第15話 『心の底から』
森は夜を迎えていた。
アルタイルとヌンキの二人は別荘に着く。
一階建ての丸太造りの建物で、大きい。
ヌンキが玄関のドアに近づく。
ドアノブの上についている黒い四角く薄い箱に手をかざす。
一瞬、そこが緑色に光り、電子音が鳴る。
「これがここのカギなんだよ。結界が張ってあったんだ」
と、ヌンキが言う。
アルタイルは不思議そうに眺めた。
ドアを開け、二人は中に入る。
ヌンキは入ってすぐそばの壁についている、先ほどと同じ黒い箱に手で触れる。
すると、部屋の天井照明が点く。
中は早速、広い。切り株で作った低い大きなテーブル。それを囲うように革製のソファーが並ぶ。
ヌンキがアルタイルに説明する。
「ここは居間な。そっちの左側にキッチンとダイニング」
「すごい広いですね!」
「右奥の廊下を行けば、右側に風呂と洗面所。左にトイレ。その奥に洗濯室。更に奥は客室が6部屋ある。一番手前は俺の部屋にしてあるから。他はどこでも自由に使っていいよ」
「へー。あ、ありがとうございます」
「まあ、初めて来たし、一通り見て説明するか」
ヌンキは、まず洗濯室に案内する。
部屋の照明をまた黒い箱で点ける。
アルタイルが聞く。
「あのヌンキさん。聞いてもいいですか?」
「おっ!早速なんだ?」
「この天井にある灯りって火じゃないですよね。もしかして電気器具ってやつですか」
「え?違うよ」
「え!?違うんですか!?」
「まあ先に説明しとくか。ここにある照明は全部、聖哲体だよ」
「聖哲体!?」
「そう。聖哲体」
「……」
アルタイルは、にわかに信じられない様子でヌンキの説明を聞いた。
「ちなみに、さっきから触っている黒い箱な。これで微量な魔力を伝導させて点けてるんだよ。消すときは、また手を近づけるだけで消えるようにできてる」
「この箱、魔畜装置の一種なんですか?」
「その通り。箱と照明、そのほかの機器を繋ぐ伝導体も全て聖哲体でできている」
ヌンキは説明を続ける。
「これが洗濯機な。服も結構汚れただろ?15分もあれば綺麗になるぞ」
「……これはさすがに、いいんですか?こんな機械を地上に下ろして」
「これも聖哲体だし」
「これも聖哲体!?」
「まあ。星使いの特権だな」
「凄いですね!」
「ちなみに水を汲み上げて流すのも、湯を沸かすのも、キッチンの調理機器も、ほとんど聖哲体だな」
「凄い!その聖哲体を全部ヌンキさんが作ったんですか!?」
「いや、まさか!俺、弓専門よ。作ったのは全部、天秤座のカマリだよ」
「あー、カマリさんですか」
「こういう細かい物作らせたら、あの子の右に出る者はいないよ」
聖哲体。
星使いの創造術によって生み出される、魔力の結晶体。
その形状は記憶され、使用しない間は術者の心の中にしまう事ができる。
術者の想像力と、記憶力の限り、いくつでも作れる。
術者以外の者に譲渡する事もできる。
ただし、聖哲体は創り出した本人にしか、心の中にしまう事は出来ない。
具現した聖哲体は放っておくと、やがて魔力が尽き消滅する。
形を保つには定期的に魔力を注ぎ、溜めておかなければならない。
星使いは魔力を溜める事を、魔畜と呼ぶ。
「聖哲体は心に入れた状態では魔力を消費しなくて済むんだが。こうして具現した状態では半年に一回は魔畜してやらないとな」
ヌンキは洗濯室にある大きな棚を指さす。
下から二番目の引き出しを、アルタイルに開けさせる。
中には服が畳んでしまってある。ほとんどが寝間着のようだ。
「蠍座のアンタレスや、魚座のアルレシャさんも、ここへはよく遊びに来ててな。だから女物の服も置いてあるんだよ」
「そうなんですね」
「大きさは合うか知らないけどな。後で洗濯するなら、勝手に借りても大丈夫だぞ。あの二人、そういうの気にしないから」
「え?まさかヌンキさんも着てるんですか?」
「んなわけねーだろ!!そんな趣味ねえよ!!」
ヌンキは笑いながら言った。
アルタイルも笑った。
その後、一通りの説明を終え、それぞれ洗濯や入浴を済ました。
アルタイルが料理をする。
数週間前、ヌンキがアリオン町で調達していた食料がどっさりと冷蔵庫に入っていた。
初めて使う調理機器に戸惑いながらも、楽しく作った。
ヌンキは居間で酒を飲んでいた。
食卓に料理が並ぶ。
魚介類を中心とした炒め物。
夏野菜のスープなど。他いろいろ、少しずつ作った。
「おお。うまそうだな」
と、ヌンキがぶどう酒の酒瓶を右手に、グラスを左手に持ってダイニングにやってくる。
「ヌンキさん、お酒が好きなんですね」
「おおよ。吐くまで飲むぞ」
「そんなにお酒、強くは無いんですね」
