第15話 役に立ちたい王太子①
「ここが、王家の封印が眠る古代遺跡だよ」
フェリクスが指差した先には、巨大な石造りの遺跡が静かに佇んでいた。
崩れかけた神殿のような外観。長い年月を物語るように壁面には無数の蔦が絡みつき、その葉は淡い魔力を宿したように青白く揺れている。
見上げるだけで胸が重くなる。……ついに来てしまった。
ここへ来るまでの数日間、私はできる限りの抵抗をした。
歩く速度をわざと落としてみたり、今日は体調が悪いと言い張ってみたり、果ては『やっぱり世界平和って大事だよね』と話を逸らしてみたり。
当然、全部無駄だった。
「この最奥に封印があるんですね?」
ノアが遺跡を見上げた。
「うん。王家でも、ごく限られた者しか立ち入れない場所だ」
ゲームでも終盤に訪れる重要ダンジョン。
攻略対象全員が精霊契約を終え、その間に発生する数々のイベントを乗り越えたあと、最後の戦いへ向かうために踏み込む場所だった。
この奥に封じられているのは、空虚の精霊王。フェリクスの先代にあたる精霊王であり、闇に堕ち、人類を滅ぼそうとして封印されたラスボスだ。
……まあ、その役目を今のところ私が代行している気しかしないけど。
いずれにせよ、この世界を大団円エンドへ導くなら、この封印は避けて通れない。
「嫌な予感しかしないなぁ……」
思わず本音が漏れる。
「まあまあ。頑張ろうね」
何が楽しいのか、にこにこと笑いながら、フェリクスが何気なく遺跡の入口へ足を踏み入れる。しかし、バチンという大きな音を立てて、青白い火花が炸裂し、フェリクスの体が勢いよく吹き飛んだ。
「わっ!?」
地面を滑るように転がり、そのまま仰向けで停止する。
一瞬、全員が沈黙した。
「……何やってるの?」
「いや、僕も聞きたい」
フェリクスは寝転んだまま、真顔で答えた。
「結界だね」
「入れないの?」
「うん」
さらっと言うな。
「王家の封印なんだから、王族が必要なんじゃないの?」
「王族ならリオン君がいるからね。問題は僕の方。古代王家って精霊嫌いだったんだよ。ここには『精霊立ち入り禁止』の魔術式が組み込まれてたんだよね」
フェリクスは遠い目をした。
「そんな重要なこと、今気づく?」
「ずいぶん昔のことだから、すっかり忘れてたよ」
使えねぇ、この精霊王。
そういえば原作でも、この辺りからフェリクスは別行動になっていた気がする。理由は覚えていなかったけれど、まさか物理的に入れなかったとは。
◇
結局、フェリクスは遺跡の外で待機することになった。状態異常の効かないフェリクスがいないのは手痛いが、致し方ない。
「死なないでねー」
「その見送り、不安しかないんだけど」
ひらひらと手を振る精霊王を背に、私たちは遺跡へ足を踏み入れる。
石畳を踏む音だけが静かに響く。外の空気とは違う、ひんやりとした冷気が肌を撫で、薄暗い通路の奥からは得体の知れない気配が漂ってきていた。背後で、重々しい音を立てて石扉が閉まった。
「閉じ込められた……?」
ノアが驚き、小さく呟いたが、私は至って平静だった。
ここまではゲーム通りだ。ダンジョンを攻略して封印を解除すれば、結界も消え、外で待機しているフェリクスが転移魔法で迎えに来る。
頭では分かっている。それでも、実際に自分の足で歩くダンジョンは、ゲーム画面越しとはまるで違った。
静かすぎるし、暗すぎる。何かが潜んでいるような圧迫感に、自然と肩へ力が入る。
私は無意識に唾を飲み込んだ。
その時だった。
ブォン、と低い音が足元で響く。
「……ん?」
紫色の魔法陣が、私の靴の下からゆっくりと広がっていく。禍々しい光が石畳を染め、黒い魔力が渦を巻いた。
