第4話 異世界でも酒は裏切らないよね
ノアは結局、そのまま目を覚まさなかった。
王城の治癒師たちが総出で診察した結果、『極度の魔力枯渇と栄養失調』とのことだった。
現在は王城の客室で療養中。なぜかリオンが付き添っている。
私はその日の夜、自室でひとり酒を呷っていた。
「くそぉ……どうすればいいんだよ……」
せっかく完成した逆ハーレムを解散なんて絶対に嫌だ。だが、世界が滅ぶのも困る。
しかも、だ。私はまだ、イケメンたちと何もしていない。清く正しいプラトニック交際である。
いやまあ、毎日壁ドンされたり抱き締められたりはしてるけど。肝心なところは何もない。
でも、リオンは『赤ちゃんは愛し合った夫婦のところへコウノトリが運んでくる』と本気で信じているタイプだし。
ガレスは『順序を守るべきだ』とか真顔で説教してきそうだし。
アシュレイは一線を越えた瞬間、執着が限界突破して監禁ルートに入りそうだし。
フェリクスに至っては、そもそもそういう欲があるのかも怪しい。
しかも誰か一人と関係を持ったら、残り三人が殺し合いを始めかねない。
「おかしいだろ。こっちは前世アラサーだぞ……」
健全なお付き合いだけで満足できるわけがない。
私は二本目の酒瓶に手を伸ばした。世界が滅ぶなら、いっそ好き放題――
「いやだめだ」
首を振る。明らかに酒で判断力が死んでいる。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか記憶が途切れていた。
◇
「おはよう、リゼ」
柔らかな声で目を覚ます。
朝日が差し込む天蓋付きベッド。そして、私の髪を撫でる超絶美形。
「……は?」
フェリクスだった。
「!?」
慌てて飛び起きる。頭が割れるほど痛い。気持ち悪い。
ふと違和感を覚えて、自分の格好を見た。
「えっ、ちょ、私なんで裸!?」
かろうじて下着は身につけている。だが、ほぼ裸だった。
昨晩の記憶が途中からない。
まさか。
ついに。
酒の勢いで。
「……私たち、昨日なにかあった?」
「安心して」
フェリクスはにこやかに言った。
「今朝ここへ来たら、君がトイレで半裸で寝てたから、ベッドに運んだだけだよ」
「…………」
「ついでに髪に吐瀉物ついてたから浄化してた」
ああああああ。
思い出した。昨日飲みすぎて吐いて、服を汚して、そのまま脱いで、トイレで寝落ちしたんだった。
「終わってる。令嬢として終わり過ぎている……」
「いや、全然終わってないよ?」
フェリクスが優しく髪を撫でる。
待って。酒クズにも優しい人外系スパダリとか最高すぎない?
「ちなみに、二日酔いを治したりは……」
「それは無理かなぁ」
「なんでだよ。ゲロは浄化できるのに」
「専門外なんだよ」
精霊王にも得意不得意があるらしい。私はそのままベッドに突っ伏した。
「ねぇ、フェリクス」
「なぁに?」
「あんた、何か知ってるでしょ」
昨日のあれで確信した。こいつは世界崩壊について何か知っている。
「うん、知ってるよ」
あっさり認めた。
「じゃあ、私がみんなと別れる以外に、世界を滅ぼさない方法も?」
「あるよ」
「マジで!?」
私は勢いよく顔を上げた。
「おえ」
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない……」
フェリクスはくすくす笑う。くそ、顔がいい。
「でも、今はまだ教えられないかな」
「なんでよ!」
「ヒントならあげる」
フェリクスは細い指を一本立てた。
「あの子の“固有スキル”が鍵になってる」
「ノアの?」
昨日の話では、セレナもチートスキル持ちだった。
ということは、転生者全員が何かしら能力を持っているのか?
