ソクラテスの弁明
休日の朝。
今日の私には珍しく用事がある。
昨夜遺棚から読む本を選ぼうとして、すべて読んでしまったことに気づいた。
カレンダーに目を向ければ、四月も終わりを迎える暦。いい頃合い。
そんなわけで今日の私は出かけなければいけないのだ。
何を着ようかしら。それよりも先に濃く淹れたコーヒーで目を覚ます。
会社に行くよりも気合をいれてメイクする。
別にデートへ行くわけじゃない。
古本屋巡りだ。
新しい誰かの思い出を買いに行こう。
そのために向かうのは全国チェーンの古本屋。
古本屋にはふたつある。ひとつは新刊書店では入手できない稀覯本がある古書店。もうひとつがそこに誰かの物語を感じられる古本屋。
私が求めるのは後者。
本の中身と本にまつわる価値を楽しみたいのではない、その本を手にした誰かの物語、そんな楽しみを味わいたいのだ。
そういう本を探すのに最適なのが、この全国チェーンの古本屋だ。
特に繁華街の大型店舗ではなく、住宅地内の小中型店舗がいい。
周囲の住民たちの生活が反映された品ぞろえ。持ち主の物語が想像しやすいのだ。
まず一店舗目。
ここは店舗から徒歩十分圏内にいくつかの学校がある。
私立大学や、その付属高校。他にも少し離れるが同じ最寄り駅を擁する大学がもうひとつある。
この店舗周辺には学生向けアパートが多く存在する。さらに今は四月。卒業し引っ越しした学生たちの置き土産がこの店舗に流れ込んできている。
まず向かうのは学術書のコーナーだ。
残念ながらほとんどの大学生は自分の学んでいる学問に深い執着があるわけじゃない。無理やり購入させられた高い専門書とはこの街から出るときにおさらばというわけ。
うん。学術書コーナーが充実している。
学生が手放す本。それらの特徴。
まずは岩波文庫のコーナー。学生が多くいる街の古本屋。そこには岩波文庫が多く並ぶ。そして単行本の各種専門分野。
特に文系の本は充実しやすい。悲しいかな文系の生徒の大半は文学、社会学、心理学、哲学に興味を持って入学するわけでも、その専門職にすすむわけでもない。
だから充実しやすい。
ほらね。
岩波文庫のコーナー。ここから一駅先の同チェーンの古本屋では棚の一列にも満たない量しかない。けれどこの店舗では四列以上を占めている。
岩波文庫は大型店舗でない限り仕入れが少ない。さらに絶版になっているものも多くある。しかし別に私は稀覯本コレクターというわけではないし、学問への興味があるわけではない。
そんな私が最初に岩波文庫コーナーで手にする本は。
プラトンの著作、ソクラテスの弁明。
岩波文庫の青背の中でも手に入りやすい本。もちろんこの棚にも並んでいる。その本を手に取る。
当たりだ。
ペラペラと捲ると、いくつかの文章にラインが引いてある。
それが数ページ先には綺麗となくなっていた。
どうやら真面目な学生ではないようだ。
もしかしたら新入生なのかもしれない。期待を持って入学。数度の講義を経て切ることに決め、この本を小遣いの足しにでもしたのかもしれない。
「くんくん」
周囲を見回して、誰もいないのを確認して鼻を本に近づけ匂いを嗅ぐ。まったく生活臭がしない。雑に引かれた線からは几帳面さは感じない。
もしもこの本の持ち主が卒業まで保有していたのなら、日焼けや折れ、生活臭がしそうなものだがそれはない。
やはりあの私立大学の一年生である可能性が高い。
私も大学時代一般教養科目でソクラテスの弁明を読んだことがあった。
他の高校出身の学生たちは高校時代に倫理の時間で学んだことがあるらしいが、私の学校は宗教学校で倫理の授業はなく、宗教学の時間だった。
つまり初プラトンだった。
感想は嫌なおっさんだなって感じ。いちいち難癖つけて会話の主導を握ってくるところなんて私の父親そっくり。
元の持ち主だった学生さんはどう思ったのだろう。
ソクラテスをこの初期段階で切っているということは哲学関連の学生ではないだろう。そもそも、とスマホを取り出して調べてみる。
うん。ふたつある大学ともに文系関係の学部はない。
教養科目として受講していたのだろう。
私も学生の頃は自分の学部に関係のない教養科目はサボりがちで、内職をしていたりもした。
今思うと学生の頃は毎日に新鮮があった。
知らないことを毎日知りえたのだ。
学生時代から何年もたって、別に意識の高い会社員でもない私は興味のないことに触手を伸ばすことはなくなった。
学生とは興味のないことでも無理やりに学ばざるをおえない。
それが今ならわかる。とても貴重な時間だったということに。
結局、私はこのソクラテスの弁明を購入して、その後も他店舗で何冊かの中古書籍を購入した。
そして帰り道、駅ナカの書店で『中学英語をわかりやすく』と書かれた本も購入した。
たまには新しいことを学んでみようと思ったのだ。
春は新しいことを始める季節。
◇◇◇
「で、英語はどうなったの?」
梅雨の訪れとともに、母親の手先として様子を見に来た姉は件の本をパラパラと捲りながら口を開く。
少し話たのを覚えていたか。
「春の終わりに始めたのが悪かった」
「三日坊主に終わったのね」
「まぁ、そんなところ」
まさか一度も本を開いていないとは言えない。




