼はその名を告げた。
「君を僕の『新しい親友』にしてあげる。偽物として、完璧に僕を騙し続けてよ。もし退屈させたら、その瞬間に君の頭に花を咲かせてあげるから。僕はアリス。よろしくね、ジル。」
ジルは驚いたように目を瞬かせ、そして何事もなかったように微笑んだ。




