第21話 孤高の公爵子息①
翌日、私たちは、再びダンジョンの奥を目指して歩いていた。
薄暗い通路には、相変わらず湿った空気が漂っている。足元には苔が生え、ところどころ水滴が石畳へ落ちていた。
私は何となく隣を歩くガレスの肩へ視線を向ける。
「毒、もう平気なの?」
「ああ」
ガレスは肩を軽く回してみせた。
「ノアの解毒魔法が効いた」
その動きに痛む様子はない。あれだけ全身へ毒が回っていたのに、今では何事もなかったように歩いている。
やっぱすごいな、ノア。さすが原作主人公。いや、ガレスの丈夫さが規格外すぎるのか?
「良かったー」
「心配したか?」
ガレスが横目でこちらを見る。
「うん。今後の戦力的に」
「…………お前は期待を裏切らんな」
ガレスは呆れたように息を吐いた。でも、目は笑っているから大丈夫そうだ。
あれ以来、ガレスは少しだけ変わった。
相変わらず私を気に掛けるし、何かあれば真っ先に前へ出る。だけど、以前みたいに私だけを守るための『おかしな暴走』はしなくなった。
【魅了補正】。好意を増幅させることで、男を落として逆ハーレムを作れる私にとって最高のチート。だが今は、世界の歪みと共に人を壊す呪いの能力。
あの日のガレスを見て、私は改めて思い知った。今までみたいに乱用するのは危険だ。
でもやっぱモテたいしなぁ。やめられるかな、私。
◇
「あー、もう無理」
私は通路の真ん中へしゃがみ込んだ。
「歩けない。足痛い。てかこのダンジョン、床に苔生えすぎじゃない? 滑って転んだら誰が責任取ってくれるわけ?」
気づけばダンジョン攻略三日目。いくらイケメンに囲まれているとはいえ、こんな陰気な洞窟に閉じ込められ、私の精神は限界を迎えていた。
「てかいい加減お風呂に入りたい。ふかふかのベッドで寝たい。ちゃんとしたご飯が食べたい」
誰も返事をしなくとも全力で文句を垂れ流し続ける。愚痴くらい言わないとやってられない。
「……リゼ、少し静かにしてください」
ため息混じりの声が降ってきた。アシュレイが眉間にしわを寄せて私をたしなめる。
「あと、その酒瓶。歩きながら飲むのはやめてください」
アシュレイが私の手元を指差した。
「はいはーい。わかりましたよ」
返事だけして、すかさず一口あおる。だって少しくらい酔わないと余計疲れるんだもん。
「だから飲まないでくださいって」
「お酒だって水分補給だし!」
ああ言えばこう言う私に、アシュレイは天を仰いで大きなため息を吐いた。
その前方では、リオンが意味もなく剣をぶん回している。
「見ろ! 新しい剣技を思いついたぞ!」
「通路で剣を振るな、バカ王子!」
アシュレイの怒号が飛ぶ。しゅんと肩を落とすリオン。
その直後、ドゴッ!! と鈍い音が響き、私たちが振り返ると、ガレスが壁を殴っていた。拳がめり込み、石壁に派手な大穴が空いている。
「この辺りは空洞かもしれんな。通路になるかもしれない」
「壊す前に一言言ってください! ダンジョンが崩壊したらどうするんですか!」
アシュレイの悲鳴がダンジョン中へ響き渡る。ガレスは本気で首を傾げていた。
バカ&脳筋コンビと、あまりにも自己中すぎる私の我儘に挟まれ、アシュレイは見るからに胃を押さえている。可哀想だけど、ちょっと面白い。
「リゼ、あまり好き勝手してると、アシュレイ様に見放されちゃいますよ」
ノアが呆れたように私を見る。
「そう?」
「【魅了補正】がなかったら、一番リゼと仲良くならなそうなのってアシュレイ様ですし」
「いーや、そんなことないね。私は前世でインテリエリートと付き合ったこともある」
……三日で振られたけどな。
それに、疲弊はさせているものの、アシュレイと私の関係は決して悪くなかった。
イベント補正で独占欲を上げたせいか、アシュレイは何かと私に構ってくる。
「ほら、足元をよく見て歩いてください」
アシュレイが私の手を取り、気遣うような優しい視線を向けてきた。
「ん、ありがと」
「さっきから三回ほど滑りかけています。歩幅も少し大きすぎますね。疲れているならもう少し小さく刻んでください」
「細かっ」
「あと靴紐はもっとキツく結んだほうが歩きやすいです。その結び方だと解けやすい。それに……」
「まだあるの?」
「その歩き方も少し変えたほうがいいですね。踵から着地すると足音で魔物に気づかれやすくなります。つま先から着地してください」
「いや、そんなとこまで求められても」
「それから、さっきの飲酒の件ですが――」
「ストップストップストップ!」
私は両手を突き出してアシュレイを遮った。
「アシュレイさぁ」
「はい?」
「お前は私のなんなんだ?」
「…………」
アシュレイは珍しく言葉に詰まった。少しだけ真剣に考え込んでから、大真面目な顔で答えた。
「未来の夫ですが?」
「いや、未来の夫でもそこまで干渉してこないわ!」
なんかこういう男……前世にもいたな。
ハンカチ持ち歩けだの、箸の持ち方だの、LINEの返信時間だの。やたら細かく注意してくる男だった。
好意の示し方が説教ベースだから、付き合ってるこっちは息が詰まるのだ。
……あれは本当にしんどかった。
私はじっとアシュレイの顔を見つめる。
「……アシュレイ」
「はい」
「お前、めんどくさいって言われない?」
ぴたりと、アシュレイの歩みが止まった。
「……は?」
アシュレイの表情が歪む。
すかさずアシュレイが何かを言い返そうとしたときだった。ぞわり、と背筋を撫でるような冷たい殺気が通路を走る。
ガレスの手が、瞬時に剣の柄へ伸びた。
「……止まれ」
低い声が響く。リオンも表情を変えて剣を抜いた。
前方の暗闇から、何かがこちらへ近づいてくる。
ズ……ズズッ……
岩を擦るような、不気味な音だった。




