あるダイニングバーにて、《1》 倉下 寧々 《くらした ねね》 (29)
明日から、私は三十路と呼ばれる様になる。
非常につまらない事だと分かってはいる。
しかし、悩みというのは大抵はこういうもので。
私、倉下 寧々は普通に就職し、普通のアパートに暮らし、普通に独身。だが
....時には普通とは違うものに浸りたい。
今日の様な悶々とした日は特に。
そこで、いつかに見かけたバーに足を運ぶことにした。
西洋風の扉を開けると、カランコロンと音がする。
「いらっしゃいませ」
この店のマスターであろう人が出迎えてくれる。
穏やかで、聴いてると心が安らぐ様な声。
ピシッと決めた黒いベスト。
そして変な髪型。
なかなか雰囲気のあるお店だな。髪型以外は。
....バーってみんなこうなのかな?
とりあえず適当な席に座り、それらしいお酒を頼む。
なんとなしに周りを見渡すと別の客が二人いた。
両方とも女性で、一人はチビチビと酒を呑みながら物思いに耽る様子で、もう一人はさっきのマスターと楽しそうに会話をしている。
あっ、こっち見た。私の方に指差して何か言ってる。
すると、さっきまであの女の人と話していたバーテンダー(もうマスターって呼ぶ)がこちらへ歩いてくる。
「あちらのお客様からです。」
!?っ 29年間生きていて初めて言われた、ど定番の台詞に目を丸くする。
「い、いえ結構です」
慌てて断る。
すると、さっきの女性がいつのまにか隣にまで来ていた。
「そちら、私の奢りですわ」
そう言って、上品に微笑む。
「ここには、あまり人が来られませんの」
そう言われ、マスターは「その通りだよ」といった表情で返す。
「なので、貴方の様な新しいお客様は是非とも常連にしたいの、だから遠慮しないで」
上品な言葉使いでなんて下品なことを言うのだろう。
だが、何故だか悪い気はしない。
「まぁそう言うことなら...」
契約に近い乾杯を交わす。普通とは少し外れた生活が始まる音がした。 「カランッ」
ちなみに、寧々の誕生日は彼女の妹達によって祝われたそうです。
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