第14話 精霊界の嫌われヒロイン、誕生
私はぽつんと、精霊界に生えているのか転がっているのかもわからない植物だか石だかの上に座っていた。
精霊界に入ってから十五分ほど。状況は、何一つ変わっていなかった。
精霊たちはそれぞれ誰かの周囲へ集まり、楽しそうに光を弾ませている。ただ一人。私の周囲にだけ、見事なくらい誰もいなかった。さすがにここまでくると潔い。
「嫌われちゃってるねぇ」
隣でフェリクスが楽しそうに笑う。何が面白いのか。イケメンじゃなきゃどついてる。
「フェリクスが命令すればいいじゃん。王様なんだから」
「精霊の王様は人間みたいな上下関係がないから、無理かなぁ」
こいつ、色々制約が多いな。
一方で、他の連中は普通に精霊に囲まれていた。
リオンの周囲には火の精霊が集まり、ガレスの足元には大地の精霊が寄り添い、アシュレイの周囲には水の精霊が静かに輪を描く。
なんかもう属性パーティ完成してるんだけど。
で、私はというと。完全にぼっち。なんか精霊って思ったより陰湿なやつらじゃない?
「はいはい、ソロプレイ人生ですよ」
自虐を投げても精霊界はスルーしてくる。精霊界、空気読む能力だけは高いな。
そのとき、空気が変わった。ざわ、と精霊たちが一斉に動きを止める。
『……あの人』
視線の中心にいたのはノアだった。雪みたいな白い髪と、透けるような青い目。正直、こいつだけ世界観違う。
精霊たちが一斉に群がる。
『わたし!』
『ぼくと契約!』
『こっちにきて!』
ノアの周囲を、小さな光が何十も飛び回っている。属性も関係なく、みんながノアと契約したいようだった。
「人気じゃん」
「そう見えますか?」
本人は興味なさそうだった。
ノアは少しだけ周囲を見回す。そして視線を止めた。群れに入れず、遠くからこちらを見る小さな精霊だった。
「君がいい」
『……いいの?』
「うん」
ノアがそっと手を差し出す。
「理由はわかりません。でも……なぜか君が気になりました」
小さな精霊が恐る恐る指先へ触れた。ぱあっと光が弾ける。契約成立だ。
「やっぱあいつ主人公だな」
思わず呟くと、横にいたフェリクスも満足げに笑った。
「さすがだね」
「あれが最強精霊、『星の精霊』だろ」
「君は本当になんでも知ってるねぇ」
フェリクスは感心したように頷いた。
星の精霊。運命や命を司る存在で、契約するだけで全能力値を底上げし、さらに戦闘時は攻撃・防御・魔法のすべてに強力なバフをかけるチート級のスキルが解禁される。
『アステリア・クロニクル』の知識がないはずなのに、迷わずこいつを選ぶ。主人公補正なのか。それとも、ただ似た者同士で何か感じるものがあったのか。
◇
契約が終わると、ノアは私の横に腰を下ろした。
「人気者のくせに、面倒そうな顔してるな」
すかさず嫌味を言ってみる。
「……少し戸惑っているだけです」
ノアは星の精霊を見つめながら静かに言う。
「自分で何か選ぶのは苦手なので。今日は、珍しく迷わなかったんです」
「優柔不断タイプ?」
「慣れてないんだと思います。何もしなくても奪われて、いつも何も持っていなかったから……。何かを選ぶことができない人生だったので」
ノアが自分の膝をぎゅっと抱き寄せる。
「住む場所も、働き方も。たまに親切にされても……それは“便利な道具”として扱われるためでした。私自身が売られたこともあります」
その声には、感情がほとんどなかった。さらっと言う内容じゃないだろ、それ。
でも本人は、どこか他人事みたいな顔をしていた。
「誰かに決められるんじゃなくて、自分で選んでみたかったのかもしれません」
いや、お前それで最強精霊選んでるからな。
少しだけ沈黙が続く。こういうとき、何を言えばいいのか分からない。自分が元凶なら尚更だ。まあ、考えたところで気の利いた言葉なんて出てこないので、思ったまま言った。
「じゃあこれからはノアが選べばいいじゃん」
「……何をですか」
「精霊でも、やりたいことでも、好きなやつでも」
ノアは少しだけ目を細めた。
「それは随分と雑ですね。遠回しにリゼのことを責めてたんですけど」
故意犯かよ。
「今更私に言われたって過去は変えられないし、償うつもりもないね」
一拍置いて、ノアは呆れたように小さく息を吐いた。
「あなたらしいですね」
「そうでしょう」
「……褒めてないですよ」
そのとき、星の精霊がこちらにやってきた。ふわりと光が揺れて、ノアの三つ編みに触れる。
『……結んでる。“人の手”で』
「リゼが結んでくれたんですよ」
精霊は嬉しそうに頬を緩める。
『やさしい。こわくない』
その言葉をきっかけに、周囲の精霊たちの空気が少しだけ変わった。精霊同士の感情も呼応するらしい。さっきまでの“拒絶”が、ほんの少しだけ薄くなる。
私の前に、一体の精霊が近づいてきた。お、これはいけるか?
私は息を止め、手を伸ばす。あと少し。あと少しで届く。
『……』
精霊は私を見上げた。そして、小さく震えた。
『この人』
周囲が静まり返る。
『……泣いてる』
「……え?」
私が思わず聞き返す。精霊は怯えたように首を振った。
『ずっと、くるしい』
その瞬間だった。
「……っ」
隣でフェリクスが、わずかに息を呑んだのがわかった。
ほんの一瞬だけ。いつもの余裕が、その表情から消えていた。
『……やっぱり、こわい』
くるりと精霊が背を向けた。
「はい解散」
反射で言ってしまった。うん、知ってた。
◇
「さぁ、そろそろ戻らないと。人間の体で精霊界に長く留まることは危険だ」
フェリクスがみんなに声をかける。リオン、ガレス、アシュレイは無事契約を完了させたようだ。
「結局、契約できませんでしたね」
「うるさい。でも別にいい」
「そうですか」
少しだけ間があって。
「でも今日は、悪くなかったです」
ノアがそう言った。私は横目で見る。
「……そう」
「はい」
契約はできなかった。誰にも選ばれなかった。
それでも、ノアだけは隣に残っていた。




