第13話 『一切無い』
眠りの洞窟。
かつて、地上に落ちた巨大隕石により訪れた、全生物絶望の時代。
人類は予期していた。
その時代を生き延びる為、人類は安全地帯を作り出していたのだ。
地上にではなく、数多く地下に作られた。
無数にある内の一つへと繋がっていたとされているのが、この眠りの洞窟である。
しかし今現在、洞窟は途中で崩落し、その地下空間には行けない。
調星機関のナゴミとグレープが地底の魔女と名乗る女性に会ったのは、崩落したまさに今現在洞窟内の一番奥。
自称、地底の魔女。
見た目の年齢は40代ぐらい。
髪は真っ白で長い。
服は黒い。
ナゴミは表情を変えず、驚いた様子もなく、聞く。
「地底の魔女?本物なの?」
「……」
魔女は何も答えず、ナゴミに視線を向け続ける。
ナゴミが話す。魔女は何も言わず黙ったまま。
「あなたが本物だとすれば、狙いは大方この、りゅう座のトゥバンでしょ?あなた星使いに喧嘩売ってるものね」
「……」
「聞いているよ。また王城に書状が届いたって。星使い連合体の組織解体と、その支配体制の破壊。更にはそれに属する全ての星使いの抹殺。以上が地底の魔女の目的なんだってね」
「……」
「随分、星使いに恨みがあるようだけど。りゅう座のこの人は私達が連れて行くの。だから邪魔しないで」
「……」
魔女は少し間を空け、口を開く。
「貴様達は何者なんだ?」
「あー、ごめん。そういえば言ってなかったね。私たちは調星機関の構成員だよ」
「……っ!!」
調星機関の名を聞いた瞬間。魔女は驚く。
ナゴミはそれを見てゆっくりと目を反らし、トゥバンの入った白い物体を見ながら、言う。
「早く行きなよ。邪魔する気が無いならさ」
「!!」
「別に見逃してあげるって訳じゃないよ。外にはあんたの宿敵、星使いが二人待ち構えているからね。せいぜいその二人に遊んでもらいな」
「……」
「私の気が変わらない間に、ね」
「……」
魔女は何も言わずゆっくりと洞窟から出ていく。
グレープはその姿を見ながらナゴミに話しかける。
「なあ、良かったのか?あいつを見逃して」
「私たちの目的は、魔女を捕まえる事でも、倒すことでもない。今のが本物っていう確証も無いし」
「でもよ、もしあいつが本物の魔女だったら」
「仮に本物でも、私たちが戦うのは違うでしょ。それは星使いの仕事だよ」
「……あいつらに任すのか?」
「そう。あの魔女は利口だった。私の勇気に当てられる前に身を引いたのは、いい判断だったよ」
「……いいのかねぇ。まあ、知らね」
ナゴミはトゥバンを覆うその白い物体を手でコンコンと叩き、言う。
「余計なお喋りはここまで、私たちの任務を始めるよ」
「爪を貸そうか?」
と、グレープが話す。
ナゴミは首を横に振る。
「さて、目を覚ましてよね、眠り姫さん」
数時間後、洞窟からナゴミとグレープは出てきた。
無言。
グレープは辺りを見渡す。
通信機で連絡を取り始めるナゴミ。
通信相手の上司の女性が画面に映る。
〚ご苦労。どうだ?〛
と、通信機から声がする。
その小型通信機を手にナゴミと上司が会話する。
「いや、だめだね。びくともしない」
〚……対話は?〛
「ピクリともしない」
〚報告にあった、白いカプセルは?〛
「破壊を試みるも、びくともしない」
〚ならカプセルごと彼女を運び出せ〛
「うん。そうするしかないんだろうけど、洞窟内の壁にめり込んでいるみたいで、私たち二人だけではどうすることもできないね」
〚応援はどうした?星使いの二人は?〛
「うん。いないね。外からの援護を頼んだんだけど。……逃げたみたい」
〚逃げた?なんでだ?説明しろ〛
ナゴミは順番に説明した。
いざとなったら逃げても良いと、自分が指示を出した事。
洞窟内に魔獣が現れ、星使いが外から攻撃しておびき出した事。
おそらくその魔獣を引き離すためにその場から逃げたであろう、という事。
自称、地底の魔女と遭遇したこと。
