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婚約破棄上等~悪役令嬢は聖女の力に目覚めました~  作者: ドネルケバブ佐藤


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7/13

7話

本日3話投稿です。毎日投稿です

国境の詰所は、関所の門に隣接する、石造りの小さな建物だった。


灯りの落とされた尋問室で、私とルシアン、そしてルカの三人は、卓を囲んで座っていた。卓の上には、証拠品として押収された、あの黒い鎖が置かれている。


黒石は、いまは静かに沈黙していた。それでも、近くにあるだけで、体の内側を冷たい手で撫でられているような不快感がある。


「アリシア。この鎖を、よく見てほしい」


ルシアンは、鎖の留め金の部分を指した。


そこには、小さく、精緻な紋章が刻まれていた。


翼を広げた鳥と、その中心に据えられた十字。


「……これは」


見覚えがあった。忘れるはずがない。王都の大聖堂の、正門に掲げられている紋章だ。セシルが聖女として認定された日、私も、あの門の前で、彼女を祝福する民衆の中に立っていたのだから。


「アルセリア王国教会の聖具工房の刻印だ。この鎖は、君の国の教会が作り、管理している品ということになる」


「そんな……」


「もちろん、盗品や横流しの可能性もある。だが」


ルシアンは、視線をルカへ向けた。


「この子の話を聞いてからでも、遅くはないだろう」


ルカは、卓の上で、小さな拳を握り締めていた。


「……ぼくの村、国境の近くの山にあったんだ。ちいさな、羊飼いの村」


少年の声は、細く震えていた。


「半年くらい前に、白い服の人たちが来たの。『聖女様の使い』だって言って。村の子供たちを、一人ずつ、みんな調べて……ぼくの他にも、三人、光る子がいた」


「光る子?」


「手が、ぽわって光る子のこと。ぼくとおんなじ」


私は息を呑んだ。


聖属性を持つ子供たち。それを、教会の使いが、探して回っていたというのか。


「連れて行かれたのは、みんな、どうなったの?」


「わかんない。馬車に乗せられて、鎖をつけられて……ぼく、途中で逃げたの。ほかの子は、みんな寝かされてた。眠り薬、飲まされたみたいで」


ルカは、唇を噛んだ。


「白い服の、女の人がいたの。その人が、ぼくたちを見て、笑ってた。優しい顔で。それで、隣の人に言ったんだ。『セシル様のために、まだまだ数が足りませんね』って」


「——え」


思わず、声が漏れた。


セシル。


夜会の広間で、涙を浮かべて震えていた、あの華奢な少女の姿が、脳裏に浮かぶ。癒しの光を纏い、民衆に微笑みかけていた彼女。まさか、と思う。けれど、その名が、こんな場所で、こんな文脈で出てくること自体が、すでに異常だった。


「その名に、心当たりがあるのか」


ルシアンの問いに、私は一拍おいて、頷いた。


「アルセリアの、聖女です。半年前に教会が認定した」


「なるほど。その『聖女』のために、子供たちが集められている、と」


ルシアンの声が、ひどく低くなった。


「あの男たち、途中で馬車を襲ったんだ。教会の人たちを、やっつけて。それで、ぼくを見つけて、『こっちのほうが高く売れる』って」


「つまり」


ルシアンが、静かに言葉を継いだ。


「あの人買いたちは、教会の輸送隊を襲撃した盗賊だった。鎖は、そのとき奪ったものだろう。だとすれば、王国教会は聖属性の子供たちを、組織的に集めていたことになる」


「何のために……」


「それを、これから吐かせる」


ルシアンは、卓の脇に控えていた兵士に目配せした。


  *


尋問室の扉が開いて、拘束された髭面の男が、兵士に両脇を抱えられて引き出されてきた。


先刻の威勢は、微塵も残っていない。それでも、その目には、まだどこか、底の知れない色が宿っていた。


「名は」


「……」


「王国教会の輸送隊を襲ったのは、お前たちだな。積荷の子供たちは、どこへ運ばれるはずだった」


「……さあな」


髭面は、うすら笑いを浮かべたまま、視線を宙に彷徨わせていた。そして、その視線が、ふと、私の上で止まった。


「……ああ」


男の目が、ゆっくりと見開かれていく。


「その光……さっき、見た時から、引っかかってたんだ」


「何の話だ」


「ははっ……そうか……そういうことか」


男は、肩を震わせて笑い始めた。


「嬢ちゃん、あんた、まだ知らねえんだろうな。自分が何なのか。あの方々が、ずっと探してたもんが、こんなところに転がってたとはよ……」


「貴様、何を——」


ルシアンが一歩踏み出す。


髭面は、笑いながら、私を真っ直ぐに見据えた。


「見つけた……『三人目』……」


「三人目、とは?」


私が問い返した、その瞬間だった。


男の首筋に、黒い紋様が、浮かび上がった。


蛇が這うように、首から顎へ、顎から頬へ。紋様は禍々しい紫の光を放ちながら、瞬く間に広がっていく。


「呪印……! 離れろ、アリシア!」


ルシアンが、私を背に庇う。


男は、苦悶の声も上げなかった。ただ、笑みを貼り付けたまま、糸が切れたように、その場に崩れ落ちた。


兵士が駆け寄り、脈を確かめ、首を横に振る。


「……死んでいます、隊長」


「口封じの呪印か。捕らえられた場合に備えて、仕込まれていたんだな」


ルシアンは、男の亡骸の傍らに屈み込み、襟元を開いた。紋様は、すでに黒く焼き付いた痕となって、皮膚に残っている。


「ただの盗賊に、こんな真似ができるはずがない。この男の背後には、呪術を扱える者がいる。それも、かなり上等な」


「盗賊を、教会が……? いえ、でも、彼らは教会の輸送隊を襲ったと」


「襲わせたのかもしれない。あるいは、最初から、この男は『教会側』の人間だった。ルカを追っていたのも、逃げた商品を取り戻すためだった、という筋も成り立つ」


商品。


その言葉の冷たさに、指先が冷えていく。


「どちらにせよ、この男が最期に見ていたのは、ルカではなかった」


ルシアンは、立ち上がり、私をまっすぐに見た。


「君だ、アリシア」


沈黙が、尋問室に落ちる。


ルカが、震える手で、私の袖を掴んだ。私は、その小さな肩を、そっと抱き寄せる。


「三人目」


ルシアンが、静かに、その言葉を反芻した。


「あの男は、そう言った。聖属性の力を持つ者が、すでに二人、存在するということだ。そして、その二人は——」


彼は、そこで言葉を切った。


一人は、聖女セシル。王国教会が、半年前に認定した「聖女」。


では、もう一人は?


私の頭の中で、いくつもの断片が、音もなく組み上がっていく。ヴェルモンドの血。母の警告。子供たちを集める教会。そして——聖属性を封じるための鎖。


寒気が、背筋を駆け上がった。


もし、あの男の言葉が真実なら。


私が「目覚めた」のは、偶然ではなかったのかもしれない。


「アリシア」


ルシアンが、私の名を呼んだ。


蒼い瞳が、まっすぐに、私を射抜く。


「一つ、聞きたい。君は、どこまで、自分のことを知っている?」


その問いに、私は答えられなかった。


知っているのは、あまりにも、わずかなことだけだ。


ただ、掌の奥で、あの白い天井の光景が、いまも静かに、瞬いていた。

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