第3話 世界滅亡より私が大事な四人の男たち
「ちょっと待ってください……!」
ノアの声を背に、私は容赦なく扉へ向かった。
その瞬間、外側から勢いよく扉が開いた。
「リゼ!!」
一番に飛び込んできたのはリオンだった。私を見るなり両肩を掴み、血走った目で顔を覗き込んでくる。
「無事か!? あの女に何かされたのか!?」
「近い近い近い」
顔が近い。圧が強い。
後ろからアシュレイとガレスも入ってきた。アシュレイは私の顔を確かめ、ガレスは黙って私とノアの間に立つ。完全に警戒態勢である。
いやだから何なの、この過保護集団。私は呆れながらため息をついた。
「大丈夫だって。別に襲われたりしてないから」
「本当に?」
「本当本当」
するとリオンが、ようやく少し安心したように息を吐いた。
「で?」
アシュレイがゆっくりノアを見る。
「結局、何の話だったんです?」
「あー……」
私は少し迷ったあと、あまりにも規模が大きすぎて面倒くさくなったので、雑に説明した。
「この子、ノアっていうんだけど……こいつ曰く、なんか私がみんなと恋愛すると、世界滅ぶらしい」
数秒の沈黙。
「……つまり」
リオンの目がスッと細くなる。
「お前は、リゼから俺たちを引き離したいのか?」
「違います。私は世界を――」
「リゼに近づくな」
リオンはノアを睨みつけたまま、私を抱き寄せる。やたら触ってくるなこいつ。
「こいつは俺の婚約者だ」
「え、この前破棄してたよね?」
「撤回した」
初耳なんだけど。国家レベルの発表をそのテンションで覆すな。
「……なるほど」
アシュレイが静かに眼鏡を押し上げる。
「つまり、あなたは“世界のため”という大義名分で、リゼを私たちから切り離そうとしているわけですね」
「いや、そうしないと本当に世界が――」
「排除した方が早そうですね」
物騒。思考が物騒すぎる。
ノアが若干後ずさった。分かる、私もちょっと怖い。
そんな私に気づいたのか、アシュレイがにっこりと笑った。
「安心してください。事故に見せかける方法はいくつか知っていますので」
いや、さらに怖いわ。
「……リゼを困らせるなら敵だ」
ガレスまで剣に手をかける。目の前で斬り捨てられたら、さすがに寝覚めが悪いわ。
いやお前ら本当に話聞いてた? 世界滅亡の話だったよね?
「……これが、恋愛というものなんですか?」
ノアが真顔で呟いた。
やめろ。そんな純粋な目で見るな。なんかこっちが悪いことしてるみたいになるだろ。
……いやまあ、してるか。
「あはは」
不意に、部屋の窓辺から笑い声がした。
いつの間にいたのか。若草色の髪を揺らしながら、精霊王フェリクスが窓枠に腰掛けていた。
相変わらず、自分の家みたいな顔で侵入してくる男である。
「君たち、本当に面白いねぇ」
「フェリクス」
私が名前を呼ぶと、フェリクスは楽しそうに目を細めた。
「だってさ。『世界を救え』って言われてるのに、誰も世界の心配してないんだよ? 普通、もう少しくらい焦らない?」
いや、まあ……確かに。
リオンはノアを睨んでるし、アシュレイは排除を検討してるし、ガレスは斬る気満々だし。世界会議としては終わっている。
ノアは疲れたように目を伏せた。
「……だから言ったんです。もう壊れ始めてるって」
その瞬間だった。
――ピシッ
乾いた音に、全員が窓の外へ目を向ける。
青空の真ん中に、一本の亀裂が走っていた。それは硝子のヒビのように枝分かれし、ゆっくりと空へ広がっていく。
空が、割れている。
誰も声を出せなかった。数秒後、亀裂は嘘のように消えた。
「――ほら」
フェリクスだけが、愉快そうに目を細める。
「もう始まってる」
ぞわり、と背筋が冷える。今のはさすがにヤバかった。
いや本当に世界滅ぶの? え、思ったよりだいぶ大ごとでは?
「リゼ」
リオンが不安そうに私の手を握る。だからいちいちスキンシップが多くない?
「大丈夫だ。俺が守る」
「……いや空のヒビからどう守るんだよ」
「斬る」
ガレスが真顔で言った。
「無理でしょ」
世界の裂け目を物理で解決しようとするな。
「……ですが困りましたね」
アシュレイが冷静な顔で呟く。
「世界が滅ぶと、リゼとの穏やかな老後計画に支障が出ます」
「あんたそんなこと考えてたの?」
「当然です」
重い。全員重い。嬉しいけど、今はなんか違う。
私は頭を抱えた。
……いやでも。世界がヤバいのは分かった。分かったけど。
だからって、せっかく完成した逆ハーレムを解散するのは、やっぱり嫌だった。
「世界に異変が起きていることは認めましょう」
アシュレイがノアへ向き直った。口元にはまだ笑みが残っていたが、声からは先ほどの軽さが消えていた。
「ですが、それが私たちとリゼの関係に起因するという根拠は?」
ノアは答えようと口を開いたが、声が出なかった。唇から血の気が引いている。壁に伸ばした手が空を掻き、その場に膝をついた。
「え、何!? 栄養失調!?」
「だ、大丈夫です……少し休めば……」
ノアは必死に平静を装っているが、明らかに顔色が悪い。
「あらら、大変だね」
フェリクスがノアの顔を覗き込む。
「彼女が死んだら、この世界を正しい結末へ戻せる人がいなくなるよ。そうなったら、今度こそ本当におしまいだ」
「な、何それ……!?」
絶句した。ノアが死んだら、世界が滅ぶ。
世界が滅んだら、私の逆ハーレムも、イージーモード人生も、全部まとめて消し飛ぶ。
「クソッ……! ちょっとあんたたち、その子を今すぐ全力で助けて! 絶対死なせないで!」
世界の滅亡より逆ハーレム。それは本心だ。
でも、せっかく手に入れたこの幸せを、今すぐ全部失うなんて、そんなのは絶対に嫌だった。




