第29話 初めての夜会
翌朝。
「生きてる……!」
私は勢いよく上体を起こした。体が軽い。昨夜の悪夢が嘘みたいだ。
「リゼ!」
真っ先に駆け寄ってきたのはリオンだった。その後ろからガレスとアシュレイも安堵したような顔で現れる。
「もう大丈夫なのか?」
ガレスが私に、冷たい水の入ったコップを差し出してくれた。まるで割れ物を扱うようにそっと私の肩を支え、口元まで運んでくれる。
「うん……まだ本調子じゃないけど、なんとか……」
そう言って弱々しく甘えてみるものの、実際のところ、身体はすこぶる元気だ。普段の私が毎朝二日酔いなことを考えると、むしろ調子が良いレベルである。
とはいえ、実際は完全復活ではない。
銀月草によって一時的にダンジョンの呪いを抑え込んでいるだけなので、このままではいずれ限界が来る。
助かるためには――呪いを解けるという転生者に会わなければならない。
「例の“ルカ・エルグラン”の居場所ですが、大体の目星がつきました。西の辺境に住む男爵家の人間と結婚した記録が残っています」
アシュレイが手際よく地図を広げた。一晩で調べたらしい。王家の情報網って怖い。
「ここからも、王都からもかなり遠いですね」
「ええ……まさかこのまま旅に出る感じ? もう歩くの嫌なんだけど」
「……さすがに西の辺境まで歩いて行ける距離じゃないです。馬車でも数日はかかりますから。一度この森を抜けて近くの街に出て、そこで王家の馬車を手配します」
「さすが権力!」
「俺がいるんだから、当然だろう」
リオンは胸を張った。
「いやー、王太子が仲間なの便利ねー!」
「……褒めてないな?」
リオンが少し不貞腐れる。まぁ実際に便利なのはお前の実家だからな。
とりあえず私たちは、馬車を手配するために近くの街に向かうことになった。
呪いで体力が削られている(ことになっている)私を労って、ガレスが道中の農家で馬を一頭手配してくれた。私だけ馬に乗り、四人が徒歩で護衛するという完全な三蔵法師スタイルである。
馬に揺られ、移動自体は楽ちんで最高なのだが、私の脳内は別のことで一杯だった。
空虚の精霊王。世界を滅ぼしたラスボス。そして――私。
フェリクスから聞かされた真実が頭から離れない。もちろん誰にも言っていない。言えるわけがない。
だって討伐されたくないし。私にベタ惚れな男たちと違って、ノアは私の正体を知ったら、普通に殺しにかかってくるに違いない。
しかも、あいつのあの規格外のワンパン能力なら、私など一瞬で塵にされる自信がある。絶対に隠し通さねば。
「リゼ、大丈夫ですか?」
「あ、う、うん! ちょっとボーッとしてただけ!」
ノアに声をかけられて、私は慌てて思考を切り替えた。
今は呪いを解いて、生き残ることが先だ。そのためにもルカという第四の転生者に会わなければならない。
こうして私たちは、新たな目的地へ向けて再び旅に出た。
◇
「野宿は嫌だぁ〜〜〜! 柔らかいベッドで寝たい! お風呂に入りたい! ふかふかの枕が恋しい!」
旅を再開して早々、私は馬の上から全力で駄々を捏ねていた。
最初は『我慢しろ』と無視していたみんなも、私のしつこすぎる愚痴の猛攻撃に、疲弊しきっていた。
「はぁ……」
リオンが大きくため息を吐いた。
「仕方ないな。次の街の領主は王家に忠実な男だ。今夜は領主館の部屋を借りることにしよう」
「やった! さすが王太子!」
私は即座に手のひらを返して満面の笑みを浮かべた。アシュレイが心底呆れ果てたような顔で私を見る。
「現金ですね」
「当然っしょ」
私は胸を張った。せっかく転生して侯爵令嬢になったんだから、贅沢な人生を貪る権利が私にはあるのだ。
◇
結果、私たちは領主館に快く泊めてもらえることになった。ただし、一つの条件付きで。
「夜会?」
「はい、左様でございます」
この辺りの土地はかなり豊かなのか、案内された領主館は想像以上に立派で、私の実家にも引けを取らない豪華さだった。迎えに出てきた案内役の老執事が、恭しく頭を下げる。
「次期国王たる王太子殿下をお迎えする記念として、本日急遽、ささやかな夜会を開催させていただきたく存じます」
「……面倒だな」
「聞こえていますよ、ガレス」
堅苦しい社交の場が嫌いなガレスは露骨に嫌な顔をして、すかさずアシュレイに鋭く睨まれていた。
だが泊めてもらう以上、文句は言えない。私は美味い酒と飯が出れば何でもいいけど。
「リゼ。くれぐれも飲みすぎて、他領の貴族の方々に絡むような真似はしないように」
アシュレイ、お前は未来が読めるエスパーか?
