4.0:宝探しのラジオボーイ
スグルの趣味は、ラジオを聴くことだった。
クリスマスプレゼントにも誕生日にもラジオを頼む、そんな変わった子だと、両親は親戚に語っていた。
———誰に似たのかしら?
———さあ、見当もつかないわ。
———まあね、子供と親はさ、血縁で繋がっていても、やっぱり他人でしょ? 同一人物じゃないんだから、完璧に理解するなんて絶対不可能だもんね。
———好み苦手も得意不得意も、びっくりするくらい私たちと違うの。まあ、それはそれで、見ていてすごく面白いんだけど。
ラジオをバラバラに分解して、直せなくなっても、泣き言一つ漏らさずにただもう一回挑戦する。機械工学の本をベッドに持ち込んで、パラパラとめくっている。家に置いてあるピアノに興味を示したと思ったら、夜でもないのに消音機能を用いて、ヘッドフォンをつけてずっと弾いている。それはラジオの音楽番組で聴いて気に入った曲で、誰に聞かせるでもなくただ弾き続ける。
変な子だ、と言われるのには慣れっこだった。
それが悪いことだとは思わなかったから、別に気にはしなかった。
両親も、スグルに『普通』になれと脅かしたりはしなかったので気楽なものだった。
まあ、一回ぐらいは母に聞いてみたことがあると思う。
ぼく、もっと『普通』にしたほうがいい?
母は首を傾げた。
うーん……普通って、なんだろうね?
なんだと思う? と、逆に質問で返されて、スグルは困った。普通は普通だ、と言ったら、だからその定義が聞きたいんだけど、と返される。定義とかないけどなんとなくふわふわした感じの普通、となおも食い下がると、じゃあなんとなくふわふわしてるものなんだから、目標にするのには向いてないんじゃない? と母は言った。
だって、ゴールって明確にするものでしょ。テストで百点取るとか。ピアノの曲を一回も間違えずに弾けるようになるとか。友達百人作るとか。そういう感じのやつ。
そっか、とスグルは思った。
あんまり気にしなくていいんだな。どうせ定義が曖昧なやつのことなんて。
そういうわけで、スグルは自分が不登校になったときも、何も気にしなかった。
……たぶん。
気にしていない、はず。
そう思う。
夕暮れ頃に、ラジオをいじっていた。
窓辺に置いた木の椅子に腰掛けている。ラジオの音量は限りなく小さくして、ピッタリと耳をつける。ひんやりした金属の温度が、スグルの肌に触れて少しずつあったまっていくのを感じる。
チャンネルは狙ってつけるのではなく、行き当たりばったりで適当に合わせることに決めていた。
スグルは、くるくるとダイヤルを回していく。
ゆっくり、ゆっくりと回せば、ザザザァ……という砂嵐の音が次第に薄まりどこか透明感を増し、やがては人の声やら音楽やらが聞こえてくる。
行きすぎるとまた砂嵐に戻るので、調整は慎重に。
力加減のコツは彼の指が覚えている。
『———それでは、宝探しの情報です! ヘイヘイヘイ、レッツ・ゴー・トレジャーハンティング! 硝子坂町にお住まいの皆さん! このチャンネルは一度変えると二度と辿り着けないのでご注意を!』
あれ?
なんだこれ。
びっくりした拍子に指がダイヤルをぐいっと押しそうになって、慌ててそれを放した。思わずまじまじとラジオを見つめる。
なんなんだこれは……本当になんだこれ?
ラジオって、こんなデタラメな放送をしていいものだっけ?
理性的な脳みそが、『こんなことってありえないよね。うんうん、疲れすぎて幻聴でも聞こえたんだと思って、おとなしくラジオの電源切って寝ちゃおうぜ!』などと語っているそばで、『でも……デタラメって世の中にいっぱいあるよ? ほら、空飛ぶ魚とか、泳ぐ鳥とか、温度が変わるだけで固体になったり液体になったり気体になったりする物質たちとか……』などと夢見がちな脳みそがのたまっている。
……さてはどっちもあまり理性的とは言えないな?
意味のわからない事態に行き当たって、どうすればいいのかわからなくなっている。
さもありなん。
突発的な変化。
臨機応変な対応。
それらは、スグルが最も苦手とするものだった。
しかし現実は待ってくれない。いつもそうだ。だから置いていかれる。それが嫌で嫌でたまらなくて、容赦のない決まり事や人間たちがいる場所からスグルは逃げた。
そうこうしている間にも、ラジオ番組の司会者が、ノリノリでリスナーへ呼びかけている。
『部屋着の人は、さっさと着替えちゃってくださいね! お財布があれば、できれば二千円くらい入れといて! さあさあ、家の外に出かける準備ですよ〜!』
どうすればいいんだろう。自分で考えるだけでは、まるでわからない。
けれど。
待ってくれないなりに、具体的な指示を出してくれたのは助かった。
居ても立ってもいられなくなって、スグルはついに立ち上がった。
ラジオをそばに置き、ダボダボの象柄の部屋着を脱いで、チェック柄の他所行き用の服を身につける。ポケットには、数年前に叔父に贈られた財布を、引き出しから出してそのまま突っ込んだ。
家の外に出る準備は、これで完成。
……いや、あともう一つ。
両親は勤務中だ。
どちらかが家に帰ってきたとき、スグルがいないからとパニックを起こさないように、彼は書き置きのメモを残した。
“出かけてきます。少し遅くなるかもしれません。 スグル”
少し、で済むだろうか。
ふとスグルは思った。
そして少し迷って、文字をいくつか足したり書き直したりした。
“出かけてきます。もしかすると、けっこう遅くなるかもしれません。 スグル”
タイミングよく、ラジオが鳴った。
穴に長い紐を通して首から提げているために、あまり大きな音でもないのに胸にずんと響く感覚があった。
心臓の鼓動みたいで、それは不思議に血潮を湧き立たせる。
『それじゃあ、しゅっぱーつ! トレジャーハンティング、最初の目的地はズバリ、お稲荷様の像! わっかるかなぁ〜?』
花でも咲くように陽気な声に誘われて、スグルはパッと家を飛び出した。
風が吹いている。夕暮れどきの街は、優しい湯気に包まれたお味噌汁のようで、とても穏やかなものだ。ずいぶんと久しぶりに外に出たような気持ちで、スグルは懐かしげに多くの家の屋根たちを眺めた。
この街には急な坂があって、スグルの家は高台に位置している。街全体を見下ろすような場所だから、色々なものがよく見える。
宝探し、最初の目的地はなんて言われたっけ?
お稲荷様の像。
……ああ、もちろん、知っている。ゴールを示してくれるなら、そこへ行くのはきっとあまり難しくない。
スグルは、ラジオがふっと静かになった間、緩やかにその場を駆け出した。




