↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界チートで全員に溺愛される悪役令嬢の私が世界を壊すまで  作者: しらたま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/34

第20話 寂しがり屋の騎士団長③

 ガレスは微かによろめいた。

 毒が回っている。肩から流れ落ちた血が、石畳へぽたり、と落ちた。


「……ガレス?」


 返事はない。呼吸だけが少し荒くなっている。しかし私を抱く左腕だけは、一向に緩まなかった。


「おい! ちょっとやばそうじゃん! 降ろせって!」


「……駄目だ」


「まだ言う!? とりあえず一回止まれよ」


 ガレスも限界だったらしく、私を降ろしてその場に崩れるように腰を下ろした。私も隣にしゃがみ込む。それでも、ガレスは私の肩を抱いたまま離そうとしなかった。


「お前、状況わかってんの? 毒食らってんだぞ!?」


「問題ない。すぐには死なん。この程度の毒なら、まだ持つ」


「問題あるわ!」


 思い切りガレスの胸を叩く。


「さっきから問題ないしか言ってないじゃん!」


 ガレスは困ったように笑うだけだった。その笑顔が、逆に腹が立つ。


「約束した」


「は?」


「命に代えても、お前を守ると」


 そんな約束したっけ?……なんかそんなこと、言ってた気がする。

 でも、知ったことか。勝手に約束されて、勝手に命をかけられて、勝手に死なれても、こちらとしては夢見が悪い。


「そんな約束、私してない! ……と思う!」


 ガレスは少しだけ驚いた顔をした。

 いや、だってそんな重い約束押し付けられても困るし。とりあえず否定しておこう。


 ガレスの顔色はどんどん悪くなっていき、苦しそうに息を吐いている。

 私の魅了のせいかもしれないが、勝手に命かけた約束して、本当に遂行しようとしているこの愚直な男に、なんだか腹が立ってきた。


「あとさぁ、この際だから言わせてもらうけど。自己満足な男、私ほんと無理」


「……は?」


 今度はガレスが本気で固まった。私はもう止まらなかった。


「あんたが死んだら誰が私を守るの? あんたが私降ろしてさっさと倒した方が安全じゃん。普通に考えて、全滅するじゃん。それなのに自分だけ勝手に死のうとして。結果、私も死ぬじゃん。何それ、意味分かんない」


「…………」


「騎士団長なんでしょ? 合理性どこ置いてきたの? 騎士団長から合理性取ったら何残るの?」


 ガレスは何も言わない。毒で具合が悪いのかもしれない。

 ……いや、それでも返事くらいできるだろう。


「なんで黙るの? 都合が悪くなったら黙るんだ? そうやって何も言わずに、私が諦めるの待ってるんでしょ?」


「違う」


「じゃあ何? なんとか言いなよ。何も言えないってことは、私が正しいから言い返せないってことでしょ?」


 とにかく一方的にガレスを責める。

 やばい、やっちまった。腹が立つと、どうしても止められない。

 前世でもそうだった。元彼と喧嘩になるたび、相手が黙れば黙るほど責め立ててしまう。

 こういう言い方をすると、大体男は逃げ腰になると知っているのにどうしてもやってしまう。

 でも止められないのだ。私はそういう性質なのだ。


 ガレスは返事をしなかった。いや、返せなかった。

 その瞳は、もう私を見ていなかった。


「……合理的」


 掠れた声が漏れた。


「俺は……」


「……ガレス?」


 さすがに不安になって顔を覗き込む。

 ガレスは一度、私へ視線を戻した。それから、私の肩を抱く自分の腕へ目を落とす。


 何か言いかけて、口を閉じた。私は次の言葉を待った。今度は、急かす気になれなかった。


「……悪かった」


 ようやく漏れた声は、どこか肩の力が抜けていた。


「さっきは、少し頭がおかしかったらしい。俺が倒れたら、お前まで危険になる。そんなことも分からなくなっていた。誰よりも合理的であることが俺の責務だというのに」


「少しじゃないけど?」


 私は即座にツッコむ。


「完全におかしかった。毒より先に頭治したほうがいいレベル」


 ガレスは小さく苦笑した。


「否定できんな」


 ガレスは珍しく肩を震わせて笑った。さっきまでの張り詰めた空気が、少しだけ和らぐ。やがて、その笑みも静かに消えた。


「……さっき言っていた、妹の話。聞いてくれるか?」

 

 ガレスはゆっくり目を閉じる。私は黙って頷いた。


「俺の家は貧しかった」


 ガレスは静かに語り始めた。


「両親は朝から晩まで働き詰めだった。俺は、人並み外れた身体能力と魔力を見込まれて、異例の若さで騎士団へ入った。少しでも家を楽にしたくて必死だった。家へ帰れない日も珍しくなかった」