〚ん?……ちょっと待て。地底の魔女に会ったとはなんだ?どういうことだ?〛
「えっとね、洞窟の中に先にいたんだよ」
〚で?そいつはどうした?〛
「……いなくなった」
〚はあ?〛
「……いやその、外の星使い二人がなんとかしてくれると思って、見逃したのね」
〚……鷲座のアルタイルと射手座のヌンキの事か。で、その二人は?お前の報告では逃げたんじゃないのか?〛
「……まさか本当に逃げてるなんてね。ハハハ」
しばらく沈黙した。
グレープは寝ていた。
〚なにをやってるんだお前達は!!!!〛
上司の怒号が飛ぶ。
ナゴミは戸惑う。焦る。
グレープは寝ている。
〚地底の魔女は世界を敵に回している大悪党だぞ!!仮に偽物だとしても、その名を語る人物を見逃すなんて、ふざけているのか!!?〛
「!!!……っ!いやでもそれは星使いの仕事だし、その」
〚そんなことだから我々調星機関は舐められっぱなしなんだよ!!連合体の下部組織でもない我々が!!〛
「えっ……えーっと、でも」
〚そもそもなぜ我々が独裁政治の第三者機関なんてものに属しているのか、分かっているのか?お前は〛
「し、知っていました!」
〚あ?〛
「あ。いえよく分かってないかも……」
上司は、深いため息をつく。
通信機を持つナゴミの手は震えていた。
〚……星使いを検査する、星使い同士の争いを防ぐなんてのは建前で、本当は星使いとは別の起源を持つ超能力者を政治に介入させないための措置に過ぎない。第三者にされているというのが私たちの現状だ〛
「そうでした」
〚なんで魔女捕縛の手助けをしようとしない。星使い連合体の最重要任務だぞ?地上に降りる前に説明したよな?〛
「そうでした」
〚そうでした、じゃないだろ!!!〛
「すみませんでした!!」
調星機関。
星使い連合体を検査する為の第三者機関。
しかし、その実態は、星使い以外の超能力者、全員を地上から隔離し、地位を与え、職務を与え、連合体への反発を抑え込む事こそが最大の目的である。
支配者でもなく、民でもない。
支配体制の第三者として、何不自由なく優雅な人生を宇宙で過ごす。
彼らの家族も同等の暮らしを約束される。
ゆえに、彼らは熱心に『仕事をしない』。
それが彼らに与えられた職務でもあるのだ。
ナゴミの上司にあたる彼女はそんな現状に不満を持つ稀有な存在であった。
彼女には決して星使いに対する野心などは無い。
ただひたすらに、堕落した調星機関を正したかった。
地上を離れながらも、地に落ちた存在。
そんな肩書を払拭し、存在意義を示したかった。
彼女の目指したのは、それだけだった。
〚与えられた任務をこなすだけの人生を、私は否定はしない。現に私達は、そのお陰でこうして結構自由に生きていられる。家族もな〛
ナゴミは静かに上司のそれを聴く。
〚星使いに必要とされる、役に立つ連中、ぐらいの立ち位置が精一杯なのは分かっている。それを越えた存在になってはならないからな〛
ナゴミは聴いている。
〚私の目標はそこなんだよ。私の部下になった以上、お前達にも同じものを目指してもらう。思いっきり出しゃばって、恩着せがましくいけ。度が過ぎたなら私が責任を取る。これも前に伝えたな?〛
「……はい」
〚お前達の力は星使いの実力者達にも匹敵するんだ。落っこちている手柄なんか迷わず拾ってしまえ。我々が何故、第三者という立場にいるのかを奴らに忘れさせるな〛
グレープがいつの間にか目を覚ましていた。
上司の声を聴いていた。
グレープが問う。
「で?りゅう座のトゥバンを運ぶのに応援は寄こしてくれるんだろ?いくらなんでも俺達だけでは任務続行は不可能だぜ。ずばり猫の手も借りたいぐらいさ」
〚……あ、ああ、もちろん応援は向ける。必ず任務を遂行してくれ〛
少しその後の話をすると、りゅう座のトゥバンは無事に調星機関本部に『そのまま』の状態で運ばれる。
そして調星機関の構成員である彼女達が今後、星使いアルタイルに深く関わる事は一切無い。