「てか、今後も転生者がどんどん出てくるとかないよね?」
「安心して。異世界からの転生者は四人だけだよ」
「もう一人いるんかい」
「まぁ、あの子は君たちに関わる気がないみたいだから、リゼが会いに行かなきゃ会うことはないと思うよ」
まあ……それならいいか。私から会いに行かなければ関わってこないなら、今のところ害はなさそうだ。
それなら、セレナ亡き今、すぐに気にしなければならないのはノアだけ。
私の【魅了補正】。
セレナの、未来を知る力。
そしてノアの――私にはまだ分からない能力。
「ねぇ、それって――」
顔を上げた時にはもうフェリクスはいなかった。
「……ほんと自由だな、あいつ」
◇
服を着て寝室を出た瞬間、バターの香りが鼻をくすぐった。
「おはようございます、リゼリア」
なぜかアシュレイが、続きの居間で朝食を用意していた。
「なんで勝手に入ってるの」
「未来の妻の部屋に入るのに理由が必要ですか?」
「必要だよ」
テーブルには豪華な朝食が並んでいる。
焼きたてクロワッサン、厚切りベーコン、ふわふわオムレツ、生クリームたっぷりのカップケーキ。
普段なら最高だった。だが今日は――
「……うっ」
「リゼリア?」
「おろろろろろ」
盛大に吐いた。ダメだ、匂いがきつい。
「リゼリア!? 毒ですか!? 誰がこんな真似を――!」
「酒だよ」
開いたドアの前にガレスが立っていた。
「見ろ、この床に転がっている酒瓶の山を」
呆れた声と共に、当たり前のように部屋に入ってくる。
「なんでいるの」
「護衛だ」
当然みたいに言うな。
しかし、【魅了補正】に脳を焼かれた男たちは、酒臭い程度では引かないらしい。ガレスは私の嘔吐物が服に付きそうになるのも気にせず、ひょいと私を抱き上げた。
「うわ、ちょっ……」
「暴れるな。落ちる」
そのまま慣れた手つきでベッドへ運ばれる。
ガレスは短くため息をついた。
「水と冷たい布を持ってくる。アシュレイ、その飯を片付けろ。匂いでリゼがまた吐く」
その後、気分が落ち着いた昼過ぎまで、左にガレス、右にアシュレイという異様に豪華な布陣で、ひたすら介抱され続けた。
「……幸せすぎる」
「何か言いましたか?」
「いや別に」
世界滅亡の危機なのに、私はかなり駄目な人間だった。
◇
午後、なぜかそのままついてきたガレスとアシュレイを引き連れ、私は王城へ向かった。
「リゼ!! 待ち侘びたぞ!!」
到着するや否やリオンが勢いよく抱きついてくる。最近ちょっと慣れてきたせいで、前ほどときめきがなくなってきた。
「ノアは?」
「先ほど目を覚ました。治癒師は、休ませれば回復すると言っていた」
「本人は何か言ってた?」
「いや、特には。俺はリゼ一筋だからな。あの女とは必要以上に会話もしていない」
なぜそこを誇らしげに言うのか。いや、お前。シナリオの強制力とはいえ一回浮気イベント起こしてたよな?
私がじっと見ると、リオンはなぜかさらに胸を張った。
「今の俺は違うぞ!」
「成長したかのように言うな」
◇
そのまま私は、リオンに半ば引きずられるようにして、ノアのいる客室へ向かった。
通された客室は、廊下の足音も遠く聞こえるほど静かだった。窓際で白いレースのカーテンが風に揺れ、乾いた薬草の匂いが漂っている。
「……」
ベッドの上で、ノアがぼんやりこちらを見ていた。
昨日より顔色は多少マシだ。相変わらず、風が吹けばそのまま消えてしまいそうな儚さがある。
寝間着には着替えさせてもらったらしいが、長い髪にはまだ泥がこびりついていた。
そして、近づいた瞬間。
「くさっ」
私は思わず真顔になった。
いや待って。これは“ちょっと臭う”とかそういうレベルじゃない。
貧民街のドブの空気と、薬草と、染みついた泥と、色んなものが凝縮された、“死線を越えて生き延びてきた野生の臭い”がした。
リオンは眉ひとつ動かしていない。なんで平気なんだこいつ。
「リゼ!」
リオンが誇らしげに胸を張る。
「安心しろ! お前が絶対に死なせるなと言ったから、俺が一晩見張っていた!」
「いや、それでよく耐えたな」
アシュレイも静かに口元を押さえたが、当のノアはきょとんとしている。
「……?」
あ、こいつ自覚ないタイプだ。麻痺してるな。
「え、もしかして私、臭いますか?」
「もしかしなくてもだよ」
きっぱりと言うと、ノアは軽くショックを受けた顔をしたあと、しゅんと目を伏せた。
「……すみません。しばらく、お風呂に入れていなくて」
「しばらくって、どれくらい?」
「最後に入ったのは……三週間くらい前です」
「待って。人としてのライン越えてる」
ノアの肩がぴくっと震える。
「……すみません」
「いや謝らなくていい。今から入れるから」
「えっ」
「ほら、立って」
ノアは戸惑いながらベッドから降りた。だが、足元がふらつく。
「……っと」
咄嗟に腕を掴む。
軽かった。驚くくらい軽い。細い腕は簡単に折れてしまいそうで、私は思わず眉をひそめた。
……ろくに食べることも、眠ることもできなかったんだろうな。
「リゼリア様……?」
不思議そうに見上げてくるノアから、私はそっと視線を逸らした。
「……とりあえず風呂だ。話はそれから」




