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第六章:奇跡の終焉⑧

 炎の波の中で壁が建物の焼け残った骨組みが黒々とその姿を浮かび上がらせていた。瓦礫が赤い光をちらつかせながら地面に折り重なっている。その様はさながら廃墟のようで不気味さを感じさせた。

 イーシュは逃げ遅れた人がいないか確認しながら、崩れかけた建物を周っていた。まとわりついてくる空気が熱い。喉の粘膜を焼かれないようにイーシュは外套の袖口で鼻と口を覆う。

 いつ崩れてくるともしれない、瓦礫と化した建物の残骸をイーシュは慎重に調べていく。先程も、柱を失った家の梁が落下してきて、消火活動の指揮を取っていた村長が頭を負傷し、運ばれていったのを見た。

 近くから誰かの呻き声を聞いた気がして、イーシュは辺りを見回した。積み重なって倒れた家の柱の下から赤く焼け爛れた小さな人の手がのぞいていた。

「大丈夫ですか!」

 イーシュは轟々と炎を上げる建物へと駆け寄り、柱の木材を押し上げようとした。焼けて炭になり始めているとはいえ、成長途中の少年が動かすにはそれは重過ぎた。べろりと手のひらの皮膚が剥ける。

 小さく切れば動かすことができるかもしれないと、イーシュは思った。何かを切るにはお誂え向きの力が自分にはある。問題は自分がそれを一人で制御しきれるかどうかだった。

 しかし、迷っているだけの余裕はない。イーシュ一人でもどうにか力を使いこなすしかなかった。失敗して力を暴走させてしまったらだとか、間違って下にいる人ごと切ってしまったらなどと躊躇してはいられなかった。

 イーシュは目を閉じ、腹に力を込めた。意識を集中させ、鋼でできた花を思い描く。幸い、先程のロイゼン山での感覚はまだ覚えている。

 体の中を背骨に沿ってせり上がってくる力の感覚を右腕へと誘導する。イーシュは琥珀色に光る目を見開くと、わずかに力を解放し、指先に鈍色の花を咲かせた。

 イーシュは、鋼の花びらを太い木材にあてがい、慎重に切っていく。

 額に汗が滲んだ。集中力が途切れれば、切ってはいけないものまで切ってしまいそうだった。

 気道を焼かれたのか、喉がひどく痛かった。しかし、イーシュは手を動かすことをやめない。煙にやられて目も痛かった。しかし、今はそんな些事に構ってはいられない。

 木材を小さく切り終え、イーシュは解放していた力を自らの中へ収めた。双眸が元の焦茶色へと戻っていく。

 能力の行使で疲弊した体を叱咤し、気力でイーシュが木材をどけていくと、下敷きになっていた五歳ほどの幼い少年が姿を現した。確か、雑貨屋の息子で、名をルトといったはずだった。

 イーシュはルトの腕を掴んで建物の下から引っ張り出した。すると、その直後、イーシュが木材をどけたことで支えを失った瓦礫が雪崩れ落ちてきた。イーシュはルトの小さな身体を間一髪のところでまだ火の手が及んでいない方へと突き飛ばす。それと同時にイーシュの体の上に瓦礫が降り注いだ。

 逃げ遅れ、瓦礫の下敷きとなったイーシュを炎の波が包む。瞬く間にコートの裾へと炎が燃え移ってきていた。

 イーシュはげほげほと激しく咳き込む。火傷を負った手のひらにわずかな量の赤い飛沫が散った。リスルの前では、どうしても格好をつけたくて、強がっていたが、いい加減身体が限界だった。走って逃げようにも、身体がに力が入らず、自分の上に重くのしかかる瓦礫の山をどけようにもびくともしない。もう、ここから逃げることはできそうになかった。

 ただ、リスルの元へ戻りたかった。彼女が自分のことを呼ぶあの声が聞きたいと思った。弟扱いには不満を感じないではないが、あの綺麗な優しい目でもう一度自分のことを見てほしいと思った。

 でも、もうそれももう叶わないかもしれないとイーシュは思った。けれど、こんな自分でも、最後にほんの少しくらいは誰かの役に立てたのなら、これも悪くないと思った。イーシュが好きなあの人なら、きっと自分の身に危険が及ぼうとも、こうしたに違いなかった。

 イーシュの身体を業火が焼いていく。たんぱく質の焼ける匂いがした。無数に負った火傷のせいで全身が痛いのか熱いのかもうわからなかった。

 リスルさんに会いたい、そう思ったのがイーシュの最後の記憶になった。


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