「いや、最近は吐かないけどね!君も飲む?」
「いいです。成人の儀まで待ちます」
「真面目だね!うん!……許す!!」
「ありがとうございます」
「うむ」
ヌンキは、もう酔っぱらっていた。
アルタイルも父がよく酒を飲んでいたので、この手の扱いには慣れていた。
二人は食事を始める。
ヌンキが言う。
「うん。味はどれも普通だな。不味くはない」
「率直な感想ですね」
「まあね。俺って、はっきり言う性格だからね。アルタイルも、遠慮なく言っていいよ!俺に!」
「え?なにをですか?」
「え?俺に対するー、要望?」
「要望って」
「はははっ!違うか!?」
「……要望を、言ってもいいんですか?」
「あんのかよ!ははっ!いいよ、言ってみな!どーんと!」
「えー。では、言いますね」
「おうよ」
「私を弟子にしてください」
アルタイルの真剣な表情に、ヌンキは笑顔のまま固まる。
ヌンキは少し考え、酒を飲み、返事を返す。
「え?どういう事?少し酔いさめた」
「私をヌンキさんの弓術の弟子にしてください」
「いやいや、なんで?弟子って!」
「私が弓の扱いが下手なのは、ご存知ですね?」
「まあ、下手っていうか。どうしたらそうなるのー?って感じはしたよね」
「はっきり言ってください」
「スペシャルへたくそ」
「そうです。その通り」
「いや、なんなの?このやりとり!」
「……」
ヌンキは料理を食べる。
アルタイルも食べる。
間を置いて、ヌンキがまた話す。
「弟子ってさ。つまり俺に君の師匠をやれってこと?」
「そんな、『やれ』だなんて。ただヌンキさんの強さの秘訣を少しでも学ばせて頂きたくて、頼んでます」
「それでいきなり弟子入りしちゃうの?俺、弟子を取った事なんて一度も無いよ!」
「つまり私が一番弟子という事ですね」
「君ってそんなぐいぐい来る子だったの?なんか第一印象とちがうなあ」
「私は興味や関心がある事にはぐいぐい行く事に決めてるんです!」
「……関心を持ってもらえたのは嬉しいけど、俺は他人に教えるのとか、そういうの向いてないと思うぞ。特に聖哲体って人それぞれ感覚も違うし」
ヌンキは酒を飲む。
アルタイルはその様子を眺め、言う。
「どんな些細な事でも構いません。少しでも弓を上手に使えるようになりたいんです。上達するコツを教えてください」
「なんでそこまで弓にこだわる?鷲座の星使いだからか?そんなの気にせず、自分にあった聖哲体を作ればいいんじゃないのか?」
「鷲座の星使いだから……確かにそれもあります。なんとなく、鷲座の伝統だから。それを守らないといけない気がして。けど、それだけではありません」
「……他にどんな理由が?」
「今日、アリオンの街でヌンキさんが、巨大な魔獣を弓矢で一撃で倒すのを見て、先ほど茨の魔獣の急所を一撃で射貫くのを間近で見て、確信したんです」
アルタイルはヌンキと目を合わせ、言う。
「今日、初めて私も、強い弓使いになりたいと心の底から思えたんです」
「……」
「ヌンキさんのように、いえ、師匠のようになりたいです」
「……」
ヌンキは、その晩、その件に関して何も答えなかった。
アルタイルも諦めるように、それ以上は言わなかった。
翌朝。
アルタイルは身支度を済ませ部屋を出た。
魔力はある程度、回復していた。
回復術で怪我も治した。
屋内にヌンキの姿も気配も無い。
アルタイルは玄関のドアを開け外に出る。
夜にははっきりと見えなかった木々。
無数の切り株。
視界の奥は朝もやで覆われていた。
「どこへ行くんだ?」
と、外にいたヌンキが歩み寄って話しかける。
アルタイルが答える。
「陛下の命令に従い、このまま西の古都へ行こうと思います」
ヌンキは小さくため息をつき、言う。
「西の古都アーテナインには大量の魔獣が出現していると言われている。禁域に指定されている為、住んでいる人間はいないし、結界も封印も解かれてはいないそうだ」
「……?」
「つまり魔獣は結界の内側に居て、アーテナインの外には今のところ出られないって事だ」
「そうなんですね。でもなぜ結界の中に魔獣が?」
「それは知らない。ただ奴らが外に出て暴れ回るまで、多少の時間はある訳だよ」
「……えっと、それって?」
ヌンキは自身の髪を手でかきながら、目線を反らして言う。
「教えてやるよ。弓の聖哲体」
「えっ!?」
「弟子にしてやる。あんまり昨日みたいな無茶な戦い方をされても困るしな」
「ほんとですか師匠!!」
「もう師匠って呼んでるじゃねーか」
「ありがとうございます!」
「ただし、俺は今、休暇中なんだ。俺の休みを優先させてもらうぞ」
「分かりました!」
期間は一週間。
アルタイルの修行が始まる。




