10,いわゆる腐れ縁
時刻は夕暮れ。夕焼けのほとぼりに映えた宵空が、無造作に置かれた植木鉢の影をくっきり浮き出している。僕は石畳を下っていく長身の影を、それがやがて見えなくなるまで眺めていた。やがてぽつりと鳴った遠雷が空気を震わせると、僕はようやく引き返した。足音は先程まで賑やかであった応接間を通り過ぎ、いくつか扉を越した後、一つの扉の前で止まった。ごく一般的に、茶会に主人が嫌いなものを出すのはありえない。しかしそれは決められた合図なのだから。大きなため息を一つ飲み込むと僕はノックもせずにドアを押し開けた。
最初に目に入ったのは、イタチの様な人であった。
シャープな体つきに、小さめの顔立ち。スッとした美しい鼻筋とは対照的に、その細く鋭い目つきは、獲物のすべてを見透かすような冷徹さを秘めている。年季の入った革のジャケットは持ち主の尊大さを受け継いでばさりと広がっていた。
「やぁログ。来てたの。何か御用?」
長椅子ににぞんざいに腰掛けたひとは、僕に気づいて首を動かした。煤けた白髪の間から覗く柑子色の瞳は僕を見ているようで視ていない。
「その顔はなんだぁ?わざわざこの俺が来てやったというのに随分と不満げじゃあないか。唯一の取り柄も台無しッてワケだ。」
よく通る中性的な声は僕の身体にベッタリと張り付いて思わず身震いさせる。僕は無理やり笑顔を貼り付けて言った。
「ご用件は?」
短く、端的に。会話の語数さえも惜しむように。
ログは粗雑に結えられた髪先をくるくると弄びながら、ちらりと僕を見た。口の端から八重歯が光る。
「まぁな。手前の様子を見に来てやったのと...それと、単にセールスだな。お得意さんにはお安くしとくぜ?」
ログ・アプリコット。
僕と同じ世界の住人であり、僕が懇意にしている武器商人である。腕は確かだが、「天は二物を与えない」というのは本当らしい。大変性格に難がある。そして、これはとてもとても残念なことに、記憶を失った僕を初めて発見した人物でもある。倒れていた僕を保護したのは、ログの証言によるとそこは.....いや、やめておこう。信憑性に欠ける。
足をすっぽり覆うカーゴパンツには、異様なほど多くのポケットが縫い付けられていた。その一つ一つに何が仕込まれているのか、僕は知らない。小型の銃器か、特殊な爆薬か、あるいはもっと致命的な「玩具」か。
僕は対面の椅子に浅く座った。右手をそっと上げると、壁際でひっそりと控えていたシュガーが一礼し退室していった。日は長く傾いて情熱的に光を注いでいる。ログは扉が閉まる音を背後に柔らかく立ち上がるとゆっくりと歩き出した。行先の定まらない、「歩くこと」を目的とするような動き方で。僕は表情を変えないようにしながら視線だけは水平にその影を追った。
「お前もなぁ。まぁた例の『お友達ごっこ』か?すっかり平和ボケしちまって。ガキみたいにしょうもなくはしゃいで...幸せの青い鳥でも探しにいくのか?」
ログの身体が日差しを遮って黒い影が僕を覆った。薄らと骨が浮き出た首にかけられたトパーズのペンダントが、煌びやかに光っている。何も言わない僕の顎に手を添えてくい、と上を向かせた。色の違う瞳がかち合った。宝石と同じ色の目が楽しそうに嗤っている。
僕の耳元に顔を寄せて囁くようにその人は言った。
「くだらない。実にくだらないなぁ?手前の生き方はそんなんじゃなかったろ。」
ログが僕をからかっているつもりであることを僕は十分に理解していた。していたが、身体は予想よりも迅速に、そして的確に応えた。
「悪いんだけど、ログ。僕のことにそれ以上踏み込まないでくれるかな。」
僕は冷たい銃口をログの胸元にとん、と押し当てた。ほんの軽い力で。だが引き金には指が添えられていた。いつでもそこを打ち抜けることを示すために。煮えたぎる鉄を無理に押し固めたようなような激情が、時折僕の頭を叩いた。それらに名前をつけるようなことはしない。ただそっと蓋をして僕はにこりと笑って見せた。
対面の人間はわずかに目を見開いた後、やや間があって一歩後ろに引いた。両手を耳上まで上げて、やれやれというふうに眉尻を下げる。
「冗談に決まッてンだろ。誰も刃向かおうなんて思わんさ。」
僕は銃口を下げて子供のように嗤った。
「うん。知ってる。」
全く、油断するとすぐこれだ。しかも懲りない。それに目を瞑れば抜きん出た才を持つ女性なんだが。
ログ、最初男にしようか迷ったんですが、この口調で女だったら良くね?と思い変更。彼・彼女を使わずに文章書くのすごい難しかった。苦戦した。