 ガレスの横顔に、深い悔恨の影が落ちる。


「俺には歳の離れた妹がいた。妹は、俺や両親の気を引きたくて、いつも我儘ばかり言っていたよ。あれが欲しい、これがしたい、遊んでほしい、置いていかないで、と」


 少しずつ、ガレスの表情が苦く変わっていく。


「当時の俺は、全部ただの我儘だと思ってあしらっていた……でも、違った。妹は、寂しかっただけだった」


 ガレスが私を抱く腕に、ぐっと力がこもる。


「ある日、妹は俺を追いかけて家を飛び出した……そして、馬車に轢かれて死んだ。本当にあっけなく、一瞬だった」


「……っ」


 いくら無神経な私でも、これには何も言えなかった。


「両親も、その後すぐ流行病で死んだ。一瞬で、家族がいなくなった」


 声に感情はない。感情を出し尽くした人間だけが話せるような、乾いた口調だった。

 通路に静寂が落ちる。遠くで水滴が落ちる音だけが響いていた。


「……だから俺は、守ることだけを考えて生きてきた。二度と失わないために。誰よりも強くなって、誰よりも先に前へ出て……気づけば騎士団長にまで出世していたよ」


 ガレスは自嘲するように笑う。


「だが、気づけば守ること自体が目的になっていた……そして、お前を妹と重ねていたんだろう」


 その目が、真っ直ぐ私を見る。


「きっと……寂しいのは俺だったんだ」


 少し熱の籠った、優しい視線。いつも冷静なガレスが本心を曝け出してくれたのがわかる。


「え、妹と重ねてたって失礼じゃない? 私は私なんだけど」


 私の言葉は予想外だったらしい。ガレスは目を丸くしたあと、


「……そうだな」


 今度こそ自然に笑った。


「その通りだ」


 その笑顔は、今まで見たどの笑顔よりも穏やかだった。まるで長年背負っていた荷物を、少しだけ下ろせた人のように。


「お前と妹は別の人間だ。それでも、お前は妹と同じくらい大切な存在だ。そこはわかってほしい」


 今度は真剣な目で私を見た。なんだこれ? 実質告白か?

 まぁ私の元彼たちも、『あいつは妹みたいなもんだから』って言ってた女と百%浮気していたし、男にとっての妹はそういう隠喩なのかもしれない。

 きょとんとする私を見て、ガレスが優しく笑う。


「さぁ……行こう。早く合流して解毒してもらわないと本当に死ぬ。リゼ、立てるか」


「え?」


「自分で立て」


 私は少し驚きながらも頷いた。


「……うん」


 自分の足で立ち上がる。

 その時だった。ガレスがふいに足を止め、耳を石壁へ当てる。


「……静かに。壁の向こうから、かすかに声が聞こえる。リオンたちの声だ」


 試しに私も耳を当ててみたが、何も聞こえない。どんな耳してるんだ、こいつ。

 私はじっと壁を見つめる。

 ……この状況なら、いけるか?


《対象:アシュレイ・グランディス》

《イベント補正》

《――成功》


 成功の文字を見て、少し安堵する。

 《イベント補正》は、発動するとすぐに対象とのイベントが必ず起こる。だから、相手が遠く離れていたり、どうやっても接触できない場所にいたりすると使えない。都合のいい偶然は起こせても、相手をどこからでも呼び寄せられるわけではないのだ。

 今回は壁一枚向こうにアシュレイがいる。この程度の隔たりなら、どうにかなるらしい。


「うおっ!」


「きゃっ!?」


 足元の石畳がぐらりと傾く。私の身体が、システムによる“都合のいい偶然”に引っ張られるように滑った。


「リゼ!」


 ガレスが反射的に私を受け止めようと腕を伸ばす。しかし、湿った苔に足を取られた。

 二人揃って体勢を崩す。そのまま私の上へガレスが覆いかぶさる形で倒れ込んだ。

 次の瞬間、ガラガラと音を立てて、壁が崩れ落ちた。


 土煙の向こうには、呆然と立ち尽くすアシュレイと、その後ろにいるリオン、ノアの姿が見える。

 アシュレイは目を丸くして私たちを見ている。

 成功だ。だってこれは、ガレスではなく“アシュレイの独占欲”を増幅するイベントだからな。


「リゼ!!」


 押し倒された私。その上に覆いかぶさるガレス。


「……何をしているんですか?」


 アシュレイが静かに笑った。でもその目だけは、まったく笑っていなかった。

 彼の背後から、凍てつくような漆黒のオーラが立ち上がるのを、私は確かに見た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。