◇
その後、私たちはそれぞれ客室へ案内された。
「何これ、すごっ」
あてがわれた部屋に入った瞬間、私は思わず目を丸くした。
部屋のハンガーラックいっぱいに、色とりどりの華やかなドレスがずらりと並んでいる。
「今夜の夜会用にと、当主様が街の一流店から集めさせたものです」
控えていた侍女がにこやかに説明する。
「皆様にご用意いたしました。お好きなものをお選びください」
「へぇ……!」
私は思わず目を輝かせた。何だかんだ言って可愛い服や綺麗なドレスを見るのは純粋に好きなのだ。
そんな私の隣で、いつの間にか部屋に入ってきていたノアが、立っていた。
「私はどれでもいいです。適当に選びます」
ノアは無表情だった。
「えー、興味ないの?」
「ただの布ですから」
「あんただって一応、今は女の子でしょうが。こんなひらひらしたドレス、着たことないでしょ?」
「着たことはないですけど。興味ないものは興味ないですね」
全く響いていない。リオンの王家の剣を見た時とは大違いである。ノアの元男子な一面が隠しきれずに垣間見えて、私は思わず笑った。
「よし、じゃあ私が選んでやるよ」
「……え、リゼがですか?」
露骨に不安そうな顔をするな。
◇
それから私は完全に楽しくなってしまった。
「これは? あ、ちょっと胸元が寂しいか。じゃあこっちは? よし、次これ着てみて!」
着せ替え人形状態になったノアに、次々と色んなドレスをあてがう。
白もいいし、ピンクも可愛い。黄色も意外と似合う。
リゼリアは背も高く、派手な顔立ちだから、こういう可愛らしいドレスはあまり映えない。でも、小柄で華奢なノアなら様になる。
一番しっくりきたのは、淡い青だった。儚げなノアによく似合う。
「ではお髪を整えますね」
仕上げとばかりに領主館の侍女が前に出る。すると、ノアはてくてくと私の方に歩み寄った。
「髪はリゼがやってください」
ノアが表情を崩さず言った。
「は? 何でだよ」
「リゼ髪やるの上手なんで」
「別に普通だから。慣れてる人にやってもらいなよ」
「嫌です」
真顔の癖にめちゃくちゃ頑固だった。ノアの青い瞳が、じっと私を見つめて逸らさない。急に我儘を発動するなよ、何なんだ。
まぁ別にいいんだけどさ。前世でキャバクラのヘアメイクのバイトもしてたことがあるから、簡単なヘアセットくらいはできるし。
結局押し切られる形で、私はノアの髪を結ぶことになった。
ドレッサーの椅子に座ったノアの後ろへと回る。櫛を入れると、さらりとした絹のような白髪が指の間を滑り落ちた。
「なんかやりたい髪型ある?」
「……三つ編み」
「またぁ?」
思わず吹き出してしまった。どんだけ気に入ってるんだよ。
「お前、可愛いところあるな」
「別に、楽だからです」
本人は本気で無自覚らしい。とはいえ夜会にいつものお下げ三つ編みというわけにもいかないので、私は器用に髪を編み込んで後ろでまとめ、残した下半分の髪を緩く巻いて上品なハーフアップにする。
仕上げに、用意されていた白い花飾りをサイドに挿してやった。
「はい、できたよ」
ノアがゆっくりと椅子から立ち上がった瞬間、部屋の空気が、ぴたりと止まった。
光を反射する繊細な白い髪。身体を包む、可憐な淡い青のドレス。透き通るような雪白の肌。まるで雪の妖精のようだった。
侍女たちが感嘆の息を漏らす。私も思わず言葉を失って見入ってしまった。
「可愛いじゃん」
「そうですか」
ノアはいつも通り興味がなさそうなツンとした顔をしていたけれど、鏡に映る自分を見て、少しだけ嬉しそうに目を輝かせたのを私は見逃さなかった。
その後、私も準備を整え、ノアも侍女に軽くメイクを施されて、私たちは部屋を出た。
「準備は終わったか」
廊下に出ると、すでに着替えを終えたガレスとアシュレイが待っていた。
二人とも仕立ての良い正装を纏っており、悔しいけれど普段の五割増しで格好よく見える。
二人は私たちの姿……というか、ドレスアップしたノアを見た瞬間、一瞬だけ目を見開いて硬直した。
「……誰かと思えば。見違えたぞ、綺麗じゃないか、ノア」
ガレスが感心したように素直に褒める。一方で、アシュレイは露骨にノアから目を逸らした。
「馬子にも衣装ってやつですかね……まぁ、似合ってますよ」
何その反応。あんたらのリゼ様を差し置いて、腹立つなぁ。
ノアは「そうですか」と素っ気なく返した。でも耳だけ、ほんの少し赤かった。
「ねぇ、私は? 私のこの完璧なドレス姿に対して、なんか言うことないの?」
私が詰め寄ると、ガレスは呆れたように笑った。
「リゼはいつも綺麗だろうが」
「そうです。今更何か言う必要性も感じません。リゼは元から貴族なんですから、着飾るのなんて見慣れていますし」
……なんかお前ら、私に対する扱い雑くない? 慣れって怖いわ。
「そういえば、リオンは?」
「殿下は先に領主への公式な挨拶に行かれています。なので今日は私たちがエスコートを」
アシュレイがスマートに腕を差し出し、私はその腕を当然のように掴む。それを見て少し戸惑うノアにガレスもすっと腕を差し出した。
「こういう華やかな会は初めてか?」
「はい……」
ノアの肩が緊張で一気に強張るのが伝わってくる。
「皆様、夜会の会場へご案内いたします」
領主館の使用人が、ゆっくりと大きな扉を開く。煌びやかな廊下の向こうから、豪華なシャンデリアの光と、賑やかな音楽が漏れ聞こえてきた。
私たちは互いに顔を見合わせ、一歩、光に満ちた会場へと足を踏み入れた。