……あ。これ、絶対やばいやつだ。
そう思った瞬間、全身を突き刺すような激痛が走った。
「ぎゃあああああああっ!!」
悲鳴が石造りの回廊に響き渡る。
「リゼ!」
リオンが真っ先に駆け寄る。その横からガレスが私の右腕を取り、異変を確かめた。
「……呪いだ」
低く呟いた声に、その場の空気が張りつめた。
私の右腕には、黒い蔦のような紋様が浮かび上がっていた。まるで生き物のように脈打ちながら、ゆっくりと腕を這い上がっていく。
……早い。ダンジョンに入って、まだ数分しか経っていない。過去最速なんじゃないの、これ。
「何をしたんですか」
ノアの冷たい視線が突き刺さる。
「なんもしてな……っ」
言い返そうとした瞬間、身体が急激に重くなった。膝が笑い、そのまま前へ倒れ込む。
「リゼ!」
ガレスが素早く身体を支えた。全身に鉛を流し込まれたみたいだ。指一本、まともに動かせない。
「大丈夫か」
「だいじょば……ない……」
声を出すだけで息が切れる。まじかよ。呪い、しんどすぎる。
◇
幸い、今すぐ死ぬ類の呪いではないらしい。安心材料は、それだけだった。
立ち上がろうとしても足に力が入らず、壁にもたれ掛かることしかできない。
「ノア、解呪は可能か?」
ガレスが短く呼ぶ。ゲームでのノアの役職は「ヒーラー」だ。呪いの解除もできるはずだった。
しかし、ノアは私の腕をじっと見つめ、小さく首を振った。
「……普通の呪いなら消せます。ですが、これは無理です」
珍しく声が硬い。
「術式が古すぎます。神話、あるいは古代王国時代のものかと」
嫌な単語しか出てこない。
「ですが」
アシュレイが静かに続けた。
「古代呪術の文献が正しければ、遺跡内に生える銀月草で症状を抑えられる可能性があります」
その一言で、場の空気が少しだけ緩む。
「じゃあ、お願い……取ってきて……」
私は床に座り込んだまま呟く。もう立つ気力すら残っていない。
「任せろ!」
リオンが勢いよく立ち上がった。
「俺が取ってくる!」
「待て」
ガレスが襟首を掴む。
「うおっ!」
「焦るな。今のお前が一人で探索する方が危険だ」
「でもリゼが!」
「だからこそだ」
ガレスは冷静だった。
「まず安全を確保する。拠点を作り、探索経路を確保してから銀月草を探す」
「……っ」
リオンは悔しそうに拳を握る。だが、反論できない。
「……分かった」
ようやく小さく頷いた。
◇
「歩けるか」
ガレスが私を見下ろす。
「……無理」
正直に答えた。さっきから身体が自分のものではないように、まともに言うことを聞かない。
「そうか」
短く頷いた次の瞬間、身体がふわりと浮いた。気づけば私は、ガレスに横抱きにされていた。
「……軽いな」
「いや、呪いで力が入らないだけだから」
「そういう問題じゃない」
ガレスはいつも通り無表情のまま歩き始める。
さすが騎士団長。抱き上げ方がやたらと安定している。
「待ってくれ! ガレス!」
後ろからリオンの声が響いた。
「俺がリゼを運ぶ!」
「俺は両手が塞がっている。何か出たら、お前が止めろ」
「だが……」
リオンは言葉を詰まらせた。
「前を頼む」
しばらく沈黙が流れる。やがてリオンは、小さく息を吐いた。
「……分かった」
その声は、ひどく悔しそうだった。
拗らせてんな。今は私が歩けないんだから、力の強いガレスが運ぶのが一番合理的だ。
でも、リオンはそんなふうには割り切れないらしい。
剣を握る手に力を込め、リオンは先頭へ回った。前を向いたまま、何度もこちらを気にしている。振り返った拍子に目が合うと、申し訳なさそうに視線を逸らした。




